第483話 拠点

「退け!邪魔だ!」


ドカッ!

「っ!!」


少しすると、岩壁の北西方向から人が湧いて出てくる。出入口は北西方向に作られていたらしく、奴隷達を蹴り飛ばしながら、パペットの構成員らしき者達がゾロゾロと出てくる。


「中では大変な事になってるよ。一人が風魔法で霧を飛ばそうとして、壁の中に充満。何人かが気絶したみたいだね。」


出てきたのは三十人くらいで、スラたんの報告よりかなり少ないから、もしかしたらとは思っていたが、やはり風魔法でフェイントフォグを吹き飛ばそうとしたらしい。


この時点で、馬鹿な選択をする者を止める役割の者が居ないと思い、この拠点が本陣ではないと思っていたが、確かめずに去って、実はここが本陣でした…なんてのは困る為、出てきた連中の処理に動く。


上級魔法で全員殲滅…というのは、奴隷の者達を巻き込んでしまう為、ここでは大人しく奴隷達を避けて盗賊を処理しに掛かる。


ニルを買った時にも色々と聞いたが、奴隷というのは基本的にその主からは大きく離れたりしない。


人によっては一定以上離れただけで死ぬような命令を下している事も有るし、それが普通だ。

守るべき主人を置いて逃げるなんて真似をさせない為の命令であり、それが戦場ならば、尚更離れないように命令しているだろう。いつでも盾に出来るように。


但し、奴隷が盾としての役割を十分に果たしていても、それは相手の攻撃を全て受け止められるという事にはならない。

例えば、こんな所業を本気で許せない、超人をも凌駕するスピードを持った者が、本気で攻撃を仕掛けて来た場合なんて、奴隷の盾など関係ない。


ザザザザッ!


俺とハイネがニル達の援護に入ろうとしたが、それよりも早く、そして速く、スラたんが壁内から出てきた者達の中へと走り込む。


「っ?!」


ドゴッ!

「ぐうっ…」


奴隷の者達は、主人を守るように盾代わりとして立っていたけれど、その間を一瞬で通り抜けたスラたんが、枷を装着されていない、つまり盗賊の一味の一人の鳩尾みぞおちを膝で蹴り上げる。


口から空気の抜けるようなか細い声を漏らした男は、膝から崩れ落ちて、地面の上にうずくまる。


死んではいないけれど、暫くは立ち上がれないだろう。


スラたんがダガーを使わず、打撃によって相手を蹴り上げたのは、痛め付けたいからではない。

奴隷は、主人が死ぬと、連動して死んでしまう可能性も有る為、まずは無力化するのが一番なのだ。主人が気絶したりして、奴隷への命令が出せない状況に有る場合、奴隷が無闇に突っ込んで来るという事も無くなるし、俺達と戦わなくても命令に背いた事にはならない可能性が高い。

例えば、どちらかが死ぬまで相手を攻撃しろだとか、自分が攻撃された瞬間に奴隷が死ぬ、みたいな特殊な命令をしていない限りは、主人が気絶した時点で、奴隷は、逃げ出さずとも戦闘には参加しない意志を固めてくれるはずだ。そして、そんな特殊な命令をしているような奴はほぼ居ない。商品でもあり、自分の盾になる奴隷を、雑に消費してしまえば、自分が窮地に落とされるのは目に見えているし、頭の悪い盗賊にも、そんな命令は自分の首を絞めるだけだと理解出来るはず。

ただし、自分達を守ろうとしない奴隷には、相応の結果が伴うような命令はしているはず。死ぬかは分からないが、奴隷達が守らずには居られない状況に陥るだろう事は予想出来る。


スラたんは恐らく、そこまで考えて、盗賊連中を殺すのではなくて、無力化する事を選んだのだと思う。

そして、その選択は正しかった。


ドゴッ!

「ぐっ!」


バキッ!!

