第537話 矮小

「はぁっ!!」


ガギィン!


俺はスラたんの攻撃の合間に、ナナシノへの攻撃を行っているが、なかなか攻撃が通らない。

カミツキ草によって防げるスラたんの攻撃を、ナナシノは完全に無視している。つまり、俺とナナシノの一対一。そうなると、守りを固めるナナシノに攻撃を当てるのは一苦労だ。

俺とスラたんで挟撃している状態なのに、手玉に取られている状態だ。いくら俺達が疲労困憊ひろうこんぱいとはいえ、二対一で決めきれないとは…強い。いや…エサソンの能力が優秀過ぎる。


「はっ!」

ギィン!


ナナシノは防御をガチガチに固めてしまっていて、流石にそれを崩して斬り込むのは無理だ。二対一だとしても、ナナシノが必要とする動作は、それ程大きくも無いし激しくもない。このままでは、体力的にキツくなるのが早いのは俺とスラたんの方だろう。


「ご主人様!」


ニル達が急いで用意してくれた風魔法。それが放たれたと同時に、俺とスラたんはナナシノから離れる。


ニル達が用意したのは上級風魔法、大風刃。大きな風の刃がいくつも飛び出して対象を切り刻むというものだが…


ズガガガガガッ!

ザザザザザザザザザッ!


ニル達の放った大風刃が到達するよりも早く、ナナシノの正面に分厚い植物の壁が現れる。


「「「っ?!」」」


「惜しかったなー。もう少し早ければ、掠り傷くらいは付けられたかもしれないのにな。」


唐突に現れた植物の壁。それはナナシノの持っていた物によるものではなく、後方からの支援だった。


「ナナシノ様!大丈夫ですか?!」


「くそっ…」


ここに来て、外部からのナナシノに対する援護が到着してしまった。


こうなる前に終わらせたかったのに、少し遅過ぎた。


「ご主人様!私達で対処します!」


俺とスラたんが最悪の展開に冷や汗を流そうとした時、ニルが誰よりも早く、援護に駆け付けた部隊へ向かって走り出す。

数は数十人。かなりの数だが…


まだ諦めるべき時ではない。


集まって来たのは外に居た兵士達の一部。ニル、ハイネ、ピルテで何とか抑えられる。だから、援護に来た連中の事は自分達に任せて、俺とスラたんで、ナナシノを…そう言われているのだ。


「スラたん!!」


「分かってる!!」


ナナシノに掛けていられる時間はもう残っていない。

ここで仕留め切らなければならない。


「「はぁぁぁっ!!」」


俺とスラたんは、全力でナナシノへの攻撃を開始する。


ギィンッ!ガギッ!ギィン!

「っ!!」


俺とスラたんによる猛攻。


多少の傷を受けようと、そんな事はお構い無しだ。


ここで確実に仕留める!


ギィン!ガギッガギッ!ギィン!ザシュッ!ギィン!

「っっ!!」


流石のナナシノも、攻撃を繰り出す暇さえ与えられない連撃に、手が足りず攻撃が当たり始める。


「うおおおぉぉぉぉっ!」

「はあああぁぁぁぁっ!」


ガギッザシュッザシュッ!ギィン!ザシュッ!

「くっ……そっ!」


ナナシノの体を捉える刃が次第に増え始め、体のあちこちに傷が付き、血が飛び散る。だが、全ての傷が浅い。

ナナシノ本人の強さもだが、問題はカミツキ草だ。

鎧の覆っていない部分を、特に関節部等の重要な部分を中心に守っている為、致命的なダメージを与えられずにいる。尚且つ、カミツキ草が守っている以上、ドリュアスの攻撃がまともに入らない。ドリュアスの魔法を決め手として使うのならば、どうにかしてカミツキ草を除去しなければ…


ドゴォォン!!


俺、スラたん、ナナシノの戦いとは別で、ニル達三人もかなり激しく戦っている様子だ。相手の援護に来た連中も、ナナシノを援護に来たのに、そこまで辿り着けないとなれば、何をしに来たのかという話になるし、必死にニル達を突破しようとしている。しかし、それをニル達三人が必死に止めてくれている。


こうなったら…桜咲刀が潰れるのを覚悟で、無理矢理にでも…


未だ三分の二程度しか変色していない桜咲刀を持つ手に力を込め、全力で叩き付けようと決心しかけた時だった。


「オラァァ!!」


「っ?!」

ズガッ!!


