第624話 感染症

テトラが、ハイネとピルテの言葉を聞いて涙を流し、それが落ち着いたところで、ピルテもやっと落ち着きを取り戻し、いつものピルテに戻ってくれたらしい。


ハイネもピルテも、アイザスとサザーナの事は、未だに思い出すと辛いと言っていたが、テトラに対して、これ以上何かを言うつもりはもう無く、二人の死の責任は、全ての元凶に取らせるという事を決めた。


そうして、テトラとの間に有った大きなしこりは、随分と小さくなったらしい。


さて、ここまでは、テトラとの会話の全てで、ハイネが俺に言っていたというのを聞いていない。


そのお願いというのに繋がるのは、ハイネ達が話を終えて立ち去ろうとした時の事だ。


ハイネとピルテがテトラの元を後にしようとした時、何と、テトラが突然倒れてしまったらしい。


時間にして数秒間気を失っただけだったらしいが、いきなり失神するなんて普通ではない。驚いたハイネがテトラに近寄ると、かなりの高熱。


「凄い熱じゃない!」


「だ、大丈夫です。そのうち治りますから…」


テトラは直ぐに立ち上がろうとするが、フラフラしている。


暫く体を休ませると、テトラも落ち着いてしっかりした足取りに戻ったらしく、テトラが大丈夫だ、いつもの事だと言い張る為、そのまま別れたらしい。


しかし、気絶するような高熱が普通であるはずなどないし、二人で話し合った結果、一度スラたんと俺達を含めて、テトラの容態を見て欲しいという事だった。

そしてもし、それが病気ならば、俺の持っている万能薬を一つ使ってもらえないかというお願いらしい。


「症状を聞いただけだと、何が原因かは分からないね…ただ、失神してしまうような高熱となると、結構危険な状態かもしれない。」


「そうよね…一応、意識もハッキリしていたし、帰る時の足取りはしっかりしていたから、今直ぐどうこうなるような状態ではなさそうだったけれど……出来れば、直ぐに診てあげて欲しいわ。」


「僕は構わないよ。」


「もし病気で、俺の持っている万能薬が効くなら、いくらでも使うと良い。」


「貴重な物なのに…ごめんなさいね。」


「病気を治す為の物なんだから、病気を治す為に使うべきだ。気することは無いさ。」


ハイネとピルテの二人は、テトラの事を、このまま無視する事も出来た。大丈夫だと言っているのだし、俺達に頭を下げてまで頼む必要など無い。

それでも、二人はテトラの事を診て欲しいと俺達に頼んだのだ。俺達が動く理由としては、それだけで十分だ。


「そうと決まれば、まずはテトラを探そう。」


「大体の場所は分かっているわ。今生活している場所は聞いているから、そこに行けば居るはずよ。」


「私が案内します。」


ピルテが道案内を名乗り出てくれる。完全にいつものピルテだ。


俺達は、ピルテを先頭に、テトラが居るであろう場所へと向かった。


テトラは、街の一画。家の無い人達が集まるような場所に居た。と言っても、この世界には魔法が有る為、土魔法で作ったカマクラのような物が有り、それで雨風を凌いでいるようだ。ただ、魔法が使える者ばかりではない為、そのカマクラのような物も、全体的にボロボロで、いつ建てられたものなのか分からない。

恐らく、元々は家屋か何かが建っていたところが更地にされ、そこに集まった人達の中で、ある程度魔法が使える者がカマクラを作り、そこに住み着くようになったのだろう。


俺達がその中へ入って行くと、遠慮の無い視線があちこちから注がれる。

この街の中でも、この場所は異質な空間で、あまり足を踏み入れようとする人は居ない。そんな場所にいきなり俺達が現れたとなれば、住んでいる人達は誰だ誰だと視線を向けて来るわけだ。

居心地は非常に悪いが、かと言って踵を返すわけにもいかず、俺達は視線の中を奥へと進む。


「ジロジロと見られているね…」


「何もして来ないだけマシよ。こういう場所は、殆どの街に有るけれど、大抵は集まって来て身に付けている物を盗まれてしまうからね。」


「そ、そうなんだ…」


「あまり目を合わせないようにして下さいね。」


ニルは、こういう人達に慣れているのか、目を合わせないようにだけ言って、視線も何処吹く風と受け流している。


人数的には三十人前後の人達が住んでいるようだが、この中からテトラを探すとなると、結構難しい。カマクラの中に入られていると、外からは見えないし…


「居たわ。」


そんな事を考えていると、ハイネが短く言葉を発する。


ハイネの視線の先には、三人程が集まっているカマクラが見える。そのカマクラの出入口付近には、座り込んで頭を腕に埋めるテトラの姿。


「っ!!」


直ぐに駆け寄ったのはピルテ。


「何をしているのですか!」


集まっていた三人に対しての言葉だ。恐らくテトラは体調が優れずに座り込んでしまっている。そんなテトラを、周りの三人が食い物にしようとしているのではないかと思ったらしい。


