第578話 黄金のロクス (4)

「オラァァッ!!」


「っ?!」


ブンッ!ズガッ!!


俺が先に仕掛けようと思っていたのだが、ロクスの方が僅かに早く攻撃を放ち、戦斧を振り下ろして来る。俺がスピードで勝負して来るだろうと読んでいたのか、詰め寄られないように、進行方向を遮る形で戦斧を振り下ろし、俺の足を止めさせる。

その攻撃は、俺に当てる為ではなく、どちらかと言うと近寄らせない為に振られたもので、自分の攻撃を当てる事より、俺に近付けさせないように立ち回っているのが分かる。

攻撃を避ける事は出来たが、やはりリーチ差が有ると、どうしても後手に回ってしまい易くなる。それに、地面に当たった攻撃は、未だに残っている建材を抉り取るような威力の一撃。変な体勢で攻撃を受けたりすれば、強引に攻撃を押し込まれてしまうだろう。

俺としては、踏み込んで自分の間合いに引き込まなければならないのだが、そう簡単に間合いの内側には入らせてくれないらしい。


「はぁっ!」


ビュッ!ブンッ!


戦斧の先端には、棘のような形状の部分が有って、そこで突き攻撃を仕掛けて来たり、斧の部分では足払いや腰辺りを狙って攻撃して来る。

攻撃が速くて重いのは当たり前。そこに加えて、戦い方が非常に堅実だから攻め込むのが難しい。変に前に出たり、大振りはせず、俺の動きを見て一歩先を狙って来る。

攻撃に出ようとした時に、進む先へ攻撃が繰り出される為、俺は動きを急停止させる事になり、その結果、ロクスの二撃目を避けなければならなくなる。

一撃で屠る為の、勝つ戦い方ではなく、相手に思い通りの動きをさせない為の負けない戦い方という動きだ。

最終的には、それで相手のリズムをガタガタにして、自分の戦い方の中に引き込み、イラついて動きが甘くなった相手に攻撃を叩き込むといった具合だろう。


こういう戦い方をするのは、訓練を受けたような者に多く、ロクスが元衛兵だという話は嘘ではなさそうだ。


そういう戦闘方法を取られると、なかなか近付けず、非常に困るのだが…更に、上手く入り込んでも、ロクスの全身は金色の鎧に包まれている。

兜をしていないから、確実に一撃で倒そうとするならば、狙うのは顔面だが…そこへ来ると分かっている攻撃を避けるのは容易い。

他の部分は防具のせいで攻撃が通り難い為、攻め込んだ者は、まず間違いなくロクスの顔を狙うだろう。自分の頭部に来ると分かっている攻撃ならば、防御もそこへ集中させて簡単に受け止める事が出来てしまう。

その為に兜を装着していないのか、それとも、戦闘の際に視界、音、触覚をフルに使えるように装着していないのか。少なくとも、自意識過剰で兜を装着していないという事では無いだろう。


「ははは!こうも簡単に攻撃を避けられるのは久しぶりだぜ!!」


ブンッ!ブンッ!


細かく攻撃を重ね、間合いを常に保つロクスは、笑いながら攻撃して来る。


確かに、ロクスの攻撃を避ける事が出来る相手は、なかなか居なかっただろう。全ての攻撃が、プレイヤーと同等レベルであり、恐ろしく強い。

更に、どの一撃を取っても、無意味に振られた一撃など無く、確実に相手を追い込んで行く為の土台を作り上げていると言った感じだ。

これを相手に、攻撃を避け続けようと思うと、少なくともプレイヤーレベルの実力者でなければ不可能だ。


「ご主人様!」


俺よりも少し後ろで控えているニルが、俺の事を呼ぶ。


「まだだ!」


ニルとしては、俺が一方的に攻撃され続けており、相手の間合いに入れていないという状況に対して、焦りを感じているだろう。一方的に攻撃され続けるという事は、攻撃を受ける可能性は高いのに、相手に攻撃を当てられる可能性はゼロという事になるからだ。

