第467話 突破 (2)
「あいつらもそうだが…」
見えているプレイヤーも気になるところではある……しかし、どこに居るか分からないが、恐らく、この戦場のどこかに、黒犬達も居るはず。虎視眈々と俺達への攻撃機会を伺っていることだろう。
プレイヤーと黒犬の連中が同時に俺達への攻撃を開始するとなると…かなり厄介な事になる。今更後戻りは出来ないし、戦うしかないのだが…先にプレイヤーをこちらから攻撃するべきか?
色々と画策されるよりも、いっその事、俺達のタイミングで戦闘が始めてしまえば、相手の思惑に乗る事も減る……いや、ここまでの事を考えると、それこそが狙いで、二人のプレイヤーが傍観しているのは、俺達を誘引しようとしている可能性も有る。
「攻めているのか、攻めさせられているのか……
どちらにしても、たった五人でやれる事なんて、決まっているか。」
俺達に取れる選択肢はほぼ無い。時間も無い。目指すは主力部隊。そこまで最短距離を進むしかない。
刻一刻と変わり続ける戦況は、俺達を外堀から埋めているような気がして、進みたくはないのだが…進まなければ状況を変えられない。せめて、もっと俺達に手を貸してくれる人がいれば、もう少し違う手も取れたかもしれないが…
「今は無い物ねだりしている場合じゃないな…」
ニル達が前に進みつつ、敵兵を処理しているが、進行スピードは今までよりずっと遅い。
背中はハイネ、ピルテ、そして俺が守っているが、相手の攻撃もかなり激しい。いつ俺達五人が押し潰されてもおかしくはない状況で、気の抜けない時間が続く。
クァーナは、自分の部下達に戦闘を任せ、自分は後ろから指揮を出している。指揮官なのだから当たり前だが、指示はかなり大雑把で、早く攻めろだとか、押し潰せだとか、かなり抽象的な指示だ。
敵兵達は、それぞれに連携を取っているし、盗賊なりに訓練を積んでいるように見える動きをしている。但し、数百人の部隊の中で、俺達に向き合っているのは十人程度。連携と言っても局所的なものだ。それを考えると…
恐らく、元冒険者とか、元衛兵だとか、そういった連中が多い部隊なのではないかと思う。連携の取り方をそれなりに知っているのだろう。
クァーナという男自身は、かなり強いと思う。しかし、指揮官としての能力はほぼ皆無。鍛え上げるのに苦労したとか言っていたが、適当に指示を出して、部隊の中に居る誰かがまとめ役を担って訓練でもしていたのだろう。
大隊長が全体に出す指示としては大雑把過ぎるし、中隊長や小隊長のような者達が、それぞれの部隊を指揮していたとすれば、抽象的な指示を受けても、局所的な連携が取れている事自体は説明出来る。
殺害盗賊となれば、それぞれが好きなように殺して奪ってを繰り返して来た連中だ。指揮官としての訓練も受けていないのだから、数百人の部隊を率いるのが難しいというのも分かるが…あまりにも稚拙だ。
それに気が付いたのか、ニルもスラたんも、先程から周囲を時折見渡している。
実質的に、クァーナに代わって指揮を取っている者達が必ず居る。大隊長としてではなく、中隊長、もしくは小隊長として。
そういう指揮官として優秀な者達が、必ずこの部隊に何人か居るはずだ。そいつらを探し出して、間引いていけば、必ずどこかで大隊が分解する。そうなれば、クァーナが何を言ったところで関係無い。いくら自分の力が強くても、恐怖心を利用した統率でも、統率力を失った彼等が、ここまでと同様の動きをするとは思えない。
「右奥の戦斧を持った男。あの男が怪しいですね。」
「僕が仕留めに行くよ。」
「では、私が道を開きます。」
ニルとスラたんが簡単な意思疎通を行い、グッと力を込めて構える。
後ろに居る俺達にも、動き出す意思がしっかりと伝わっている。
「はあぁっ!」
カンッ!キィィン!
ニルが正面に対して強く圧を掛ける。
簡単には突破出来ない事くらい分かっているだろうが、ニルの圧力によって、スラたんが狙っている奴の近くまで移動出来れば、ニルの役目としては上々である。
ニルの攻撃は単純な、突き攻撃であり、相手はそれを簡単に弾いた。しかし、ニルの思惑は、当然それだけではなく、相手の攻撃をいなし、体勢を崩す事であった。
ニルの盾に対して、直剣を振り下ろした相手は、盾に刃が当たると、本来返ってくるはずの衝撃が異様に少なく感じただろう。
相手の刃が当たった瞬間にのみ、盾を構える腕に力を入れ、直ぐに力を抜く。すると、相手は盾と剣で押し合う形になると思っていたのに、突然抵抗が無くなった事で、前へと大きく体を傾けてしまう。
子供の頃に、両手で相手と押し合って、動いたら負けという遊びをした事が有るが、それを思い出すと分かり易いだろう。
タンッ!タタンッ!
