第248話 ヤマシラ
兵士の皆さんが戦闘に巻き込まれないように、少し離れた位置で、分厚い鉄板に全身を包み込んだ大男に対面する。
「……オマエ。テキ。キジンゾク。」
低く、お腹に振動が来るような声。
それに、あまり言葉が
「…恨めしい…ですか?」
「キジンゾク…ナカマヲコロシタ。ダカラ、コロス。」
あれからかなりの時間が流れているし、彼が戦争時代に生きていた者かは分からない。
ダイダラ族は、非常に寿命の長い種族だと言っていたから、実際に戦争を体験した者が居るかもしれない。
逆に、ダイダラ族よりはずっと寿命が短い鬼人族は、それを既に、過去のものとしてしまっている。
私達にとっては遠い過去の事でも、彼等にとっては、昨日の事。
報復を望むという気持ちは、仕方のない事だと思う。
悪いのは先祖の鬼人族。でも、ダイダラ族から見れば同じ鬼人族だから…
でも、だからといって、金棒に潰されるわけにはいかない。
私にも守らなければならない人達がいる。
ここで負けてしまっては、それも守れなくなってしまう。
「我々を憎む気持ちは察しますが……私達も、殺されるわけにはいきません。」
「……………」
私が気持ちを察すると言った事が、彼には許せない事だったのか、強い怒りを感じる。
加害者が被害者の気持ちを知ることは出来ない。それは分かっているし、盲目であるが故に、それを今まで散々味わってきた。
だから怒るだろうとは思っていた。でも、察する…察したいという気持ちに偽りは無い。
「戦う前に聞かせて頂けませんか?」
「ナニヲダ?」
「貴方のお名前を。」
「………ヤマシラ…ダ。」
「ヤマシラ様…私はランカと申します。身勝手で申し訳ございませんが…ここで倒させて頂きます。」
「……………」
ヤマシラは、それ以上何かを言う事はなかった。
ダイダラ族のヤマシラ。
名前も、声も覚えた。
自分達の先祖が行ってきた悪行の被害者。だから、加害者である私達は、それをいつまでも覚えている必要がある。絶対に忘れてはいけない。
私は、弓と取り替えた薙刀を構える。
「グガアアアァァ!」
ヤマシラが叫ぶと、
ダイダラ族の腕力は、地を割るとまで言われている。まともに受け止めれば、私なんて簡単に潰れてしまう。
ズガァァン!
振り下ろされた棍棒を避けると、地面へと叩き付けられ、地面に窪みを作る。
まともに受け止めれば潰されてしまうと思っていたけれど、間違いみたい。触れただけで腕が吹き飛んでしまいかねない。
「グガアァッ!」
ブンッ!ブンッ!
グシャッ!
両手で振り回す金棒は、ゾクリとさせるような音を立てて通り過ぎていく。
ヤマシラは、恐らく誰かに
どうやってヤマシラを仲間に引き入れたのかは分からないけれど、本当に厄介な相手を連れて来てくれた。
負ける気は無いし、ここで死ぬ気は無いけれど、ダイダラ族の事を知っている私としては、どうしても斬り辛い相手に感じてしまう。
こういう時に刃を鈍らせない為に、日頃から自分を厳しく律してきたつもりなのに…人の本質はそんなに簡単には変わらない…のかな。
ブンッ!ブンッ!
「でも、私は四鬼ですからね…」
ブンッ!
水平に振られた金棒を、避けた所で前に出る。
私の薙刀より長い金棒を使っている為、攻撃を潜り抜けて接近しなければ、攻撃が彼に当たる事は無い。
それに、これだけの範囲と威力を持った攻撃となると、水虎の力だけでは弾かれてしまう為、魔法に頼り切るわけにもいかない。
「グガァッ!」
流れるように横に振った金棒を上へと持ち上げ、振り下ろしてくるヤマシラ。
「柔剣術…
ズガァァン!
振り下ろされた金棒を、斜め前へと回避しながら、薙刀を大きく横へ振る。
柔剣術、波打ちは、相手の攻撃を
但し、力の無い女性では、回避しながら放つ攻撃に致命傷を与える力は乗せられない。
故に、回避行動は、攻撃時に使う円の動きを応用したものでなければならず、かなり複雑な動きを要求される。
私もこれを身に付ける為に、かなり苦労したし、全身
しかし……
ギィィン!
私の薙刀が、ヤマシラの甲冑に当たると、火花を散らすだけで、弾き返されてしまう。
擦れ合う音からして、かなり金属部分の多い甲冑だとは思っていたけれど、どうやら、全て金属で出来た甲冑らしい。
普通ならば重すぎて立つことさえ出来そうに無いけれど、ダイダラ族は、それが可能な力を持っているらしい。
「グガアアアァァァッ!」
ブンッ!ズガァァン!
