第210話 動乱の兆し
「な、何か凄く名前は可愛いけれど、恐ろしい意味を含んでいるように感じるのは、うちだけかな…?」
「大丈夫。全て自分の身で試したからな。完璧さ。」
『楽しそー!!』
「ほら。ラトも楽しそうって言っているぞ?」
重りを乗せて、全員が安全に、まとめて射出される事を確認してあるし、着地は聖魂魔法を使えば、安全に着地出来る事も確認済み。完璧な計画だ。
「言っているぞ?って……まさか、本当にここから飛び降りるつもりなの?!」
「正確には、吹っ飛び君を使って、飛ぶ。そう…俺達は今日、飛ぶんだ。」
「キリッとした顔で言っても、落ちるのよね?!それは飛ぶと言うよりは落ちていくのよね?!」
「セナ……残念ですが、ご主人様があの顔の時は、何を言っても無意味です。ワクワクしてしまっておりますので、誰にも止められません。」
「ニル?!そんな危険な事はしないよね?!」
「……………」
「無言で笑顔を返すのは止めて?!」
二人は楽しそうにはしゃいでくれている。
こんな事、魔法を使えなければ絶対に出来ない事だし、たまにはこういう息抜きも必要だよな。
絶叫すると、ストレス発散になるって言うし、大いに発散してもらおう。
「さて。それじゃあ。行こうか。」
「ほ、本当に逝くつもりなの?!」
「ふふふ。セナ。諦めて下さい。私は既に諦めております。」
「ニルが無機質な笑顔になってるよ?!」
なんだかんだ言いながら、皆しっかりと台座に座ってくれる。
「よーし。行くぞー。」
「もうダメ…逝くしかないのね…」
「はいドーン!!」
こういうのは、準備が出来ていない時に行くのが良い。速攻で台座に火を入れる。
ボゴォォォン!!
「「っっっっっっっっっ!!!!!」」
台座が斜め前方へと吹き飛び、俺達全員の体が宙へと投げ出される。
ニルとセナは互いの手を握り合って、何とも言えない顔をしている。
「うっひょぉぉーー!!」
天山とまで言われている山の頂上。そこから投げ出された先に見える景色は、一生で一度見られるかどうかという景色だ。
全ての物が小さく見える。地面に生えている木、微かに見える動物の姿。
上を見れば、雲や空が近い…いや、俺達は空の中に居る。
僅かに湾曲している地平線と、そこに沈んでいく真っ赤な夕日。太陽の近くは赤い空が、反対の空に向かうにつれて、紫色へと徐々に変化していく。
美しい。その一言に尽きる。
『わわわっ!思ったより怖いよー!』
「無理無理無理無理無理無理ーーーー!!!!」
「っっっ!!!!!」
浮遊感…というのか、落下感というのか、体が重力に従って落ちていくのを感じる。
ラトは浮遊感が少し苦手なようだ。
セナは…あれだけ叫ぶ事が出来れば、大丈夫だろう。
ニルは…言葉が出ないらしい。
それぞれの体重が違うし、このまま落ち続ければ離れていってしまう。そうなる前に聖魂魔法を発動させる。
キィィーーーーン……
俺が力を借りたのは、妖精。
個体名の無い妖精達だが、それぞれ個性は有る。
明るかったり、人見知りだったり、お調子者だったり…当然、使う聖魂魔法にも得手不得手がある。
そんな妖精達の中で、風を操るのが得意な者達に力を借りた。
他の聖魂達に比べると、少し威力としては見劣りしてしまうが、その分使い勝手が良く、効果が長い時間持続する、という特徴を持っている。
「ひゃぁぁぁぁーーー…………あれ?」
「と、止まりました…?」
『止まってはいないみたいだよー?』
風の妖精達に力を借りて、落下スピードをゆっくりにした。下から見ると、
俺達四人を囲むように風が展開されており、離れ離れになる心配も無い。
「風魔法で滑空状態にして、一気に距離を稼ぐんだ。これなら普通に進むよりずっと早く着ける。」
「……そういう事じゃないの!」
セナが人差し指を俺に向けて立てる。
「え?早く着けるように考えた結果…これが良いと思ったんだが…」
「あー!もう!何から指摘したら良いのか分からないわ!」
「何度も試したし、安全性は確保済みだぞ?」
効果時間もしっかりと確認してあるし、抜かりは無い。
「だ・か・ら!違うって言うのよ!ニル!ご主人様に言ってやりなさい!」
「え、えーっと…今回はご主人様が悪いと思います。」
「ニルまで?!」
アイショック!
