第237話 ショウド
「クソ生意気な奴だな。この数、この場所で本当に勝てるとでも思っているのか?ここまでは二人でどうにかやってこられたようだが…今は一人だ。」
どうやら、ゴンゾーが離れていくのを待っていたようだ。ゴンゾーも、それなりに警戒されているらしい。少し挑発してこちらに目を向けさせる必要が有るかもしれない。
「勝てると思っているぞ。俺一人で十分お釣りが来る。」
「…
「それはお前達にお似合いの言葉だろう?」
「最後までその姿勢を崩さないとはな…良いだろう。望み通り殺してやる。」
これだけ挑発しておけば、ゴンゾーの方を追うことは無いだろう。まあ、下民如きと思っているうちは、四鬼である俺を優先するだろうが。
挑発もしたし、後は俺が派手に立ち回り、注意を引くだけだ。
相手がこの戦場で注視しているのは、俺達四鬼。本陣を密かに襲撃しようとしても無理だろう。ならば、俺を囮にしてゴンゾーに任せた方が良い…はずだ。
ヒュヒュヒュン!
考えて事をしていると、舞台の外側から矢が放たれる。
避けるのは容易いが、続けて撃たれ続けると面倒だ。早めに処理しておくか。
ダンッ!
神力を脚部に集め、舞台の上を走り回り、飛んできた矢を全て掴み取る。神力を纏っていても、矢は矢だ。側面から掴めば簡単に止められる。
後は、先の戦いで使った、槍を投げて帯電させる技を、矢でやれば良い。
「雷獣。
バチバチバチッ!
ポンッと現れた雷獣は、俺が投げた矢に対して、纏を付与していく。飛んでいく矢に、青白い雷光が巻き付く。
先の戦闘で、インシュライトの雷防御付き防具を使っていたし、ここに居る者達も、その防具を着用している可能性は高い。
つまり、近くの奴から
ただ、連鎖的な効果は無くとも、感電死させる事は可能だ。いくら神力やインシュライトの効果があっても、直接帯電した物が体に触れれば、雷は身体中を走る。
つまり、俺が投げた矢は、
弓を持っていないのに、投げただけの矢に当たる馬鹿は居ない…と思うかもしれないが、俺自身が相手に反応させない速さで走れるのだ。そこから更に腕力と神力を使って投げた矢が、どれだけの速さで飛んでいくかは、想像に
ビュンビュン!
目にも止まらぬ速さとは言うが、文字通りの速さで飛んでいく矢を見るのは、きっと初めてだろう。しかも弓を使っていないのに。
ダンダンッ!
神力を纏わせる事は出来なかったが、人体の柔らかい場所を貫通し、木の柱に刺さるくらいの威力は有る。
そして、その矢に当たった弓を構えた敵兵達は、思い出したように、体をビクビクと
「「「「あがががががぎががぎがぎ!」」」」
眼球が裏返り、口から泡を吹きながら倒れていく弓兵達。
四鬼相手に、単純な遠距離攻撃は、通用しない事がよく分かっただろう。
「次は魔法でも撃つか?」
「……ちっ!おい!取り囲め!」
魔法を撃つには、魔法陣を描く必要がある。
俺の足の速さを見た後で、そんな隙を見せれば、どうなるかくらいは想像出来るらしい。
舞台の中央に立つ俺を、敵兵が取り囲んでいく。
インシュライト装備を、敵兵全員が身に付けているのかは分からないが、少なくとも大半は身に付けているだろう。
この数を地道に切り崩していくのは流石に骨が折れる。インシュライト装備が有れば、電撃を防げると、敢えて思わせておいた策を、ここで解き放つべきだろう。
ゾロゾロと集まってくる敵兵達は、俺の動きを見逃しはしないと、血走った目を見開いている。
俺を殺さんと、殺気をダダ漏れにした敵兵の、半数以上の者達が舞台の近くに集まってきた。
「屋根の無い場所に集まってくれて助かるよ。」
「「「「っ?!」」」」
「雷獣!
バチバチバチッ!
それまでの、雷獣の電撃とは比較にならない高濃度の雷が、真上に向かって放たれる。
自然現象の落雷が、数本まとまったような見た目だ。
その極太の雷は、雷獣から真上に解き放たれた後、上空で四方八方へと展開し、弧を描いて、そのまま落ちてくる。
ビシャァァァァアン!
