第187話 ユキナ

「ユキナは、出会った時から殺して、と何度も言っていた。」


「シンヤさんは特別大変だったけど、そのユキナって人も大変だからね…どこにでも転がってる話ではあるけど、だからと言って辛くないわけじゃないよね。」


リッカは殺してと言い続けるユキナを…無視した。


というか、言葉を知らないから何を言っているのか分からなかったらしい。


しかし、ユキナは何故か執拗しつようにリッカに殺してくれと頼み続けた。


しかし、何を言っているのか分からないリッカは無視を続ける。


すると、ユキナはリッカの後ろを付いて歩き始める。


標高は高いが、それ程険しい雪山でも無く、村はその山の付近にあった為、ユキナは小さい頃から山をよく歩き、リッカが急いだりしなければ、付いてこられる程度だった。

それがこうだったのか、不幸だったのかは分からないが…


リッカも別に気にしていなかった為、SSランクモンスターと死装束の女性二人…という奇妙な生活が始まった。


ユキナは死にたい、殺して欲しいと言いながらも、リッカが捕ってくる獲物を料理したり、リッカの住んでいた洞窟を住みやすいようにしたりと…他人が見ると正反対の行動を取っていた。

それもリッカにとっては混乱を招く原因だったようだが…とにかく、リッカはそこからの生活で、ユキナから色々な事を教わる事となる。


言葉、料理、人とモンスター、好きや嫌いという感情など、多くの事だ。


ユキナから言葉を覚え、何を言っているのか理解し始めた時、やっとユキナの事が分かった。

殺して欲しいという意味も。


ただ、リッカは言っている事は分かっても、何故そんな事で死にたくなるのか理解は出来なかった為、全く殺す気は無かったらしい。

第三者から見ると、何とも不思議な共同生活だが、何故か上手く回っていたらしい。


そんな生活が暫く続いたが、ある日のこと、ユキナが何故そうしているのかを聞くことが出来た。


そもそも、彼女が結婚したにも関わらず相手にされなかったのには理由があり、その理由が、今で言う魔眼持ちだったから。


当時は、魔眼という概念が無く、目の色が変わり、理解不能な能力を使う者として見られていた。

そうなると、魔眼持ちの者は気味悪がられる。

結婚する前に打ち明ければ良かったのに。と、言ったそうだが、魔眼が発現したのは結婚した後の事だった。


魔眼の開眼は、人によってタイミングが違い、持っていても死ぬまで開眼しない人もいるのではないか、と言われている。


「魔眼は昔、悪鬼の象徴とまで言われていたらしいよ。うちもサクラが魔眼を持っていると知ってから、色々と調べて、少し詳しいんだ。」


どこの世界でも、異端の力というのは嫌われてしまう。それが少し寂しく感じる。

サクラが女中の者達から避けられていたのは、魔眼が怖くて…という理由も裏にあったのかもしれない。


人と少し違うだけで、それがさも悪い事かのようになじられる。それが人の本質…なのだろうか…

そんな寂しい本質であってほしくはないけど…


「ユキナの魔眼は、強かった、」


「強かった?」


「うん。眼が緑に光ってた。名前は確か…我癒眼がゆがんだった。」


「我癒眼?聞いた事の無い魔眼だな。」


「うちは知ってる。確か、自分の体を治癒する魔眼だったと思う。」


セナの話と、その後のリッカの話を纏めるとこうなる。


まず、我癒眼は、サクラの魔眼とは逆で、他者ではなく、自分にのみ作用する魔眼である。

我癒眼は、発動させると、自分の体を即時回復する事が出来るというもの。性能としてはかなり高い魔眼の一つだ。当然、その分消費する魔力は大きくなるし、傷が大きければ大きい程、魔力を盛大に消費する。


ユキナはそんな眼を持っていたけれど、大切に育てられてきて、怪我をする事はほぼ無かった為、気が付かなかったらしい。

怪我の理由は、旦那に手を挙げられて。

産まれてから一度も怪我が無い…なんて事はないが、この時、何かが引き金になって発動したらしい。


目が緑色に光り、傷が癒えるのを見て、旦那は恐怖し、その後はぞんざいに扱われ始めたらしい。


そんな男など、さっさと見限ってしまえば良いのに…と思うかもしれないが、話はそう簡単ではない。


鬼人族にとって、結婚というのは一生に一度限り。たった一人の相手とするものであり、くっ付いたり離れたりするものではない。

島中全ての人が一人残らずそう思っているかと聞かれると、そうではないが、九割方の人々はそう思っているらしい。

それが良い相手との結婚であれば、とても素敵な話ではあるが、ユキナの場合はかせにしかならなかった。


結婚をして街へと出ていく際、彼女は村中の者達に祝福されて、盛大に見送られた。


そんな状況で離婚して戻ってきました…となれば、村長や自分の顔は丸潰れになってしまう。それくらいならば…と思うが、残念ながらそんなに甘くはない。

もし村に帰れたとしても、人々からは白い目で見られ、当然再婚など望めない。その上悪鬼の象徴たる魔眼持ち。自分だけではなく、自分を大切に育ててくれた両親にまで被害が及ぶ。