「お、お前達こそ何者だ!」


しかし、集まっていた三人は、テトラを守るように庇い、こちらを向く。

その動きを見る限り、テトラを食い物にしようとしていたのではなく、単純に体調が悪そうなテトラを心配していたのだろう。


「ピルテ。大丈夫よ。」


ハイネが直ぐにピルテを止めると、ピルテも自分の判断が間違っていた事に気が付いて、足を止める。


「テトラは体調が悪いんだ!酷い事しようとしてるなら俺達が許さねぇぞ!」


テトラの前に居た三人は、武器も持っていないし、体は細く、力も無さそうに見える。それなのに、テトラを守ろうと眉を寄せてテトラを庇っている。

しかも、周りに居た人達も立ち上がり、俺達の方を向く。テトラに酷い事をするならば、俺達も相手だと言わんばかりの殺気だ。


「ご、ごめんなさい。テトラに酷い事をしているのかと思ってしまって……」


直ぐにピルテが謝るが、周りの人達は信じて良いのか疑いの視線を向けている。


「だ……大丈夫です……」


その時、テトラのか細い声が聞こえて来る。どうやら、意識は有るらしい。


「テトラ!大丈夫か?!」


「その人達は……私の……知り合い…ですから……」


「そ、そうか…」


「ちょっと失礼するよ!」


テトラが大丈夫だと言ってくれたお陰で、殺気は消え、三人もホッとしているが、そこに飛び込むように近寄ったのはスラたん。


テトラの表情を見て、何か感じたらしく、テトラに近寄ると、直ぐに額に手を当てる。


「凄い熱と発汗……これは……シンヤ君!」


「っ!!」


スラたんの張り詰めた声が響き、俺は直ぐに近寄る。


「どうだ?」


「これは…多分感染症だと思う。それも……性感染症。」


「……そうか……」


俺達に声を掛けて来た時、自分の体を売るような言葉を放っていた。慣れた感じから、あれが初めてではない事は分かっていた。そして、そういう生活をしていると、性感染症に掛かる可能性も当然有る。


「お、おい。テトラは大丈夫なのか?」


「皆さんは下がって!」


周りの人達が近付いて来ようとするのを、スラたんが止める。あまり聞いた事の無いような厳しい声だ。語気の強さに、周囲の人達は二歩、三歩と後ろに下がる。


「スラたん。私達は?」


「ハイネさんとピルテさんは水と綺麗な布を用意して!ニルさんは火を!水を沸騰させて、その中に布、服、手袋、マスクの代わりになるような物を入れて煮沸して!」


「はい!」

「分かったわ!」

「分かりました!」


スラたんの指示を受けて、三人は直ぐに動き出す。一応、エフも同行しているが、動く気は無さそうだ。


「俺はどうすれば良い?」


「今までの経験上、感染症と言って、それがどういうものなのか理解出来る人は少ないと思う。でもシンヤ君は…」


「なるほど。俺は何となくだが分かるし、気を付けなければならない事も分かるから、助手のような事をしたら良いんだな?」


「どういう感染症か全く分からないし、かなり危険だけど……お願い出来るかな?」


「ああ。出来る限りの事はする。指示をくれ。」


「うん。」


性感染症と一口に言っても、その症状やその原因などは多岐に渡る。当然、中には非常に危険な感染症も存在する。

あらゆる可能性を考えながら処置をするとなると、少しでも感染症に対する知識を持っている俺が助手となる方が良いと考えたのだろう。もし、処置をしていてハイネ達に感染症が移ったりしてしまうと、かなり大変な事になってしまう。


「取り敢えず、ここじゃ処置出来ないから、処置出来る場所に移すよ!」


「よし!」


ぐったりしているテトラを、ニルが用意した布で覆って、少し広い場所に綺麗な布を敷き、そこに移動させる。


「これ以上動かせないから、ここで処置するよ!

