第193話 修練 (2)

言われてみると、ゲンジロウ様のところでも盾は見なかった。


「盾っていうのは、刀や薙刀なぎなた、槍やその他の武器と比較すると、基本的には殺傷力が無いでしょう?」


「そうですね…武器というより、防具ですから。」


「だから、片手に盾を持つくらいならなば、両手武器を持ったり、弓を持ったり…刀を両手で使える方が良い…というのが基本の考えなの。」


「盾は盾で使えると思うのですが…」


「風習みたいなものね。しというより好みに近いかな。だけど、アタシ…というか、ランカ様は盾使うんだよ。」


「盾?」


「基本は薙刀を使うんだけど、刀はもちろん、弓、盾、小太刀、ありとあらゆる武器を使いこなすの。

本人は器用貧乏きようびんぼうでどれも本職の人には劣る…なんて言っているけれどね。」


「扱えるだけで凄いと思いますが…」


ご主人様は、刀と直剣くらいしか使えないと仰られていたけれど、二つ使えるだけで凄い。なのに、それ以上の方がいらっしゃるとは…

世の中は私が思っているよりずっと広い…のかもしれない。


「そうね。皆そう思っているから、ここに居るんだよ。」


「なるほど。そういうことなら納得です!」


「それじゃあ早速…って確か、大陸では刀じゃなくて、短剣を使うのよね?」


「私は盾と小太刀です。」


今は道着だから戦華や黒花の盾は置いてきてある。だから一目ではどんな武器を使うのか分からなかったみたい。


「あまり見ない組み合わせ…よね?」


「そうですね…大陸では一人も居ませんでした。」


「アタシは盾とこれを使うの。」


そう言ってユラが見せてくれたのは、木製のかま。小太刀よりずっと小さくて、取り回しが簡単。相手を引っ掛けて引き寄せるなんて攻撃も出来るし、盾と挟み込んだりと相性は良さそう。


「結構強いんだよ?アタシ。」


「強そうです。」


「にはは。本気で言ってくれると照れちゃうなぁー。」


「ですが…私は鎌は使えません。」


「それは大丈夫。教えるのはこっちの使い方だから。」


そう言って、ユラは木の丸盾を持ち上げる。


「盾の使い方…ですか?」


ご主人様に教わったのは、小太刀…というより、刀の使い方。言われてみると盾の使い方は教わっていない。

元から、ご主人様は小太刀と盾の使い方は分からないと仰られていたし、構え方…とかそういう基礎の基礎しか分からない。


「盾って一口に言っても、使い方はたーくさんあるんだよ。」


「そうなのですか?!」


「にはは。知らなかった?」


「はい!受ける、流す…くらいしか。」


「そんなの基本中の基本。もっともっと色々な使い方があるんだよ!例えば…よっと。」


ユラは木の盾を背負うように腕を後ろに持っていく。


「こうするだけで、後頭部を守りながら武器を振れるでしょう?二人に挟まれた時、こうして使ったり、別に持っていなくても良いし。」


「持っていなくても…?」


「そう。もっと柔軟に考えてみて。投げても回収出来れば良いし、陽動ようどうにだって使える。

ほら。色々と考え付くものがあるでしょう?」


「そうですね…はい!」


「まずはそれを試しながら、円の動きに気を付けて、軽く打ち合ってみよう!」


「はい!」


こうして、私はユラから、盾の使い方を学ぶ事になった。

ここには小太刀を模した木刀も置いてあり、門下生の方々はあらゆる形の木製武器を使って打ち合っている。


ユラと打ち合い始めて、直ぐに彼女が、ここの門下生の中でも上位に入る存在だと分かった。

円の動きを主軸にし、とても柔らかい動きを見せてくれる。その上、彼女もあらゆる武器を使う事が出来た。


ユラはゴンゾー様や私とほぼ同じ強さだと、ランカ様に後から聞いたけれど、色々な戦い方を知っていて、とても私と同じとは思えなかった。


その日から、私は住み込みで修練にはげむようになり、毎日ユラと打ち合いの稽古けいこをした。


ご主人様達に会えるのは夜寝る時だけ。こんなにご主人様と離れて過ごすのは初めての事だったけれど、不安より体の疲れが先に来た。


ご主人様もご主人様で、神力の使い方を習っている様子で、『あのクソジジイ…』と、つぶやいているのを何度か聞いた。


セナは工房に入って、ユラを含めた三人の武器をひたすら打ち続けているとの事。ある程度形にしては三人に会いに来て、色々と話し合っては、また工房に…を繰り返していた。


ラトは…皆から食べ物を貰ったり、敷地内を走り回ったり…楽しんでいるみたい。


こうしてまず、一週間が過ぎた頃。


カンッ!カンッ!