ナナシノがフランベルジュを振り下ろし、俺はそれを横へと跳んで回避する。その最中。体を捻りながらフランベルジュの一撃を見送った時、ナナシノの右肩辺りに、カミツキ草とは別の影が見えた。

一瞬、またナナシノが別の植物を利用して、俺達を攻撃しようとしているのかと思ったが、そうではないと直ぐに分かった。


透明な水色のぷるぷるボディ。


スライムだ。


全く気が付かなかったが、スラたんがナナシノの体にスライムを忍ばせたのだ。

ナナシノも、俺達がスライムを使った攻撃をしている事は知っていただろうし、警戒もしていたはず。実際に、スラたんの事はカミツキ草に任せていたにも関わらず、スラたんの近くに居る時間を、なるべく減らそうと動いていた。それは、スライムによる攻撃が、植物達にとって相性最悪の相手だと理解しているからだろう。


ここまで、色々な改変された植物を見てきたが、そのどれに対しても、ある程度有効な攻撃が出来てしまうスライム。ハッキリ言ってしまえば、ナナシノの天敵と言える存在である。つまり…ナナシノの持っているエサソンの力と、スラたんの持っているピュアスライムの力を見た時、圧倒的にピュアスライムの方が有利であると言えるのだ。


但し、スライムは動きが遅く、ナナシノレベルの者にとっては超弱い存在だ。それこそ、撫でれば消し飛ぶ程度のモンスターでしかない。ナナシノに気付かれてしまえば、その瞬間にスライムは生存する事を許されなくなり、消し飛んでしまう。

これがラージスライムのようなものならば話が変わって来るかもしれないが、スラたんがナナシノに忍ばせたのは、どこにでも居るようなただのスライムだ。

ラージスライムならば、あらゆる物を溶かしてしまう程の強烈な分解能力をもった微生物を保有しているし、それを聞いただけで要注意なモンスターだと理解出来る。しかし、今、ナナシノが俺達を倒す為に使っているのは、全てが植物であり、それはつまり、全てが有機物であると言える。カミツキ草の硬質化している部分は無機物の集合体かもしれないが、茎の部分や根元は普通の植物と何も変わらない為、同じ事だ。要するに、ラージスライムのような強い微生物を使わずとも、ただのスライムで十分に対処が出来るという事になる。

そう考えて、体積的にも小さく、脅威度の低いスライムを使ったのだろう。撫でれば消え去るような弱いモンスターだからこそ、相手も警戒していないのだ。まさか、俺とスラたん二人を手玉に取るような自分に対して、ただのスライムを当てるとは思っていないのだろう。矮小な存在だと思っているからこそ、彼はスライムという存在がどれ程脅威的な存在なのかを知り得ない。まあ、スラたんのような特殊な研究家でも友人に居ない限り、あまり知る由もない事だが。


ナナシノは、自分の右肩辺りにスライムが乗っているのに、それに気が付かないのかと思うかもしれないが、そこにはカミツキ草が伸び出していて、スライムが乗っても感覚が皮膚にまで伝わらないのだ。

その上、スラたんの手数は多い。カミツキ草によって攻撃される事を恐れず、何度も何度も攻撃を繰り返していた。ナナシノは、カミツキ草によってその全てを防いだ事で、少しずつスラたんへの意識を削がれていたのだ。

十分にスラたんへの意識が削れたと判断したスラたんが、攻撃に合わせて密かにスライムを忍ばせた。しかも、そのスライムは体組織を随分と削がれており、拳程度の大きさになっている。

ただでさえ弱いスライムを、更に握り潰せる程に小さくしたのだ。まさか、こんな弱小なスライム一匹に、自分の完璧な防御が破られるとは思ってもいない事だろう。


俺は、ナナシノの右肩辺りに付着しているスライムに気付かれないように、ナナシノの左手側へと回り込む。


「しぶとい野郎だな!さっさと死んどけぇ!」


ブンッ!ガギッ!ザシュッ!


俺が左手側へと回り込もうとしたのを、フランベルジュの横振りで止めるナナシノ。

なるべく攻撃を直接受けないようにはしたいが、ここは強引にでも攻めたい。そう考えているからか、ナナシノの攻撃を受け止めきれず、右の肩口にフランベルジュの波打った刃が走る。


「っ!!」


痛みは強いが、斬られたのは表面だけ。右腕が使えなくなるような傷ではない。

だが、痛みによって僅かに反応が遅れてしまった。


ドゴッ!

「ぐっ!」


ナナシノの右足が俺の腹に当たり、口から声と空気が漏れる。


咄嗟に左腕で蹴りの軌道を変えて鳩尾みぞおちには当たらなかったし、体を後ろへと引いて威力を弱めたが、それでもプレイヤーの蹴りとなると、なかなかの破壊力。

俺の体は後ろへと大きく弾かれて、ナナシノとの距離が開く。


「オラァッ!!」


ビュッ!!

