第346話 フージ

「何かしら?」


要件は分かっているが、敢えて疑問を投げ掛けるハイネリンデ。


「お嬢さん達には悪いが、付いてきてもらおうか。」


「いきなり宿に押し掛けてきて、付いてこいとは随分ね。そういう礼儀のなっていない男に興味は無いの。お呼びじゃないわ。」


「あんたにその気が無くても、こっちは仕事でね。」


仕事だと言いながら、舐め回すように女性陣の体に視線を這わせる男達。


「そんな目付きで見てくる男に付いていく女なんていないわよ。あなた、女性に嫌われるタイプね。」


「こっちは失敗したら、冒険者稼業を続けられなくなる仕事なんだ。多少仕事中に美味しい思いをしても良いだろう?」


「知らないわよ。その仕事を受けたのは自分達でしょう。でもまあ…どちらにしても、あいつの元に行くのなら丁度良いわね。」


「そっちの件も片付けてから街を出るのですか?」


「知らない事だったとはいえ、私達のした事が原因で、街の人達が被害を受けるのは寝覚めが悪いわ。それ程手間でも無いのだし、サクッと片付けて街を出るわよ。」


「「「はい!」」」


「何を勝手に盛り上がっているんだ?」


既に、ハイネリンデ達の目に、冒険者達の顔は映っていない。正確には、道案内人として見てはいるが、それだけだ。


「あなた達が連れて行ってくれるのでしょう?ブージだかフージだかの元に。」


「分かっているなら話は早い。大人しくこいつを着けて一緒に来るなら、手荒な事はしない。」


奴隷に着ける枷を出し、ペロリと唇を舐める男。彼の頭の中には、手荒な事しか無いだろう。


「私達にそんな事をさせようとするのだから、あなた達も、その覚悟が有ると取っても問題無いわよね?」


「ははっ!たった四人で何が出来るんだ!」


「数が勝っているから、自分達が勝っているという考えは、捨てた方が良いわよ?」


「何?」


「まあ、その枷を出した時点で、あなた達は冒険者としてだけでなく、人としての生活が出来なくなったという事ね。」


「…本当に威勢の良い女だな。少し痛い目を見せないと分かってくれないらしい。」


そう言うと、宿の中だというのに、冒険者達が武器を抜く。

まるで盗賊のような連中だが、冒険者の中にはこういう者達も居る。

ただ、こういう連中は、冒険者として成功出来ず、くすぶり続けてきた者達ばかりで、常日頃から、違法な事に手を出したりしている事が多い。

冒険者として、上手く稼げないから、違法な事をしてでも金を稼いでやる!という思考回路なのだろう。つまり…大した強さは持っていない連中という事。

フージの兵士達を一瞬で片付けた相手に、ろくな策も無しに、数だけで押し切ろうというのだから、どれだけ愚かな連中かは、口に出さずとも分かるだろう。


「傷は付けるなよ!」


一斉に向かってくる冒険者達。適当に同じような連中を集めたのか、種族はバラバラ。獣人族のような身体能力の高い者も居るが、頭が弱過ぎる。


「ここは私達が泊まっていた宿ですよ?そんなに簡単に踏み込んで良いのですか?」


もし、突然踏み込まれ、一斉に襲い掛かって来たならば、ハイネリンデ達も少しは焦ったかもしれない。少し焦るだけで、結果は変わらなかっただろうが…

残念ながら、ハイネリンデが会話を続ける事で、十分な時間を得られた為、サザーナとアイザスが、既に魔法を起動していた。


「なんだっ?!」


「くそっ!魔法か?!」


部屋の中、死角に居たサザーナとアイザスの魔法に気付かず、対処出来なかった男達。

宿の床、壁、天井…至る所から真っ黒な薔薇のツタが生えてくる。


吸血鬼魔法、ダークローズイヴィ。広範囲捕縛系魔法である。

しかし、普通の捕縛系魔法と大きく違う点を持っている。


「ぐ……がぁっ………」


薔薇の蔦が男達に絡み付くと、蔦に生えている薔薇の棘が皮膚に食い込み、刺さる。すると、直ぐに男達が全身を痙攣させて、動けなくなっていく。


「安心して。簡単な痺れ毒よ。死にはしないわ。」


このダークローズイヴィという吸血鬼魔法は、棘から毒を相手に与える事が出来るのだ。

準備として、使う毒や、その他いくつかの素材が必要になる上に、設置型で、使い所が難しいが、トラップとしてはかなり優秀である事は誰にでも分かるだろう。

その上、普通の捕縛系魔法で作り出す物より強靭な蔦を作り出す為、簡単には抜け出せない。

何とか毒を貰う前に抜け出そうと、刃を蔦に這わせる者達も居たが、誰一人として切り裂く事が出来ず、あっという間に全員が痺れ毒の餌食となる。

ハイネリンデの言っていたように、この魔法は、用意する毒を変えることで、棘から相手に与える毒の種類を変えられる。もし、これが即死級の猛毒だったならば、彼等は既にあの世に行っていただろう。