「海底トンネルダンジョンに入る前の事を覚えておられますか?」
「あー……」
そう言えば、ニルと一緒に吹っ飛んだ時、ニルが珍しく怒ってたな…
「ご主人様の事ですから、本当に安全なのは分かっておりましたが、私達にも心の準備が必要ですよ?」
「す、すまん…」
「いや。あのねニル。そういう事じゃ無いの。
はぁー…もう良いわ。シンヤさんとニルに常識を求めたうちが馬鹿だったわ…」
「わ、私もですか?!」
心外だ!と言いたそうな顔でセナを見ているニル。
「ニル。ニルも既に、シンヤさんに毒されているわ。」
「っ?!」
ニルは絶句している。
「おい。人を猛毒みたいに言うなよな。」
「シンヤさんは猛毒なのよ!」
「っ?!」
ニルと同じような顔をしてセナを見たが、額に手を当てて溜息を吐かれてしまった。
『それより見て見てー!凄いよー!』
ラトは既に慣れたのか、クルクル空中で回りながら下を見ている。
「二度と見られない光景だろうな。」
「まあ…確かに、シンヤさん達と来なければ見られない光景だって事は認めるけど……えーい!こうなればヤケだー!楽しんでやるー!」
風魔法の中に居る状態だと、無重力…とまではいかないが、常に浮いている状態で、抵抗の無い水の中を漂っているような感覚。
会話出来ているように、風の音も無く、空の中を泳いでいるような気になってくる。
「ひゃー!下見ると落ちないって分かってても怖いわねー!」
「私が……常識外れ…?」
ニルは未だショックから立ち直れていないらしい。
「シンヤさん!これどれくらい続くの?」
セナは既に気持ちを切り替え、いつもの調子に戻っている。
「二十分は続かないな。それでも、半日分くらいの距離は稼げるはずだ。」
「へぇー…凄いって言うより、ここまで来ると夢の世界に迷い込んだ…みたいに感じるわね。
それくらい現実離れした人って事よね。シンヤさんは。
本来、うちみたいな平民の鍛冶師が仲良く出来るような人じゃないのよね……
シンヤさん。改めて、本当にありがとう。」
「俺達がやりたくてやった事だ。礼は良いよ。
だが…セナの打ってくれる刀には、期待しておくよ。」
「うへぇー!これは頑張らないとねー!うちの最高傑作!作ってみせるわ!」
「私が常識外れ……?」
「まだ言ってたの?!
「まだ言ってたのか?!」
と、ニルにツッコミを入れつつ、空の旅を楽しむこと十数分後。やっと地上に到達する事となる。
「こうして下りてくると、意外と楽しかったわね。」
「そうだろう?」
「で・も!二度とごめんよ!」
「お、おう…」
楽しかったって言ったのに…
地上の僅か上に辿り着くと、周囲の風が俺達をゆっくりと着地させてくれる。
「本当に距離が稼げたわ。天山がもうあんなに小さい。」
地上とは違い、遮蔽物が一切無い空は、直線で移動出来る。半日以上の距離が稼げた。
「今日はこのまま野営して……明後日…ううん。明日の夜には街に辿り着けるかもしれないわね。」
「狙い通りだな。ただ、鬼士隊の連中が襲ってくるかもしれない。警戒は怠らずに街まで戻ろう。
ニル。今日は交代で寝るぞ。」
「はい!」
四鬼華の抽出作業はここでも出来るが、安全が確保されている場所で、集中して行いたい。
光に当てたらいけないとか、神力で取り扱わなければならないとか…制約が多いから、片手間に出来るようなものでは無いし。
夕食を済ませ、セナが寝静まった頃。
ニルの見張り番の時間に、俺はテントから起き出して、ニルの横に座る。
ラトは耳をピクピク動かしているが、起きる気は無いらしい。
「ニル。」
「ご主人様。例の箱…ですね?」
「ああ。最近は制御にも慣れてきたようだし、大丈夫だとは思うが、一応、少し離れて確かめるとしよう。」
「はい。」
「ラト。少しの間セナを頼む。」
『うん。こっちは任せて。』
目を閉じ、伏せたまま小さな声で言うラト。ラトが居てくれて、本当に助かっている。
テントから少し離れたところでインベントリから永久の箱を取り出し、地面に置く。
「ふぅー……」
ニルは大きく息を吐いて、集中力を高めていく。
「……いきます。」
ニルが落ち着いた声で言うと、左目が赤く光り出し、瞳の中に模様が浮き出てくる。
箱には変化が無いみたいだが……
「っ?!」
ニルの顔に僅かな焦りが見えた。その次の瞬間、ニルの周囲に出てきた黒い霧が、箱の方へと向かっていく。
「これは…力が勝手に吸われています!」
「吸われて?!遮断出来るか?!」
「くっ…このっ…」
ニルから伸びる黒い影が、次々と永久の箱へと誘われていく。
「あぁぁっ!」
ニルが無理矢理魔眼を遮断し、力を打ち切る。同時に、黒い霧も放出を止める。
「はぁ…はぁ…っ……」
「ニル!」
倒れそうになったニルを支えてやる。
「だ、大丈夫です…」
魔力切れにはなっていないようで、しっかりと自分の足で立ってくれる。
金色の立方体に目を向けると、表面が僅かに赤く光っている。
「ニルの魔眼に反応した…って事で良いよな?」
「…間違いないかと思います。」