「がぁっ!」


ニルとピルテも合流し、盗賊達を次々と無力化していくと、命令を出せなくなった盗賊と紐付けされている奴隷達が、次々に武器を下ろしていく。

どの奴隷も、自分の主人であり、戦闘経験も有るであろう盗賊が、ものの数秒で次々と無力化されてしまう状況を見れば、痩せ細り、ろくな武器も持たない自分達が勝てる相手かどうかくらい、ハッキリと理解出来る。


結局、盗賊達は何かをする暇も無く、全員が沈黙する事となった。


「わ、私達に戦闘の意思はありません!」


盗賊連中が全員沈黙すると、直ぐに奴隷の一人が武器を捨てて叫ぶ。

盗賊の誰かに聞かれたりしたら、後々大変な事になる一言だから、聞かれる心配の無い状況が出来るまで待っていたのだろう。


「私達にもあなた達を攻撃する意思はありません。武器を捨てて下されば、悪いようにはしないので、大人しくしてくれませんか?」


俺達の状況も時間的に余裕が無いし、出来るだけの事はするつもりだが、言葉を交わして信用して貰うまで時間を掛けていられない。

ピルテが全員に降伏するように言うと、奴隷達は次々と武器を捨てる。


「全く援護が要らなかったな。」


「ええ。どうやらこの場所は本陣ではなさそうね。」


「これで壁の中にマイナが倒れてくれていたら、話は簡単なんだがな。」


「そんなに簡単に倒されるような盗賊団なら、ここまで大きくなるなんて事も無いわよ。」


「だよな…」


俺の淡い期待は、その後壁の中を調査してくれたハイネとピルテによって、粉々に打ち砕かれる事になる。


「これで全員ね。」


ハイネとピルテが壁の中から連れ出した者達も全て拘束して地面に転がしたが、プレイヤーもマイナらしき者も見当たらない。変装して紛れ込んでいる可能性もゼロではないが…捕まるような馬鹿ではないだろうし、可能性は限り無く低いだろう。


「皆様は、この者達を殺すと、命が危険に晒されますか?」


「いえ。私達は商品としての価値が有るので、その者達が死んだとしても、私達が死ぬ事はありません。」


どうやら主人と命の連動はしていないらしい。

ここは戦場であり、パペットの構成員が死ぬ事だって想定しているはず。構成員が一人死ぬだけで、数人の奴隷が死ぬとなれば、折角集めた商品が、俺達の一撃で次々と死んでしまう事になる。

もし、構成員が死んで、奴隷の主人が居なくなったとしても、奴隷紋と枷が有る限り、どこにも逃げ場など無いし、後々捕まえる事も簡単に出来る。それならば、命を連動させておく必要は無いという考えだろう。お陰でこちらはやり易くなった。


「それなら話は簡単ですね。

皆様は、戦場を大きく迂回して、南に向かって下さい。西側から森の中を進めば、比較的安全に進む事が出来ると思います。

ずっと南まで行くと、山に入る手前で、小さな村が見えるはずです。その辺りで身を隠していて下さい。」


隠れ村の場所までは明かさなかったが、そこに辿り着けるだけの情報を奴隷達に与えるニル。


彼等にとって、この話がどれだけ救いになるのかは分からないが、少なくとも、今よりずっと希望の見える生活を送れる事だろう。


俺が聖魂魔法でも何でも使って、奴隷の枷を外せるならば、そうしてやりたいところだが、ニルの枷が外れていないのだから、それが可能なのか不可能なのかは直ぐに分かるだろう。


「わ、分かりました。」


ニルの言葉に、戸惑いながらも頷く奴隷達。突然現れて、自分達の生殺与奪権を持った者達を蹂躙し、いきなりどこそこへ行けと言われても、素直には頷けないものだ。

ただ、奴隷としての生活が長いのか、彼等は特に言い返す事も無く、素直に頷いてくれた。その通りに動いてくれるならば、彼らにとっても悪い話では無いのだが…その選択は彼等に任せるとしよう。

ここで隠れ村の話をして、もし彼等の誰かが捕まってしまえば、隠れ村の人達まで危険に晒す恐れがある。それだけは絶対に避けなければならない。


「シンヤさん。この者達の記憶を読み取っても良いかしら?」


気絶している盗賊達を見て、ハイネが聞いてくる。


「ああ。これで相手の事が分かれば、ここからの動きも楽になる。出来る限り情報を抜き取ってくれ。それが終わったら全員始末して、それから移動しよう。」


「あ、あの…」


そんな俺達の話に、奴隷の男性一人が割って入ってくる。


「もし、パペットの連中を探しているならば、このまま西に向かって下さい。」


「西に?南西じゃなくてか?」


「はい。」


彼は、それ以上何かを語ろうとはしなかったが、目の中に静かな怒りを感じる。奴隷なのだから、色々な感情が彼の中に渦巻いているのは聞かなくても分かる。それに、詳しい事を話せないという状況も。


「……分かった。助かるよ。」


「いえ……その……ありがとうございます。」


そう言って男性は頭を深々と下げる。

自分達が、一先ずだとしても、俺達に助けられたと感じてくれているらしい。

盗賊連中を殺さない限り、彼等はここから離れる事も出来ないし、まだ解放されたわけでもないのに、彼等はただただ感謝していた。


「悪いが、俺達は一緒には行けない。こいつらを始末したら、別の場所に向かうつもりだからな。」


「はい。分かっています。私達は私達で移動しますので、お気になさらないで下さい。」


「すまないな。」


「謝られないで下さい!この者達から解放して下さるだけでも私達は運が良いのですから!

