第519話 農夫達 (2)
被害数は…もうよく分からないが、沢山の者達が死んだ事だけは分かる。
「行くよ!!」
「はい!!」
スラたんがダガーを手に、地面を蹴る。
それに続いてニルも走り出す。
相手にとってかなりの痛手となる程の数を屠ったが、それでもまだまだ敵は沢山居る。潰せたのも雑兵ばかり。要人と言えるような奴は一人も居ない。
しかし、問題はそこではない。今はとにかく相手の数を減らし、農夫達を出来る限り安全に立ち回らせる事が重要である。俺達は、ここから更に盗賊連中に追い討ちを掛けることで、ヘイトを完全にこちらへと引っ張るのが仕事だ。
「ハイネとピルテは逃げ道を確保しておいてくれ!」
「分かりました!」
「了解よ!」
相手に斬り込むのは良いが、数が数であるため、完全に囲まれてしまうと危険だ。追い討ちを掛けつつも、危険な時は一時的に引く事も視野に入れ、戦闘に入る。
「スラたん!距離感に気を付けろ!囲まれたら終わりだぞ!」
「分かってる!」
ザシュッザシュッ!
「ぎゃああああぁ!」
「ニル!俺じゃなくてスラたんの動きに合わせろ!」
「はい!」
カンッ!ザシュッ!
「ぐあぁぁっ!」
俺は二人より少しだけ後ろに立ち、指示を出しながら、状況把握を優先する。
あれだけの大魔法を受けたというのに、少し動揺が走っただけで、直ぐに立て直して応戦してきた。やはり他の盗賊団とはひと味違うらしい。
「おいっ!横に回り込め!」
「魔法はまだか?!」
相手もかなり戦い慣れている連中ばかりで、指示が的確な上に早い。もう少し混乱に乗じて敵を減らしたかったが…いや、過ぎた事を考えていても仕方が無い。ここからどうするかの方が大切だ。
農夫達を追っていた連中は、足を止めてこちらへと戻ろうとしているが、途中まで農夫を追っていた為、到着には時間が掛かる。無力化は出来ていないが、実質農夫達を追っていた数十人はこちらの戦闘に参加出来ないという事になる。
「スラたん!横に回り込ませるな!ニル!スラたんの穴を埋めろ!俺が逆側に入る!」
「任せて!」
「分かりました!」
こちらも連携を素早く取り、互いの距離を保ちながら、戦場を駆ける。
ガキィィン!
「ニル!」
「はい!」
俺が敵の攻撃を弾いたタイミングで、ニルに声を掛けて後ろへと跳ぶ。
ニルもそれに反応して直ぐに後ろへと跳び、相手との距離を取る。
「逃がすな!」
「待て!!」
俺とニルが後退した事によって、何人かが前へと踏み出してくる。
ズガガガガガガガガガッ!
「「「「ぐあああぁぁぁっ!」」」」
上空から降ってきたのはハイネとピルテが発動させた中級土魔法、ストーンアロー。中級魔法で威力は低いが、俺達の援護が目的である為、派手で範囲を定めるのが難しい上級魔法よりも、地味ながら敵に負傷を与えて動ける者の数を減らす魔法を選んでいるのだ。魔力の温存も目的としているだろうから、後ろから飛んで行く魔法は基本的に中級魔法だと考えて良いだろう。
「今だ!掛かれ!」
ハイネとピルテによる攻撃のタイミングは、完璧に近かったはずなのに、相手の連中もかなりのやり手なのか、攻撃を受けたのは数人…多くて十人程度。それだけしか引っ掛からなかった。それでも援護としては十分なのだが…相手は、俺達の後ろで援護してくれるハイネとピルテに対しても、警戒を怠らないとなると、俺、ニル、スラたんの三人を相手に、周囲を気にする余裕が有るという事になる。
そう考えると、俺達五人が二手に分かれて行動するという案も出ていたが、そうしなくて正解だった。もし、二手に分かれてしまっていたならば、戦力が大幅に下がる為、間違いなく潰されていただろう。
何せ、魔法攻撃の後の追撃を防ぐ為、直ぐに攻撃を仕掛けて来るのに加えて、ハイネとピルテに向かって魔法や矢を放つ連中も居るのだから。
「「っ!!」」
ズガガガガガガガガガッ!
ハイネとピルテは、飛んで来る魔法や矢を避けて、大きく俺達から離れるように下がる。
「っ!!」
ニルがそれを見て、ハイネとピルテの方に気を向けようとするが、俺は、それを止める為に声を張る。
「ニル!右を頼む!俺は正面を抑える!」
「…はい!」
カンッ!ザシュッ!
