第507話 パペット
シミラーライオンの登場によって、ここに居た者達全ての意識がそこへ向き、尚且つ、その強力な存在の出現によって、彼等は、私達を蹂躙する未来を思い描いてしまった。そこに隙が生まれてしまったのである。
その瞬間を待っていたご主人様が、横から登場し、一撃でシミラーライオンを両断。そのままゼノラス達の制圧に取り掛かる。
最初から私達の援護として、不意の一撃を、最も効果的なタイミングで叩き込む事を狙っていたご主人様。強力で無慈悲な一撃によって、相手に考える時間を与えない。それが当然のように出来てしまうからこそ、ご主人様なのである。
最早、少数で多数を相手に戦う事が当たり前になって、そこに特化しているとさえ言えてしまう。
そして、今回、私が任されたのは、アンナ。
肩の傷は殆ど治ったけれど、借りは借り。きっちり返さなければならない。
しかも……ご主人様の体にはいくつかの傷が見えた。アンナ達魔法部隊が負わせた傷に違いない。しっかりと、そしてキッチリと、借りを返させてもらうとしよう。
「い……一撃……?」
「あ、あの男…生きて…」
ゼノラスは、自分が自信を持って送り出したはずの改造されたシミラーライオンが、横から入り込んで来たご主人様に、ものの数秒で退治された事に驚いている。どんな攻撃をするのか、どんな防御力なのか、それすら分からないままに討伐されてしまったのだから、驚きたくなるのも分かるけれど、それこそがご主人様である。
アンナはアンナで殺したと思っていたご主人様が生きている事に驚愕している。
二人共、私を相手に捕まっていれば、もう少し精神的に楽だっただろうに…今のご主人様はシミラーライオンなんて目じゃないくらいに怖いはず。何故ならば、私達が爆発に巻き込まれ、怪我をしているのを見たご主人様が、冷静に激怒しているのが分かるから。
ここから死ぬまで、ゼノラスは、ご主人様への恐怖に晒されると考えると、彼は、きっと楽に死ねた者達が羨ましいと感じるに違いない。
タタタッ!
「ハイネさん!」
「任せて!!」
私は後ろを振り返り、走り出す。ハイネさんの横を通り過ぎる時、援護を頼むと、直ぐに返事を下さる。
横目に見たハイネさんの顔は、私と同じで、活力が戻った表情をしていた。やはりご主人様の存在というのは、とても大きいのだろうと思う。
私は、そのままハイネさんの横を通り過ぎ、真っ直ぐにアンナの元へと向かって走る。
「っ!!あの女奴隷に狙いを定めなさい!」
アンナと五人の戦闘奴隷が、私に狙いを定める。
「いい加減死ねえぇぇ!」
ボボボボボボッ!
私の目の前に現れた五つの魔法陣が、赤く光る。
ここまで散々私達に魔法を撃ち込んで来ていたアンナが、やっと手の届きそうな場所に来た。
ゼノラスの事も許せないけれど、まずはアンナから。
タタタッ!
飛んで来るのは真っ赤な炎の塊。
上級火魔法、獄炎球。ファイヤーボールの上級魔法形態である。それが五つ。しかも、それぞれの炎が寄り集まって、一つの巨大な炎の塊になって行く。
カチャッ!
私は、自分の右腕を真っ直ぐに上に伸ばし、構える。
戦華の刃からは、先程ハイネさんが付与して下さった風刃の剣による風を感じる。
目の前には巨大な炎の塊。後ろにはハイネさん、スラタン様、そしてご主人様。
私がこの魔法を止められなければ、それに巻き込まれて死ぬかもしれないのに、誰一人として、逃げようとしない。私が何とかすると信じて下さっているから。
「はあぁぁぁっ!!」
私は持ち上げた戦華を真っ直ぐ、垂直に振り下ろす。
天幻流剣術、剣技、霹靂。
たった今、ご主人様がシミラーライオンを切り裂く為に使った剣技である。
超感覚で振ることが出来る今だからこそ、目に焼き付いているあの銀色の虹…ご主人様の斬撃を辿るように戦華を振り下ろす。
ブンッ!
やはり難しい。
ご主人様のようにはいかない。僅かだけれど、斬撃に揺らぎが見える。今までは見えなかったけれど、今の私には、その揺らぎがよく見える。
しかし、間違いない。これまでで、最もご主人様の霹靂に近い形で戦華を振ることが出来た。
ズバァァン!!
