第52話 強制転移

どんなに集落があった場所を捜索するも何の痕跡も見つからなかった。それはある種異常とも取れる。


もしもここを放棄してどこかに行ったとしても大量の死体をどう処分したのだろうか──


全ては謎に包まれていた。


鬼達が集落の捜索を諦めるとまたライネルの姿が無いことに気づく。


──どこに行ったのか?


それを知るには空白の大地が出来た天地開闢の刻に遡る事になる。


天地開闢の始まり。それは母なる海にポツンと浮かぶ様にその存在を示す雷鳴山が淵源となる。


その頂きに立つ妙齢の女性。


彼女の名は《天鬼てんき》。神の子たる鬼の始祖である。各種族の始祖は全て女性である特殊な能力を持つ。それは交配無く自らの能力を分割する様に子を成すことである。しかしそれもまた制限があり7人までの子しか成せない。そして7人の子を成すと全ての能力を使い果たし新たに転生することになる。


転生した種族の始祖達はこぞって種族繁栄を目指す指導者となる。所謂宣教師のような存在だ。転生した始祖は種族の始祖の血が流れることは本人すらも知らぬが、種族の母と言うことを本能ながらに悟り、皆から崇め奉られるようになるのだ。そして宣教師となった始祖は土魔法に長ける。神鳴山からは人、魔、獣、鬼、妖族の5種類の土魔法が放たれ地をなし新たな生命を産んでいくことになる──はずであった。


やがて神鳴山を中心に大地は大きく成長を遂げ現在の姿になる。しかしそこには空白の大地と呼ばれる地が存在してしまった。


人、魔、獣、妖族は7人の子を成し始祖は転生した。その理を無視し天地開闢の刻から永きにわたり生き続ける鬼こそ……《天鬼姫てんきひめ》なのである。


空白の大地は理を無視した鬼族への計らいとして神が用意したものだ。法の抜け穴ではないがルール《規則》を侵してでも成し遂げたかった何か。天鬼の所業は神の興味に触れ消されず生かされる事となったのだ。


それゆえ──世界に異変が起こることとなる。


人、魔、獣、妖族は必ず全員がスキルをひとつだけ持つ。そのスキルは種族によって異なり種族特有の物も多い。それは7つの能力を分けた子から出来た種族だからである。だが稀にスキルを複数混ぜた物が発現するようになる。それも種族間を超えてだ。


戦士や剣士系のスキルが複合された場合単純に言えば2つの職業に就けるのと同じであり、その有用性は馬鹿にならない。無論3つや4つのスキルを合わせたものも存在した。《魔王》や《勇者》もその類である。


そして……鬼族には更なる異変が起こる。スキルが2つ発現するのだ。場合によっては1つしか発現しないが殆どの場合が2つのスキルを持っている。しかしほぼ全ての鬼が1つのスキルしか使わずに死に至る。


──それは何故か?


分からないからである。


まず鑑定を受けたとしても意味不明な言葉を告げられるのだ。


例えばだが「えーと……貴方のスキルは剛力とタンタンメンです。」こんな感じだ。言われた方はポカーン。言った方は大マジである。シュールなコント

さながらである。


殆どの鬼がこんな感じで意味不明な横文字を告げられて終わる。こうなると2つ目のスキルはただの2つ名の様な扱いとなっていた時代もあった様だ。今はその流行は廃れ無かったことにしている。だが今なおあえて使っている鬼が居たとすれば厨二病を患っているのだろう。絶鬼達にも無論あるが2つ名としては使っていない。


少し話しが逸れてしまったが──この空白の大地は鬼の始祖が管理する大地──だったのだ。つい最近までだが。


未来永劫安全と言われる程に不可侵領域であった。空からも海からも侵すことのできない大地。それが空白の大地だったはずだ。無論地上には天鬼が目を光らせ危険因子を排除していた。しかし近年はめっきりと侵入者も減り安全となっていた。


そこで天鬼は思ったのだ。


──7人目の子を成すか……と。


悠久の時を生き、疲れたと言うのも理由ではあったが我が6人の子らがどのように生き、愛を育み生活するのか。それを見たかったのだ。それが叶った今、次世代に繋ぐ為にも神に7人目の子を成す事を話した。神は「フフフ。貴女のお好きになさい。」と私に言ってくださった。


天鬼が神から与えられた7つの能力


《鬼力》《鬼眼》《鬼酒造り》《鬼の母》《守り手》《癒し手》


そして───《天鬼ノ与法てんきのよほう》である。


ライネルが空白の大地を訪れる事は必然であり彼が天鬼の生まれ変わりである事は曲がることの無い事実なのだ。


しかし───1つの問題があった。


体は天鬼姫が転生する予定だった器。しかしライネルは異世界からの転生者だ。運が悪かったのか……はたまた神の悪戯なのか……。


彼の体は天鬼に奪われようとしていたのだ。


ライネルは現在神鳴山の最深部……真っ暗な山の中心に強制転移させられていたのだった。

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