しかし、これらは彼女が離婚を成立させて、村に帰る事が出来れば…の話だ。


結婚した相手はクズとはいえ鬼士。

ユキナとは気にする体面の度合いが違う。


魔眼の事など他の者に知られれば、鬼士としての地位は失墜しっついする。それは離婚をしても同じ事だ。そんな事は何があっても許されない。

つまり、ユキナの選択肢は、その家で一生日陰を歩み続ける。これしか無かった。


しかし、それでも…ユキナは自分に対する周りの冷たい目に耐えていた。

ところが、ある日、子供を作ってしまったと、旦那が腹を抱えた女性を連れてきた。


それを見て、ユキナは耐えられなくなってしまった。


ユキナは、離婚をせずに家を一人飛び出し、村へ向かった。

しかし、村へ入ることは出来ず、素通り…そのままこの山へと入ってきた。という事だった。


「昔から、その手の話は後を絶えないわね…昔ほどではないけど、今でも似たような話はゴロゴロ転がってるわ。」


「体面など気にせず、そのような男とは離婚すれば良かったのではないですか?」


「そんなに甘くないの。それこそ、無理に話を通したりしたら、村の家毎焼き払われるくらいされるわ。」


「そんな…」


「鬼士ってのはそういう生き物なの。

サクラ達みたいな人は少数派。昔よりは増えたけど……それも今は鬼士隊のせいで減りつつあるわ。」


「…………」


「本来なら、結婚というのはもっと幸せなものなのだけれど、そうではない人達も確かに居るの。

平民同士ならもう少し話は簡単だったかもしれないけど、鬼士が絡んでくると、大体嫌な方向へ話が向かっていくの。」


日本でも昔は似たような感じだったらしいし、分からなくはないが…どちらが良いかは人によるだろう。

バツ一、バツ二…なんて言葉があるくらい、離婚が当たり前の世界か、一度結婚したら、耐えて互いに話し合い、何とか苦難を乗り越えて行くか…結婚の重みとでも言えば良いのだろうか。