斜めに振り下ろされた金棒を、もう一度回避して、一度距離を取る。
破壊力は抜群だけれど、攻撃に速さは無い。何度も繰り出される攻撃を避けられているのがその証拠。
しかし、攻撃が入っても効かず、相手の攻撃は一撃で吹き飛ぶ威力…柔剣術が苦手とする部類の相手。
それを理解して私の元に送り込んで来たのなら、ガラクは私達四鬼の事を良く知っているはず。
ゲンジロウ様が片腕を取られてしまったのも頷ける。
気を引き締めて掛からないと、私も視力以外の何かを失う事になってしまう。
「ガァァッ!」
ブンッ!
ガキィィン!
ヤマシラの薙ぎ払い攻撃を潜り抜け、同時に反撃するけれど、やはり攻撃は通らない。
「グガッ!」
ゴガガッ!ガキィィン!
次は地面をも抉りとる振り上げの攻撃。
飛んでくる
ブンッ!ブンッ!
攻撃を避けられるのは良いけれど、相手に攻撃が通らないのはどうにかしなければならない。
呼吸と同時に出入りする空気の音が聞こえてくるのを聞くに、穴はあるみたいだけれど、盲目の私が狙いを定めるには、あまりにも小さ過ぎる。恐らく、薙刀の刃は通らず、石突がギリギリ通る程度の大きさ。
「なかなか嫌な相手を送り込んで来るものですね…」
石突が通りそうな隙間は全部で六つ。
両
確実に倒すならば、目の穴を突く必要がある。
上手く突き刺す事が出来れば、脳まで石突が達して、確実に殺せる。
でも、三メートルもある巨体の目を直接狙うのは、
狙うは…膝の裏。まずは体勢を崩し、それから目を狙う。
「グガアアアァァァ!」
ズカガッ!
「っ?!」
今度は地面に半円を描くように金棒を振ってくるヤマシラ。
抉れた地面が、避けられない範囲に飛んでくる。
バシュッ!
門を出る前に掛けておいた、水虎の
ガッ!
「うっ!」
それでも止めきれなかった石が、額に当たる。
あまり大きな塊ではなくて、痛い程度のものだから良かったけれど、ヤマシラに隙を見せる形になってしまった。
「グガァッ!」
振り下ろされる金棒。
額から流れてくる血が
盲目でなければ、目に入った血で気を取られていたかもしれない。目が見えなくて良かったと思う事は少ないけれど、今回はその数少ない一回だと思った。
「はあぁぁっ!!」
ガギィィィン!!
ズガァァン!
私の突き出した薙刀が、ヤマシラの金棒に当たると、次の瞬間、金棒は私ではなく、地面を叩く。
「ッ?!」
ヤマシラがその光景に驚きの反応を見せたのを感じる。
柔剣術、
武器を柔らかく使い、相手の武器に自分の武器を絡め、流れの中で相手の武器を奪い取る、もしくは弾き飛ばす技。
残念ながら、重すぎ金棒を奪い取る事も、弾き飛ばす事も出来なかったけれど、何とか軌道を逸らすだけは出来た。
軌道を逸らしただけなのに、両手は痺れ、肩が外れそうになったけれど…
「オンナノクセニ…」
オンナノクセニ。
女のくせに。
私が今まで生きてきて、散々言われてきた言葉。
最初は酷く傷付いて、落ち込んでいたのを覚えている。
今でも、言われれば気分が悪い。
そう言われない為に、あらゆる努力を惜しまなかった。
でも、ヤマシラの言葉は、嫌な感じがしなかった。
同じ、女のくせに。という言葉でも、その後に続くであろう言葉によって、印象が違うものだ。
「女と思って侮っていたのですか?」
「……イイヤ。」
ヤマシラは、打ち下ろした金棒を持ち上げる。
「オトコヨリ…ツヨイオンナ…ハジメテ。」
周りの兵士達を見ながら、そんな事を言うヤマシラ。
確かに、私以外で女の兵士となると、両手で足りる程度しかいない。
それも、弓や魔法を使う者ばかり。
私のように接近戦で戦う者など皆無。
そんな中、私はこの中で一番強い。
「ソレニ……イヤ、ヤメテオコウ。」
何を言いたかったのは分からない。
けれど、ヤマシラの纏う空気から、憤怒の感情が僅かに減った気がした。
「キジンゾク…コロス。」
それでも、彼の目的は変わらない。
ならば私がやる事も、変わらない。
「ガアァッ!」
ズガァァン!ズガァァン!ズガァァン!
