第482話 パペット (2)

他の盗賊団における頭領達が簡単に見付かるとは思えないけれど、この戦場に来ていないということは無いと思う。ハンターズララバイに属する全盗賊団が参加しているのだし、これだけ大規模な侵攻作戦となれば、頭領である者達が出て来なければ、まとまるものもまとまらなくなってしまう。

必ずどこかには居ると思うけれど、それがマイナだと確定するには、もう少し情報が必要という事になる。


「私が読み取った限りだと、奴隷達を直接指揮していたのは構成員達で、マイナとの面識は無いみたい。」


「大盗賊団の頭領が、そう簡単に素顔を晒すわけもないか…」


「そう考えると、ガナサリスはかなりの自信家だったみたいだね。」


「言動からもそれが分かったくらいだからな。

それより、パペットの本陣がどこかは読み取れたか?」


「それが…どうもハッキリしないのよね。」


ハイネさんは、曲げた人差し指を顎に当てて、記憶を辿っている。


「ハッキリしないとは?」


「ええ…五人の内、三人は私が見て、二人をピルテが見たのだけれど、本陣に繋がりそうな記憶を読み取れたのは私が二人、ピルテが一人だったの。」


「三人も?それならかなりハッキリ分かるんじゃないのか?」


「いいえ。それが、その三人は、全員が別々の場所を本陣として認識していたのよ。」


「別々の場所を?」


「ええ。正確に言うと、ここから南東方向に行った先、ガナサリスと戦った所より西、そこより南西に行った先の三箇所よ。」


「本陣が三つ…?」


「いや。パペットの頭領が居るのは一箇所だし、本陣は一箇所のはずだ。他の二つはダミーだろうな。」


「奴隷にも色々な場所を教えているって事?かなり慎重だね。」


「本陣を直ぐに特定されないようにするのは当然だ。これが普通だと思うぞ。」


「それもそうか……でも、奴隷に対してまで徹底しているとなると、こっちが記憶を読み取れるという事を知っているって事だよね?」


「黒犬が関わっているのだから、吸血鬼に関する事が伝わっていてもおかしくはないだろうな。

記憶を読み取る特殊な魔法を使える者が居るとでも言えば、嘘か真実か分からないとしても、頭領達は気を付けるだろうからな。」


「それを知って、戦場でも目立つ奴隷達の記憶を上手く操作する事で、私達を惑わそうとしているということでしょうか?」


「惑わそうとしているのか、騙そうとしているのか…素直に得られた情報を信じるのは危険な気がするな。」


「でも、他に手掛かりは無いわよ?」


「何人か探ってみて決めますか?」


「いや。どれだけ調べても、同じ情報しか入って来ないだろうし、意味が無いだろうな。」


「んー……」


それぞれがそれぞれに、考えた解決策を出し合ってみるけれど、決定的な案が浮かばない。

考えている時間が勿体無い気もするけれど、もし、ここで本陣以外の場所に足を運ぶ事になってしまうと、かなり無駄な時間を使ってしまう事になる。既に切迫した状況である今、その時間的ロスはかなりの痛手になってしまう。

そうならないように、ここである程度絞ってから出発する必要が有るのだけれど、その絞り込みに必要な情報が圧倒的に足りない。


このままでは、攻めようにも攻められないという状況が続き、それだけで時間を消費してしまう事になってしまう。そうして時間を消費し続けてしまうくらいならば、他の奴隷を探して情報を探ってみようかという雰囲気になりつつあったその時だった。