聞き慣れてきた木刀を打ち合わせる音。


「くっ!」


ユラはいつも鎌と盾を使って相手をしてくれている。私はまだ一度も、一本も取れずにいた。


「ほらほら!円の動きを忘れてるよ!」


「はい!」


随分慣れてはきたけれど、追い込まれるとついつい忘れてしまう。


一見すると、円の動きは窮屈きゅうくつに見えるし、実際に窮屈。

でも、ユラを見ると分かるけれど、全ての動きが円だと、どこに打ち込んでも、綺麗に流されてしまう。

動きや姿勢が楽なものより、窮屈な方が強い。それがよく分かった。

ご主人様の動きや構えも、かなりコンパクトで、小さいように見えたのは、それが原因だと思う。


カンッ!カンカンッ!


「あっ!」


「にはは!まだまだ負けないよ!」


「もう一度お願いします!」


まだまだ足りない。

私の努力量では必要な強さに手が届かない。


朝も昼も夜も無く、私は自分をきたえる事に没頭ぼっとうした。


そして、更にそこから一週間が過ぎると、十本に一本はユラから取れるようになり、更に一週間が過ぎると、三本に一本は取れるようになった。


「いやー…こんなに早く追い付かれるとは思ってなかったよ。本当に凄いよ。ニルは。」


「ユラの教え方が上手いからですよ。ユラでなければ、こう上手くはいかなかったと思います。」


「でも…体は大丈夫?」


私は休む間もなく常に鍛錬していた。ユラも多くの時間は付き合ってくれていたけれど、夜は流石にお願い出来なくて、一人で鍛錬していた。

たまたま、ユラが、私が夜、一人で鍛錬していたのを見て心配してくれているみたい。


「慣れていますから、大丈夫ですよ。」


「なんでそんなに頑張れるの?やっぱり…シンヤ様の為?」


「そうですね…当然それが一番ですが、私にとって、強さはそのまま命に直結するから…でしょうか。」


「命に…」


「ご主人様は本当に途方も無い方です。ですから、相手にする者達も、それ相応の強さを持ち合わせております。

ご主人様でさえ何度も怪我を負わされました。

そんな相手に、弱いままの私が勝てる道理などありません。」


「確かに…ゲンジロウ様と引き分けた方と同等の力を持った人達を相手にすると考えたら…強さは命に直結するよね。」


「はい。

それに…そんな相手が常にご主人様を狙うとは限りません。弱い私を狙う事だって考えられます。

そうなった時、何も出来ず、ただ助けを求めるのは、間違っていると思うのです。

ご主人様は私が助けを求めたら、間違いなく助け下さいます。ですが、それで怪我を負わされでもしたら、私は自分で自分を許せません。

だからと言って、自分で相手をする事は出来ない…そんなの、嫌じゃないですか。」


「そんな相手を倒せるようになりたいってこと?」


「少し…違うでしょうか。

私はご主人様に全てを捧げました。この体や命さえ、ご主人様の物です。簡単に怪我を負う事も、死ぬ事も、許されません。いいえ…自分がそれを許せません。

ご主人様のものである自分を守る為、私は努力をしんではならないのです。これは、覚悟とかそういう話ではありません。私の中ではただの事実なのです。」


「す、凄い話だね…」


「そうですね…自分の言っていることが一般から掛け離れていて、重たいものだということは分かっています。」


「そこまでは言ってないけど…」


「そうですか?でも、私はそう思っています。分かっているのです。

ですが…ご主人様は、汚く、今にも死にそうな私に手を差し伸べて下さいました。

その上、人並み以上の生活を与えて下さり、更に、ご自身の、痛い部分、知られたくない部分の話まで全て話して下さいました。

それは私を信用しての事に間違いありません。

その信用を自らの怠惰たいだで裏切る事が許されるでしょうか?

いいえ。そんな事が許されるわけがありません。」


「…………」


「ユラから見ると、酷くいびつな感情に見えますか?」


「歪…かは分からないけど、アタシには無い感情…かな。でも、分かる気がする。

アタシも、ランカ様に救われたから。」


ユラは昔、盗賊に襲われそうになったところをランカ様に救われたらしい。

その後、ランカ様に憧れてここに来たとの事だった。


「アタシも、ランカ様に守られて、ランカ様がそれで傷を負ったら、自分を許せないと思うし…

シンヤ様はニルがそう思っていることを知っているの?」


「知っておられる…と思っていますよ。」


「何も言わないの?」


「いつも、ありがとうと仰られて…その……頭を撫でて下さいます……」


思い出すと顔が熱くなるー!


