第530話 壁内へ

逆さになった状態で、ニルに引き上げられるということは、逆バンジージャンプみたいな状態という事になる。上に向かってバンジージャンプなんてやった事が無いし正しい表現なのか分からないが……とにかく、俺は逆さになった状態で、上へと移動しているのだから、俺から見ると、矢と魔法の進行スピードが体感的に遅くなる。そうなれば、矢や魔法を打ち落とすのはかなり楽だ。しかも、飛んで来る矢と魔法は数えられる程度。数回刀を振るだけで良かった。


俺は矢と魔法を打ち落とし、上昇スピードがゼロになる前に、体の上下を元に戻す。その後、鉤糸を掴み、次はニルが上へと飛ぶ番となる。俺が矢と魔法を打ち落として直ぐの話である為、下から飛んで来るのは矢のみ。魔法は準備が整うはずがない。しかも、矢も二、三本が飛んで来るだけだ。ニルが飛んで来た矢を簡単そうに戦華で打ち落とし、そのまま壁の上まで飛んで行く。


タンッ!


そうして、壁の上部に辿り着いたニルが、最後に俺を引き上げて、遂に全員が壁の上へと到達する。


タンッ!


「ふう…何とかなったな…」


「ごめんね。援護出来なくて。」


俺とニルが壁の上部に到達すると、スラたんが直ぐに声を掛けてくれる。

かなり余裕そうな態度だが、実際にある程度余裕みたいだ。

壁の上に居たのは弓兵と魔法兵が主である。故に、スラたん、ピルテ、ハイネに接近されて、相手が三人と同等に渡り合えるはずがない。ただ、数が多い為、俺達を援護出来る程の余裕は無かったという事らしい。しかし、その分相手を削る事が出来たらしく、俺達の着地した付近は、既にスラたん達のテリトリーとなっていた。


俺達が乗っている壁は、暑さが約三メートル。かなり分厚い石壁で、所々、表面に木の根のような物が見えている。

三メートルの暑さの石壁というだけでもかなり強固なのに、その上で例の植物の根が張り巡らされているとなれば、物理的に破壊するのは不可能に近いだろう。


壁の内側には、やはり防御魔法が展開されているらしく、光魔法の防御壁がドーム型に展開されている。シールドは、壁の上部、内周側から膨れ上がるような形で張られている。恐らく物理攻撃、魔法攻撃共に防ぐ事が出来る類の防御魔法だろう。

数百メートルにもなる直径の壁に囲まれた場所となると、使っているのは魔法ではなく魔具だと考えるべきだ。恐らく、壁の中に仕込んであるか、内側の側面辺りに埋め込んであるのではないだろうか。

ここまで大きい範囲を覆う事の出来る魔具となると、かなりの数と額になる。こうなってくると、俺達が想像しているよりもずっと多くの貴族連中が、ハンターズララバイとの関係を持っていると考えた方が良い。

ここまで大きな盗賊団ともなると、ないがしろにしてしまう事で、体裁以上に不利益を被る可能性が高いし、一人が関係を持つとなったら、次々と手を結ぶ貴族が増える。そうして、変に持ちつ持たれつの関係性が出来上がっていたのではないだろうか。


世の中、潔白な者達だけで全てが回る程に甘くはないという事はよく知っている。常識的に考えると、非難されてしまうような事も、街を繁栄させる為には必要となったり、何かを守ろうとする為に非道が必要となったりする事も有るだろう。光ある所に闇は必ず有るとも言うし、世の中綺麗事だけでは回らないし、闇の部分は確実に存在する。特に、奴隷という制度や、モンスターの存在や冒険者という制度の有るこの世界では、そういう闇の部分というのは大きな意味を持っているのだろう。

そんな闇の部分を担っているのが、こういった連中や、それに手を貸している貴族連中なのだ。取り締まる側の者達も、ある程度は暗黙の了解的に見逃している事も有ると思う。それで街が上手く回っていると言えるならば、俺だって敢えて口や手を出すなんて事はしない。それがこの世界でのルールなのだろうし、その街やそこに住む人達の為になるというのならば、絶対悪とも言えないからだ。


しかし、今回の場合は違う。


今回の襲撃に関してのみ言えば、完全な蹂躙であり、そこには悪意しか存在していない。そんな事に手を貸している貴族が、信じられない程に多いという事になると……大同盟の話を進める際に、色々と、しっかり調べてから貴族連中と関わるようにしなければならないかもしれない。


