第401話 嘘

「…僕は、ヤナのお父さんとお母さんの家に住んでいるよ。」


「ヤナの?」


「僕のお父さんとお母さんと仲が良くて、二人が死んじゃった後に、僕を連れて行ってくれたんだ。」


「良い人達だな。」


「うん。とても優しいし…ヤナも優しいよ。」


ラルクは少しだけ顔を俯かせて小さな声で言う。


「なんだ。ヤナが好きなのか?」


「うん。好きだよ。ヤナは誰よりも優しいから。

こんな僕にも…」


ラルクは少し暗い顔をする。十歳そこそこの子供が見せる顔ではない。


「それに、ヤナのお父さんとお母さんも好きだよ。」


「そうか。」


俺が聞きたい、とは違ったが、本当に好きなのだろうと思える声色に、それ以上の事は言えなかった。


「でも、多分、ヤナはザッケが好きだと思うよ。」


少し黙っていたラルクだったが、そんな事を言い始める。


「そうなのか?」


「うん…間違いないよ。」


話的に、確認を取ったわけではなさそうだが…


「でも、良いんだ。僕はヤナのお父さんとお母さんに代わって、ヤナを守れれば。だから、強くなりたいとも思ってるんだ。」


自分の両親の事で盗賊達を恨んでいるのかもしれないが、ヤナをそんな奴らにどうにかされたくないという思いもあるのだろう。格好良い男の子をしているじゃないか。


「いつか、頭を使って、盗賊達を根絶やしにして、あのも燃やし尽くしてやるんだ。」


「草?」


「名前は忘れちゃったけど、人をおかしくする煙を出す草だよ。」


「…ザレインか?」


「そうそう!知ってたの?」


「ここに来る道中、そういう物が出回っているって話を聞いてな。村にも被害が有ったのか?」


「……僕のお父さんとお母さんは、あの草のせいで死んだんだ。」


予想外の話に、少し驚いてしまったが…今なら詳しい話を聞いても大丈夫だろう。


「草のせいで?どういう事だ?」


そこから、ポツポツとラルクが語り出した内容は…


ラルクの父と母は、所謂、普通の農家。荒事に巻き込まれるような事はしていなかったし、綿花を栽培して生計を立てていたらしい。

綿花以外は何も無い村だし、両親は真面目な性格だったらしく、裕福ではないが幸せな家庭だった。


そんなラルクの両親が死んだのは、数年前。


その日は綿花の収穫を終え、ジャノヤの綿花を買い取ってくれる店に馬車を使って両親で向かったらしい。いつもならば、ラルクも連れて行くか、父が一人で街に向かい、母はラルクと家で待つのだが、ラルクもそこそこ大きくなり、既にヤナとは友達で、毎日一緒に遊んでいた為、その日はヤナの家にラルクを預けたらしい。綿花を納品するとはいえ、ジャノヤへは馬車で一時間程。午前中には終わる仕事だし…ということだった。


しかし、両親は午前中どころか、その日一日帰って来なかった。


ラルクの両親は、ラルクを愛していたし、ヤナの家に預けて遊び回っているようなタイプでは無かった為、ヤナの両親が不審に思い、翌日、ヤナの父親が一人で街に向かった。当然だが、ラルクも連れて行って欲しいと頼んだが、ヤナの父親は絶対に首を縦に振らなかった。もし、何かあったとしたら…と考えると、ラルクを連れて行けなかったのだろう。


そして、その日の夕方。ヤナの父親が帰りの馬車に乗せてきたのは、冷たくなったラルクの両親だった。


ヤナの父親は、事故で二人は死んでしまったと説明したが、偶然両親の死体を目にしてしまったラルクは、それが優しい嘘だと直ぐに気が付いた。


苦痛の表情のまま死に至り、一糸いっし纏わぬ姿の両親。

あまりに衝撃的な死に顔で、ラルクはその顔を一生忘れられないと言っていた。そんなラルクをその日から育ててくれたのは、ヤナの両親だった。

とても優しく、しかし厳しく、ヤナと同じように接してくれる彼等の事を、ラルクは第二の親だと思うようになり、心の底から感謝した。


ザッケがラルクとヤナと仲良くなったのは、ラルクの両親の葬送を行った時。ヤナとラルクの元に来たザッケが、唐突に友達になると強引に近付いて来たとの事だ。後々になって、ザッケは両親を亡くしたラルクを心配して、友達になり、守ってやろうとしたらしい事を知ったとの事だ。男気のある良い奴だ。