「ん…?」


ご主人様が街の東門に流れていく敵兵を見ながら、何か気にして、目を細めている。


「どうかされましたか?」


「……よく見ると、何人か流れに逆らって移動していないか?」


ご主人様に言われて、私も目を細めて敵兵の波を見てみると、確かに東門へ向かう者達の中に、それに逆らって進む者達が何人か見える。

東門に向かう者達の数に比べると、かなり少ないけれど、その者達は全員、北門の方向へと向かっている。


「確かに何人か北門に向かっている者達が居るわね。」


「北門が開いたと聞いて、引き返しているのでしょうか?」


「んー………」


ご主人様は、ピルテの言葉に、曖昧な言葉を返して、更に敵兵を観察する。


「なあ。北門に向かっている連中に、何か共通する特徴とかは無いか?」


「共通する特徴ですか…?」


ご主人様の言葉に、視力の良いハイネさんとピルテが反応して、人混みに目を凝らす。


「特徴…特徴……」


「……特にこれと言った特徴は無さそうだけれど…」


「そうか…」


「あ…いえ!待って下さい!見付けたかもしれません!共通の特徴!」


そう言って更に目を凝らしているのはピルテ。


「やはりそうです!北門に向かっている者達は、あの人族の男奴隷が通った後に引き返しています!」


そう言ってピルテは人混みの中を指で示すけれど、遠いし人が入り乱れている為、私の視力では人族の男奴隷は確認出来ない。でも、ピルテが言うのだから間違いないと思う。


「俺には見えないが、間違いなさそうだな。」


「はい!間違いありません!」


「私も確認出来たわ。確かに人族の男奴隷が通り過ぎた後に、引き返しているわね。

それにしても…よく気付けたわね?特に目立った動きをしているわけでもないのに。」


「あの男奴隷は、他の奴隷達と違って、単独行動しているので、少し気になって観察していたんです。」


「なるほど…その男奴隷とやらは、伝令役か何かだろうな。」


伝令役の男が、特に目立った動きをしていないというのであれば、伝令は伝令でも、言葉で伝えるのではなくて、何か特殊な伝達方法でも有るに違いない。

その知らせを受けた者達が引き返しているとなると、伝令役が奴隷である事から、パペットの連中だという予想が出来る。絶対とは言い切れないけれど、可能性は極めて高いはず。


「伝令役の男が来たのは北門の方からか?」


「はい。私が見付けた時は、北門の方から、東門に向かって進んでいました。」


「奴隷の男が、本陣からの伝令だと考えると、少なくとも南東側というのは除外されるな。」


「それが狙いという事は無いでしょうか?」


「引き返している者達は人混みに紛れて、外からでは判別し難いように動いているし、伝令も秘密裏に伝達しているように見える。知らない者から見たならば、かなり分かり辛い伝達方法だし、罠という可能性は低いと思うぞ。

これ程分かり辛い伝達方法では、気付かれない可能性の方が圧倒的に高いから、罠を仕掛けるならば、もう少し気付かれ易い伝達方法を選んでいるはずだ。」


「その予想が当たっていたとしたら、ピルテさんのお手柄だね。」


「本当に、よくぞ気付いてくれたな。」


ピルテさんを皆が賞賛する。確かに、普通ならばなかなか気付けないような内容だし、私の視力が良かったとしても、気付けなかったと思う。

ライバルとしては悔しいところ。私も負けてはいられない。


「よし。南東側を捨てて、北門の方へ戻ろう。

場所は分かるのか?」


「ええ。大体の位置なら分かると思うわよ。」


「よし。急ぐぞ。」


私達が東門へ向けて移動した距離は微々たるもの。北門付近に戻るだけならば、数分で辿り着ける。そこから二箇所を調べて、次に潰すはパペット。

流石に二人も棟梁が殺されれば、全体の指揮を執っているであろうテンペストのバラバンタも、黙ってはいられないはず。現状、バラバンタが何処にいるのかは、皆目見当もつかないが、必ず引っ張り出して、全ての罪を償わせてみせる。


「はい!」


私達は、急いで北門へと向かった。


ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー



奴隷から情報を抜き取り、ピルテの観察眼によってパペットの本陣が北門方面に在ると予想してから数分後、俺達はガナサリスを倒した場所を通過し、更に西へと進む。


「ハイネ。後どれくらいだ?」


「後五分も掛からないわ。」


俺の質問に、ハイネが直ぐに答えてくれる。未だパペットの本陣らしきものは見当たらないが、ガナサリス達の遺体は消えており、違う部隊の者達が付近を占領していた為、既にガナサリスの死は伝わっているはずだ。