「ぐあぁぁっ!」
後衛を攻撃されるのは、前衛の俺達からすると援護の手が止まる事に繋がる為、どうにかして防ぎたいと思うところだが、ハイネとピルテの実力ならば、攻撃を避けつつ、上手く援護してくれるはず。予想では、一人が防御、一人が援護として動くだろう。二人が居る場所は、敵陣営から見ると結構な距離が有る為、飛んで来る攻撃の軌道は読み易いし、簡単には当たらないはず。だとしたら、俺達はハイネとピルテの事を信じて、目の前の敵に集中するべきだ。
俺の意図を汲み取ってくれたらしいニルが、右手側から迫って来る男の攻撃を弾き、股関節の辺りを斬り裂いて防衛線を張る。
スラたんはスラたんで、左手側の者達をスピードで翻弄してくれている。ただ、やはりと言うべきか、体力が完全に戻ったわけではなく、スピードに乗り切れていないように見える。
「スラたん!もう少し耐えてくれ!」
「任せて!僕ならまだまだ大丈夫だから!」
スピードで戦うスラたんの場合、人一倍戦場を走り回る必要が有る為、その分体力も人一倍使う事になる。俺とニルが感じている疲労よりも、スラたんの感じる疲労の方がずっと強いという事だ。俺とニルに合わせて戦ってくれているが、スラたんの体力を考えると、適度に下がってもらいつつ、体力を温存して戦ってもらった方が良い。ただ、スラたんが下がるタイミングは、農夫達が上手く注意を引き付けてくれた時だ。そのタイミングならば、俺とニルだけでも何とか相手を処理出来るはず。
「ぐあぁぁっ!」
「なんだ?!」
「あいつらがまた来やがった!」
「チッ!何人かで追い払え!こっちはそれどころじゃねえ!」
俺達を取り囲もうとしていた連中の奥で、農夫達による嫌がらせが始まった。作戦通りならば、次はベナガエルの毒を使った嫌がらせだ。
ベナガエルは、背から毒を出し、その毒は体内に入る事で強い吐き気を引き起こす。問題は、体内に入らなければ毒の効果は発揮されないというとこにあるのだが、そこはやり方によってどうとでもなる。
作戦では、まず、ベナガエルの毒を採取し、土魔法によって作り出した尖った
作戦としては単純そのものだが、敵は今、俺達という強敵を前にしている為、魔法で対応しようとすると、俺達に向ける火力が落ちる。先程、ハイネとピルテが魔法と矢を難無く避けられた事から、次は強力な魔法を合わせて放ちたいはず。それを、敢えて農夫に向けて放つという選択はしないはずだ。魔法使いというのは、あまり数が多いわけでは無い為分割して攻撃させて、それでも火力が出る程は居ない。どちらか一方しか攻撃出来ないならば、俺達の方を選ぶだろう。
「スラたん!あまり中に入り込まないように気を付けろ!」
ガシュッ!
「ぐあぁぁぁっ!」
「了解!っと!」
ザシュッザシュッ!
「ぎゃっ!」
俺達が何とか三人で対応出来ているのは、相手に取り囲まれないように端で戦っているからだ。雑兵の質が全体的に高く、時折ヒヤッとする場面も有るような相手だし、変に引き込まれて囲まれてしまえば、一気に押し潰されてしまう。一応、一刀で切り伏せられてはいるものの、綱渡り状態である事は間違いない。
「死ねえぇ!!」
俺が全員に指示を出しているのは既に丸分かりなので、敵の攻撃は自ずと俺に集中する。俺達が相手の部隊を潰す時に、その中の指揮官を狙うように、相手も指揮を執っている俺を狙ってくるという事だ。まあ当然の選択だと言えよう。ただ…
ガシュッ!!
大きく直剣を振り上げた男の両腕を、しっかりと切り落とす。
ブシュウウウゥゥゥ!
「ぐあぁぁっ!」
切れた両腕から血が吹き出し、返り血がべっとりと自分の体に付着する。折角綺麗にしたのに、既に体は返り血でベトベトだ。
「俺の首が簡単に取れると思うなよ!」
ザシュッ!
「カハッ……」
ドサッ!
