09 隠し部屋の番人
エクストラフロア――それはダンジョンにまつわるちょっとした都市伝説のようなものだ。
ダンジョンには第1層、第2層と全ての冒険者が進んでいく道とは全く別の、隠し部屋のようなものが存在するという。
実際に見たという情報は少なく、そしてその情報もあまりに精度が低いため眉唾物の粋を出てはいない。
情報にはガセが付き物ではあるが、特にこの情報が金になる時代においては、適当に嘘をでっち上げて売りつけようとする粗悪な情報屋が多くいるのも事実。情報屋を専業でやっている俺の友人も、情報よりも先に自分自身の信頼を勝ち得ないことには始まらないとボヤいていたし。
そんな真偽不確かな情報が錯綜する中、俺もエクストラフロアについて詳しく知っているわけではないが、比較的信頼できそうな情報は以下の通りだ。
エクストラフロアにはそこに行ける条件が部屋ごとに設定されている。
時間帯、特定階層の特定の位置への移動、パーティーまたはその階層にいる冒険者の人数・能力など……ここの項目は上げていくとキリがないけれど、これらの中から一部が条件として設定されていて、それを満たすとエクストラフロアへと強制的に転移させられるという。
隠し扉が開いてそこからエクストラフロアに入れる、という噂もあったがこれはガセだろう。もしもそういうエクストラフロアがあれば、入らずともその存在を多くの人が確認でき、存在自体が都市伝説なんていうより確かなものになっている筈だからな。
「な、なるほどね……つまりあの揺れが転移の合図だったってわけねっ」
「確定じゃないけどな。……よし、治った」
スノウの顔に添えていた両手を放す。
支援魔術【ヒーリング】、簡単な怪我を修復する魔術だが、今回治したのは散々泣いたせいでできた瞼の腫れだ。
「あ、ちょっと待ってよ」
治療を終えて立ち上がろうとする俺の服の袖をスノウが掴んでくる。
「アンタも少し腫れちゃってるわよ。アタシが治してあげるっ」
「お前、支援魔術使えないだろ……」
「そ、そうだけど……ほら、氷なら作れるもん! 腫れには冷やすのが効果的なのよ!?」
スノウはそうまくし立てると強引に俺の顔を掴んできた。下手に抵抗すると余計に怪我をしそうなので、仕方なくされるがままになる。
「ワンド、使った方がいいんじゃないの」
「別に、いい……!」
スノウは妙に強張った表情を浮かべつつ、自身の手を冷やす。それが俺の目元に触れてきて、なんとも気持ちが良い。
「うー……やっぱりアンタみたいに上手くできないわね」
しかし本人は不満なようで、渋面を浮かべていた。魔術が上手く使えないことをストレートに顔に出す……感情表現をハッキリ出すタイプのスノウでもこれまでなら絶対に見せなかった表情だ。
「上手くやれてると思うぞ。気持ちいいし」
「アンタはもっと上手くやるじゃない」
「俺は……まぁ、元々杖を使ってないしな」
杖を持たずに素手で魔術を行使する――それが俺のスタイルだ。俺が優れているというわけではまったくなく、単純に慣れの問題である。
「それで、続き」
「続き?」
「エクストラフロアの。アタシ達が今いるのがそのエクストラフロアっぽいってのは分かったけれど、この先には何があるわけ?」
「そうだな……」
エクストラフロアも様々で、そこにお宝が置いてあるだけのものもあれば、そこだけの特殊な敵がいるというケースもある。今回の場合はおそらく後者だろう。
ダンジョンは古代人が作り出したもの……エクストラフロアが本当に存在するのであれば、その古代人の宝を隠した宝物庫だというのが一番有力な説だ。
「宝物庫っ!」
「期待に目を輝かせるのは自由だけど、その前にお宝を守るボスを倒さなきゃならないんだぞ?」
「そうだけど、そもそもここから出るにはそいつを倒さなくちゃいけないんでしょ?」
