09 第1層の冒険

「お兄ちゃん、まずいよ……」

「なぁに、大丈夫だよ。ちょっと覗くだけだから」


 スフレはシャルの手を引きながら、ダンジョンの第1層へと繋がる階段を降りていっていた。

 不安がるシャルに対し、スフレの表情は嬉々としている。彼は元々、ダンジョンに強い興味を持っていたからだ。


 今日、彼らは友人達とかくれんぼで遊んでいた。

 どこか隠れる場所は無いかと探していたところ、偶然ダンジョンの入口付近に誰もいないのを見つけ、忍び込んだのだ。

 元々、スフレはじっとしているのが苦手で、かくれんぼでもすぐに見つかってしまうことが多かった。妹のシャルは気弱で、いつも兄にべったりなため、2人で隠れなければならないというのも拍車をかけていた。


 ダンジョンに隠れるなんていうのは、きっと見つからないだろうし、何より少しカッコいい。そんなことを考えたスフレに、もう戻るという選択肢は存在しなかった。


「お兄ちゃん、ここで十分だよ……ね?」

「いいや、階段の途中じゃあ冒険者の人たちに見つかって連れ戻されちゃうだろ。ふふん、俺達は鬼だけじゃなくて、冒険者からもかくれんぼするんだ!」


 冒険者を相手取るという響きに魅了されつつ、スフレは得意げに言って階段を降りていく。

 その冒険家の殆どは階段の上に設置されているワープポイントを使用するため、滅多に階段は利用しないのだが、まだ6歳になったばかりのスフレには知る由もない。


「ほら、到着だ……うわぁ……!!」

「これがダンジョン……? 綺麗……」


 そして、当然のごとく冒険者に見つからずに第1層に辿り着いてしまった2人は――その幻想的な光景に目を奪われた。


 ダンジョンは地下に広がる迷宮だ。その多くの階層は地面を掘ったような洞窟型に形成されている。

 しかし、地上に存在する洞窟とは大きく異なる点が幾つか存在する。


 その1つが灯りだ。

 通常の洞窟は、探索者が松明で辺りを照らしたり、かがり火を設置したりと、火を利用することが多い。

 ただ、ダンジョン内はそういった火が無くとも“空気自体”が光を纏っているのだ。

 外ほどくっきりと照らされているわけではないが、太陽や火のようなハッキリとした光源なく照らされたその光景は、幻想的と形容するに相応しいものかもしれない。


「おい、シャル。もうちょっと行ってみようぜ!」

「え……でも、モンスターが出るって……」

「ちょっとだけだよ! ほら、見た感じモンスターなんていないし……もしかしたら冒険者が倒し切っちゃったのかもしれないぜ」

「そう、かなぁ……?」


 スフレの楽観とした言葉に、シャルは首を傾げつつも流されてしまう。実際魔物の姿は無く、シャル自身、ダンジョンに興味を抱き始めてしまったというのが大きい。


「よっしゃあ! 探検開始ー! シャル、俺から離れるなよー!」

「う、うん……!」


 2人はダンジョンの奥に向かって歩き出してしまう。

 そんな2人を、物陰から何かが見ているのに気が付かないまま。


◆◆◆


「随分と久しぶりに感じるな」

「ええ、もう1年くらい前だものね」


 第1層へと着いた俺達は状況も状況ながら少し感慨深い気分に浸ってしまう。

 というのもここに来たのは俺達がまだ駆け出しパーティーだった頃、もう1年ほど前の話だ。

 ワープポイントのおかげで一度攻略した階層を何度も通る必要はないからな……どの冒険者も通り、そして難易度も低い第1層を訪れる機会は今までなかった。


「ここから始まったのよね……私達の冒険は」

「ああ。……そんな記念すべき場所だ。まだ年端もいかない……ええと、何歳だったっけ」

「兄のスフレくんが6歳、妹のシャルちゃんが5歳ですね」

「そうそう。そんな子供を死なせたんじゃ目覚めも悪い」