金棒が先程より更に力強く地面に叩き付けられる。
身を
ヤマシラは、金棒をただ振り回しているだけではない。
私の動きを先読みし、僅かに軌道を変えたり、狙いを変えたりしながら、確実に殺す為の一撃を繰り出してくる。
強い。
それが正直な感想だった。
力は言うまでもなく強いのだが、時間と共に攻撃の質が上昇している。つまり、私の動きを見ながら、少しずつ自分の攻撃を修正しているということ。
確かに、これ程の相手が戦場にいれば、普通の兵士達は相手にならないだろう。
ダイダラ族が、戦場に
「はあぁぁぁっ!!」
ガギィィィン!
ヤマシラの側面へ回り込み、膝裏を狙おうとするけれど、読まれていたらしく、攻撃は
「グガァッ!」
ズガァァン!
それに返すヤマシラの斜めに振り下ろされる一撃を、体を回転させて避ける。
「はぁっ!」
ガギィィィン!
「グガアアアァァァ!」
ズガァァン!ブンッ!
互いにたったの一撃を相手に当てられず、何合も何合も交互に打ち合う。
金棒が地面を打つ度に地形が変わり、薙刀がヤマシラの鎧を捉える度に火花が散る。
周囲の兵士達は兵士達で戦闘を続けているものの、私達の戦闘範囲には近寄らず、一切手出しはしてこない。
ヤマシラは敵味方関係無しに攻撃するのだし、近付きたくても近付けないのかもしれない。
「ハァ……ハァ……」
ヤマシラの着ている鉄板の奥から、荒くなった息遣いが聞こえてくる。
「はぁ……はぁ……」
自分も同じ事だけれど…
普段ならば、こんなに早く息が切れる事はない。
やはり、本気の命のやり取りとなると、精神的に負荷が大きいのだと思う。
それに、相手がモンスターではなく、人であると、攻撃に二つ、三つと意味を持たせてくる。
読み合い騙し合いの攻防となると、体と同時に頭も使わなければならない。しかも、一度でも読み違えたならば、私の命はそこまでとなってしまう。
これが本当の戦場……
そう考えてしまうと、嫌がっていたダイダラ族を、拷問まがいの事までして、無理矢理こんな場所に引っ張り出してきた先祖の事を恨んでしまう。
「強い…ですね…」
「オマエモナ…」
これだけ戦っても、なかなか突破口を開く事が出来ない。
針の穴に糸を通すような正確な武器の扱いをしなければ、隙間を通せない。その上、突いた時に、確実な負傷を負わせる一撃で…となると、かなり難しい。
当然ながら、神力を使って武器の動きを制御しているけれど、力を乗せると、どうしても武器がブレてしまい、上手く通せない。
何度か水虎の力を借りて水責めも行ってみたけれど、甲冑は密閉されているわけではないし、直ぐに水が抜けて終わり。
ヤマシラが着ている分厚い鉄板を、突き通す威力が有る魔法も無くはないのだけれど、一瞬で突き抜く事は難しく、同じ位置に魔法を当て続ける必要がある。
ヤマシラが止まってくれるはずもないし、こうして動き回っている以上、その手は諦めた方が良い。
やはり攻撃を、鉄板の隙間に通すしかないのだけれど…何度やっても上手くいかない。
どうしたものかと考えていたけれど、息が切れてきた時から、頭の回転がガクッと落ちたのが分かる。
これ程の強敵に出会ったのは随分と久しぶりな気がする。
いつもは自分との戦いばかりだったし……
そんな、今は必要の無い考えが頭を
ふと、つい先日、本気で戦って負けた人の声を思い出した。
シンヤ様。
最初にお会いした時、女性に慣れていないのか、緊張した声を出していたけれど、試合をした時には、そんな事を感じさせない程に真剣な勝負をして下さった。
シュンライ様に出会って、私は大きく自分の在り方を変えた。
シュンライ様は私の人生における恩師。
一応…ムソウ様も。
それに対して、シンヤ様は……少し違う。
自分より強くて、それなのに、その事を全く凄いことだと思っていなくて…自慢するわけでもない。更には、私が女であり、盲目と知っていながら、本気で剣を交えて下さった方。
恩師…とは違うし……憧れの人。と言うのが、最も近いかな。
もし、私の人生の中に、昔からずっと居て下さったならば、後ろを付いて回っていたかもしれない。
そんな人。
手合わせの時も、剣術で負ける気はなかった。実際に、技術で言えば私の方が一枚上手だった…と思う。本気の殺し合いではなかったし、それで実力を測るのは間違っているとは思うけれど…
とにかく、私は多分、
負けないという自信があった。だからこそ、負けたのだと思う。
もし私が、負けるかもしれない、十中八九負ける。と、思っていたならば、シンヤ様の動きに対処出来ていたかもしれない。
でも、あっさり敗北した。
あの時、私はシンヤ様に叱られた気がした。
その程度で満足するな。
そう言われたような気がした。
実際には、そんな事を言う方ではないけれど、驕り高ぶった心を律するには十分だった。
私はきっと、シンヤ様に出会えた事で、感じている以上のものを与えて貰ったのだと思う。
そして……この戦いにおいても、私は、シンヤ様から勝ち方を与えて貰った。
「はあぁぁっ!!」
ヤマシラも、私も、息があがっていたけれど、自分の体に鞭を打って足を前に出す。
「グガアアアァァァ!」
ヤマシラも、それに合わせるように足を前に出す。
ヤマシラの金棒が、私の頭部を吹き飛ばさんと、横へと振られようとする。
カンッ!!