ニルが正面に圧を掛けた事によって、スラたんへのヘイトが僅かに緩み、スラたんがその隙を逃さずに走り出す。走り込む先は、当然ニルが体勢を崩させた男の作った穴だ。
ザクッ!
体を倒さないように、大きく前に足を踏み出した男の後頭部に、ニルが戦華を突き刺す。
ザザザンッ!
スラたんは敵の間を走り抜け、一気に戦斧を持った男の元まで走り込み、三度刃を走らせ、そのまま直ぐに戻ってくる。
ガシャッ!
スラたんが元の位置に戻って来た後、戦斧を持っていた男がその場に膝を落として頭をガクンと垂れる。
相手の隙を突いての攻撃が決まると、スラたんの独壇場だ。反応出来ている者は何人か居るみたいだが、スラたんを止められるような腕の持ち主は居ない。クァーナは可能かもしれないが、それをスラたんも分かっているし、近付かないように移動している為、結果的に誰にも止められない状況になっているのだ。
このまま、相手の要となっている連中を一人一人殺せるならば、全く問題は無かったのだが、相手も馬鹿ではない。
直ぐにこちらの思惑に気が付いた敵兵達は、要となる連中を守るように固まる。
「そう簡単にはいかないよね。」
「あまり手の内を見せたくはないが…」
奥で俺達の事を見ているプレイヤー二人。その二人には、俺達の手の内を晒したくはない。この後、どこかでぶつかるだろう事は分かっているのだし、俺達の情報を掴ませれば掴ませる程に、俺達は不利になってしまう。
しかし、突破する為にはある程度の事はしなければならない。
俺は仕方無く、その場で魔法陣を描いていく。
プレイヤーにとっても、相手がどのような魔法を使うのかというのは、非常に重要な情報の一つである。
初級、中級、上級のうち、どこまで使えるのか、どんな魔法を使えるのか、魔法陣の描くスピードはどのくらいか、魔法を使った後の疲労具合から判別出来る魔力量はどの程度なのか。
そういった情報を掴む事が出来れば、どのような戦術を使っていくのかを決める事が出来る。
特に、魔法に関しては、状況を一変させるような力を持っている為、知っているといないとでは、かなりの差が出てくるのだ。
当たり前だが、俺達が奥に居る二人のプレイヤーについて、何かを知る事は出来ないし、一方的に情報を与えてしまうことになるの為、出来る限り魔法は使いたくなかったのだが、こうして敵兵達が固まってしまった以上、効率良く相手を倒す為に、魔法を使うしかない。
「魔法を使おうとしているぞ!」
「あの男を仕留めろ!」
当然、戦場で魔法陣を描く者は優先的に狙われる。つまり、俺へのヘイトが一気に高まるわけだ。
「お母様!」
「分かっているわ!」
直ぐにハイネとピルテが俺の近くに寄って、防御に移る。
ニルとスラたんは、正面を抑えている為、こちらへの加勢は難しい。
キィンッ!ザシュッ!カンッ!
「もっと数を割け!」
「魔法を止めろ!」
ギィンッ!ガシュッ!