鬼皇の魔眼に反応すると思っていたから、完全に予想外だった。
箱は、表面の赤みが消えていき、また元に戻ってしまった。
「…私の今の魔力量では、開けられない…という事でしょうか?」
「みたいだな。反応はしていたし、あれを続ければ、箱が開く…という事だろうな。
魔力回復薬を使って…っていうのは難しいか。」
「申し訳ございません…」
「いや。そもそもニルがいなければゴミ同然だからな。」
ニルの魔力量は、俺より少ないとはいえ、平均よりは断然多いはずだ。
奴隷の期間が長かった分、魔法を使えず、魔力量を増加させられなかったのだろうが、元が魔族だ。
それに、俺と行動するようになってからは、魔法も頻繁に使っているし、出会った時より総量は増えている。
それでも足りないとなると、かなりの量が必要になる。
もし開けられたとして、中に入っているものが、それに見合わない物だったら、キレてしまうかもしれないな。
しかし…魔族とオウカ島には深い関係がある事は分かったが、こんな物が、何故オウカ島の溶岩に埋まった神殿に…?
紋章眼が珍しいのは間違いない。ただ、ニルの紋章眼が血筋のみに発現するものなのかは分からない。
血筋とは関係なかったとして、この島の誰かに、ニルと同じ紋章眼が発現し、それに反応するように、ここに置いてある……のか?
燃費の悪いニルの魔眼が、この島の誰かに発現する可能性は低いと思うし、ここに置いておく理由が分からない。
「何故これが神殿にあったのかは分からないが…イベントで四鬼華を集めろという指示も出ていたし、何か意味があるのかもしれないな。」
「中身が確認出来たら良かったのですが…」
「開かないものは仕方ない。これからも真紅の鏡を使っていけば、魔力量も自ずと増していくだろう。
近いうちに開けられるさ。」
「はい。」
中に何が入っているのか…それを知ることが出来れば、何か分かるかもしれないが、今はニルの魔眼に反応すると分かっただけで満足しよう。
少し足元のふらついているニルを連れてテントへ戻り、そのまま見張り番を交代し、朝を待った。
『……シンヤ。』
「どうした?」
明け方近く、ラトが起き出して、俺に声を掛けてくる。
『ニルのあの力。気を付けてね。』
「……ああ。」
ラトには喋らなくても気が付かれているとは思っていたし、別に驚いたりはしない。
『あれは普通の力じゃないよ。魔法ではあるかもしれないけれど、簡単に色々なものを奪っていく力だよ。』
ニルにも、少しずつ大切なものが増えてきた。
そして、大切なものが出来ると、それが失われた時、悲しみに打たれる。
それがもし、自分の手で行われた結果ならば、立ち直れない程の罪悪感に襲われるだろう。
俺がそうであったように。
手に余る力を持つと、ふとした事で、そういう結果を引き寄せてしまう事がある。
そんな事が起きないように、目を光らせておくのは、俺の役割だ。
「ああ。そうならないように、俺が見ておかないとな。」
『うん。』
「おはようございます。ご主人様。」
テントから出てきたニルが、いつものように朝の挨拶をしてくる。
話題の中心が現れて、俺もラトも、少し沈黙してしまう。
「どうかされましたか?」
キョトンとしたニルを見て、一層、彼女に悲しい思いをさせはしない、と誓った。
「いや。何でもないよ。早く準備して、街に向かおう。」
「はい!」
それから数分後、目を擦りながら起き出してきたセナも準備を始め、早朝、街へ向けて出発した。
ラトの背に乗せてもらい、昼を挟み、揺られること数時間。
街までもうすぐという所で、小さな村の近くを通った。
「あの村には素材採取の時に何度かお世話になったんだよね。」
セナが村を指差して言う。
俺達は村より少し高い位置を移動していて、村全体が見下ろせる状態だった、
あまり大きくはない村で、家々も、木の板で作ったような家が多く、裕福とは縁遠い村に見える。
しかし、それなのに、村の中や入口付近に、やけに荷車が止まっている。
「何かあったのかしら…?あんなに荷車が来るような村じゃあなかったはずだけど…?」
「……ラト。村に少し寄っていこう。」
『急がなくて良いの?』
「そろそろ街も近いしそんなに変わらないだろう。それに、行商人が来ているなら、街のことを何か聞けるかもしれない。」
『分かったー!』
ラトは方向転換して、村へと向かってくれた。
理由は並べたが、本当のところは、何か嫌な予感がしていた。
それを言葉にしてしまうと、現実のものとなってしまいそうな気がして、言えなかった。
村に辿り着くと、中は人でごった返しており、入るには人を掻き分ける必要がありそうだ。
騒動が起きそうな緊張感は無いが、村のあちこちで言い争っているような声が聞こえてくる。
「だから!この村は!」
「こっちだって!」
ガヤガヤしていて、何を話しているのか分からない。
「…あっ!セナちゃん!」
「ハチスケ!」
何が起きているのか把握しようとしていると、一人の男性鬼人族がこちらに気付いて走ってくる。
「久しぶりだな!」
「ええ!久しぶり!