「っ!!」


ナナシノは、後ろから何度も攻撃を繰り返していたスラたんに対して、体を反転させながらフランベルジュを突き出す。


俺への攻撃が当たったのを見て、スラたんは直ぐに離れる為の行動に移っていた為、攻撃を貰う事はなかったが、二人で挟撃しても五分五分以上の戦闘を行うとは…やはり友魔というのは、この世界においても、強力な存在だ。

それがこんな奴の手元に有るというのは実に嘆かわしい事だが、それを言っても仕方の無い事。それに、もうそろそろ、スラたんの仕掛けた攻撃が実を結び始める頃だ。


「くっくっくっ。二人掛かりで攻めて来ても、結局この程度か。俺の力には遠く及ばないな!」


実に楽しそうに笑っているが、これらの力はナナシノの力ではなく、エサソンの力だ。友魔を手に入れた事で、それが自分の力だと思い違いをしているらしい。

そう考えると、オウカ島にいた四鬼達は、友魔を手に入れた事で、寧ろ、より一層自分を磨く事に重きを置いていたが、それは凄い事なのかもしれない。強い力を得た事で払うべき代償や、負うべき責務。そういうのを理解して、強者として在るべき姿を追い求めるというのは、簡単に出来ることではないのだろう。ナナシノのように、力に溺れてしまう事の方が圧倒的に多いはずだから。


「ゴホッゴホッ…」


腹を蹴られて多少呼吸が乱れた事で、片膝を地面に着いてしまったが、自分の力に酔ってしまっているナナシノは、それを見ても追い討ちを掛けて来ない。ここで更に追い討ちを掛けて来るようならば、少し辛くなるところだったが、呼吸が整うまで待ってくれるなんて…俺達の事を馬鹿にしたツケを、直ぐに払わせてやる。


「ソロプレイヤーシンヤを倒したとなれば、俺もトッププレイヤーの一人だな。くっくっくっ。」


エサソンの力は、確かに強い。だが、全く付け入る隙の無い力でもない。


例えば、木魔法に対しては火魔法が有効なように、ナナシノの全身を火達磨にしてしまえば、いくらエサソンの力で植物を操ろうとも、火に強いというパラメーターにした植物以外は燃えて灰になってしまう。

しかし、そんな事はナナシノも承知している。

その為、火魔法を使わせないように、この円筒状の領域を作り出しのだろう思う。円筒状の壁に囲まれた敷地内は、上空部分をシールドで覆われており、空気穴もろくに作られていない。火魔法を使ってしまうと、窒息する恐れが有るし、植物に対して有利な火魔法を制限する策は他にも準備しているだろう。

加えて、スライム達が暴れ出さないように、常にスラたんに目を光らせていた。

念入りに、火魔法への対策を準備し、スライムの事も警戒していたナナシノは、それなりに優れた策略家だとは思う。ここまで来る間にも、幾度かこいつの策によって危険に晒された時が有ったし、現在進行形で辛い状況に立たされているから間違いないだろう。

付け入る隙が有る事を理解して、それを補う為の策も準備し、俺達を思い通りに誘い込み、最高の形で戦闘に持ち込んだ。完璧に俺達を捉えたと思っているに違いない。実際、俺達としてはかなり辛い状況に有る。


でも、今……その強固に見える策の全てが、拳程度の大きさのスライムたった一匹によって、全て瓦解する。


「これでソロプレイヤーシンヤも終わりだ!死ねぇぇ!!」


片膝を着いた俺に、ナナシノがフランベルジュを持ち上げて走り込んで来る。


その顔には、負ける気など微塵も無く、これから俺を両断する事しか考えていない。


策を立て、実行する為の力は認めよう。エサソンの力も、悪い方にだがかなり有効活用していたと言える。

だが、その全てが思い通りに進んでしまった事で、彼は自分の策が矮小な存在一つで崩れ去るなんて考えられなくなってしまった。思い至らなくなってしまった。悦に入ってしまったのだ。


既に、ナナシノの体を取り巻いていたカミツキ草は、その殆どがスライムによって分解され、動かなくなっている。


俺達二人を相手に、ここまで優位に立っていたナナシノ。もし、勝っているからこそ、気を引き締めていれば、スライムにも気が付けたのかもしれない。

まあ、調子に乗ったナナシノを助長するように仕向けたのは俺とスラたんだが。


自分の防御の要であるカミツキ草が、既に使い物にならない状態に有るとは考えていないナナシノは、強引に俺に向かってフランベルジュを振り下ろす。


ギィンッ!ギャリ!ギィン!