ハイネさん!ピルテさん!僕とシンヤ君を覆うように大きなテントを張って!」


「はい!」

「了解!」


「ご主人様!スラタン様!煮沸出来ました!」


「ありがとう!三人は外に出て!」


「は、はい!」


スラたんの、あまり見た事の無い雰囲気に、ハイネ達もかなり心配そうだが、スラたんの言葉に従って外に出る。


「先に言っておくけど、僕も医者というわけじゃないから、これがどういう感染症か分からない。

ただ、周りに居る人達の中に、同じ症状の人が居ないから、空気感染するようなものじゃないはず。」


「ああ。」


「僕の見立てでは、恐らく、性感染症だろうというだけで、何が感染源になるか分からないから、細心の注意を払って欲しい。」


「分かった。」


「症状としては、体のあちこちに発疹が出ているのと、高熱、発汗。シンヤ君達と話をしていた時には、ここまでじゃなかったと考えると、急激に悪化するタイプの感染症の可能性が有る。」


「そうだな。」


「流石に、何が原因なのかを調べる時間は無いし、僕の作った解毒薬と、シンヤ君が持っている万能薬を飲ませようと思っているけど、体の表面にも症状が出ているんだ。」


「体内の感染症が治っても、体外に病原体か何かが出てきていると、それがまた感染症を引き起こすって事だよな。」


「そういう事。だから、体を綺麗にして、それから解毒薬と万能薬を飲ませないといけないんだ。つまり……直接病原体に触れてしまう可能性が有るという事。」


「……分かった。」


「本当なら、別の場所に隔離して…ってやりたいけど、テトラさんの容態を見る限り、かなり危険な状態だから、今直ぐに処置が必要だと思うんだ。

やらなければならないから、こんな場所でもやるしかないんだ。だけど……十分に気を付けてね。」


「ああ。」


「それじゃあ始めるよ。」


俺とスラたんは、横になっているテトラに対して、処置を始めた。


最初は、女性の裸を見る事になってしまうし、申し訳ないとどこかで思っていたが、そんな考えは直ぐに吹き飛んだ。


テトラの体には赤いあざのようなものがいくつも見えていて……これ以上は、テトラの名誉の為に、言葉にするのは止めておくが、裸を見て申し訳ないとか、そういう事を考えられるような状態ではなかった事だけは間違いない。


俺とスラたんは、テトラの処置を続け、全身の処置が終わる頃には、空は真っ赤に染まっていた。


「これで大丈夫……だと思う。」


熱で朦朧としていたのか、テトラは、処置中、変に暴れたりはしなかった。そうして処置を終え、解毒薬と万能薬を飲ませるとかなり落ち着いてくれた。


「まだ熱は有るけど、呼吸も落ち着いたし、一先ずは安心かな。」


「そうか……」


予想以上に体力と精神力を使った処置で、俺もスラたんもかなりクタクタになっている。


俺とスラたんが処置して出た、汚れた布などは、スラたんの指示の元、ハイネ達が処理してくれていたし、三人もかなり疲れているはず。


「全身に傷薬を染み込ませた包帯を巻いたけど、傷が治るまではテトラさんを動かしたりしないように気を付けないといけないから…」


「取り敢えず、このままだな。」


「そういう事だね。」


「一先ず、処置が終わった事を伝えて来る。」


「うん。僕はこっちの片付けをしておくよ。」


スラたんはテント内の片付け。俺はハイネ達に終わった事を伝えにテントを出る。


「ご主人様!」


額に汗を流して煮沸を続けてくれていたニルが、俺を見て直ぐに声を掛けてくれる。


「処置は終わった。一先ず安心だ。」


「よ…良かったー…」


ハイネ、ピルテ、ニル、そして周りの者達全ての緊張が一気に緩んで、大きく息を吐くのが聞こえて来る。


「ただ、暫くテトラは移動させられないという事と、原則、誰もテント内には入れない。」


実際には、消毒やら清潔な格好やら、条件を設定すれば入れるのだが、それをし始めると、管理する者が必要になってくるし、禁止ならば禁止にしてしまった方が良い。入れるのは俺、スラたん、ハイネ、ピルテ、ニル。一応エフもだが、彼女はそもそも入る気など無さそうだ。