「にはは!愛されてるねー!」


「あああああ愛なんて滅相もない!何を突然!」


「え?そう?アタシから見るとそれにしか見えないけど…?」


「もう!ユラ!」


「にははは!

でも…そっか。ニルが強くなるのは、当然だよね。

アタシ達とは思いが違い過ぎる。」


「ユラは強いですよ?」


大陸の中でも間違いなく強者だと思う。


「アタシ達はさ。ランカ様に守られているからね。

ニルみたいに死と隣り合わせの生活をしてたら、強くならなきゃ死んでしまう。なら強くなるしかない…なんて思いは抱かないもん。」


「そういうもの…なのですか?」


私にとってはずっとそれが当たり前の事だったから、分からない。


「安全安心って、聞こえは良いけど、悪い面もあるんだね……

実はアタシ、ずっと伸び悩んでてさ。ちょっと腐りかけてたから。」


「その強さで…ですか?」


「アタシ達が何を目指してここに居るか、知ってるでしょう?」


愚問ぐもんでしたね。」


「アタシはニルやシンヤ様みたいに、壮絶な人生を送ってきたわけじゃないけど、やる気なら負けていないつもりだった。

でも、その考え自体が間違ってたんだね、

勝ち負けじゃない。

自分は誰よりも頑張っている。だから誰にも負けていない…そうじゃない。

自分の目指す場所に足る努力をしているのか。もっと出来るのではないのか…そう考えないといけないんだ。」


「ふふふ。面白い話をしていますね。」


「師匠?!」

「ランカ様?!」


私とユラの話を聞いていたのか、ランカ様がいつもの綺麗な微笑を携えて現れる。


「こ、これはお恥ずかしいところを…」


「そんな事はありませんよ。とても素晴らしいお話でした。」


「そ、そんな滅相もないです…」


「ユラさん。」


「はい?」


ランカ様は引き締まった顔をユラに向ける。


「四鬼というのは、最強と言われています。ですが、最強とは、違う面から見ると、とても孤独なのです。」


「孤独…」


「誰よりも強くあり続ける事。これは容易いことではありません。

毎日毎日、自分との戦いです。

そして、今ユラさんが言ったように、相手が見えない戦いは、とても難しい。」


「……はい。」


「ですが、それに気が付けたのであれば、ユラさんも大きく変われるでしょう。」


「…はい!」


ご主人様が言っていた。


私がご主人様から剣術や戦闘を教わる時、ご主人様はいつもみなまで言わない。

それは意地悪ではなく、自分で考えて答えを出さなければならない事だから、だと。


きっと、ユラが今回、自分との戦い方に気が付く事は、自分で考えなければならない事だったのだと思う。


今回気が付けたのであれば、次回も気が付ける。

それが四鬼になり、孤独となった時にも。


ランカ様はユラに期待していたのだと思う。自分で這い上がってくるのを。


「今回はニル様に助けられましたね。」


「…はい。」


「ですが、それもまた、ユラさんのかてになるはずです。ニル様の話を無駄にせぬよう。」


「はい!」


「ニル様。ユラさんへの指導、ありがとうございます。」


「そんな!ただ世間話をしただけです!私は何もしていませんよ!」


「ふふふ。そうやって謙虚にしている様は、シンヤ様そっくりですね?」


「うー……」


「ふふふ。」


ユラもランカ様も、ご主人様と結び付けて私をもてあそんでくる。嫌じゃないけど…恥ずかしい。


「それより、最近はニル様もユラさんに随分と付いていけている様子でしたね。」


「ニルは本当に凄いですよ!今では三本に一本は取られてしまいます!それに加えてこんなに綺麗で…言ってて悔しくなってきた…」


私は何も言っていないのに…それに綺麗って…この島では私のような顔が好まれる…のかな?

女性には…という言葉が付くけれど。

大陸の顔とは皆少し違うし、物珍しいだけだと思う。


「それにしては、嬉しそうな顔をしていますね。」


「にははー。もうアタシとニルは最高の友達ですからね!嬉しいですよ!」


ユラがそう言ってくれる。

セナと言い、私をはばかりも無く友達と呼んでくれる人が居ると、どうしても頬が緩んでしまいそうになる。


「ふふふ。ユラさんのそういうところは本当に素晴らしいですね。」


「え?!どういうところですか?!」


「そういうところですよ。」


「?????」


盛大に?マークを頭の上に並べるユラ。きっと彼女が四鬼になったら、ランカ様にも負けず劣らずな四鬼になると思える。


「ユラから三本中一本取れるようになったのであれば…明日からは私が二人に稽古を付けましょう。」


「本当ですか?!」

「宜しいのですか?!」


ランカ様は、手が空いている時は道場へ来て、色々な人を見て回ってくれていた。私も何度か見てもらったけれど、地区の事やら何やらで忙しい身。本当に大丈夫なのかな…?