一度、二度、三度と刃を俺が弾く。


「耐えたところで無駄なんだよぉ!!」


醜悪な笑みを俺に向けてフランベルジュを振り回すナナシノ。


防御の要であるカミツキ草が消えたとしても、ナナシノ自身の強さは残っている。

単純に打ち合うだけでも厄介な相手なのだから、俺はナナシノのように油断で負ける事のないように、最後まで気を抜かずに攻撃をいなし続ける。


タンッ!


そんな俺とナナシノの打ち合いが、十合に届くかというところで、ナナシノの背後にスラたんが走り込む。


ナナシノは、攻撃力の低いスラたんなど敵にはならないと、振り返る事もせず、俺への攻撃を優先する。


ザシュッ!!


「があああああぁぁぁっ?!」


しかし、カミツキ草がスラたんの攻撃を防ぐ事はなく、右肩に深くダガーの刃が突き刺さる。


自分の右肩に突然走った激痛に声を上げ、痛みに眉を寄せながら。何故、先程までは傷付けられなかったスラたんが、自分を傷付けているのか、全く理解出来ないと言いたげな表情を見せるナナシノ。


自分よりも弱い者達を食い物にしてきたナナシノが、その弱い者達でさえ馬鹿にするような、更に弱い生き物に負けた瞬間だった。


ザシュッ!!


「ぐあああぁぁぁっ!!」


右肩に突き刺さったダガーを、一気に引き抜くスラたん。


その時に飛んできたナナシノの血が、俺の頬に当たった瞬間、俺と繋がっていたドリュアスの力を引き出す。


ズゾゾゾッ!!


待っていたと言わんばかりに、塞き止められた怒りが爆発し、ドリュアスの作り出す植物達が、エサソンの体へと巻き付いていく。


「まだ殺すな!」


俺は情報を抜き取らなければならない事を思い出して、ドリュアスに少し強い口調で言う。ドリュアスも怒りで我を失いつつ有ったから、これくらい強く言わないと声が届かないのだ。


「ぎゃあああああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


全身に巻き付いた植物が、ナナシノの体へと侵入し、その痛みに絶叫するナナシノ。気絶しないのは大したものだ。もしかすると、ドリュアスが気絶しないように何かしているのかもしれないが。


俺の言葉を聞いていたドリュアスは、ナナシノの体に植物を侵入させたが、まだ魔法を完成させておらず、ナナシノは生きている。しかし、何と言えば良いのが……アイアンメイデンのような状態と言うのが一番近いのだろうか。植物達がナナシノの全身を覆い尽くしつつ、皮膚から体内に侵入している。

しかもだ…体内に侵入した植物は、即座にナナシノの筋肉やその他諸々に巻き付いて自由を奪っている為、指先一つ動かす事が出来ない状態になっている。動かせるのは眼球と肺くらいのものだろうか。


「ぐっ…ん゛……」


何とか抜け出そうとして体をビクつかせているが、既にナナシノは何も出来ない状態に有る。エサソンが友好的に契約を結んだ相手ならば、ナナシノを助けようとするのかもしれないが、浮遊しているエサソンに動く気配はない。


ズガガガガガガガガガッ!!


ナナシノの自由を完全に奪ったタイミングで、援護の連中を抑えていたニル達の方から、物凄い音が響いて来る。

大丈夫かと視線を向けたが、どうやらハイネ、ピルテによって放たれた上級土魔法の攻撃音だったらしく、三人は無事。

あれだけの人数を相手に、三人で戦い、上級魔法を放つ時間を作り出したというのには驚いた。こちらが片付いたら三人の援護に入ろうと考えていたが、その必要は無かったらしい。


「ご主人様!」


敵兵に立ち上がる者は誰もおらず、それを確認したニル達が俺達の方へと向かって来る。

三人のお陰で本当に助かった。援護の連中を抑えてくれた事で、こっちの戦闘に集中出来た。


「スラタン!」


「だ、大丈夫…」


ハイネとピルテがスラたんに駆け寄る。両手が血だらけでボロボロだ。


「こんな状態で大丈夫なんて!医学に詳しくない私でも大丈夫じゃない事くらい分かるわよ!」


「直ぐに治療します!」


スラたんの強がりは一瞬で看破されて、二人が治療に当たってくれる。まあ、強がりと言うよりは、両手が使えなくなるような深刻な怪我ではないと言いたかったのだろうが…深刻かどうかはハイネ達には関係無い事だった。


スラたんの治療が終わり、一先ず両手は大丈夫そうだと分かったところで、ニルが動けなくなったナナシノに目を向ける。

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