「それで?」


「うん。ユキナは、飛び出してきたから、村にも、家にも帰れなくなった。」


死装束を着てくるくらいだから、そもそも帰るつもりもなかったのだろう。

ただ、残念ながら、彼女は自害する事が出来なかった。


理由は魔眼。


我癒眼は、死に至る怪我を負ったり、状況に陥ると、無意識に発動される。

そうなると、簡単には死ねない。


胸を刃物で突いても、激痛が走るだけで死ねない。

首吊りしようとしても、死ぬ程苦しいだけ。


ユキナはこの山に入る前に、既に色々な事を試していたらしく、どれも自分を死に至らしめる事はなかったと言っていたらしい。


既にそれらの事を試していた、ということにリッカはかなり驚いた。

そもそも、自殺という行為自体を、リッカは理解出来なかった。


獲物を捕って食べ、生きていく事が、リッカにとって唯一の摂理せつりであり、それ以外の目的など無かったから。

それを自ら放棄するという発想はリッカの中には無かった。

言葉を理解出来るようになった事で、寧ろ分からない事が増えてしまった。


「それなら、この山で生きていけば良い。と言ったけど、ユキナは『殺して』ばっかりだった。」


彼女のその時の感情は正確には読み取れないが…自分自身に対する殺意とでも言えば良いのだろうか、それを知っている俺からすると、何となく分かる。


俺にとって、元の世界が生きにくい世界だったように、彼女にとっては、この世界が生きにくい世界だったのだ。


リッカはモンスターであり、雪の中に立つリッカを見て、雪女だと確信したユキナは、自分をリッカに付きまとったのだろう。


「でも…二人で上手く回っていたなら、そのまま一緒に暮らせば丸く収まるんじゃないの?」


「うん。だから、暫くは二人で暮らしてた。でも、リッカの体に異変が起きた。」


聖魂化。


それがリッカの体に起きた異変だった。


無意識下で人を傷つけてしまう力。


「ユキナは、洞窟の中で火に当たっていても寒がってた。」


小さな焚き火一つでは、針氷峰を氷漬けにする程の力を跳ね除ける事など出来ない。


「リッカはユキナを雪山から遠ざけようとしたけど…」


「ユキナは拒絶したのか。」


「うん…」


それが目的なのだから、当然の事だろう。


「ユキナは、徐々に寒さに負けていった。でもそんな中で、ユキナは料理をしてくれた。

手足が凍り、寒さに震えながら…」


「…………」


「何故か持ってた米を炊いて、おにぎりを作ってくれた。その時、ユキナが震えながら教えてくれた。本当は他にもおにぎりを握ってあげたかった人が居たって。」


ユキナが、今際いまわきわに語った事は、リッカのその後を決める事になった。


実は…ユキナは、結婚して早々、旦那との間に子供を一人授かっていた。


可愛い女の子だった。


ユキナは当然可愛がり、大切に育てようとした。


しかし……


魔眼の事が分かり、その子と引き裂かれてしまった。


正確には……娘を殺されてしまった。


実の旦那に。


旦那が、別の女を連れてきた日。まだ赤子で首すら座っていない娘を、悪鬼との子など要らぬと……


彼女が家を出た本当の理由は、そこにあった。


「そんな…酷過ぎる…」


「自分の子供を…」


「もう、生きていても仕方ないって…」


話を聞く俺達から見れば、その男こそ悪鬼に見える。


「リッカが、その娘と少し似てたんだって。

だから…料理や言葉を教えてくれた。」


彼女にとって、失われてしまった子育ての機会。それを、少し似ていたリッカで……


「最後にユキナは、言った。

ありがとう、って……………ごめんね、って。」


ユキナのごめんねは、リッカに言ったのか、それとも、自分の娘に言ったのか…


「リッカは気付いていなかった。ユキナから沢山貰っていた事を。言葉とか、感情とか…

ユキナが完全に凍り付いて、死んでしまうまで…気が付かなかった。

居なくなって…寂しいという事に初めて気が付いた。」


リッカにしてみれば、人に会うことも、一人ではない事も、初めての事。それを失う辛さも、気が付く事が出来なくて当然だ。


ユキナとの事で、人を傷付ける事を恐れるようになったのだろう。


「その服は、ユキナの物か?」


「うん。ユキナが居なくなって、リッカは自分の力が危険だって知った。

だから、誰も来ない場所を探した。そしたら、ここを見付けた。誰も来ないし、近くに村や街も無かったから。」


当時からここへの来訪者は少なかったらしい。


「少しずつ漏れ出す力が増えて…こうなった。」


今の針氷峰の姿だろう。山の標高を変えてしまった事を言っているのだ。


「この石像は…ユキナに少し似てる…気がする。」


目の前にある女神像が凍り付いていない、本当の理由は、ユキナを思っていたから…

本当に似ているのかは分からないが、リッカにとって、似ているかどうかはあまり関係ないのではないだろうか。

ここに居て、ユキナを思う。その時間が彼女には必要なのだ。石像の本来の意味とは違うが…これも一つのいのり。この場所の使い方としては正しいのかもしれない。


「リッカは結婚とか、子供とか…よく分からない。でも、きっと、ユキナはリッカよりずっと寂しかったと思う。

きっと…シンヤも。」


「っ……」


「でも、居なくなったら、シンヤの事が好きな皆が寂しい。だから、シンヤは死んだらダメ。」


どこに隠し持っていたのか、リッカは、さっき食べていたおにぎりを取り出し、俺に手渡す。


冷えきって、冷たくなったおにぎり。なのに、何故か少し温かく感じた。


「そうだな。リッカの言う通りだ。」


両親の事で自責するのは、多分止められない、

でも、こんな俺でも大切に思ってくれている人が居る。

それも一緒に考えれば……眠れる気がしてきた。


「ありがとう。」


「うん。」


そう言って微かに笑うリッカ。


「シンヤ。」


「ん?」


「リッカはここに残るけど…力を貸す。

ユキナの事とは違うかもしれないけど、嫌な事をする人を許さないで。」


「ああ。許すつもりはないさ。」


自分でも制御しきれない程の力を持ったリッカ。その力を借りられる。百人力とはこんな事を言うのだろうか。リッカの場合百人でも足りないか。


「それにしても…魔眼か……」


サクラから聞いた昔話の中で、魔眼の制御方法については聞けた。

その後、ニルはサクラから聞いた方法で、何度も魔眼の制御を試しているが…未だ成果は無い。

リッカの話の中で、ユキナは意図せず魔眼を発動させていたと聞いた。

ユキナの魔眼の特性的に制御するタイプの魔眼ではないからなのか?ニルの眼もそのタイプ…?いや、そもそも本当に魔眼なのか…?