鼓膜が揺れ、体毛が逆立ち、空気の揺れが肌を刺激する。
一瞬、目の前が全て青白い光に支配され、光が消えると周囲に集まっていた者達の体から、白い煙と、焦げた臭いが立ち上る。
当然だが、雷獣が落を発動させてから、ここまでは、
そして、城からでも分かる程、派手な魔法だ。注意は引けただろう。
ドサドサドサドサ……
術者である俺は、雷獣が纏わせてくれた雷の防御壁によって護られている為、無傷だ。
未だ空気には、僅かな雷の
何十人居たか分からないが、文字通り光の速さで絶命させた。
「インシュライトで防げない…だと…?…ば…化け物が……」
「今更気が付いたのか。俺達は四鬼だ。化け物なんだよ。
お前も聞いた事は有るだろう?
鬼を殺せるのは、鬼だけなんだよ。」
鬼を殺せるのは、鬼だけ。この島に伝わる言い回しみたいなものだ。
鬼という化け物を倒せるのは、同じ化け物である鬼だけ。
悪鬼等の鬼と呼ばれる存在の怖さを表現した言い回しなのだが、転じて、専門的な事は、専門家に任せろ。的な表現として使われたりする。
今回の場合、俺のような強い鬼を倒したければ、同じように強い鬼を用意してこい。と言いたいわけだ。
この言い回しが有るからこそ、
鬼人族の身でありながら、鬼を倒したのだから。
先程見送ったゴンゾーは、まだ英雄とは呼べそうもないが。
パチパチパチパチ。
手を叩いて周囲の注目を集める男に目を向ける。
ボサボサの茶髪を纏めもせずに肩に下ろし、猫背。
その髪の間から太い眉と真っ赤な瞳が見える。チラリと見えた顔には、
赤黒い刀を腰に下げていて、普通の刀より僅かに長めの刃渡り。
「………ショウド。」
選定戦で、俺が最も警戒していた相手。
先の戦闘で殺したランブに、何かを言われて、刃すら合わせずに負けを認めた男だ。
「………………」
ショウドは無言のまま、舞台に立つ俺を見ている。
相変わらず無口な男だ。
ショウドは、あの選定戦でランブに敗北を宣言した時から、姿を消していた。
自分から消えた男を探している暇など無かったし、そこまで仲が良かったわけでもない。と言うか、無口過ぎる性格で、仲が良かった者は居ない。
「何故お前がそこに居る?」
ショウドは、一応、父の門下生。俺の弟弟子だ。
つまり、ショウドにとって、鬼士隊は師匠の仇という事になる。
その鬼士隊に身を置くとは…
「………………」
どうやら会話をする気は無いらしい。
「ショウド様…」
先程から俺に悪態を吐いていた男が、ビクビクしながらショウドを横目に見ている。
言葉遣いを聞くに、ショウドは鬼士隊の中でも高位の存在らしい。
「……刀も抜いていない相手に……殺られたな。」
「っ!!!」
ショウドの言葉に、ビクビクしていた男は、顔を青くする。
「…………………」
ショウドはただ立っているだけだ。だが、顔を青くした男は、今にも吐きそうな顔をしている。
「も、申し訳ございません!」
「……………………」
俺は何を見せられているんだ?俺に用が無いなら、さっさと行かせて欲しいのだが…
「俺は…最初から一人でやると言った……」
「は、はい……」
「うぐっ!」
ゴポッ…
男が急に苦しそうな声を上げる。
どこから現れたのか、スライム…のように見える水が、男の口から体内へと入ろうとしている。
ゴポッ…ゴポゴポッ…
よく見ると、ショウドの目が、水色に光っている。
色は違うが、光り方は魔眼のそれだ。
ショウドが魔眼を持っていたとは知らなかった。
基本的には隠す事だし、余程仲の良い者でなければ、知らなくて当然なのだが…
魔眼の種類は、恐らく
水を操れる魔眼だったと記憶しているが…殺傷力を持つ程、自由自在に操れるものではなかったはず…俺の記憶違いか…?
「うっ!ゴホッゴホッ!」
そのまま殺すのかと思っていたが、気を失う寸前で、水が口の外に出て、男は苦しそうに息をする。
「仲間の命を無駄にした……」
「ゴホッゴホッ!はぁ…はぁ…申し訳ございません…」
「………………」
無言で男を睨み付けるショウド。
仲間を無駄に減らされた事を怒っているようだ。ランブとは考え方が真逆…なのか?