 実際、一般人が迷い込んで死人が出たとなれば、ダンジョンを取り巻く環境は今より確実に厳しいものになるだろう。


 俺達冒険者は、いや、迷宮都市の人間達はダンジョンによって生かされている。

 今俺達がダンジョンから得られる資源、恩恵を十分生活に還元できているのは、ダンジョンの恐ろしい面に目を向けずにいられるからだ。


 冒険者なら死んでも仕方ない……死んで当然な命なんか存在しないけれど、俺達はいつ死んでも仕方ないと覚悟だけはしている。

 しかし、それは冒険者だけの話だ。ましてや、まだ幼い子供が過失があったとしても、ダンジョンで死んで仕方ないなんて処理できない。町の人々も、俺達も。


「サニィ、悪いな。結局弓の代替案も出せないままで」

「ううん、私のことは気にしないで。必要なことだもの」

「ああ……ありがとう。よし、そんなに奥の方まで行ってないことを祈りたいけれど、取りあえず――」


 ダンジョンに入り込んだかもしれない子ども達を探すために、探知用の支援魔術を発動しようとした瞬間、


「お兄ちゃんっっ!!!」


 まだ幼い少女の声が、奥の方からかすかに聞こえてきた。


「ッ! モノグ君っ!」

「ああ、まだどっちも生きてる!!」


 俺達は反射的に声の方へと走り出した。


 聞こえてきたのは少女の声だけだ。しかし、その声に乗った感情には、“兄を殺された”といった悲壮感は混じっていない。

 しかし、当然良い状況でもないだろう。多分、魔物に兄が捕まったのだ。ぼうっとしていればすぐに兄の方は喰い殺されてしまう。


「サニィ、先行するっ!」

「えっ!? も、モノグ君!?」


 俺はサニィを待たずに走るペースを一気に上げた。

 途中、何体か魔物も現れたが、全て無視し、先の声を頼りにダンジョンをひたすら進んでいく。


 そして――


「ッ!!」


 見つけた。中型犬くらいの大きさをした蟻型の魔物達に囲まれ、壁際に追い込まれた子ども達の姿を。

 少年はその内の1体に組み付かれ、今にも噛みつかれそうになっている。最早、一刻の猶予もない……!


「ええい、ままよっ!! 【バウンド】ッ!!」


 俺は一歩先の地面を魔術で“柔らかく”する。

 そして、そこを思いきり踏み抜き――跳び上がる。


(借りるぞ、ベル!)


 宙を飛びながら、ベルから託されたスリングショットを構える。

 拾っておいた石を弾に、ゴム紐を引き絞り――放つ。


 放たれた石は、今まさに少年に齧り付こうと頭を上げた蟻――“コモン・アント”の顎へ吸い込まれていく。


「グギッ!?」


 コモン・アントが驚き、仰け反る。そしてその隙に着地した俺は、勢いそのままにコモン・アントの腹を蹴り上げた。


「え……」

「な……」


 自分で言うのはアレだが、一切淀みなくコモン・アントを払った俺の動きを、少年少女はハッキリと視認できなかったのだろう。

 それこそ幽霊が現れたみたいに間抜けな声を出していた。


「もう大丈夫……とは、ちょっと言えそうにないけれど」


 先ほど蹴っ飛ばしたコモン・アントも“当然絶命には至らず”起き上がり、また、同じ姿をした蟻がウジャウジャと俺達を囲んできている。

 依然としてピンチは変わらない。しかし、間に合った。


「兄ちゃん……」

「坊主、それにお嬢ちゃん、よく無事だったな」


 少年の腕を引っ張って起こし、寄ってきた少女の頭を撫でる。

 俺は“たとえ第1層の雑魚相手でも魔物を倒すことはできない”。けれど、そんなこと一切感じさせないように不敵に口角を上げた。


「助けに来たぜ、スフレ、シャル」

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