うーん…考える程ドツボにハマっていきそうな気がしてきた。


「魔眼の事が気になるの?」


「少し興味があってな。」


セナの質問に曖昧あいまいに答える。


「魔眼の中には凄い力を持ったものもあるみたいだし、制御出来ないと危険かもしれないだろう?」


取って付けたような説明だが、筋は通っている…はず。

ユキナの魔眼は危険なものではなかったが、そういう発想を持ってもおかしくはないだろう。


「危険なものもあるらしいからねー…確か、魔眼を制御する為に使える道具が有るって聞いた事があるけど…」


「本当かっ?!」


「え?!ええ…凄い食い付きね…」


「あー…いやー…ははは…」


ニルの眼が魔眼だとして、あの力は間違いなく危険な類のものだ。セナを信用していないわけではないが、他人にホイホイ話せるものではない。


「変なの。」


「どんな道具か分かるか?」


「うちも噂程度の話を一度だけ聞いただけだからねー…確か、鏡だったと思うよ。真っ赤な鏡だったかな…?真っ青だったかな…?」


「真っ赤な鏡…?」


どこかで見たような…って!ダンジョンをクリアした時の報酬!


俺は急いでインベントリを開き、一覧から目的の物を探し出す。


真紅の鏡。


間違いない。恐らくはこれのことだ。


「どうしたの?」


「…いや。何でもない。良い情報をありがとう。」


「??」


まさか、セナからこんな事が聞けるとは思っていなかった。棚から牡丹餅ぼたもちだな。

ニルの眼について色々と分かるかもしれない。これは後々調べよう。セナ達と居る時に使えば、この辺りを穴だらけにしてしまう可能性があるし。


「後は…この場所の事か…」


すっかり眠気などどこかへ行ってしまった俺は、周りを見ながら思考を巡らせる。


壁には例のシンボルマーク。

そして女神像。


「リッカ。ここに来た時、石像以外に、何か有ったりしなかったか?」


気になるのは氷華が咲いていた部屋だ。何も無いのに、石像の裏に部屋を作るのはどう考えてもおかしい。何かあっても良いものなのだが…


「何も無かったよ。」


「そうか…」


何か有れば、考察くらいは出来たかもしれないというのに…


「しかし…リッカが来る前に有った建物となると、かなり前から有る建物だよな。いつから有るんだ…?」


古い建物という言葉では表せない程に古いはずだ。

元の世界ならば、世界遺産として登録されているレベルのはず。

リッカの話では、その時代から街は有ったみたいだし、フロイルストーレを信仰していただろう。

ここに石像があるのは分かる。しかし、恐らくここの入口は神力で開く仕組みだ。それがどんな原理かは分からないが、それをここに建てた理由が分からない。


俺の知る限り、神力が使えるのは、漆黒石を持つ者だけ。

つまり、限られた鬼人族か……恐らく渡人のみ。

鬼人族に向けて作られた神殿だと考える方が自然だとは思うが…ここに人が来ていなかったという事を考えると、言い切れない気がする。


「ずっと昔から有るよ。」


「分からん…ずっと昔から有る神殿なのに、誰も知らない神殿…?」


「リッカが氷漬けにしたから?」


「いや、多分それとは関係なく知らないはずだ。

もしかしたら、おかみとか言われている連中なら、何か知っているかもしれないが…」


「フロイルストーレ様の神殿が有った事自体は、不思議に思わなかったけど…考えてみれば、こんな立派な神殿を作っておいて放置というのは変な話しよね。

でも…それが分かると何か良い事があるの?」


「分からない。ただ、渡人や鬼人族について、何か分かるかもしれない。俺にとってはそれなりに重要な案件だ。」


「そっか…シンヤさんは渡人だもんね。」


「ただ、優先度としては四鬼華の採取の方が上だ。

サクラを治療したら、その後に調べてみるとするよ。

もしかしたらリッカにも色々と聞きに来るかもしれない。」


「リッカに分かる事なら何でも話す。」


「助かるよ。」


渡人、鬼人族、そして魔族に関わる事だが、言ってしまえばそれらの歴史を調べるという事になる。それは今現在、重要とは言えない。

後々調べてみるとしよう。

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