「もう無駄にはしません!もう一度機会をお与え下さい!」
「……分かった…」
ショウドは前に出る気が無いらしい。
それにしても…魔眼持ちが
魔眼保有者の一人が殺されたという話も聞いたし…あくまでも鬼士隊に属する魔眼保有者が崇拝されている…という事なのか。都合の良い崇拝だな。
「全員!散開しろ!」
苦しがっていた男が叫ぶと、残った敵兵達が周囲に散開する。
もう少し派手に立ち回り、注意を引き付けたかったところだし、付き合ってやろう。
スラッ…
刀を抜き取ると、険しかった敵兵の顔付きが、更に険しくなる。
「こっちも急いでいるからな。速攻でいかせてもらう。」
「来るぞ!」
まずは舞台上の連中から片付けよう。
ダンッ!
ガキィィン!
「……ほう。」
舞台に上がってきていたのは十人程。その中の一人に斬り掛かったが、俺の攻撃を受け止めた。
ただの雑魚だと思っていたが、それなりに戦える連中らしい。ただ、俺が放ったのは、二撃。そして止められたのは一撃目だけ。
ブシュゥゥ!
首から血が吹き出した男は、その場に倒れる。
「くそっ!集中しろ!」
同じ速剣術の使い手であるショウドが居るのだ。
それなりの対策は可能だろう。
恐らくは、ショウドとの訓練で、速剣術の動きに目を慣らしたのだろう。
見える者には見えているようだ。
「見えさえすれば、受けられる!」
男の言う通り、動きを完全に見る事が出来るならば、力の入っていない斬撃を受ける事は難しくはない。
「四鬼シデン!覚悟!」
三人が同時に攻撃を仕掛けてくる。
ザシュザシュザシュッ!
「な……んだ……と………」
襲ってきた三人の攻撃を避け、急所を貫く。
確かに動きはそれなりに見えているようだが、細かく、複雑に動き回れば、認識は難しいようだ。一人殺した時点で、何となく分かってはいたが。
「それで俺を殺そうなどと、よくも言えたものだな。」
「くそ…速過ぎる…」
「多少動きが見える程度で、四鬼を倒せると、本気で思っていたのか?」
俺の動きが見えるという奴は多くない。
ただ、しっかりと鍛錬してきた者で、素早い相手との実戦経験が有れば、目で追う事は出来る。
ゴンゾーは俺に合わせて動ける程に認識していたし、それ程難しい事ではないのだ。
しかし、それは俺もよくよく理解している事でもある。理解していながら、それを放置しておく俺ではない。動きをより細かく、複雑にする事を学び、身に付け、より認識が難しい動きを手に入れた。
どうやら、そこまでの対策は取れていないようだ。
「斬れると分かれば………
雷獣。
バチバチッ!
雷獣の準備が整ったのを見て、全体を見渡す。
舞台の上には残り六人。
舞台の下には二十人。
周囲を囲む部屋の中に十人。
「いくぞ。」
ダンッ!
まずは目の前に居る一人に右と見せ掛けた左からの斬撃を浴びせ。そのまま通り過ぎて左奥の者を斬る。振り返り、数メートル奥に居た男を背後から斬り、舞台の端に居た男。
そのまま舞台を下りて、二十人中、十人に刃を走らせ、部屋へと上がる。開け放たれてはいるが、
かなりの数の者達が動きに反応していたが、斬撃を完全に防いだ者は二、三人程度。
それ以外は、少なからず斬撃を受けている。
一応、ショウドにもちょっかいを出してみたが…避けられてしまった。
流石に、同じ速剣術使い。しっかりと動きが見えるようだ。
ダンッ!
ショウドの数メートル横で止まった俺を、近くに居た者達が振り返って見る。
「この野郎っ!」
指示を出していた男が斬り掛かろうとしてきた時。
バチバチ………バチバチバチバチバチバチバチッ!
「ぐぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎっ!」
斬り付けて来た者達を繋ぐように、太く青白い雷が走る。
雷獣のみが使える魔法。繋は、斬ったものに雷の種を植え付け、それを繋げるように雷が走るというもの。
落と同じく、魔力消費が大きいが、インシュライト程度では防ぐ事が出来ない雷撃を放つ。
つまり、斬り付けた者達だけでなく、その間に居た者も、感電死する。
指示を出していた男も、俺の目の前で感電し、
人が直感的に危険だと感じる雷の轟音が鳴り、城へ向かっている敵兵達もこちらに注意せざるを得ないだろう。
「数人残ったか。」
完全に俺の攻撃を防いだ者達も居たし、巻き込まれない位置に立っていた者も居た。全部で四人は無傷で立っている。
まあ、戦意は
残った敵兵の一人は、歯をガチガチと言わせて、手足の震えを隠せていない。
この僅かな時間で、百人近い者達を
横門での戦いを聞いて、それを基準にしていたのならば、本気で雷獣の力を使った俺が、別次元だと感じたに違いない。
「やはり……強いな……」
ショウドは抜いた刀をそのままに、俺の方へと向き直る。
仲間の命を無駄にした事を怒っていたと思っていたが、先程の繋を止めようとしなかったところを見るに、仲間を殺されたから怒ったのではなく、数が減ったから怒った……いや。更に減った今は怒っていないし、そういう態度を見せたかっただけ…か?