それよりも、西に向かう際は気を付けて下さいね。」


「ああ。分かった。」


奴隷の者達は、そこまで話をすると、俺達からは少し離れて一塊になる。互いに何とか助け合って、この戦場から抜け出そうと考えているらしく、何やら話し合っている様子だ。一人一人で逃げるより安全だし、正しい判断だろう。奴隷として生きる為の知恵…というところだろうか。

彼等がここから逃げる際、誰かに捕まったりしないように祈りつつ、ハイネとピルテを警護する。


「どうだ?」


「先程聞いたように、西に向かうと、どうやら何か在りそうですね。」


「その何かが何なのかは分からないのか?」


「こことは比じゃない程の人数が集まっている事くらいしか分からないわね。」


「本陣か…誘われているのか…」


「ダメね…これ以上の事は何も知らないらしいわ。」


この拠点に居たのは、盗賊の中でも下っ端の連中なのか、殆ど何も知らないらしい。

奴隷の者達が西に向かえと言ったのは、恐らく誰かから、ここより西側に人が集められている事を聞いたからだろう。

確かに、現状では、その情報を元に動くしかないのだが、奴隷にも、それを管理していた者達にも、情報を一切与えないように慎重な立ち回りをしている奴が、この情報だけを流しているとなれば、誘い込まれているだろうと感じるのは当たり前だと思う。

その証拠とは言わないが、マイナ自身の容姿や、人を集めて何をしようとしているのかも、完璧に隠している。


「絶対に罠だと思うわよ?」


「俺も絶対に罠だと思う。 だが、他に頼れる情報が無いとなれば、行くしかないだろうな。」


「テンペストについての情報も全く手に入らないし、西に向かうしか道は無さそうね…」


「テンペストやパペットについての情報を探る時間さえあれば、もう少し別の手も考えられるんだが…」


元々は、ハンディーマンのみを相手にすると考えて行動を開始した為、あまりにも他の盗賊団についての情報が少な過ぎる。罠だと分かっていても、そこから情報を入手出来る可能性が有るならば、俺達には他の選択肢など無い。そういう事も含めて、この戦場を作り出した者は、盤面を操作しているのだろう。本当に性格の悪さが滲み出ている。


「ご主人様。盗賊連中の始末は終わりました。」


「分かった。移動を開始しよう…と言いたいが、出来る限り警戒してくれ。これから西に向かって移動するが、罠の中に飛び込む事になるはずだ。どんな相手が、どんなタイミングで襲って来るかもわからないし、地形やその他諸々も、全く当てに出来ないだろう。」


「どんな場所にもトラップが仕掛けて有ると考えて動けということですね。」


「ああ。何か怪しいと感じたら、その都度止まってくれて構わない。安全第一で向かうぞ。」


「はい!」


本来ならば、全速力で走って向かいたいところだが、地雷原の中を突っ走るような真似はしたくない。

少し時間は掛かってしまうが、トラップを踏んで全員爆死なんて事にならないように、ゆっくりと進んで行く。移動を開始して数分間は、特に何も無くサクサク進めたのだが、数分後、先頭に居るニルとピルテが足を止める。


「……何か…-この先には違和感が有りますね。」


ピルテが正面を見据えて呟く。


「何か見付けたのか?」


「いえ、怪しい物を見付けたというわけではありませんが、どうにも景色に違和感が有る気がするんです。何だろう…?」


そう言って足を止めたまま、平原を見詰め続けるピルテ。

俺にも違和感は感じられるし、その辺りからトラップが仕掛けてあると言われれば、そうなのかもしれないと思える。


「違和感の正体は、恐らく地面から生えている草が原因だと思うわよ。」


「あ!なるほど!確かにそうですね!」


ハイネの言葉に、ピルテが違和感の正体に気が付く。


「この辺りの草は、やけに踏み荒らされている場所と、そうではない場所が分かれています。目を凝らさないと分からない程度という事は、恐らく痕跡を消そうと試みたのでしょう。」