「ッッ?!」
ヤマシラは、何が起きたのか、全く理解出来ていなかったと思う。
かく言う私もそうだったのだから。
私は、ヤマシラの懐へと入り込む直前に、薙刀を上へと投げた。
薙刀は、回転しながら飛んでいくと、ヤマシラの頭部に当たった。
ヤマシラは、石突がギリギリ通る程度の穴が空いた鉄板の
視界はほぼ無いはず。
そんなヤマシラは、私が投げた薙刀が見えておらず、突然目の前に薙刀が飛んできたように見えたと思う。
当たり前だけれど、地面に足を構えて戦っていても貫けない鉄板を、投げた薙刀が貫くはずがない。
投げた薙刀は、回転を逆にしてヤマシラの更に上へと飛んでいく。
戦闘中に、近接武器を投げる。そんな発想を出来る者は、この島にはそれ程居ないと思う。それくらい、近接戦闘において、武器というのは大切なもの。
でも、使えるならば…それが相手の隙を作り出すものならば、惜しみなく使う。それがシンヤ様の戦い方。つまり、武器を投げる事も攻撃の一つになる。
ヤマシラは何が起きたのか把握出来ず、面食らって金棒の制御が甘くなる。
タンッ!
私は、向かってくる金棒を、跳びながら体を捻って避ける。
ブンッ!
耳元で鳴り響く金棒の風切り音。
攻撃を華麗に避ける事が出来た。
ズザザッ!
私は、体が着地すると同時に、ヤマシラの股の下を滑るように潜り抜ける。
「ッ!!」
ヤマシラは何が起きたのか理解し、金棒を振り切った体勢から戻ろうとする。
パシッ!
股の間を潜り抜けた私は、上空へと飛んだ後、落ちてきた薙刀を掴み取る。
少し賭けの要素が強かったけれど、上手く思い描いていた軌道を通って手元に戻ってくれた。
私は直ぐに振り向き、石突をヤマシラの膝裏へと突き立てる。
ガガッ!
薙刀の柄が隙間を掠めたが、弾かれる事はなく、甲冑の中へと入り込んでいく。
私が持っている薙刀の石突は、金属製で尖っている。苦もなくヤマシラの皮と肉を突き破っていく。
「グガアアアァァァ!!」
それまでの気合いの入った叫びとは違い、苦痛の叫び。
右膝は完全に潰れたはず。
ブンッ!
体を無理矢理捻り、金棒を私に向かって繰り出すヤマシラ。私は突き刺した薙刀を引き抜き、金棒を避ける。
攻撃を繰り出した事で、武器に振り回されたヤマシラは、膝を折って地面に崩れ落ちる。
ガシャッ!
全身の甲冑が音を立てる。
膝を折ったことにより、ヤマシラの顔は下りてきて、私の目の前に来る。
「グガァッ!」
どうにか金棒を振り回そうとしているみたいだけれど、力の入らない体勢で振り回すには重すぎるらしく、地面の上を少しだけ移動するだけに終わる。
「グッ……」
ヤマシラが金棒を諦め、腕を私に伸ばしてくる。
しかし…
「残念ですが、私の方が速いですよ。」
私はヤマシラの目の穴に血で濡れた薙刀の石突を向ける。
「…………マケダ……コロセ。」
「……この争いに参戦する程、我々鬼人族を憎んでいるのですか…?」
「サイシ…コロサレタ……」
「妻子を殺された…ですか。それで恨むなと言うのは、あまりにも酷い話ですね。」
「……ヤハリ…オマエ……」
何か言いたそうなヤマシラ。
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