えっと、こちらはシンヤさん。ニル。ラト様。」
「街の噂で何度か聞いたよ。ダンジョンを越えてきた渡人だろう?友魔様を連れているとは聞いていたが…大陸の友魔様は大きいな……」
「こっちはハチスケ。この村の村長の息子よ。」
「よろしくな。」
「おう!」
恐らく平民の男性だが、着ている服は街の人達とは違い、地味で質素な物だ。
「ハチスケ。これは一体何の騒ぎなの?」
「なんだ?知らずに来たのか?」
「ええ。私達は天山の方から来たの。」
「天山?!また遠くから来たんだな…」
スカイダイビングとラトの走力で、かなりの距離を稼げたし、驚かれるのも無理は無い。
「それより、知らずにって言うのは、何の話なの?」
「皆、街から逃げ出してきたんだ。」
「街から逃げ出してきた…?」
「今、街は大変な事になっているんだ。
街のあちこちで鬼士隊の連中が暴れ出したらしくてな。街中が血の海だって話だぞ。」
「本当にっ?!」
俺達の事を狙ってくるとばかり思っていたが…
「ああ。ここに荷車を引いて来ているのは、皆、街から逃げてきた者達ばかりだから間違いない。
村にその人数は収容出来ないし、今、色々と話し合っているところだ。」
「シンヤさん!」
「ああ!急ごう!」
「おい!これから街に行くつもりか?!やめとけ!危険だぞ!」
直ぐにラトに乗り、街へ向かって走り出す。
後ろからハチスケの声が飛んで来たが、無視するような形になってしまった。
「どうしてこんな事に?!」
「落ち着けセナ。」
「これが落ち着いていられる?!」
セナは不安で一杯だと言いたげな顔をしている。
街から逃げてきた者達の話は、
だが、少なくとも、彼らが逃げようと思えるくらいの騒動は起きているはず。
「セナ。落ち着いて。」
「ご、ごめんなさい…」
セナの焦る気持ちは分かるし、仕方のない事だ。
サクラやゴンゾー含め、街にはセナが大切にしている人達が沢山居る。
その人達の身に何かあれば…と考えれば、気は動転するだろう。
『少し揺れるよ!』
「ああ!急いでくれ!」
ラトがスピードを上げて街へと走ってくれる。
一体街で、何が起こっているのか…
数分後、日が沈んでいく空の向こうに、街が見えてくる。
「そんな……」
セナの漏れ出した声が聞こえてくる。
少し先に見える街の中からは、真っ黒な煙の柱が何本か立ち上り、外壁の外には、荷車を引いて逃げ出している者達が見える。
「セナ!ここから一番近い門はどこだ?!」
「えっ?!えっと……」
セナは状況を見て混乱しているのか、焦点の合わない目で考えている。
「西…西門よ!もう少し左手に向かうと西門があるはずよ!」
やっと思考が追い付いてきたのか、セナの口から言葉が出てくる。
こんな形で初めて西地区に入るとは思っていなかったな…
「ラト!」
『分かってる!』
左手に曲がり、西門へと向かっていく。
次々と荷車を押している人々の横を通り過ぎるが、中には服が焦げている者達や、刀傷のようなものを受けている者達も居る。
「何が起きているんだ…」
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