風の刃が飛び、目の前の炎の塊が、左右に分裂していく。チリチリと焼ける程の熱さを感じるけれど、直ぐに炎の勢いが死んでいく。
全身に浴びていた返り血がカラカラに乾き、ポロポロと落ちていくのが分かる。
でも、それらの感覚全てが、私の頭の中を占める感覚には勝らなかった。
ご主人様が、私に霹靂という剣技を教えて下さった時の話。
剣技はとても大事なものだということは理解していたし、それを身に付けて、少しでもご主人様に近付きたかった私に、ご主人様は仰られた。
「自分なりの完成形を目指せ。」
私にとって、剣技霹靂の完成形は、ご主人様の霹靂だったから、その意味がよく分からなくて、終始四苦八苦していた。
ご主人様の仰られた言葉の単純な意味というのは分かっていた。ご主人様と私では、性別も体格も違うし、持っている武器も違うのだから、ご主人様と同じように武器を振っても同じような斬撃にはならない。だから、自分が最も力を出せる完成形を探せということ。
それはよく分かっていたけれど、そうなってしまうと、私の目指す場所が分からなくなってしまう。
練習を積んでいけば、自ずと分かるから大丈夫だと言われ、ひたすら練習を重ね、やっとご主人様から霹靂を実戦で用いても良いという許可を頂いたのに、未だ自分だけの完成形というのが全く見えずにいた。
ご主人様の模倣でも、実戦で使えるだけの剣技にはなるけれど、やはり体格が違うし、筋量も違う為、同じようにはいかず、ずっと悩んでいたのである。
「その時が来たら分かる。」
ご主人様には、そう言われていたけれど、その時がなかなか来なくて焦っていた。
でも、その時というのが、今だと言う事を、本能的に理解した。
私は、刀を振り下ろしただけ。それだけだった。
いつものように、ただ真っ直ぐに、ご主人様の描いた斬撃を辿って。
でも、どうしても私の体格では無理が有った。歩幅、片手で小太刀を振るという違い、肩幅、筋量、どれも足りない。だから、私は自然と体をしならせた。手足の動きを、より柔軟にして、柔剣術の動きを取り入れた。強く鋭く、でもそこに柔らかさと
すると、まるで、空気を斬ったような感触が腕に伝わって来た。言葉にするのは難しいのだけれど…今までは、単純に空気の中を刃が移動していただけだった。でも、今回は、そこに有る空気という物を斬ったような感触を感じた。
実際には、そんな事が出来るとは思えないし、あくまでも感覚。
刃に纏わせた風の感触だったのでは?とも思った。でも、それとは全く違う感覚だった。だから、多分、これがご主人様の言っていた、その時が来たら分かるという言葉の真意だと思う。
私の戦華は、最初こそ空気を切る為の抵抗を感じたけれど、一度刃が入ると、驚く程にすんなりと振り下ろす事が出来た。似ている感触で言えば、オウカ島に生えていた竹。あれを縦に割った時のような感じだった。
いつもよりも簡単に、スルリと刃は通り抜けたのに、これまでの斬撃が嘘のような威力で、風の刃も恐ろしく鋭くなって射出された。
武器に纏わせるタイプの魔法は、使う者の武器の扱いによって、効果が変わったりする。風刃の剣で言えば、鋭く振れば鋭い風が、ゆっくり振ればふんわりとした風が押し出される。私の場合、斬撃があまりにも鋭かったから、風が空気を切り裂き、炎の塊をも切り裂いたのである。流石にその奥に居るアンナ達にまで影響を及ぼす事は出来なかったけれど、一撃で五つの上級火魔法が合体した魔法を切り避けるとは思っていなかった。
魔法が飛んで来る間に、何度か風の刃を送って威力を削り、最後には戦華本体の斬撃で切り開こうとしていたから、自分でもビックリしてしまった。
直ぐにアンナ達に向けて走り出さなければならないのに、ちょっと駆け出すのが遅れた程度には驚いた。まあ、そんな私よりも驚いているのは、アンナ達六人だけれど。
まさか、たった一撃で、あれだけ大きな炎の塊が、掻き消されるとは思っていなかったのか、呆然としている。
「あの男も…この女も………ふざけるなあぁぁぁ!!」
何故か、とてつもなくキレているアンナ。自分の思い通りに事が進まないだけでキレるなんて…私達の立場になったら、何度キレなければならないのか分からない。
女とは思えないような形相で魔法陣をこちらへと向けるアンナ。何をそんなに怒っているのか知らないけれど、怒っているのはこっちも同じ。
散々私達に向かって魔法を撃ちまくってくれたし、肩に風穴まで空けてくれた。
私が集中していられるのも、多分あと少しの時間だけ。一撃で終わらせる。
タンッ!