獣人族王の娘であるプリトヒュは優秀だし、その辺りの事もしっかりと手を回しているとは思うが、今回の事について、この周辺を拠点にしている貴族連中の大部分が関わっているかもしれないという話は、しっかりとプリトヒュに伝えた方が良さそうだ。変に貴族連中を取り込み、中に招き入れた奴がクズで、内部から瓦解…なんて事になったら死んでも死にきれない。


まあ、それもこれも、ハンターズララバイを潰してからの話だし、まずはこっちをどうにかしなければ話にならないのだが。


壁の内側、防御魔法の内側は、外から見えないようになのか、天井のように植物の枝が伸びていて、全く中の様子は分からない。頑張れば葉の隙間から見えるのかもしれないが、現状でそんな事をしている暇は無い。


「全員上がって来やがった…」


「お、おい!どうするんだよ!?」


「チッ…陣形を組め!ここまで近付かれたら誰かが前に出ないと矢も魔法も使えねえ!」


スラたん、ハイネ、ピルテが三角形になるように立ち、壁上の敵兵は、その周りに立っている状況だ。

弓を持っていた連中の一部は、弓を捨てて腰から武器を抜き取り、魔法使いの連中は、その後ろへと下がる。


壁は円筒状になっていて、俺達を襲おうとする場合、壁の続いている左右のどちらかからしか攻撃する事が出来ない。壁の内側は防御魔法によるシールドが有るし、外側は何も無く、十メートルの崖だ。


「ニル。スラたん。右を頼む。俺は左を何とかする。」


「分かりました。」

「了解だよ。」


「私がシンヤ様の援護に入ります。」


「ああ。宜しく頼む。」


俺とピルテ、ニルとスラたんで別れて、背中を向け合う形で武器を構える。


「ハイネ。防御魔法より…」


「ええ。分かっているわ。先にニルちゃん達の方を止めちゃうわね。」


「ああ。頼む。」


俺が考えていた事を、ハイネも考えていたらしく、作戦を伝える前に話が終わる。


「ピルテ。無理する必要は無いからな。落ちないようにだけ気を付けて、ここは堅実に行くぞ。」


「はい。」


ピルテは俺の右斜め後ろでシャドウクロウを構える。


相手の兵士達はザワついており、指示を出している者は見えるが、指揮官というわけではなさそうだ。

壁上で殆どが弓兵と魔法兵ばかりの配置とはいえ、隊長格が居ないという事は有り得ないはず。となると恐らく、スラたん達が、先に隊長格の者を仕留めてくれたのだろう。

誰の指示を聞いたら良いのか…という状態みたいで、浮き足立っているのを感じ取れる。


「い、行くぞ!」


一応で指示を出している男が叫ぶと、何人かがゆっくりと行動を開始する。全員が一気に突撃して来たら、地上とは違い動ける範囲が決まっている為、厄介極まりないなと考えていたから、そうならなくて助かった。指揮官を先に落としてくれた事で、かなり楽に状況を進められそうだ。

問題は、目の前で直剣を構えている連中ではなく、弓兵でもなく、魔法兵である。

この場で有効な魔法はどんなものなのかと考えてみた時、一番最初に思い付くのは、きっと皆大体同じだろう。それは、相手を壁から落とすような魔法である。

風魔法で吹き飛ばしたり、水魔法で押し流したり、土魔法で押し出したり…まあ、その辺が一番最初に出てくる策だと思う。足場は言っても幅三メートル。最長でも三メートル相手を動かす事が出来れば、後は下に落ちて行くのを上から眺めるだけだ。

それを相手にやられてしまうと、こちらとしてはかなり辛い。そうならないようにする為には、まず魔法使いの連中が魔法陣を描けないような攻撃が必要となる。

例えば、スラたんならば相手の間をスピードで走り抜けて邪魔したり、ニルならばシャドウテンタクルやアイテムを使えば、後ろに隠れている魔法使いを攻撃出来る。

俺ならば神力が有るし、ピルテならばシャドウクロウで中距離の攻撃が可能だ。見えない位置まで下がられてしまうと流石に手を出せないが、どうやらそんなつもりも無さそうだ。


「ピルテ。魔法使いを頼むぞ。」


「任せて下さい!」


取り敢えず、魔法を使わせないように邪魔だけしておけば、一気に俺達全員が落下という最悪の事態だけは避ける事が出来る。


俺が近接戦闘を行い、ピルテがシャドウクロウで魔法使いの連中を適宜攻撃して魔法陣を描く邪魔をする。これだけを確実に守ってさえいれば、じっくり戦う事も出来る。


地上十メートルで、無理して戦う必要は無いし、攻撃手段には考えが有る為、ここは堅実に時間を稼ぐ。


「はぁっ!」


ギィンッ!