永遠にこの状況が続くとするならば、俺がロクスに勝つ可能性はゼロという事になる。


しかし、ロクスの攻撃を間近で見て、ニルが間に入り込んで、攻撃を受け止めるという選択肢は、絶対に取れないと分かった為、ここでニルに頼ってはならない。

何故ニルを間に入れてはならないと分かったのか。

それは簡単な話で、ロクスの攻撃は、対面している俺への牽制という理由よりも、ニルに対する牽制としての意味合いが大きいからである。


細かく攻撃を分けて攻撃して来るというのは、小盾を使うニルにとっては、非常に厄介となる。

もし、ニルがここで俺の前に立ち、ロクスの攻撃を受けるとした場合の事を考えてみると。

まず、ニルがロクスの一撃目を受ける。恐らく、これは不可能ではないだろう。十中八九、一撃目は受け流す事が出来るはずだ。

しかし、ロクスは、自分の攻撃が受け流されるであろう事を予想しており、流された戦斧を即座に引き戻し、二撃目を放つ。

細かく攻撃しているのに、ロクスが放つ一撃一撃の重さは、床を穿つ程の威力を持っている。二撃目も上手く流せたとしても、三、四撃目となるとそうはいかない。必ずどこかでニルの体勢は崩れて、大きな隙を作る事になる。

ニルが上手く攻撃を流したタイミングで攻め込もうとしても、ロクスは攻撃を流されると分かっている為、体勢を崩すという事が無く、攻め込む俺にも、ニルに対しても有効となるように、戦斧を横振りにして対処するだろう。

結果、俺もニルも足を止めるしかなくなり、ロクスの攻撃を受け続けるしか出来ず、ニルが体勢を崩したところで、勝負が決まる。

俺はニルのカバーに入る為、まず間違いなく無理な動きをする事になり、それを見逃すような相手ではない為……後は大体想像出来るだろう。


恐らく、ロクスとしては、この展開こそが狙っているものであり、俺を近付けさせないようにする為というより、寧ろニルを引っ張り出す為の作戦と言える。

ロクスは、俺の事を近付けさせないように牽制し続けているものの、俺を狙って攻撃して来るわけではなく、牽制し続けているだけというのが、その証拠だ。

俺がロクスに近付けず、攻撃を当てられないのと同様に、ロクスも俺に近付いて攻撃しようとしなければ、俺に攻撃を当てる事は出来ない。俺が近付いた時だけ攻撃して来るという動きだと、俺が一方的に攻撃され続けはいるものの、それさえ避けられるならば、俺も攻撃を貰わない。つまり、互いに互いを落とす事が出来ない状況が続くという事になる。

ロクスとしては、この状況を打破する為に、ニルが前に出て来るという状況を望んでいるはず。しかし、それが分かっているのに、ニルを前に出すというのは、自分から負ける未来に進むという事になる為、ここは、俺がどうにか突破口を開くしかない。


ニルは、俺が攻撃され続けるという状況を、かなり嫌がっている様子だが、俺がダメだと言えば、自分を抑えてくれる。ここはまだ我慢の時だ。


ニルを言葉で制して、俺はロクスと向き合い、更に何合か攻め込んでみる。


「無駄だぁ!」

ビュッ!ブンッ!


しかし、やはり上手く間合いに入り込めず、俺は仕方無く距離を取る。


実に安定感の有るロクスの立ち回り。焦りも感じさせず、落ち着いて自分の考える展開を作り上げようとしている姿は、間違いなくハンディーマンの頭としての風格を携えている。


「やはり、強い奴と戦うってのは良いもんだ。」


「俺としてはさっさと終わりにしたいんだがな。」


「連れないことを言うじゃねえか。楽しもうぜ。」


口角を片方上げて笑うロクス。


その表情を見ると、彼が、間違いなくこの戦闘を楽しんでいると思える。


ロクスの言うように、戦闘を楽しむという感情は、俺の中には無い。特に今は、本当に早く終わらせて休みたいという考えしか浮かんで来ない。


しかしながら…ロクスとの戦闘は、厄介な相手で面倒だとは思うが、気持ち悪さというのは無い。ここまでに相手をして来た奴の中には、同じ空間で息をしているというだけでも気持ち悪いと思えるような奴も多かった。しかし、そういう気持ち悪さというのは、ロクスからは感じない。それ故に、ロクスとの戦闘は、そういう部分で気が重くなる辛さは無い。

出来る事ならば、ロクスの能力を、彼を生かして街の再建に役立てて欲しいとさえ思う。


しかし残念な事に…ロクスは、今回の件で、敵側の大将の一人として戦場に立っている。見逃すという事も、生かすという事も、住民達が許さないだろう。


本当に残念な事に。


「もう少し上手く生きられなかったのか?」


「……それをここで言うかよ?」


ロクスの性分は、荒っぽくはあるが、筋が通っているように見える。


元衛兵で、上官を殺したという話ではあったが、そこには何か理由が有ったのだろうと考えられる。ロクスが、この性分でなかったならば、違う未来も有っただろう。しかし、この性分でなければ、ロクスはここまで強くもなれなかったように思う。