そんなラルクが両親の死について知ったのは、今から約一年前。ヤナの父親が街に綿花を運びに行くと言った時、どうしても連れて行って欲しいと頼み込んだらしい。

両親が死んだのは、綿花を運んで街に行った時の事だ。ヤナの父親もそれを考えてか、最初は止めておけとラルクを止めた。しかし、ラルクは、ヤナの両親にすがり付くようにお願いした。

ラルクは、我儘を言わない子だった。いや、言わない子になってしまった。ヤナの両親に引き取られた自分が、我儘を言ってはいけないと考えていたのだろう。俺でも同じ事を思うはずだ。

買い物をする時でも、ヤナの欲しがる物ばかりを選び、買って貰った礼を言いながらも、それを直ぐにヤナに渡してしまう。怪我をしても何も言わず、隠すような子供だったらしい。この事は、村の人達から小耳に挟んだ程度の話だが、恐らく間違いないだろう。俺が剣を教えていても、ラルクはヤナを守るような動きを常に見せている。考えての行動というよりは、それが当たり前で、無意識にやっているような印象を受ける。それくらい、ラルクにとって、両親が亡くなった後、ヤナとその両親の存在が大きなものだったのだろう。

話が逸れてしまったが、そんなにも我儘を言わないラルクが、初めて縋り付く程の我儘を言った。ヤナの父親は、そこまで言うなら…街で絶対に離れないように。という約束をして、連れて行った。

ラルクの目的は、街に憧れていたからではなく、両親の死に関する事を調べる為だった。

両親は、まるで溺れて死んだように、苦しそうな表情で死んでいた。そんな死に方をするなんて、普通はあまり無い事だ。もし、同じような死に方をした者が見付かれば、両親の死因について知る事が出来るかもしれない。そう考えたラルクは、街に着くと、ヤナの父親が綿花を卸す間に、目を盗んで冒険者ギルドへと向かった。

後になってヤナの父親に死ぬ程怒られる事になるのだが、ラルクはそれを知っていても、抜け出した。


冒険者ギルドに向かったラルクは、まず、ギルド職員に両親の死に顔について話をして、何故そんな死に方をしたのか聞いた。

想像通り、そんな質問をされて答えるような職員は居ない。聞いても答えてくれないと見るや、ラルクは、ギルド内に居る、比較的安全そうな冒険者達に話を聞いて回った。

しかし、なかなか取り合ってくれる人は居ない。小学生くらいの子供が冒険者ギルドでうろちょろしているだけでも、目障りだと思う奴だって居るような場所だ。下手をしたら連れ去られて奴隷になっていたかもしれない危険な行為だ。そうならないように、ギルドから出たりはしなかったみたいだが、それでも危険な事に変わりはない。

そして、やっと有力な情報を、一人の女性冒険者から聞くことになる。子供に対して、割と柔らかい対応をしてくれるのが女性だと気付いたラルクは、目に付く女性冒険者に次々と話をして、やっと欲しい情報が手に入った。

そこで聞いたのが、ザレイン。


ラルクの話を聞いて、ある程度想像で補填してやると…


ザレインというのは、非常に強い毒性を持った植物で、基本的には煙を吸って、体内に摂取し、覚醒作用を体験する。しかし、吸引によって体内に取り込めるのは、極僅かな量であり、それですら危険とされている。それを、例えば水に溶いて飲ませたり、直接食させたりした場合、どうなるだろうか。

あまりの毒性の強さに、喉から胃は薬傷によって爛れてしまう。そして、経口摂取した毒素は、全身に巡り、死に至る。苦しそうな表情は、そうやって作り出されたのだろう。相変わらず、盗賊のやる事はえげつない。


それを知ったラルクは、ザレインの事についても話をせがんだ。しかし、ザレインが出回り始めるのは、もう少し後の事で、この時にはまだ大量には出回っておらず、値の張る植物という事しか分からなかった。


その後、ヤナの父親に見付かり、死ぬ程叱られた後、日常に戻ったラルク。しかし、ある程度情報を手に入れてしまった事で、ラルクは両親の事をもっと知りたいと思うようになり、その日から色々と調べるようになった。と言っても、ラルクはまだまだ子供だし、字も読めない為、他人に聞くという方法しか取れなかったが、幸い、この村には何人かの商人が出入りしている。