「くっ!」


俺の正面から斬り込んで来た男の直剣を弾く。

そもそもが弓兵なのだし、近接戦闘を得意としていない連中であるので、攻撃は遅いし軽い。

しかし、強く前には出ず、ピルテの守りを優先し、他の連中が横を通り抜けられないように、しっかりと防衛線を築く。


ビュッ!ザシュッ!

「があぁっ!」


何度か迫って来た連中の攻撃を弾いていると、後ろから伸びて行ったシャドウクロウが、魔法使いの一人の肩口に突き刺さる。魔法陣を描く事に集中している為、攻撃を避ける事が出来ないらしい。本来ならば、避ける必要が無いように、前衛役がしっかりと視界を切るように立ち位置を調整したりするのだが、慣れていない前衛に、そこまで出来る者がいるはずがない。


攻撃を受けた魔法使いは、描いていた魔法陣を描き切れず、途中で魔法陣が消えていってしまう。ピルテの攻撃が必ず当たるとは言えないが、当たらずとも、避けようとした際に線のズレてしまった魔法陣は消える。俺とピルテがやる事はそれだけで良い。

ピルテも、俺が言ったように、ここでは攻撃力や相手への被害を無視して、確実に魔法を阻止する事だけを考えて、堅実に戦ってくれる。


カンッ!ギィン!

「クソッ!」


「ダメだ!俺達が剣で勝てる相手じゃない!」


「そんな事は最初から分かってるんだよ!だがここで止めねえと俺達が殺される!」


「くっ……」


どうやら、俺達を止めないと、彼等が後々酷い目に遭ってしまうらしい。テンペストの拠点に来てからというもの、バラバンタの脅威に対してかなり怯えている者達が多い。全盗賊の親玉なのだから、弱い奴では務まらないとは思うが、それにしても、随分と恐怖心を植え付けられた連中が多い気がする。余程、日頃から自分の下の者達に対して厳しく当たっていなければ、ここまで恐れられる事もない。かなり冷酷な性格の者であるに違いない。


ズガガガガッ!!


そんな事を考えながらも、敵兵を牽制し続けていると、後ろから激しい音が聞こえて来る。


「シンヤさん!こっちは大丈夫よ!」


「クソッ!分断された!」


ハイネが使ったのはウォールロック。

ニルとスラたんが相手の牽制を行っている間に魔法陣を描き、足場の壁の上に、相手を塞き止める形で壁を作り出したのだ。中級魔法であるが故に、長い時間相手を塞き止められるわけではないが、一時的に一方向からの攻撃だけに集中すれば良い状況を作り出す事に成功した。


「ご主人様!」


「僕も援護に入るよ!」


目の前に壁が出来上がった事で、ニルとスラたんは俺とピルテに合流。そのまま相手の制圧に掛かる。


わざわざウォールロックを破壊せずとも、ぐるりと回り込めば、反対側から俺達の元に辿り着く事は出来るが、百メートル近い直径の外壁を回り込もうとするには、三百メートル超の距離を移動しなければならない。さっさと戦闘に復帰するならば、ウォールロックを破壊する方がずっと早い。しかし、スラたん達が魔法兵をある程度間引いてくれたはずだから、破壊される前に俺達の一手が決まるはず。


「ハイネ!壁を頼む!」


「ええ!任せて!」


ハイネにもう一枚の壁を、俺達を挟んだ反対側に作るよう指示を出し、俺は別の魔法の準備を始める。


「ピルテ!ニルとスラたんに任せて風の防御魔法を頼む!」


「風…分かりました!直ぐに!」


一瞬だけ疑問顔を見せたピルテ。しかし、俺の指示の意図を読み取ってではなさそうだが、直ぐに魔法陣を描き始める。


「好き勝手にやらせるな!直ぐに矢を放て!」


俺達に対処していた連中の後ろから、人を掻き分けて銀色の兜を被った男が近付いてい来るのが見える。

別の場所に居た指揮官クラスの男のようだ。それなりに良い装備をしているみたいだが、突撃して来るのではなく、指示に専念している。


「さっき指揮官を潰したのに、もう別のが現れたみたいだね。」


ビュビュビュビュッ!

カンッ!キンッ!