つまり…なるようになる。なるようにしかならないのだ。


ここでそれを聞いたとしても、過去は変わらない。


「だが……そうだな。お前みたいな奴が同期にでも居たならば、もう少し上手く生きられたのかもしれないな。

だが、そうはならなかった。それが全てだ。」


色々と思うところは有るとしても、ロクスの言う通り、こうして敵として対面している。それが全てであり、それ以外の事は有り得ない。これが事実であり、変える事は出来ないのだ。


「そうだな……それならば、せめて、俺が引導を渡してやるよ。」


「…間合いを詰める事が出来ないお前が、大きく出たものだな。」


俺の言葉に対して、ロクスは、言葉では優位に立っているように言っているものの、表情は警戒心を高めたように見える。


俺を、実力者だと納得し、ここから勝つ為のビジョンが俺の中には有るのだと確信しているのだ。

俺の言葉がただのハッタリではないと、ロクスは分かっているのである。


ロクスは強い。

それは間違いの無い事実であり、向き合って戦う俺にはそれがよく分かる。

だがしかし、勝てない相手かと聞かれれば、俺は否と答える。


攻撃の速度や強度には目を見張るものが有るが、それも、目が慣れれば少しずつ回避も楽になってくる。

最初から、俺はロクスの攻撃を全て避けている。それはつまり、俺がロクスの攻撃を見切っているという事である。

それでも、前に出なかったのは、連続攻撃全てを避けられる自信までは無かったからだ。

俺に対処する為に振られる攻撃は、多くても三回。後ろへと下がれば、それ以上の攻撃は襲って来なかった。それが分かった時点で、俺はロクスの攻撃速度や、攻撃する時の癖などを観察する事に徹し、ひたすら攻撃を躱し続けた。お陰で、少しずつロクスの攻撃に慣れ、自信が無かった連続攻撃の回避も、可能だと自信を持って言えるくらいにはなった。


勿論、ロクスが全てを俺に見せたわけではないし、ここから一気にロクスを仕留めるまで事が順調に進むとは思っていないが、少なくとも、ニルを出すか出さないかという攻防には終止符を打つ事が出来る。

俺の攻撃がロクスに届くとなれば、ロクスもニルへの警戒心より、俺への警戒心を高めるしかなくなる為、戦闘方法を変えなければならないはず。

そうなった時、ロクスがどういう立ち回りとなるのかは分からないが、緩やかな戦闘は、ここで終わりだろう。


「俺の言ったことが本当かどうか……試してみるとしようか。」


俺は桜咲刀を中段に構えて、ロクスを見る。


ロクスは、両手で戦斧を持って、口角を片方上げたまま俺を見る。


「………………」


「……………………」


静かな時間が互いの間に流れ、動き出しを探り合う。


俺とロクスの緊張した空気を感じ取って、後ろに居るニルも、その時を見逃しはしないと緊張しているのが分かる。


「………はっ!!」

タンッ!


先に動いたのは俺だ。まずは、真っ直ぐ、真正面からロクスへと近付く。


「おぉっ!」

ビュッ!


槍の部分で突き攻撃を仕掛けて来るロクス。

その攻撃で俺を横へと回避させ、そこに横向きの攻撃を重ねて下がらせる。これがここまでのロクスが行って来た攻撃方法の基本だ。


タンッ!


「っ?!」


しかし、俺が今回行ったのは、横への回避ではなく、への回避。正確に言うならば、斜め前ではあるが、戦斧の横を通るような、踏み込みながらの回避である。

この踏み込みながらの回避というのは、自分が前へと出るスピードと、相手の攻撃の迫って来るスピードが速ければ速い程に難しくなる。それが、このレベルの戦闘となると、コンマ数秒ズレるだけで死ぬような世界である為、かなり危険な行為だし、普通は思い付いてもやろうとはしない事だ。

しかし、俺には毎朝共に訓練してくれているスラたんの攻撃という経験値が有る為、ロクスの攻撃に合わせるというのは、それ程危険を伴う行為ではない。いや…正直なところ、危険ではあるが、スラたんの攻撃に合わせる訓練をしていると、ロクスの攻撃速度ならば、合わせられない事など有り得ないと考えての行動である。

実際にやってみて分かったが、やはりスラたんのスピードというのは、異常であり、そんなスラたんと訓練をしている俺達にとって、大抵の者達のスピードというのは、それ程速くないものだと感じられるのだ。故に、それ程恐怖感も無く、俺はロクスの攻撃に対して、攻める踏み込みが出来たという事である。


「そこで踏み込むかよ!」


ロクスは、すかさず戦斧を引き戻しながら、横にして防御体勢を取る。

ここで無理に攻め込んで来たり、防御力に任せて防御行動をないがしろにしたりしないところは、ロクスの堅実な性分が出ているのだろう。


ギィン!