防御する為の武器が無くなった男の首に、刃を走らせる。
敢えて全員に分かるように、俺が声を張って指示を出していたのは、俺にヘイトを向ける為だ。ニルの怪我は既に治ってはいるが、怪我を負っていたのだし、足元がフラつく程に疲労していた。スラたん、ハイネ、ピルテも同様だ。ここでヘイトを買う役目は、俺が担うべきである。一応、これは先程、ニル達とも話し合って決めた事だ。
ニルは、最後まで自分がやると言っていたが、作戦決行前に、何とか頷いて貰う事に成功した。
俺の盾として前で戦う事が、自分の役目なのに、それを俺にやらせるというのがどうしても納得出来ないと言いたかったみたいだが、全体の事を考えて、これが最も全員の生存率が高い作戦だと伝えると、渋々ながら頷いてくれたのだ。
実際、もしニルが一番前でヘイトを買っていた場合、恐らくだが、どこかで限界が来て崩れてしまっただろう。ニルの実力が足りないからではなく、単純な体力の話だ。
ニルはかなり強くなったし、今ではそこらの男なんて片手で捻る程度、簡単に出来てしまうくらいの存在になっている。それくらいニルは強いのだ。しかし、あくまでも女性という枠組みから逸脱する事は無く、パワーや体力面では、男に劣ってしまう。それを技術でカバーする事も身に付けてはいるが、この数を相手にした場合、いくら技術が有っても、流石に体力面で厳しくなってくる。
この後、マイナやバラバンタ、そしてプレイヤーも居るであろう場所まで突き進むというのに、序盤でニルの体力を奪われてしまい、後半でニルが体力切れになるのはかなり辛い。正直、ニルの事はかなりあてにしているから、ここではなく、寧ろ後半戦で動いて欲しい。つまり、ニルが雑兵の相手で動けなくなってしまうのだけは避けたい。
ここまで思考が回れば、ヘイトを集める役目を担えるのは、消去法で俺しか居ない事は明白。それに、強いとは言え雑兵は雑兵だ。一人で残って足止めの為に戦っていた時に比べればまだまだ楽な方とさえ言える。
「俺の首!取れるものならば取ってみろ!」
俺は、周囲の連中に聞こえるように叫ぶ。安易な挑発。だが、数で圧倒的に勝っている相手から見れば、実に生意気な奴に見えた事だろう。
盗賊達の目が一斉に俺の方を見る。殺意の込められた視線を大量に感じる。
だが、これで良い。俺が敵のヘイトを集めれば集める程に、他の四人が動き易くなる。背中はスラたんとニルが守ってくれるし、遠距離攻撃はハイネとピルテが防いでくれる。後は、目の前から襲い来る連中をひたすら斬り伏せるのみ。
「お゛ええぇぇ!」
「お、おい!どうした?!大丈夫か?!」
何人か斬り伏せたところで、農夫達が嫌がらせをしていた辺りが騒がしくなっている事に気が付く。
どうやら、ベナガエルの毒が効いてきたらしく何人かが倒れて嘔吐している。
「毒だ!解毒剤を飲め!」
「クソ共が!」
「さっさと殺せ!」
倒れた者達の後ろから、農夫達を殺す為に走り出す盗賊達。
「スラたん!一旦下がってハイネとピルテの援護に回れ!
ニル!二人で何とか抑えるぞ!気張れ!」
「了解!」
「分かりました!!」
農夫達に割く人数が増えた事で、俺達に向けられる視線が僅かに減った。そのタイミングでスラたんを一度下がらせて体力を温存してもらい、ニルと俺で前線を張る。
「「「「ぐあぁぁっ!」」」」
農夫達を殺さんと走り出した盗賊達が、次々と足に手をやって倒れていくのが見える。どうやら作戦が上手くハマったらしい。
投擲によって相手に毒をばら蒔いた後は、石礫を投擲する際に同じくばら蒔いた
ここは平原で背の低い草が生えている為、撒菱の存在に気が付けなかったのだろう。こちらはそれを狙って撒菱を作ったのだから当然と言えば当然なのだが。
最初の農夫達の突撃では、何人かが無理に突撃して命を散らしてしまったが、二回目となると無謀に突撃してしまうような農夫はほぼ居ない。
倒れた盗賊に向かって農具を振り下ろそうとして、別の盗賊に殺されてしまう者もゼロではないが、二、三人というところ。冷静に…とは言えないかもしれないが、自分達の役割を把握して、嫌がらせに徹してくれているのだろう。
ただ、既に三十人近くの農夫達がこの世を去ってしまった。必ず…必ずこいつらを根絶やしにして、敵討ちを果たさなければならない。
「うおおぉぉぉっ!」
「はぁっ!」
ザシュッ!ガシュッザシュッ!