私は地面を蹴り、熱がまだ残る空気の中を駆ける。
アンナの構える魔法陣が白く光り出す。
「死ねええええぇぇぇぇぇぇ!!」
光魔法。何の魔法なのかは分からないけれど、魔法陣を私に向けているという事は、射出するタイプか、位置を指定するタイプか。
どちらなのかを判断する為に必要な情報は、アンナの手元に有る魔法陣なのだけれど……自分が光魔法を使えないから、あまり光魔法の魔法陣には詳しくない。私も魔法を判別出来るように、日々勉強しているのだけれど…また一つ課題が見付かった。
タンッ!!
私は何が来るのか分からない為、どちらが来ても対処出来るであろう空中へと跳び上がり、体を丸めて、極力小さくなる。光魔法は発動から相手に攻撃が届くまでのスピードが速い。見てからでは対処が遅れてしまう。先に防御を固めてしまえば、何が来ても対処が遅れる事は無い。
ただ、対処出来るであろうという表現をした事からも分かるように、対処するのは私ではない。
跳び上がった私を包み込むように展開されたのは、ダークシールド。それが、まるで卵の殻のように私を包み込んで行く。それが閉じ切ってしまう前に、私の周囲が白く染まるのが見えた。
恐らくだけれど、光の柱を指定した場所で垂直に発生させる上級光魔法、
私の進行方向を予想して、逃げられないタイミングで落光を発動させたのだと思う。確かに、あのタイミングだと跳んで逃げる事は出来ないし、斬ろうとしても攻撃の範囲が広過ぎるし、光魔法は威力が高く危険である。
確かに素晴らしい魔法使いだと思う。読みも正確だし、一番防御が難しい魔法を的確に選んで放ってくる。
ここに来る前に防いだアンナの上級光魔法、セイクレッドライトの魔法。あれもハイネさんが同じように防いで下さったけれど、今回は少し違う。
セイクレッドライトは、あくまでも射出型である為、一方向、つまり正面を守るだけで良かった。でも、落光は、指定された範囲内全てに効果を発揮する為、全周囲に対する防御が必要になる。その為、ハイネさんが発動させてくれたように、ダークシールドを卵の殻のようにして私を包み込む必要が有り、より広い範囲を防御しなければならない。それ故に、ダークシールド全体の防御力が低くなる。その上、表面積が増える事で、攻撃と打ち消し合うダークシールドの量も増える為、それに伴って消費する魔力の量も跳ね上がる。恐らく、現在進行形で、ハイネさんの魔力は一気に減少しているはず。でも、ハイネさんは任せてと言って下さった。だから、私は一切心配していない。
ダークシールドに覆われて、完全な闇となった中、私はアンナの攻撃の事ではなく、自分が今、どの辺を移動しているのか、イメージし続ける。
私は、斜め前へと跳び上がり、着地地点がアンナの居る場所付近になるように調整した。
アンナの落光の攻撃が終わり、ハイネさんのダークシールドが解けた時、アンナや、その周りに居た連中が、どのように動いているのかを瞬時に判断し、次の魔法が放たれるより先に、六人全員を制圧しなければならない。
相手六人の動きをイメージし、その時が来るのを待っていると、暗闇の中に光が差し込む。強い光ではなく、月明かりの柔らかい光。
ダークシールドが解ける。
私の居る位置は当然空中。落光による攻撃は、ハイネさんが完璧に防いで下さったらしい。視界の端に、片手を膝に置いて前屈みになっているハイネさんが見える。かなりの量の魔力を消費したはず。私が無事なのは、ハイネさんが無理をして下さったからに違いない。本当に、感謝しなければ。
まずは、その感謝を、斜め下に見える連中の首によって伝えなければならない。
既に落下し始めている体を一度前へと回転させ、着地の体勢に入る。
アンナは、五人の戦闘奴隷の後ろに居る為、直接攻撃は出来そうにないけれど、もう逃げる事は出来ない距離である。
戦闘奴隷の五人は、魔法は諦め、それぞれが武器を取り出す。とは言っても、全員が魔法使いの部隊で、接近戦は得意としていない連中だから、それ程問題は無いはず。
空中を真っ直ぐに突き進んでいく私の着地点に、二人が躍り出て来る。
接近戦を得意とする私が、着地してしまえば、自分達に勝ち目は無い。そう考えるだけの知識は有るらしい。しかし、彼等は、私の刃が彼等に届く位置へ近付く前に、私をどうにかするべきだった。
私は、彼等が刃を突き出すのを見て、盾のシャドウテンタクルを発動させる。
ビュッ!