踏み込みながら、ロクスに振り下ろしの攻撃を仕掛けてみたが、しっかりと攻撃を受け止められる。


この攻撃自体は、そもそも受け止められるだろうと考えていた。俺にとって、ここで大切なのは、間合いを詰める事であって、攻撃を当てる事ではない。このレベルになって来ると、こうして詰め寄る踏み込み程度では驚いたり焦ったりせず、しっかりと対処されるだろうという予想は誰でもするはずだ。実際に、ロクスは焦ったりせず、きっちり防御を間に合わせている。


間合いを詰めるという目的が有り、それが大切だと考えるならば、攻撃を当てるというのは副次目的であり、当たればラッキーくらいの感覚で放つ方が良い。一気に二つの事を成してやろうとすれば、どちらも中途半端になり、必ずどちらも失敗する。

踏み込みに集中し、自分の間合いをキープする為の行動ならば、攻撃するにしては踏み込み過ぎという位置まで近付く事が必要となる。そうする事で、俺の攻撃は何とか当たるが、戦斧は攻撃出来ない間合いになる為、ロクスは必ず俺を遠ざけようとする。その時に、多少距離を取られたとしても、自分の間合いから出られないようにする為には、深く踏み込んでおく必要が有るからだ。

ここで、攻撃を当てようとして、踏み込みを浅めにしてしまうと、攻撃も受け止められてしまい、プラスで距離を取られ、どちらも失敗に終わってしまう。

どちらか一つを確実に成功させるという考え方が重要になる。


俺の考え方は正解だったらしく、ロクスは難無く俺の攻撃を受け止めた。踏み込みが浅ければ、ここでロクスは俺を引き剥がす為の攻撃を繰り出して来ていたはずだ。しかし、俺が深くまで踏み込んだ為、ロクスが攻撃を俺に当てるには、もう一歩距離を離さなければならない。その距離を稼がせる動きを、俺がさせるはずがない。折角俺の間合いへ引き込んだのだ。意地でもこの距離を保ち続けてみせる。


「はっ!」


「っ!!」

ギィン!ビュッ!


後ろへと下がりながら、俺の攻撃を戦斧の柄で受け止めるロクス。

反撃しようとしても、俺の連撃がそれを許さず、離れようとしても、俺はロクスとの距離を一定に保ちながら追って来る。

先程までとは真逆の状況になり、一方的に俺が攻撃を仕掛けている状態である。


ギィン!キンッ!


「くっ!」


ブンッ!ギィン!


ロクスが俺の攻撃を柄で弾く度に、火花が散る。


ロクスに対して有効な一撃となると、鎧を装着していない頭部への一撃に限られる。そうなると、攻撃はロクスの頭部に集中する。

ロクスも、そうなることを分かっている為、なかなか攻撃を通すのは難しく、未だ一撃もロクスを捉えていないが、ロクスとしてはかなり苦しい展開だろう。

流石にロクスの表情も、笑みを携えてとはいかず、眉間に皺を寄せている。


因みに、ニルは少し離れて俺とロクスの攻防を見ている。

魔法やアイテムを使うにしても、俺とロクスがここまでの至近距離で、しかも常に動いていると、俺にまで攻撃が当たってしまう可能性が高い為、それは出来ない。

援護するならば、俺とロクスの攻防の中で、上手く隙を見付けて攻撃を当てるか、防御に入るか…というところだ。どちらにしても、ポンと気軽に飛び込めるような攻防ではない為、その時を待って、じっと俺とロクスの攻防を見ているという事である。


「まだまだぁ!!」


ギィン!ビュッ!ザシュッ!


俺が連撃を繰り出し続けていると、そのうちの一つが、ロクスの左頬を掠り、切り傷を作り出す。


「っ!!おおぉぉっ!」


ビュッ!ブンッ!


攻撃を当てられたロクスは、気合いを入れて、戦斧での攻撃には近過ぎる距離だというのに、強引に戦斧を振り回して来る。


しっかりと鍛えられているからだろうか、この距離で振られた攻撃にも、それなりの破壊力が乗っており、俺も上手く躱す事が要求される。


「はぁぁっ!」

「おぉぉっ!」


ギィン!ブンッ!ビュッ!ギィン!


ロクスにとっては不利と言える距離での打ち合い。それでも、ロクスは互角に打ち合ってくる。

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