テンペストの雑兵も、殆どの者達が防御魔法を付与しておらず、俺の所には魔法もあまり飛んで来ない。桜咲刀の範囲魔法は、使える機会が無さそうだ。まあ、徹底してくれている分、変に魔法防御を気にしなくて良いのは寧ろ助かる。絶対に刃が止められないと分かっているならば、後は急所や防具の無い部分を狙えば良いだけだ。
ガシュッ!
「ぎぃぁっ!」
「その程度か!?」
俺はまた一人を斬り捨て、目の前の連中を挑発する。
「んだとコラァ!!」
ブンッ!
「なにっ?!」
「はっ!」
ザシュッ!
俺の挑発に乗った男の攻撃を避けて、首を飛ばす。
そこで相手の陣営全体に目を向けてみるが…あれだけド派手に魔法で数百人を吹き飛ばしたというのに、既に穴は塞がり、次々と敵が寄って来ている。果てしない敵の数を見ると、気が滅入りそうになるから、俺は目の前の敵に集中する。
三人…四人…また三人。
何度も目の前に現れる敵が、同時に攻撃を繰り出して来るが、俺はそれを尽く跳ね除けて殺していく。
「クソッ…強ぇ…」
「化け物が…」
既に何十人と斬り伏せたが、未だに俺達の誰も傷を負っていない。いくら相手の数が多いとはいえ、囲まれていなければ、一度に相手する人数は三、四人が限度だ。三対一、四対一を何度も繰り返すと考えれば、不可能な事ではない…と思える。いや、まあそれも異常な事ではあるのだが、今更だろう。
「があぁぁっ!」
そんな中、またしても農夫達の居る方から盗賊の叫び声が聞こえてくる。
撒菱作戦でも足を止められなかった連中が、農夫達を追って走り込んだ場所には、野芋による罠が仕掛けられている。
罠…と呼ぶには少し稚拙な物かもしれないが…
野芋は、日本で言うところの山芋に近い粘り気を持っていて、
ただ、これが意外と恐ろしくて、草の表面に付着した野芋のネバネバが、摩擦を著しく軽減する為、予想以上に滑るのだ。特に、撒菱を踏んでもビクともしないようなしっかりした靴を履いた相手に対しては、かなり厄介な仕掛けである。
しかも、そのネバネバは信じられない程に痒くなる特性を持ったネバネバだ。一応、解毒剤と水で洗い流せば、痒みは引くのだが、いくら相手が農民とはいえ、戦場で防具を脱ぎ捨てて体を洗っている暇は無い。しかも、鎧を着ていようが、どこかの肌に触れれば、酷い痒みに襲われる。
痛みや怪我ではないのだから、大した事は無いだろうと思うかもしれないが、痒みというのは拷問にさえ取り入れられるようなものだったりする為、馬鹿に出来ないのだ。
「ぐあああぁぁぁぁっ!!」
「なんだこれはぁぁぁ!!」
盗賊達の声だけが聞こえて来るが、多分、全身に痒みを感じているが、防具の下だからどうする事も出来なくてのたうち回っているのだろう。
「今だ!!」
ガガガガガガガッ!
そんな盗賊達に対して、農夫達が投げたのは、先程の石礫の残り。相手は地面の上で寝転がっているのだから外す方が難しい。
相手の近くに寄ってトドメを刺そうとすると、自分まで野芋の罠に入る事になってしまう為、安全に毒の攻撃を与える為の一手だ。吐き気を抑える為には解毒剤を飲まなければならないが、そうすると痒みを抑えられない。痒みを抑えようとするなら、防具を脱ぎ捨て、水と解毒剤で洗わなければならない。どれだけの解毒剤を各自が持っているのか知らないが、かなり厄介な状況である事に間違いはないだろう。
どうにかしようとするならば、まずは仲間の居る後方へと下がり、鎧を脱いで解毒剤を飲みながら体を洗う…というのが現実的だろうか。どちらにしても、暫くは戦闘に復帰出来ないだろうし、その前に戦場は大きく動くだろうから、実質的には敵を排除したのと同じという事になる。
「どうだクソ野郎!!」
「思い知ったかクズ共が!」
農夫達はのたうち回っている盗賊達に心の底から悪態を吐き捨てている。
「こんなものじゃ俺達の気は収まらないぞ!覚悟しろ!」
農夫達が一通り敵兵に悪態を吐くと、何もせずにその場を立ち去る。俺の作戦通りに動いてくれているようだ。
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