「ああ……確かにスノウの言う通りだな」
この部屋に出口が無い以上、そうなる可能性が高い。
スノウの言葉は的を射ている。それならボスを突破するついでにお宝を頂戴してやろうと考えるのは悪くない。
「この部屋の感じが普通の階層と違うのもエクストラフロアだからなのかしら」
「もしかしたらお宝を守る場所として気合を入れて作ってるのかも。それか、他のダンジョン……アーガイル、ボタニカル、アラベスク、ヘリンボーンとか、そういう別のところの作りに根差しているのかも」
俺は今俺達が住んでいる街、ペイズリーのダンジョンしか知らないからあくまでただの想像になってしまうが。
「……まぁ、今考えても仕方のないことだな。俺達がやるべきことは一つ」
「ボスを突破するってことね」
「ああ」
準備は整った。士気も非常に高い。
決して油断はせずに……そう自身を律しながらも、負ける気は一切しない。
俺達は小部屋を出て、通路を進む。
通路には何もなく、本当にボス部屋と小部屋を繋ぐ役割しかなさそうだった。
そして、その先。
「思った通りね」
「ああ」
ある種見慣れた景色。
大きな円状の広場の中央にそれは鎮座していた。
「甲冑……?」
スノウがその姿を見て呟く。
それは巨大な甲冑だった。人の形が整えられてはいるが、その中に生物の気配はない。おそらく中身は空だ。
人工物に思えるが、そのサイズは巨大。立ち上がった際の全長3メートル程度ってところか。
「気をつけろ、動くぞ」
「分かってる」
小声で言葉を交わしつつ、俺達は慎重に広場へと足を踏み入れた。
その瞬間――ゴゴッという音と共に石の壁がせり立って、俺達が入ってきた入口を閉じた。
「ッ!?」
「逃がさないってことか……!」
ピンチになった時、引き返して準備を整え直すということは許されない。生きるか死ぬか、文字通りの一発勝負というわけだ。
『ワレ ハ コノ タメシノマ ノ ガーディアン』
「声……?」
頭に平坦で重たい声が響いてくる。反応的にスノウにも同じことが起きているようだ。
ためしのま……試しの間?
『マジュツシタチ ヨ キクンラ ニ シレン ヲ アタエル』
「試練……? なに、この前置き……? ていうか、魔物が言葉を……」
『ソノ キズナ ワレ ニ シメセ』
「ッ……来るぞ、スノウ!」
甲冑が起き上がる。人の形をしてはいるが人間らしくない動き。
本来であれば関節などで繋がった部分が、黒い霧状の何かで繋がれていて、鞭のように自由にしなっている。
人間の身体ではとても再現できない柔軟性に伸縮性……見た目に騙されたら痛い目を見そうだ。
「モノグっ! アタシがフロント、アンタはサポートよろしくっ!」
「ちょ、スノウ!?」
スノウは一方的に言い放つと、甲冑に向けて走り出してしまった。アタッカーとサポーター、どちらが前に出るかは考えるまでも無いことではあるけれど。
敵の正体も力量も掴めない。その状態でこちらから攻めるのはリスクがあるけれど……しかし、彼女の勢いを殺すのはただの無駄だ。
「仕方ない……【エンゲージ】ッ!」
対ボス用、アタッカーサポートの陣を張る。取りあえずはこれでスノウの攻撃魔術がどれくらい甲冑のHPを削れるか見て――
――ゴウッ!
空気が震える音がした。
それは立ち上がった甲冑が跳び上がり、そして落ちる音。
「モノグっ!!」
スノウの俺の名を呼ぶ声がその音の間から僅かに聞こえてくる。
しかし、俺に応える余裕はない。
動き出した甲冑が定めたターゲットは――俺だった。
俺の目の前へと落ちて来た甲冑は、その流れのまま刃渡り2メートルほどの両手剣を振りかぶる。
「――ッ!!」
そして、一切の容赦なく、俺目掛けてその凶刃を振り下ろした。
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