そこで、ラルクは商人達からザレインについて色々と話を聞く事にしたらしい。

そして、ここ半年程の間に、ザレインが妙に出回っており、それがハンディーマンのせいだという情報を手に入れる。

盗賊が、何故そんな高価な物を…とまで考える事は出来ず、盗賊こそ両親の仇だ!となったみたいだが、そこは子供だから仕方ない。


「それで、盗賊とザレインを恨んでいたのか。」


「うん。」


そう言って何の感情も無く頷くラルク。


ラルク本人は知らないだろうが、彼は村の一部の人達から、『笑わない子供』と呼ばれている。


ここ数日、ラルクを見ていて、全く笑わないという事ではない、という事は分かった。しかし、彼の笑顔には感情が乗らない。嬉しそうに、楽しそうに笑う事が無いのだ。非常にぎこちない笑顔。その裏には、色々な事象が絡んでいる事を、ここで初めて知った。


「それと、あの草。商人の話では、東にある森の中で作られていて、そこから流れているみたいなんだ。だから、東の森に火を着ければ…」


「待て待て。そういう危険な発想をするな。」


「う、うん…」


俺の言葉に、そうだったと俯くラルク。


しかし…まさかザレインの流通経路まで知っているとは…十歳の子供が集めてきた情報だとすると、裏取りもできていないだろうし、鵜呑みには出来ない。というかこれは……いや、兎にも角にも、足掛かりにはなりそうだ。思わぬところからの情報ではあるし、次の一手に繋がるかもしれないが、今はそれを顔にも声にも出さないように気を付ける。

もし、俺達がザレインとハンディーマンの事を調べていると知れば、ヤナの父親との約束を破ったように、俺との約束も破り、隠れて付いて来るかもしれない。それはあまりにも危険過ぎる。


「ラルク。恨む気持ちは分かるが、ヤナを守りたいなら、お前も危険な事に手を出すな。解決出来る力が有ったとしても、敵は手を抜いてはくれない。」


「……??」


相手は子供。少し難しい事を言ってしまった。


「お前が危険な事に手を出して、そのせいで、ヤナやその両親がとばっちりで殺されるかもしれない。そう言っているんだ。」


「っ!!」


ラルクが、ザッケのように単純な性格ならば、ここまで情報を仕入れる事は出来なかっただろう。賢いが故に、偶然が重なり、色々な情報を集めるに至っている。そして、既にラルクは、かなり危険な場所に立っている。


「誰かを守りながら戦うのは、一人で戦うよりずっと実力が必要になる。自分の身さえ守れない奴が、ヤナまで守れると思うのか?」


「……………」


厳しい言い方かもしれないが、下手な事をしないように釘を刺しておく必要が有る。言葉を選んで、敢えて強い言葉を使っていく。


「それに、自分では気付いていないかもしれないが、ラルクは既に危険な状況の中に居る。もし、ハンディーマンが、今の話を知れば、確実に殺されるぞ。それも、ラルクだけじゃなく、この村ごとだ。」