基本的にはハイネとピルテが抑えてくれているが、俺自身も、右手で相手の攻撃を弾く。
俺の描いている魔法陣を、ニルがチラリと横目で見る。
俺が何をしようとしているのかを確認したのだ。
俺が使おうとしているのは、上級木魔法、世界樹の根。
エルフ族から直伝してもらった魔法で、とてつもなく大きな植物の根を一本作り出し、敵を圧殺する魔法である。
エルフ族から教えてもらった魔法である事から分かるように、普通はプレイヤーでも知らない魔法であり、俺が魔法陣を描いていても、どんな魔法なのかは分からないはずだ。
奥で俺達を観察しているであろうプレイヤー二人に、敢えて未知の魔法を使える相手だと認識させる必要など無いように感じるかもしれないが、これには一応、プレイヤーに対して誤った情報を与えるという思惑が絡んでいる。
プレイヤー二人が知っている魔法を使った場合、その魔法の必要魔力や、魔法陣を描くスピードの平均値というものが分かる為、俺の魔法に対する実力を正確に認識されてしまう可能性が高い。しかし、使っているのがよく分からない魔法であれば、その心配はない。
また、俺を魔法の方が得意な戦闘スタイルだと考えてくれるかもしれない。
俺は、魔法戦闘も、近接戦闘も、苦手ではないが、どちらかと言えば、近接戦闘の方が得意だ。
多人数を相手にする事が多く、魔法を撃ち合うよりも、相手の懐に入り込むような戦闘が多かったし、俺にとって魔法は、攻撃を繋げる時の手段の一つである。それだけを極めたようなプレイヤーとは、魔法勝負で勝てるとは思っていない。
しかしもし、相手が、俺は近接戦闘より魔法の方が得意なのではないかと勘違いしてくれれば、魔法を使わせないように近接戦闘を主体に戦闘を組み上げてくれるかもしれない。かなり安直な考え方だし、そうなればラッキーくらいにしか思っていないが、罠は張れるだけ張っておく。
更に、この魔法を選択した理由はもう一つ有る。
それは、この世界樹の根という魔法で作られる木の根は、とても大きく、ある程度壁として使う事が出来る為、何も無い平原に、障害物を生み出す事が出来るという事である。
現状、ここまではほぼ休み無く戦闘が続いている為、全員かなりボロボロの状態だ。常に全方位からの攻撃に対処し続けているし、いくら俺達の方が戦闘力が高いとはいえ、細かな傷は受けているし、精神的にも肉体的にも疲労が溜まっている。
一つ障害物が出来るだけで、それを利用してもう少し楽に立ち回ったり、運が良ければ少しだけ休む事も出来るかもしれない。
「クソッ!ダメだ!」
「下がれ!」
今回の連中は、俺の魔法陣がどれくらいで完成するのかを正確に判断し、食い止める事が出来ないと判断した瞬間、一気に距離を取る。ぶつかり合って下がれないなどということも無い。
やはり他の連中とは違い、訓練をそれなりにしているのだろう。
どちらにしても、俺が使う魔法の効果範囲は、少し下がっただけでは回避出来ないものだが。
ズガガガガガガガッ!
俺達の左隣の地面から真上に向かって突き出してくる巨大な木の根。
俺達から距離を取った敵兵達が、それを見上げてポカーンとしている。そんな魔法知らないぞとでも文句が出てきそうだ。
そんな事は、俺に関係無いが。
ゴウッ!
真上に突き出した世界樹の根が、正面方向に向けて倒れ出す。
「よ…避けろーー!!」
「潰されるぞ!早くしろ!」
「だ、ダメだ…間に合わ」
ズガアァァァァァン!
世界樹の根が、地面に鞭のように叩き付けられ、その下に居た連中の大半は、回避出来ずに圧死する。
「なんだこれ!?すっげぇー!!」
一応、クァーナの事も狙ったのだが、上手く避けられたらしい。目をキラキラさせて、倒れた世界樹の根を見ている。
世界樹の根が倒れたところで、ニルがすかさず用意していた魔法を展開する。
敵兵が下がり始めたタイミングで、魔法陣を描き始めていたのだ。
タンッ!タンッ!
ゴウッ!
ニルは、世界樹の根の側面に跳び、根を一度蹴った後、風魔法によって更に自分を上へと飛ばすと、世界樹の根の上に着地する。
平原という高低差の無い場所だったが、世界樹の根が出現した事で、高所という地形が発生した。それを最大限利用する為に、誰よりも先に世界樹の根に乗ったのだ。
「皆様!」
ニルは直ぐに腰袋に入っていたカビ玉を上から放り投げる。
「スラたん!ピルテを頼む!」
「任せて!」
世界樹の根を身体能力で駆け上がる事が出来るのは、俺とスラたんのみ。
俺はハイネに手を伸ばし、何をしようとしているのか理解したハイネは、俺に身を任せる。
スラたんは、ピルテをお姫様抱っこしている。
平常時ならば、ハイネが喜びそうなものだが、流石に、全員返り血だらけで、情緒も何も無い状況だ。喜んでもいられない。
タンタンッ!
俺とスラたんが地面を蹴って飛び上がり、世界樹の根を駆け上がり始めると、ニルが投げたカビ玉が発動する。
ニルが投げたのは、濃い紫色のカビ玉。
ピンクモールドと、チハキキノコの胞子を混ぜ合わせて固めたもので、名付けるならば大爆毒煙玉だろうか。
俺達が高所を取った事で、毒煙を発生させても、俺達に被害が及ぶ事が無くなった為、早速毒を使用したという事だ。
ドガアアァァァァァンッ!