「という事は、それをやった奴が居て、その目的は…まあ考えるまでもないよな。」


「ここからは特に気を付けないといけないみたいね。」


「バレないように進む事が出来れば最善ですが、そうなるとかなり時間が掛かってしまいますが…」


俺達の居る場所からは、人影は見えず、遠くに薄らとランタンの光のようなものがチラチラと揺れているのが見えるだけ。それだけの距離が有る場所まで、ひたすら慎重に進んでいたら、比喩ではなく本当に夜が明けてしまう。


「そんな時間は無いから、処理しながら一気に進もう。ゴーレム系統の魔法で罠を発動させるのが手っ取り早い。魔力の事もあるから、交代で」

「シンヤ君。」


話の途中でスラたんがニコニコしながら俺の名前を呼ぶ。


「僕に凄く良い考えが有るんだけど。」


「凄く良い考え…?」


「トラップを発動させても良いなら、僕が一気に走り抜けるよ。」


気合を入れているわけでもなく、淡々と言葉にするスラたんだが、言っている事は、何言ってんの?という内容だ。


「実は、色々と試してみて気付いたんだけど、僕、トラップを踏んでも、発動する前に駆け抜ける事が出来るんだ。」


「「「「……えぇっ?!」」」」


全員唖然だ。


当たり前だ。単純に走り抜けられるなら、トラップを仕掛ける意味が無い。


「戦場に出て、走り回っている時に気付いてさ。もしかしたら、僕なら行けるんじゃないかなー…って思ってさっき試してみたんだよ。そしたら、行けちゃった。」


「行けちゃったって……」


ここは大戦場と言っても良い程にごちゃ混ぜの戦場だ。トラップ魔法も仕掛けてある場所は一箇所や二箇所ではないだろう。どこで確かめたのか分からないが、そんな事をしていたなんて…


「あ、危ないですよ!!」


怒っているのはピルテ。これも当たり前だ。トラップに自分から突っ込む馬鹿など普通はいない。


「それは大丈夫。トラップ魔法を踏んでから、発動して、効果を与えるまでの時間をしっかり数えて、行けると確信してから試したからね。」


「それでもです!」


「うっ……」


スラたんは研究を生業にしているから、自分で確かめて行けると思ったならば、結果がある程度分かった実験という事になるし、自信が有ったのだろうけれど、そういう問題ではない。ピルテが怒るのも無理はない。


「ご、ごめん…」


スラたんの性格もあるだろうが、戦いに慣れていないというのも、少し軽率だと思える行動に出させたのかもしれない。もしかしたら、戦場という空気に当てられて、感覚がおかしくなってしまっていたという可能性も有る。ただ、普段は怒らないピルテが、これだけ怒れば、スラたんも反省してくれた事だろうし、二度目が無ければ今はそれで良い。


「スラたん。本当に大丈夫なのか?」


「うん。それは間違いないよ。僕が全力で走れば、トラップが効果を発揮する前に、走り抜けられるよ。」


「………………」


スラたんの話が本当だということは、スラたんの性格的にも間違いないと思う。少しでも不確定な事が有れば、ここまで言い切る事は無いし、大丈夫だと言うのならば間違いなく大丈夫だろう。

それを前提に、スラたんが、平原を駆け抜けてトラップを発動させようとした場合、危険になる状況を考えてみる。

例えば、トラップが感応式ではなく、物理的に作用する落とし穴のような形状だった場合。

スラたんがいくら速く走ろうとも、穴には落ちる。いや、スラたんは超スピードで走っているから、穴に落ちるより先に、穴の側面にぶつかる、もしくは躓くはずだ。スラたんのスピードは驚異的ではあるが、その分、転んだりした時の反動はデカい。俺達が居るのは草原であり、下に草が生えているとはいえ、スラたんの全力スピードで転べば……あまり想像したくはない結果になるだろう。しかも、そこには他のトラップも仕掛けられているはずだ。転んだ上にトラップに入れば…最悪そのまま死ぬ事になる。

他にも、この平原はフラットではなく、若干ながら凹凸が有る。スラたんのスピードで凸部分に侵入した場合、ロケットの発射台よろしく、スラたん自身が飛んで行く事になる可能性も有る。

色々と考えてみるが、やはり、スラたんに任せて強行突破というのは、どうにも賛成出来ない。


「いや、スラたんが危険に晒されるような事はしたくない。ここは慎重に行くべきだと思う。」


「僕なら出来るよ?」


「いや、今は出来る限りリスクを負いたくないんだ。」

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