「そ、そんな……」


ラルクはどんどん顔を青くしていく。

自分がこの村を危険に晒している自覚が無かったのだろう。


「今の話、他には誰にも話していないか?」


「う、うん!」


「分かった。絶対に誰にも言わない事。それと…ケビンとハナーサには、俺から話しておく。」


「えっ?!」


誰にも話すなと言ったのに、いきなりそんな流れになるとは思っていなかったのか、かなり驚いている。


「既に村全体が危険な状態なんだ。村を守る為に居るケビンと、村全体をまとめているハナーサには話をしておくべきだ。

既にラルクが手に負える状況を大きく逸脱しているんだ。知らなかった事とは言え、この村にとっては一大事だからな。

だから言っただろう?頭を使えと。それが如何に大事な事なのか、よく分かったはずだ。」


「……う、うん………ごめんなさい…」


ラルクは、我儘を言わない子だ。怒られる事はそれ程多くない。だからこそ、叱られた時の反応は年相応に戻る。反省出来るのならばそれで良い。それは成長に繋がるからだ。

それに、今回の事については、少し不思議に感じている。あまりにも簡単にラルクが情報を仕入れ過ぎだ。


「謝れるなら、強くなれる。次はもっと慎重に行動するんだぞ?」


「うん……」


「後の事は大人に任せておけ。大丈夫だ。何とかするから。」


「…うん。」


ラルクはチラチラと俺を見ながら離れていく。


「ご主人様。」


少し離れた場所に居たニルだったが、話が終わると直ぐに近寄ってくる。話を聞いていたのだろう。


「あまりにも出来過ぎた話ですね。」


「だな。」


「裏を取りますか?」


「いや。もしかしたら、直ぐに取れるかもしれない。まずはケビンに話をするぞ。」


「…分かりました。」


それから、朝の訓練が終了すると、直ぐにケビンを呼び出す。


「何だ?話ってのは?」


「ラルクの事についてだ。」


「……何だ?」


「ラルクがザレインやハンディーマンについて、色々と調べているらしくてな。危険だから注意しておいたが…」


「そうか…」


ニルはあまりにも薄いケビンの反応に、ピクリと反応を示す。


「まだ諦めていなかったか。」


「やっぱり、ラルクが情報を集めている事は知っていたのか。」


「まあな。少し前、街に行った時一人で冒険者達に情報を聞きまくったらしくてな。」


「ああ。聞いた。」


「まだ子供だから、それがどれだけ怖い事なのか分からないんだ。でも、ラルクが悪いわけじゃねえ。俺達大人がしっかり見ていれば良いだけの事だからな。」


「商人に金でも払って、適当な情報を掴ませたのか?」


「騙すような事をして悪いとは思っているが、言って聞くようならそうしている。ヤナの父親が何度も注意したが、ラルクは止めなかった。だからこういう方法を取ったんだ。」


「情報を手に入れられたら、それで満足するから…か。まあ、仕方ない事だが、自分達の事を嗅ぎ回っている奴が居るとハンディーマンに知られれば、何をされるか分かったものじゃない。どんな事をしても止めるべきだろう。」


「…そうなんだがな…」


「いや、これは部外者の俺が口を出す事じゃなかったな。そっちの事情も有るだろうし…すまなかった。」


「い、いや、謝らないでくれ!俺達もよく分かった上でやっているんだ…だが、ラルクの両親の事を考えると、どうしても強く言うのは難しくてな…カイドーが代わりに言ってくれたんだから、俺達は感謝するべきなんだ。」


「いや。感謝は要らないさ。それで、誰がこの話に絡んでいるんだ?」


「俺と、ヤナの両親。そしてハナーサだ。ヤナも、他の連中も知らない。」


「そうか。ただの嘘八百という事だな。」


「いや、そうでもないんだ。ラルクには、本当の流通経路とは真逆の場所を教えた。つまり、西に流通経路の元が在る。」


「それは確かなのか?」


「ああ。間違いない。俺のこの目でみたからな。」


そう言ってケビンは潰れた左目を指で示す。


「それが原因で左目が?」


「ああ。実は、少し前、西にあるポナタラという街に行った時、幸か不幸か、ザレインの農場を見付けちまってな。

その時は俺一人でよ。農場に居た盗賊連中の数人に見付かって、かなりヤバい事になったんだが、何とか全員倒して生還したが、左目を持って行かれたという事だ。」


「それ…俺に話して大丈夫なのか?」


「ラルクの事を俺に話した時点で、向こう側の者という事は無いだろう。それに、ここ数日見てきて、俺は安全だと判断したんだ。ハナーサには怒られるかもしれないがな。」


「……怒られるのを覚悟で話したって事は、俺達に何かさせる気なのか?」


「少し場所を変えても良いか?」


「……ああ。」


ケビンが真剣な話をする時の顔だ。何か重要な話なのだろう。


俺とニルは、ケビンと共にハナーサの家に向かう。


「ハナーサ!いるか?!」


ケビンのデカい声。


「叫ばなくても聞こえるわよ!このバカ!」


ケビンに対してのみ、やけに強い口調で声を張るハナーサ。


「って…カイドーさん達も来ていたのね。」


「ああ。例の話だ。」


「……そう。分かったわ。上がって。」


ハナーサはそれだけである程度の状況を理解したのか、直ぐに俺とニルを家に上げる。


「どこまで話したの?」


「ラルクには嘘の情報を掴ませ、本当はポナタラに農場が在るという事まで伝えた。」


「なっ?!軽率過ぎるわ!バカじゃないの?!」


「いや。カイドー達は信用出来る!」


「勘なんて不確定な物に私達の命を賭けないでよ!」


ハナーサのこれは、本気で怒っているやつだ。


「ま、まあまあ。俺達は盗賊の一味じゃないし、一旦落ち着いて…」


「盗賊の一味が、自分は盗賊の一味です!なんて言うわけないでしょ?!」


「ご、こもっとも…

ハナーサの言っていることは正しいが、本当に違うのだから、他に言い方が無いんだ。」


「……はあ……」


俺の言葉を聞いて、ハナーサが大きな溜息を吐く。


「カイドーさん達が奴らの仲間じゃない事は分かったわ。もし盗賊の仲間なら、私達は今頃死んでいるだろうからね。何せSランク冒険者なんだから、この村にカイドーさんを相手に出来る者は居ないのだし。」


「だろう?!」

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