「あれはパペットの連中なのか?」


「これだけ数が居るとどれがどの盗賊団に所属しているのか分からないわね。」


「目立つのはやはり奴隷達ですけれど、それも当てにして良いのか分かりませんからね。」


「取り敢えず、パペットの本陣が在るかもしれない場所に向かって、周囲を調べてみよう。

警戒を怠らないようにな。」


パペットの本陣が在るらしき場所の情報が、そもそも罠という可能性も有るし、いきなり飛び出したりはしない。

こちらにはスラたんの足もあるし、ハイネとピルテの索敵能力も有る。敵の本陣だという確証が得られるまでしっかりと観察するべきだ。


俺達は五人でまとまって、まずは最も近い街の北西側に向かう。

すると、遠目からでも分かるくらい、平原には似つかわしくない物が見えてくる。


「あれは……何でしょうか?」


平原のど真ん中に、半球状の大きな岩が有る。直径五十メートル程は有るだろうか。

平原の中にポツンと一つだけ在る大岩は、どう見ても自然にそこへ到達した岩には見えない。


「土魔法で作り出したんだろうな。」


「仮の拠点という事でしょうか?」


「それにしては大きいな…」


恐らく、何人かの魔法使いが、上級土魔法を使って壁を築き上げたのだろうが、戦場の近くに建てるような大きさではない。


「中の様子は分からないわね…」


「ちょっと待ってね……」


スラたんが右手の甲に入っている紋章を光らせると、近くから何体かのスライムが寄ってくる。


「やっぱり居たね。」


「こんな戦場の近くに居るものなんだな?」


「近くと言っても、この辺りは戦場から離れているし、攻撃される心配も無いからね。それに、スライム達にとってはご馳走が沢山有るから。」


そう言って近くを指で示すスラたん。そこには俺達が殺したであろう敵兵の死体がいくつか転がっている。吹き飛ばされたのか、ここまで歩いて来たけれど力尽きたのか…数は少ないが、スライム達にとってのご馳走という事だ。


「死体がアンデッド化する心配は無さそうだな。」


「全部を消化してくれるわけじゃないから、戦後の処理は必要だけど、死体全てがアンデッド化する事は無いと思うよ。」


「それだけでも街の人達にとっては嬉しいだろうな。スライム研究家が増えるかもしれない。」


「同志が増えてくれるなら、僕としては最高なんだけど…って、こんな話をしている場合じゃなかったね。

僕が連れて来たロックスライムと一緒に壁を抜けてもらって、中の様子を探ってみるよ。」


「分かった。俺達は周囲の警戒と、罠をいくつか設置しておく。」


スラたんはピュアスライムを通してスライム達を操作し、少し離れた場所から石壁の中の調査に動き出す。

スラたんとスライム達が居なければ、壁を破壊して中を直接確認するしかなかったと考えると、本当に助かっている。


「ハイネ。ピルテ。周辺に敵の気配は有るか?」


「今のところ感じないわ。でも、黒犬達が、この状況で動いていないのが気になるところね。」


「そうだな…」


ガナサリスとの戦いでは、俺も無傷とはいかなかったし、黒犬が攻めて来るには良いタイミングだったと思うのだが、今のところ姿どころか気配すら感じない。いや、元々気配を感じ取れる相手ではないのだが。


「それに…木魔法みたいなものを使って間接的に攻撃してきていた奴の事も気になるわよね。」


ハンドの連中が体内からカルカと呼ばれる植物を成長させられて死んだのを見たが、それをやった奴の事が一切分からない。この戦場に出てから、そういった魔法が使われているのは見ていないし、ジャノヤの街の中に居るのだろうか…?もし、戦場に居るとしたら、かなり厄介な魔法だと思っていたから、頭の片隅で常に警戒はしていたけれど、街の中に居るのだとしたら、ケビン達や街の人達がかなり危険だ。上手く逃げ延びてくれと願うしか出来る事が無いのだが…


そんな事を考えながら、周囲の警戒とトラップの設置をしていると、スラたんが何か情報を手に入れたらしく、俺の事を呼ぶ。


「シンヤ君。」


「どうした?」


「あの岩壁、かなり分厚いよ。」


「簡単にぶっ壊れるような壁は作らないだろうな。

中の様子は?」


「あの壁の向こう側には、盗賊の連中が待機しているみたい。」


「どんな状況なんだ?」


「そうだね……数は結構な数が居るね。と言っても、五十人くらいだから、これまでの事を考えると少ないかな。」


「どんな連中なんだ?」


「そうだね……半分以上は奴隷みたい。」


「パペットの拠点という事に間違いは無さそうだな。棟梁らしき人物は?」


「中にはテントが一つ張られていて、奴隷達がその周りを固めている状態で、スライム達を送り込むのは難しいと思う。このままだと、テントの中までは確認出来そうに無いかな。だから、五十人というのも、大体だね。」