「面倒な…」


指揮官の指示によって、相手の兵士達の動きが良くなり、なかなかに面倒な状況へと突入する。いや、先に攻撃される方向を限定出来て良かったと取るべきか。

ニルが盾を使って飛んで来る矢を弾くが、このまま相手の動きが指揮官の指示によって良くなって行くのは面白くない。


「先に僕が突っ込んで指揮官の男をどうにかしようか?」


スラたんはダガーを構えて指揮官に狙いを定めるが…


「…いえ。ここは耐えましょう。」


ニルは、それに対して否と答える。


「ご主人様達が何かしようとしています。この状況ならば、下手に前に出るよりも、守りを固めた方が良いかと。」


「なるほど…了解したよ。」


スラたんは、俺とハイネ、ピルテの方を一度だけ見て頷く。

ニルが止めなければ、俺がスラたんを止めていたところだが、どうやらニルは何となくでも俺のやりたい事が分かっているらしい。


僅かな時間、スラたんとニルが正面からの攻撃を弾き、何とか時間を稼いでくれる。


「ニルちゃん!スラタン!下がって!」


「チッ!させるな!魔法使いの女を攻撃しろ!」


バァンッ!

「「「「うあああぁぁっ!」」」」


ニルとスラたんが俺達の方へと飛び退いたタイミングで、相手の指揮官は直ぐに反応して攻撃を指示する。どんな魔法にしても、こんな壁の上で使用されるのは嫌なものだ。実際に、俺達の魔法を止めようとしたのは間違った行動ではなかった。

しかし、残念ながら遅かった。ここに来て、ニルが閃光玉を投げ付けて、相手の視界を奪ったのだ。接近戦をする程に近付いていた敵兵達は、突然の閃光に目を眩ませる。

魔法と近接武器による戦闘を続け、臭い玉以外の派手なアイテムの使用を控えていた事で、俺達の使うアイテムに対する警戒心が薄れていた。その僅かな意識の隙間を狙った見事なタイミングだ。

それに、投げ付けたアイテムは、ニルの足元にぶつかって閃光を発した為、敵兵達が反応する時間がまるで無かった事も、上手く閃光玉が作用した理由の一つだろう。


後ろに居る俺達からは、ニルの手の動きがよく見える為、黄色のカビ玉を取り出した時点で、目を伏せる準備が出来ていた。ニルの隣に居たスラたんは、ニルが一言掛けるだけで対処出来る。要するに、俺達の方に被害は一切無い。


「壁を作るわよ!」


ズガガガガッ!


ハイネの魔法が発動し、ウォールロックが生成される。丁度俺達を挟み込むような形で建てられた壁。その向こう側で、敵兵諸君がザワついているのが聞こえて来る。


「風魔法!準備出来ました!」


ピルテの準備が整うと、直ぐに声を掛けてくる。俺の方はもう少し掛かるが、敵からの攻撃も無く、集中して魔法陣を描ける為、戦闘中よりずっと早く描く事が出来る。俺の魔法陣が描き終わるまでに、敵兵が壁を突破する事も無いだろう。


「ピルテ!魔法をこっちに向かって発動させるんだ!」


「はい!!」


ゴウッ!


ピルテの魔法陣が緑色に光ると、俺達の周りに風が渦巻き、その後、拠点内部側に向かって風の障壁が現れる。


ピルテが使ったのは、上級風魔法、ウィンドシールド。名前のままの魔法で、単純に風の障壁を作り出すという魔法である。上級魔法である為、非常に強烈な風が巻き起こり、投擲物等を尽く巻き込んで無効化する程の威力を持っているのだが、正直、あまり戦闘では使わない魔法である。

考えなくても分かるとは思うが、生成されるのはあくまでも風だ。物理的な質量が高い物はどうする事も出来ないし、シールドである為、中に入ると切り刻まれるという事も無い。つまり、言ってしまえばただ強烈な風が吹いているだけの事。防御力を重視するならば、他の属性による防御魔法の方が圧倒的に使用頻度は高い。

使い方によっては色々と応用出来なくもないが、敢えてウィンドシールドを使う必要は無く、他の風魔法を使う事が非常に多い。

他にも、いくつかの防御魔法が風魔法には有るのだが、どれも似たような理由で、あまり使用されない魔法である。

それ故に、風の防御魔法をピルテに指示した時、彼女は一瞬だけ疑問に思った顔をしたのだ。そんな使えない魔法をここで用意する理由が分からないという気持ちだった事だろう。

だが、敢えて風の防御魔法を使用した理由は、この後直ぐに分かる事となる。


ピルテの魔法が発動したのを確認し、俺は描いていた魔法陣を完成させる。


ゴポゴポッ!


俺が使用したのは、上級水魔法、轟水流。

それを、円筒状の壁上部に張られているシールドの頂点部で発動させた。


ザバァァァァ!!


生成された大量の水が、シールドの頂点部に当たると、半球状のシールド表面を勢い良く流れ落ちて来る。当然、流れ落ちる先には、俺達を含めた壁上の人間が居る。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る