「外せない仕事もありますが、出来る限り。

それに、ニル様は夜も鍛錬を行っている様子でしたね。」


「は、はい…」


いつの間に気付かれたのだろう…


「夜であれば、私も時間を作れます。

ユラさんも、もちろん夜、手が空きますよね?」


「は、はい!」


意外とランカ様はこういうところで厳しい。いつもは優しいけれど…やっぱり四鬼の一人なんだな、と思わされる。


「それでは、今夜から早速始めましょう。」


「「よろしくお願いします!」」


「はい。」


こうして、ランカ様に、ユラと私で直接教えを乞う機会が与えられる事になった。


ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー


一方、その頃、エロジジイ…もとい。ムソウの指導を受けていた俺はと言うと…


「死に腐れクソジジイ!!」


「ぬひひひひひ!」


ブンッ!


俺の神力によって飛んで行った天然の漆黒石が、ピタリとムソウの前で止められる。


「その程度でわしゃに勝てると思うたか?!」


ブンッ!


逆に飛ばされた漆黒石を目の前で止める。


「ぬひょ?!」


「ふっふっふっ。俺もこの三週間遊んでたわけじゃないんだよ…いくぞ!今日こそ貴様の命を頂いてやる!」


「なんの!!」


ブンッ!ブンッ!ブンッ!


俺とムソウの間で行き来する漆黒石。


度重なるムソウの嘲笑ちょうしょうによって、俺はムソウの顔に漆黒石を埋め込む計画を立てていた。


「うおぉぉぉぉ!」

「ぬひょぉぉぉ!」


ガンッ!


漆黒石はどちらにも動かず、結局、直下の床板に当たって止まる。


「ぬがぁぁ!くそっ!あと少しだったのに!」


「……ぬひひ。やりおるのう。たった三週間でここまで来るとはのう。

ランカちゃんもなかなかじゃったが、お主は化け物じゃのう。」


「まーた俺を馬鹿にする気か?!」


「褒めておるのじゃ。」


「む……」


今さっきまで嘲笑あざわらっていたのに、急に真顔になるムソウ。

相変わらず読みにくいジジイだ。


「はっきり言っておくとのう。お主の成長スピードは異常じゃ。普通はこれ程早く体得できるものではない。」


「そうなのか?」


「わしゃもここまで早いのは初めて見たのう。神力自体が強いのは知っておったが、扱う能力までもが飛び抜けておるとはのう…

それは恐らく、今までかなり酷い環境に居たから…じゃろうな。詳しくは聞くつもりは無いが、かなり苦労したじゃろうに。」


「そんな事はない…とは言えないかもな。」


「それらの事が糧となり、経験としてお主の中に生きておる。そして、今こうして返ってきておるのじゃ。」


「…俺の人生も無駄じゃあ無かったって言いたいのか?」


そう思えるようになるとは少しも思えないが…


話していないのは自分なのに、勝手な話、知ったような事を言われると、少しムッとしてしまう。


「いいや。違う。」


しかし、ムソウは首を横に振る。


「今までの事があって今のお主がある。それは事実であり、変わらぬ事。

過去を無駄じゃったと切り捨てるのも、経験だと割り切るのも、お主の自由。

ただ、経験だと割り切るという選択肢も、お主にはある。と言いたいだけじゃよ。」


「……亀のこうより年のこうか…」


ムソウの言葉は、ただそこに在るものを在ると言っているだけ。

こういうところは流石、年配者だと感じてしまう。


その言葉には、彼の経験が混ざっているから…なのだろうか。


「と、言いつつもまだまだわしゃには勝てんようじゃがのう!ぬひひひひひ!」


「あっ!このクソジジイ!引き分けだっただろう!」


「引き分けただけで負けておらんもーん!」


「腹立つー!」


またしてもムソウは俺を嘲笑う。


いつか絶対泣かす。


「しかし、純度の低い漆黒石をこうも操れるとなると、次の段階に進んでも良さそうじゃのう。」


「次は何するんだ?」


「次にやる事は決まっておる。じゃが用意が必要でのう…お主も手伝え。」


「はいよー。」


俺の神力を鍛える為だし、手伝うのは当たり前だろう。

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