「混乱……しているようだな……」
「ショウドが何故そっち側に居るのか。さっきの態度は何だったのか。聞きたいことは有る。」
「……そもそも…俺はこっち側だ…
さっきのは……一応立場を示す為に……だ。」
立場を示す為に。というのは恐らく嘘だろう。既に指示を出していた男はこれ以上無いくらいに焦っていたし、恐れていた。
恐らく、雷獣の魔法に怖気付かないように、他の恐怖を与えた。そして、俺に攻撃を仕掛けさせて、実力を測った…と言ったところだろうか。
自分の仲間を、相手の実力を測る為の道具にした事は、敵の俺から見ても気分の良いものではない。
それに、刃を交えたならば、実力など直ぐに分かるはずだ。
しかし、今はその話はどうでも良い。
「最初から鬼士隊だったと?」
「そういう事ではない…実際に鬼士隊となったのは……選定戦以降だ…」
「選定戦の舞台上で、ランブに何か言われていたみたいだが。あれが関係していそうだな。」
「……………」
ショウドの無言は、肯定の意を示している。
何を言われたかは分からないが、それがショウドを鬼士隊へ引き込んだのだ。
ショウドは口数が少ないが、別に馬鹿というわけではない。
むしろ、無口な分、色々と考えている事が多い。
そのショウドが、少し言葉を聞かされただけで鬼士隊となる事を決意したとなると、彼にとってはかなり重要な事だったのだろう。
「それを聞いても…」
「教える気は…無い……」
「…だろうな。」
お喋りはここまでのようだ。
チャキッ…
刀を握り、構えると、ショウドも構えを取る。
獣のような鋭い目付きに力が入る。
「あの時は刃を交える事さえ無かったな。」
「ここで……決着だ……」
ショウドは強い。
先程俺の一撃を避けたところを見るに、昔より更に腕を上げているはず。
ここまでは、ただの準備運動のようなもの。本番はここから。
「……………」
「…………」
ダンッ!!
俺とショウドが、ほぼ同時に床を蹴り、互いの中心点に向かって跳ぶ。
ガギィンッ!
俺の攻撃とショウドの攻撃が交わり、火花を散らす。
互いに速剣術の使い手。力比べは苦手である為、
ダンッ!
振り返り、床に足が着くと同時に、もう一度相手に向かって跳ぶ。
ショウドも四鬼の選定戦に出るだけの実力を持つ男だ。神力の使い方も卓越している。
ガギィンッ!
再度交差するが、先程と同じように刃が交わるだけ。
ダンッ!
ショウドが左へ向かって走るのを見て、平行線を描くように俺も走る。部屋の中に有る柱が、何本か目の前を通り過ぎた後、俺に向かって突き攻撃を仕掛けてくる。
ギリギリギリッ!
刀を立てて刃を逸らすと、耳元で嫌な音が鳴り、火花が散る。
ゴガッ!
左足でショウドの顔面を蹴り飛ばそうとしたが、腕に防がれる。
「ちっ!」
互いに一度離れ、向き合って止まる。
「腕は錆びてはいないようだな。ショウド。」
「そっちも……な……」
ショウドは顔色一つ変えず、俺の攻撃を捌いた。実力はほぼ互角。ほんの僅かに、俺の方が速い…という程度だ。
「剣術では…僅かに及ばない…か……」
「………………」
ショウドは瞳を水色に光らせる。
「出し惜しみをしていたら……殺される……」
ジュルジュル…
ショウドの腰にあった水筒から、水が生き物のように現れる。
そして、ブワッと一瞬で霧に変わる。
「ちっ。相性最悪だな。」
雷は、霧の中では威力が落ちる。水に当たると、雷の通り道を誘導されてしまうし、なかなか厄介な相性だ。
「…………………」
ショウドの鋭い目付きが、ギラリと光る。
「はあぁっ!」
柱を避けながら、ジグザグに走り込んでくるショウド。速さは変わらないが、霧のせいで視界が悪い。
フォン!
「っ!!」
霧の中から、刃が現れる。
ビシャッ!
刃を振った後に、水も飛んで来る。操作出来る水となれば、付着するだけで危険だ。しかも、水だから斬っても仕方がない。
「ちっ!」
俺は一先ず離れようとするが、それを許さないショウド。付かず離れずで追ってくる。
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