「そ、そんな…」


「本当に大丈夫なのか…?」


突然現れて、テトラの処置をすると言い出し、数時間経ってやっと終わったと思えば面会謝絶。ザワザワするのも当然の事だろう。

本当に、今は彼女を色々な人達に近付けてしまうと、別の感染症などが怖いのだが……と言ったところで、ここの人達には通じないから、禁止としか言えない。


「先程も言いましたが、テトラさんの事は、私達が責任を持って診ますので、信じて下さい。」


そう言って、ザワザワする皆に頭を下げたのは、ピルテだった。


あれだけテトラの話を聞く事を嫌がっていたピルテが、ここまでするなんて…正直驚いた。きっと、ハイネが母親だから…なのだろう。


「ピルテさんがそう言うなら…」


「ああ。あれだけ一生懸命になってくれていたんだしな。」


「テトラの事は頼みました。」


ピルテが頭を下げると、次々と周りの人達は納得して引き下がってくれる。テトラの為に動いていたピルテを見て、皆が納得してくれたらしい。


「……テトラは、随分と好かれていたみたいだな?」


「はい。聞いたところによると、テトラさんは、ここの皆さんに対して、色々とやっていたみたいですよ。」


「色々と?」


「怪我を手当てしたり、食事を分けたり、本当に色々とやっていたみたいです。」


「なるほど。それは好かれるのも当然か。」


「自分よりも他人の事。そういう言葉がピッタリ来るような人だということみたいですよ。」


「そうなのか。

テトラは、日頃から色々と考えていたみたいだな。」


「そうですね。」


ハイネとピルテも、その話を聞いているのだろう。

テトラを助ける為に動く事を躊躇ったりしていないのがよく分かる。


「取り敢えず、今日は、ここで一夜を明かそう。

煮沸は続けてくれ。適宜包帯を交換しないといけないからな。」


「分かりました。」


テトラの容態は一応安定したものの、全快には程遠い状態だから、誰かが看病している必要が有る。それはスラたんが適任だという事は言わずもがな。


「それと、出来れば宿に戻って、荷物をまとめて馬車と一緒に持って来てくれないか?」


「もう宿には戻られないという事で宜しいですか?」


「ああ。馬車が来たら、テトラを医者の所まで連れて行って、療養してもらう事にするつもりだ。明日、日が昇ってからの事になるから、それまでに頼みたい。」


「分かりました。」


ニル達に必要な事を伝え、テントの中へと戻ると、スラたんが片付けを終えてテトラの様子を確かめているところだった。


「熱はどうだ?」


「少しずつ下がって来ているみたいだね。身体中で起きていた炎症が落ち着いてきている証拠だと思う。」


「それは良かった。意識はいつ頃戻るんだ?」


「麻酔も何も使っていないから、熱がある程度下がれば目を覚ますはずだよ。この調子なら、明日の朝頃には目を覚ますかな。」


「それまでは交代で看病だな。」


「うん。体に巻いている包帯が汚れたら、その都度交換するようにしていれば、身体の表面に見える傷も直ぐに治るはず。ただ、体内の事はどうなっているか分からないから、もう何度が薬を飲ませた方が良いと思う。当然、僕達も、ハイネさん達も飲むべきだよ。」


「ああ。」


何が感染症を引き起こしているのか分からない以上、念には念を入れて対処しなくてはならない。万能薬も解毒薬も、数はそれなりに揃っているから、皆に配っても全然大丈夫だ。

という事で、薬を一通り配り、飲むように指示を出した後、俺とスラたんは交代でテトラを看病し、その間にニルとピルテが馬車を宿から持って来てくれる。


何度か体に巻いていた包帯を変えた頃、夜が明け、街の中に光が差し込んで来る。


「………ん……」


丁度その頃、俺が看病しているタイミングで、テトラが意識を取り戻した。


「スラたん!」


直ぐにスラたんを起こすと、飛び起きたスラたんはテトラの横に座り込む。


「聞こえるかい?」


「………ここ……は……?」


「僕達が一時的に作ったテントの中だよ。」


「……………」


まだ完全に熱が引いたわけではない為、ボーッとしているのか、虚ろな目で俺とスラたんの顔を見るテトラ。


「君は、酷い熱が出て倒れてしまったんだ。

治療はしたけど、まだ動いちゃダメだよ。」


聞こえているのか聞こえていないのか分からないような鈍い反応。視線はゆっくりと周囲を辿っている為、何となく状況は分かっているはずだが…


「治療……私……お金は……」


「そんなものは必要無いよ。だからそんな事は気にせず、今はゆっくり休んで。」


「………あり…がとう……ござ……ます……」


途切れ途切れの言葉で、スラたんにお礼を言うテトラ。

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