「っ?!」
シャドウテンタクルは、刃を突き出す二人の顔を狙って、右から左へと走る。
突然現れたシャドウテンタクルが、目の前に迫るのを見て、二人は突き出していた刃を引き、シャドウテンタクルを排除しようとする。
タンッ!
突然襲って来たシャドウテンタクルに反応し、私自身への対処が疎かになってしまった彼等の前に、余裕を持って着地する。
「しまっ」
ザシュッガシュッ!
二人が私の着地に気付いて、何とかしようとしたけれど、もう遅い。
着地と同時に目の前にまで跳び寄った私の戦華が、二人の喉元を一振で切り裂く。魔法使いは近付かれる事を想定していない為、防具はほぼ無いに等しい。
ここに来る時に、前衛部隊を適当に編成してから来るべきだったのに、そうしなかった為、私の突撃を簡単に許してしまっている。
多分だけれど、前衛部隊が居ないのは、ご主人様が後方で戦った時に、そうなるように仕向けてくれたのだと思う。
前衛部隊だけは排除しておいて、こちらに来るなら魔法部隊だけ。来なければそれはそれで良し…という感じだと思う。
「はぁっ!」
喉を切り裂かれた二人が、私の攻撃によって倒れて行くのを横目に見ながら、一気にアンナの元へと駆け寄る。
「させるか!」
「俺達が相手だ!」
そんなアンナを守ろうとする残った三人の魔法使い達。
直剣や短剣を持って、私を止める為に動いているけれど……遅い。魔法使いに接近戦もやれというのは酷な事かもしれないけれど、あまりにも弱い。
魔法戦も接近戦も出来るのが私達の中では当たり前のような認識になっているから、近付かれてしまうと何も出来なくなってしまうという事が基本的に無い。どちらもこなせるというのは、一般的ではないのである。
目の前で私に対して何とか武器を振り下ろそうとしている者達は、一般人よりはマシという程度の戦闘技術しか持っていない。そんな者達が、今の私を止められるはずもなく…
タンッタタンッ!
地上を踊るように移動し、私の動きに翻弄されて何も出来ない彼等に近付く。
「くそおぉぉぉぉっ!」
ザシュッ!
「ぐあぁっ!」
ガシュッ!
「ぎゃあぁっ!」
ザクッ!
「…ゴフッ…」
右、左、そして真ん中。
私を止めようとした三人を、一連の流れの中で切り伏せる。
着地してから数秒で、五人の息の根を止めた。
周辺にトラップ系の魔法が仕掛けられているかもしれないと思っていたけれど、先程来たばかりで、そこまでの事は出来なかったらしい。一応、気を付けていたけれど、不要だった。
そして、最後に残った一人だけが、私の前に立っている。
そう。アンナである。
「こ、この!この…奴隷のくせに!!」
「確かに私は奴隷ですが、あなたの奴隷ではありません。奴隷のくせになどと呼ばれる筋合いは有りませんよ。」
ビュッ!
私は戦華の切っ先をアンナへと向ける。
「っ!!」
かなり切羽詰まった表情をしているけれど、まだ油断は出来ない。
渡人というのは、大抵の者達が魔具を装備している。そうでない者も当然居るけれど、魔法使いであるアンナは、こうして近付かれた時の為に、何かしらの対処が出来るように、魔具を装備している可能性が非常に高い。
魔法使いが身体能力を高めるような魔具を使ってもたかが知れているし、防御系の魔具も可能性としては低い。防御出来たとしても、攻撃が出来ないのでは意味が無いから。
だとしたら、私の盾に装着されているシャドウテンタクルを発動させる魔具のような、瞬時に攻撃が出来るタイプの魔具を装備しているはず。
問題はどの程度の魔法が発動するのか。
自分を巻き込む可能性が有るような魔法は発動しないだろうし、範囲魔法というよりは、指向性を持った魔法だと思う。
だとしたら……
私は、切っ先をアンナに向けたまま、ゆっくり、一歩ずつ近付いて行く。
アンナはインベントリなのか、懐なのか、どこからか取り出した短剣を持っている。
華美な装飾が施された下品な短剣。
鍔の部分に宝石が埋め込まれていて、月明かりの下でキラキラと眩しく輝いている。とはいえ、流石は渡人と言うべきか、下品な短剣ではあるけれど、質は良い。多分、私の戦華より多少劣る程度の質だと思う。
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