「こん……な…魔法……」


「あら。凄いわね。まだ呂律ろれつが回るのね。」


「見…たこと……」


「あなたが見てきたものが、この世の全てでは無いのよ。」


そう言ってリーダーっぽい男の目の前に顔を近づけ、ニヤリと笑うハイネリンデ。

上下に開いた薄く艶やかな唇の奥に、長い犬歯が見える。


「っ?!」


叫びたかったのだろうが、毒が体に巡り、ろくに声を出せぬまま、表情だけがピクピクと動いている。


「はい。あなたの分よ。」


カシャン。


何の躊躇も無く、男が取り出していた枷を、取り上げたハイネリンデが、そのまま男の首に着ける。


「っ!ん…んん!」


「あら。そんなに嬉しいの?良かったわ。」


ハイネリンデは、そう言ってニコッと笑う。


「ひぃっ!」


ドスンッ!


そんなハイネリンデを見て、宿屋の主人がその場に倒れて尻を打ち付ける。

ハイネリンデ達は、そもそも宿屋の主人は狙っていないし、何かするつもりなど無い。だとしても、躊躇うこと無く目の前にいる男に奴隷の枷を装着する女を恐れずにはいられないだろう。


「たたたたた助けてくれ!俺は家族を守る為にやっただけなんだ!頼む!」


自分がハイネリンデ達を売ったという事実を分かっているからこそ、命乞いをしているのだ。それが分かっているだけまだマシだと言える。


「別にあなたに恨みは無いわ。街で騒ぎになっていた私達を泊めてくれたのだから、感謝しているくらいよ。だから、奥に行って、耳を塞いでいてくれる?」


「は、はい!何も聞きません!何も知りません!」


店主は焦って立ち上がると、つまずきながら奥へと走っていく。


「あんなに怖がらなくても良いのに…」


「それだけ、私達は異質な存在という事だわ。言動には気を付けないといけないわね。

それも、からの話だけれど。」


男達の涙目を見ながら笑うハイネリンデ。

お前達は逃がさないと暗に示した事で、自分達の未来を悟ったらしい。


結局、用意されていた四人分の枷を適当な男達に装着し、残りの男達は縛り付け、店主にギルドへ報告するように言い付けて宿を出た。

殺しても良かったが、殺してしまえば、それはそれで騒ぎになってしまうと判断しての事。残された者達は、いきなり奴隷にならずに済んで、運が良かったと言えるように思えるが、それも時間の問題だ。やった事の責任は必ず取らねばならない。


ここで奴隷というものについてもう少し詳しく説明しておくと。

奴隷というのは、いくつかの方法によってその身分になる。落ちると言っても良い。

自分達の生活が苦し過ぎて、このままでは死んでしまうとなった時、奴隷に志願し、最低限の食を与えてもらえる環境へ進む者。

自らが冒した罪の刑罰によって、奴隷となる者。

力、権力、金によって、無理矢理、枷を装着された者。

大体この辺りが一般的に奴隷となってしまう条件である。

この中でも、奴隷となる最も多い例は、刑罰によって奴隷落ちする場合である。

無理矢理奴隷にさせられた事件が有れば、必ず噂になる為、こちらの方が多いように感じるが、そんな事は無い。

健全な奴隷商人というのは、刑罰を受けた者を引き取り、奴隷とし、売る。つまり、街の機関と提携している状態に有ると言える。


しかし、健全では無い場合…中には信じられないような悲惨な事件が起き、無理矢理奴隷となる場合も有る。

しかし、これにはいくつかのリスクが常に伴う事になる。

まず、一般市民に対する無理矢理の奴隷化は、表面上、どこの街や村でも禁じられている。

当然だろう。合法的に力ずくで奴隷化されるような街に住みたい者は居ない。つまり、誰かを襲って奴隷とした場合、それが表沙汰になれば、刑罰の対象となるのだ。奴隷とされてしまった場合、主人となった者に、それを口にする事を禁止されてしまう為、表沙汰になる事は滅多に無いが…

他にも、そのような方法で奴隷化させられた場合、その奴隷自体が違法となる為、売り買いが難しくなる。当然、その奴隷が違法な奴隷と分かれば、刑罰の対象となる為、買い手も慎重になる。