「そうか…そうなると…」


「こちらに注意を引き付けます。」


俺が言う前に、ニルとピルテがそう言って動き出す。本当に優秀な子達だ。


「ハイネ。動き出したら、俺とハイネで援護するぞ。スラたんは盗賊連中の処理が可能ならしてくれ。上手くいけば、奴隷を解放する事も出来るかもしれないからな。」


「分かったわ。」

「分かったよ!」


半球状の岩壁へと向かったニルとピルテは、まず、岩壁の外側をじっくりと観察する。

壁をいきなりドーンというのも悪くはないが、スラたんの話では、かなり分厚い壁みたいだし、被害を出せずに騒ぎだけを起こしてしまう可能性が高い。こちらが見付かっていないというアドバンテージを最大限活かすことを考えるならば、確実に最初の一撃で大きな被害を与える事が肝心だ。二人がやっているように、しっかりと周囲の状況を確認するべきだろう。


平原の中、静かに岩壁へと近づいて行くニルとピルテ。先頭を行くのはニルだ。


俺達も援護し易い距離まで移動する。


ニルとピルテは、直線的に岩壁へと向かって移動していたが、岩壁より二十メートル程手前で止まる。


目の前の半球状の岩壁が敵拠点ならば、周囲に監視する者を配置するのは当然のこと。数は少ないが、周囲の状況を見て回っている者達が二、三人居る。そいつらの視線を上手く切りながら進んでいたが、ニルとピルテは、何かに気が付いて足を止めたというところだろう。


この規模の拠点に対して、監視する者が二、三人というのはかなり少ない。

あまり監視する必要が無いという事だと考えると、恐らく、周辺にはトラップが仕掛けられているはず。当たり前だが、そんな事をわざわざ言わなくても、ニルとピルテは同じように考えている。故に、トラップの所在を探っているのだ。


「出来る事なら、トラップを発動させずに近付きたいところよね。」


「ニルとピルテなら、上手くやるだろう。お手並み拝見だな。」


俺とスラたんとハイネは、足を止めて何かを話し合っている二人を見ながら、いつでも援護出来るように準備をしておく。


ニルとピルテは、少し言葉を交わした後、行動に移る。


トラップを避けて通るのは難しいだろうし、見張りを処理して敵が出てきたところに一撃を加えるか、トラップをこちらも準備して、騒ぎを起こし敵を誘引するか。色々と方法は有るけれど、ニルとピルテの取った行動は、俺達の考えるどの方法でもなかった。


まず始めに、ニルが魔法を使用する。使ったのは風魔法。但し、攻撃魔法ではなく、生活魔法を使用している。


何をしているのかと思って見ていると、次はピルテが魔法を使う。ピルテが使ったのは吸血鬼魔法、フェイントフォグ。相手は分厚い岩壁の中で、こちらは平原のど真ん中に立っているというのに、霧なんて出しても直ぐに霧散してしまうだろうに…と思っていたのだが、発生した黒い霧は、ニルの発生させている風に導かれて、壁の方へと移動する。

ニルが使っているのは単純な生活風魔法で、攻撃力など皆無だけれど、霧を運ぶ為であれば、それで十分である。それに持続して風を発生させていても魔力はほぼ使わない。

ニルの使った生活風魔法は、細い範囲で長距離風が届く魔法で、火を起こしたりする時に重用される魔法である。

黒い霧は、細く伸びる風に乗って壁の一点へと向かって行く。

それは、スラたんがスライム達を送り込む為に空けた穴。


スライムは、流体の体を持っている為、核の大きさとほぼ同じ大きさの穴さえあれば、どんな場所にも入り込んで行ける。故に、スラたんはロックスライムを細長い形状にして壁を分解させ、数センチ程の小さな穴を空けた。そして、そこにスライム達を送り込んだ。

ニルとピルテは、その穴を利用し、生活風魔法を使ってフェイントフォグを壁の向こう側へお届けしたという事だ。


「風魔法も、生活魔法ならば、音なんてしないし、フェイントフォグも音はしないわ。無音で相手の拠点内に魔法を撃ち込んだのと同じ効果を与えたのね。」


「中では今頃黒い霧に驚いているだろうな。」


突如現れた黒い霧。しかもそれを吸い込むと気絶してしまう。その上、拠点は半球状に岩壁で囲まれていて、黒い霧の逃げ道が限定されている状況だ。出入口は有るだろうし、霧を逃がそうとするに違いない。だが、半球状の岩壁に囲まれた場所で、風通しは悪い。そんな場所で風魔法なんて使ったりしたら、黒い霧が岩壁内で乱舞して被害を広げる結果になる。

実際にそうなるかは分からないが、フェイントフォグ自体の処理に困り、どうする事も出来なくなった者達は外に避難してくるはず。どちらにしてもこちらが先手を取れるだろう。

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