爆発力の高いピンクモールドによって、地上に居る連中は粉々に吹き飛び、毒煙も爆風に乗って瞬く間に広がっていく。
やはり、外という事で風の影響は大きく、毒煙が一方向に流されてしまっている。俺達が地上に居たとしたら、毒煙に巻き込まれていた可能性も有るし、ここまで毒を使用してこなかったのは正解だったらしい。
「うがあああぁぁぁぁ!」
「ゲホッゲホッ!」
爆発で重症を負った者の叫ぶ声が響き、毒によって血を吐き倒れていく者が見える。
「……ここならば、相手の魔法も矢も心配無さそうですね。」
「ああ。少しの間だけだろうがな。」
世界樹の根から下を見ると、魔法部隊や弓兵達が、上に居る俺達を狙っているのが見える。何発か魔法や矢が飛んでは来たが、全て世界樹の根によって阻まれている。
しかし、相手も根の上に登る事は出来るのだし、それまでの間しか、休める時間は無い。
「それにしても…とんでもない数だね。」
「随分と減らしたとは思うが…それでも、全体で見れば二割弱しか減らせていないだろうな。」
スラたんは、余裕そうに会話をしているが、勿論そんなことは無く、疲労は間違いなく溜まっている。
俺も、ニルも、ハイネやピルテも同じく疲れているのだから当然だろう。
「もう少しで、主力部隊に到達すると思うが…」
高所から見回しても、部隊がきっちり分かれているわけではなく、どこからどこまでが一つの部隊なのか分からない。
主力部隊は既に見えているのか、見えていないのかも、俺達には分からない。
「渡人が二人居たわよね?」
「ああ。こっちを観察していたな。」
「敵情視察かしら?」
「だろうな。さっきまで見えていたが、消えたという事は、既に報告に向かったという事だろうな。」
「やり方が陰湿な連中ね。」
「俺達が動き辛いという状況を考えると、賢い奴が作戦を立てているんだろうな。」
相手は常に、俺達が嫌がる事を淡々と行っている。
本当に戦い辛い相手だ。
「ここからどうしますか?」
「あのクァーナとかいう奴は、俺達を逃がす気なんて無いだろう。
確実に始末してからでなければ、この先へは進めないはずだ。」
「やけにテンションの高い男だよね…」
「頭のネジが飛んでるような奴だ。ああいう生き物だと思った方が良い。」
「ひ、酷い言い方だね?」
「そんな事は無いわ。ああいう奴ってのは一人や二人居るものよ。ああいう者は理解しようとするだけ無駄よ。私達とは根本的に違う考え方なの。
無理に理解しようとするより、ああいうものだと理解した方が良いわ。人として見ていると、痛い目に遭うのはこっちよ。」
「そういうものなんだね…」
元の世界にも、サイコパスという言葉があったりするくらいだから、世間一般とは大きくかけ離れた考え方をする者が居る事くらいはスラたんも分かっているだろう。だが、実際にそういう者を見た事が有るのかどうかは別の話だ。
何をしても、何を言っても、理解してもらう事も、理解する事も出来ない相手というのは居るものだ。
スラたんも、戦闘に対して、どこか吹っ切れたように見えるが、戦っている相手の事を全く考えないわけではない。特に、クァーナのようなおかしな奴が現れれば、色々と考えてしまうのも仕方が無い。
相手の思考を読んだり、そこから攻撃を組み立てる為に、敵の事を考えるのは別に悪いことでは無い。しかし、考えるだけ無駄という相手も実際には存在する。それがクァーナのようなぶっ飛んだ奴だ。
こういう奴を相手にする時は、下手に考えて行動を読もうとすると、逆にそれが足枷になるという事も多い。
つまり、こういうぶっ飛んだ奴を相手にする時は、そういう生き物だと思って戦った方が良いということ。一言で言ってしまえば、モンスターと変わらない、という事だ。
「クァーナ個人にも警戒は必要だが、それよりもまずは、部隊をどうするかだな。」
「突破しようと何度か試しましたが、なかなか切り崩せません。」
「そうだな……」
「要になっているであろう者達を一人ずつ仕留めようとしたけど、あれだけしっかりと守られちゃうと、手が出せないね。」
世界樹の根によって、相手の部隊を二分出来たのは良いが、それでも混乱という程には至っておらず、部隊は要となる人物をしっかりと守っている。
「殺されるとまずいと分かっているのだから、守るのは当然だろう。上から魔法を撃ち込んでも良いが…」
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