特別に買いたいと思わせるを持っていなければ、リスクのみを取ってしまう事になるのだ。

そして、最も危険なのが、奴隷化しようとした相手の方が上手うわてで、返り討ちにあった場合である。

当然、その恨みたるや相当なものである。奴隷にされる、殺されるは当たり前。手足を切られ、舌を抜かれ、一生肉塊として生かされるなんて話も聞いたことがある程だ。

因みに、被害者が返り討ちにして、殺したとしても、罪に問われる事は無い。

被害者当人が直接的な罰を与えなかったとしても、それ相応の罰を受ける事になる。つまり、ハイネリンデ達が手を下さなくても、彼等には罰が与えられるのだ。

無理矢理奴隷を作ろうとする者達に、盗賊のような連中が多いのはその為である。


このような規則が有る世界だが、非合法の奴隷は後を絶たない。

その理由はいくつか有るが、その中でも、貴族の好き勝手を、見て見ぬふりしてしまう領主が居る街……つまり、まさに今、ハイネリンデ達の居る街のような場所が在る事が挙げられる。


何故そんな街が存在するのか。


金を持った貴族によって、領主が傀儡かいらいと化している場合や、領主自身が率先してそういう違法な事をしている場合。もしくは、領主がその取引上で儲かっている場合等の理由がある。


ハイネリンデ達四人は、街での情報収集の際、ついでにフージや領主についても調べたところ……現在、ハイネリンデ達が居る街は、領主が儲かっている為、フージの行いに対し、見て見ぬふりをしている状況らしい事が分かっていた。

本当の意味で、今回の事を解決するならば、この領主についても対処が必要だが、ハイネリンデ達は、そこまでしようとは思っていない。揉めているのはフージという貴族だけで、領主は関係無い。そこまでこの街に注ぐ情熱も愛も持っていないし、自分達の尻拭いをするだけの事。他に大した意味は無い。


「さてと。ここが例の男の屋敷なのね?」


「そ、そうだ…」


枷を装着され、文字通り命を握られた男達四人は、実に従順となった。そうしなければ死ぬのだから、選択肢は無いのだが。


ハイネリンデ達が到着した先は、馬車と同じように、豪華過ぎて下品な屋敷。


「馬車に趣味が現れていたのね。」


「ここまでして、自分の力を誇示こじしたいのですね…」


「貴族というのは、変な生き物ですね…」


下品な屋敷を眺めて、各々言いたいことを言う。

それくらい、下品な屋敷なのだ。


「何者だ!」


屋敷に入る門には、門番が立っており、門番が槍を交差して行く手を阻む。


「屋敷に招待された者よ。」


奴隷になった男達を指で示し、そんな事を言うハイネリンデ。

誰が見ても、健全に招待されたようには見えない。


「お前達は……」


冒険者の者達を見た門番が、大体の内容を理解したらしく、戸惑っている。

彼の雇い主フージは、招待した訳ではないが、確かにハイネリンデ達を連れて来るように指示している。そして、目の前には、予想とは違った形だが、連れて来るように言われていた者達が来ている。通すべきか通さぬべきか…と迷っているのだ。


「大人しく通した方が身の為ですよ?」


ピルテの言葉は優しく、顔は笑顔だが、手元に居る冒険者達を見せて脅迫している。


「……分かった。」


脅迫された者の顔とは思えない、覚悟を決めた目をして、門番の一人が通す意思を見せる。


「良いのか?!そんな事をしたら、後でどうなるか分からないぞ?!」


もう一人の門番が、そんな事をするなと止める。


「いや。あの人数の冒険者達で適わなかったんだ。俺達が逆立ちしたって勝てっこない。

ここで無駄な忠誠心など出して、俺達が死んだらどうする。お前だって、つい最近子供が産まれたばかりだろう?」


「そ、それは……」


「それに、忠誠心を出すような相手ではないだろう。今まで色々と見てきたが、散々な奴だ。あんな奴の為に、本当に死ぬのか?俺は嫌だ。街を追われることになったとしてもな。」


「………………」


部下にまで、こんな言われ方をされているという事は、それだけ酷い事ばかりしてきたのだろう。


「通して頂けるならば、私達から何かする事はありませんよ。気絶させておいたとでも言っておきましょうか?」


「……信じても良いのか?」


「フージ以外の者達に恨みは無いわ。

こいつらのように刃を向けて来ないならば、私達が刃を向ける理由も無いということよ。

私にも娘が居るから分かるけれど、家族の為に、最善の選択をする事ね。」


「……助かるよ。」


フージとかいう男の門番にしておくには勿体ない男だ。状況把握が出来るというだけで、横に居る冒険者達よりずっと賢い。


「フージの屋敷は門を通って真っ直ぐ行くだけで辿り着ける。何人か常駐の兵士が居るのだが……心配は無用だな。」


「本来敵だと言うのに、心配までしてくれるなんて、優しい人なのね。」


「フージの門番をやってはいるが、生活の為だ。あいつに辛酸しんさんを舐めさせられた者も沢山知っている。出来ることならば、あいつに頼る事無く生きていきたいと常日頃から思っていたのさ。」


「なかなか大変な仕事なのね。」


「自分で選んだ仕事だからな。自業自得さ。

それより、早く行ってくれ。ここに長居すると怪しまれる。」


「そうね。分かったわ。

ほら、行くわよ。」


奴隷化した男達を先に行かせ、敷地内へと入る。


少し進んでから後ろを振り返ると、二人の門番は既に消えていた。


「とことん嫌われている男ですね。」


「敵が多いのね。貴族でなかったら、きっと今頃後ろから刺されて死んでいたかもしれないわ。いえ、貴族だからそうなったのかしら。どっちにしても、長生きは出来ないでしょうね。」


左右に広い庭。自身を模した石像やギラギラ光る金の像。どれだけ自分が好きなのかと聞きたくなる。


「さっさと終わらせるわよ。こんな奴に時間を割くのも馬鹿馬鹿しいわ。」


「「「はい。」」」


ハイネリンデ達は、ただ真っ直ぐに屋敷へと進む。


屋敷の扉もギラギラしていて、大きい。


「……ん?誰だお前達は?」


当然扉の前には兵士が立っている…が、腹がポッコリ出ていて、戦えるようには見えない。それだけで、外に居た門番との差がよく分かる。

屋敷に近付けば近付く程、フージの甘い汁を吸わせて貰っているのだろう。


「退きなさい。二度は言わないわ。」


「退けと言われて退く奴が居ると思うのか!」


ブンッ!パシッ!


腹の出た男が振り下ろした直剣。それをサザーナが片手で受け止める。受け止めると言うより、手で挟んで止めると言った方が良いだろうか。


「剣速はすこぶる遅く、不要なまでに増えた体重も乗っていない。兵士の質が悪すぎるわね。」


「は、離せ!」


「離せと言われて離す奴が居るとでも思うの?」


「くそっ!」

グシャッ!


サザーナから剣を取り返そうとした男の頭に、アイザスの拳が振り下ろされる。

男の頭蓋骨は陥没し、鼻と耳から血が吹き出す。元々無かった首が更に体の中へとめり込んでいる。


「アイザス。殺すと騒ぎになると言われていたのに、殺してどうするのよ。」


「あ……無駄に偉そうで腹が立って……」


「どちらにしろ、フージは始末するのだから一緒よ。ここは関係の無い宿でもないし、終わったらさっさと街を出れば大丈夫よ。逆に、目撃者を生かしておけば、私達が後々大変な事になるわ。」


「ひっ!?」


自分の事を言われているのだと気付いた、もう一人の兵士が逃げようとするが…


ザシュッ!


「か………は………」


ピルテのシャドウクロウが顔面から後頭部へと突き抜けて絶命する。


「目撃者がまずいのでしたら、門番の二人もまずいのでは…?」


「あの二人が話す事は無いはずよ。この件への関わりを話せば、自分達が酷い目に遭う事くらい理解出来ると思うからね。」


「一応、何か手を打っておきますか?」


「必要無いわ。二度とこの街には寄るつもりも無いのだし、一応変装もしているからね。」


当然だが、四人は変装している為、顔を見られていても、変装を変えるだけで別人になれる。だからこそ、ここまで大胆な事が出来るのである。


「それでしたら、遠慮は要りませんね……はっ!!」


ズガァァン!!


ピルテが大きな扉を蹴ると、扉が開く……というか、吹き飛ぶ。


「な、なんだっ?!」


当たり前だが、屋敷の中にいた兵士達が出てくる。

中も外と変わらずゴテゴテのギラギラ。


「こんな屋敷に住んでいて、目が痛くならないのかしら。」


「光に敏感な私達には、絶対に有り得ない環境ですね。」


「やる事が下品な奴は、感性も下品になるんだろうな…」


「ん?じゃあアイザスは感性が下品って事になるわよね?」


「何故俺が攻められているのかな?!」


「ほらほら。二人でじゃれあっていないで、やる事をやるわよ。」


敵襲だと気が付いた兵士達が、武器を抜いてハイネリンデ達の前に立ち塞がる。

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