第146話 本望
ゴンゾーが
「本当に、一切、そんな気持ちは無いのか?」
「……そ、それは…その……シンヤ殿!意地が悪いでござるよ!」
別に好きになった女性と結ばれる為に四鬼を目指しても良いと思うのだが…その辺は鬼人族の
サクラという女性に対する気持ちも関わってはいるだろうが、それは
「そろそろ行くでござる!」
ゴンゾーは居場所が無くなり、その場に立ちあがり、さっさと支度を整えてしまう。
「案内するでござる!行くでござるよ!」
しつこく絡み過ぎたかな?怒ってはいないみたいだけど…
「まずは何処に行くでござるか?」
気分は一瞬で直ったようだ。
「そうだな…折角なら、何か買い物でもしたいな。
オウカ島ならではの物ばかりだろうし、気になるところだ。」
「承知したでござる。それならば、まずは大通りに行くでござる。」
俺達は来た道を戻り、賑わっていた大通りへと向かう。
昼時という事もあってか、先程見た時よりずっと人が多い。
「そうでござるなぁ…刀…では面白くないでござるし…」
「いや。とても興味があるのだが。」
「はい。興味あります。」
『僕も見てみたーい!』
「ラト殿も興味がありそうでござるな。それでは、まずは
「「『おー!』」」
俺はまだしも、ニルは女性用の着物で鍛冶屋は…どうかと思ったが、全く気にしていないようだし、良いか。
「ごめんくださーい!でござるー!」
「はいはーい!いらっしゃーい……って!ゴンゾー?!」
中から出てきたのは、真っ赤な髪を短めに切り揃え、黄色のリボンを頭の両サイドに着けている女性。丸顔で、パッチリした目の中の瞳は黒色。
薄い黄色の着物…を着てはいるが、ニルが着ているものよりずっと動きやすいタイプで、生地も薄い。
しかし、小柄な可愛らしい鬼人族女性で、とてもこんな鉄臭い場所には似つかわしくない。そんな女性に見える。
「生きてたのっ?!」
元々パッチリしている目を更に見開いてゴンゾーを見る女性。
「色々とあって、三年も掛かってしまったでござるが、何とか帰って来られたでござる。」
「……………」
頭を
「だ、大丈夫でござるか?!」
直ぐにゴンゾーが駆け寄るが、女性はボソリと一言だけ呟く。
「良かったー…」
死んだと思っていたゴンゾーが帰ってきて、本気で安心した様子だった。
「簡単に死ぬような奴じゃないとは思っていたけど……帰ってきてくれて本当に良かったよ!」
女性はゴンゾーの手を借りて立ち上がり、弾けるような笑顔に変わる。
「それで?そっちの二人は?うちらとは違うみたいだけど?」
この島では鬼人族以外の種族が居る事自体がかなり珍しい。角の無い俺とニルを見てどういう事かと説明を要求してくる。
「拙者を救ってくれた、シンヤ殿とニル殿。外で待ってくれているのがラト殿でござる。」
「いやー!ゴンゾーを救ってくれて感謝するよ!こいつは昔から馬鹿だから、迷惑掛けたと思うけど、これでも悲しんでくれる人が何人かはいるからね!
うちの名前はセナ!よろしくね!」
見た目通り…?カラッとした性格で、矢継ぎ早に言葉を連ねるセナ。
種族の違いはあまり気にしていないみたいだ。
「ああ。よろしく頼む。」
「それより、ラトさんにも挨拶くらいしたいんだけど…」
中に入ってこないラトを俺達の肩越しに見る。
「どえぇぇ?!」
ラトの姿が見えたのか、またしても目を丸くして驚くセナ。
「ラト殿は少し大きくて、中には入れないでござるよ。」
『僕も入りたかったよー。』
ラトのボヤキが聞こえてくる。
「ゆ、友魔?!もしかして偉い人達?!」
ワタワタと腕を動かしているセナ。とにかく騒がしい女性だ。
「偉い人達では無いぞ。色々と縁があってな。」
「うち、敬語は苦手なんだけど…」
「敬語なんて要らないって。」
ゴンゾーの事を昔から知っている様子だったし、恐らく百歳は越えているはず。そんな相手に敬語とか、俺の方が恐縮してしまう。
「それなら良かった!」
本当に嬉しそうに笑うセナ。余程敬語が苦手なんだろう。
「色々とびっくりしたけど、何となく理解出来たよ!
それで…今日はわざわざ挨拶しに来てくれたの?」
「当然それもあるでござるが、シンヤ殿達が刀を見てみたいらしくて、連れてきたでござるよ。」
「刀を…?またゴンゾーが強引に連れてきたんじゃないの?」
目を細めてゴンゾーを責めるように見るセナ。
「そんな事はないでござる!」
「俺もニルも刀に興味があってな。」
「刀を使うの?珍しいね?」
「え?刀が珍しいって知っているのか?」
「前に来た渡人の連中の中には刀を使っている人はいなかったからね。」
攻略組の事か。確かに手に入りにくいと言われていた、刀を使う人は少なかっただろう。片刃で扱いが難しいし。
「でも、使えもしないのに、やけに沢山の人達が刀を買って行ったからよく覚えているんだよ。」
やはりここまで来たら買っちゃうよね…刀。
「刀と言えば、ゴンゾー。三年も放置してたんだ。うちが久しぶりに見てやるから腰の子出しな。」
「承知したでござる。」
ゴンゾーは腰から草色の刀を抜いてセナに渡す。
口振りから察するに、鍛冶屋の店主はこのセナらしい。てっきり親父さんか、誰かがやっていると思っていたが…
そんな気持ちを察してか、ゴンゾーがセナに聞こえないように耳打ちで教えてくれた。
このセナという女性は、ゴンゾーの
この店は父親がやっていたらしい。母親はセナを産んだ時に死んでしまったらしく、片親だったセナは自然と父の技を受け継いだらしい。
父はこの島でも一、二を争う程の名匠で、
そんな父の技を受け継いだセナ。しかし、セナが
それからはセナが一人でこの店を守り続けていて、今では腕の良い刀匠として名前を
ただ、娘…つまり女性の刀匠という事や、父の
しかし、ゴンゾー
値段を見た限り、変に高かったり安かったりしないし、信用出来る刀匠だと言う事が見て取れる。
セナはスラッと刀を抜いた後、刀を立てたり、刃を見たり、柄を外して見たり…とにかく徹底的に刀の状態を確認する。
実際の刀匠が刀の状態を確認するところなんて初めて見るし、興味津々で拝見させてもらった。
セナは刀を抜いた瞬間から職人の目付きに変わり、俺達の事など忘れたかのように刀と向き合っている。
「……ゴンゾー。よく手入れしていたね。偉いよ。」
セナは一通り刀を見た後、ゴンゾーの目を見て言った。
「あの中では、拙者の命を繋ぐ唯一の光でござった。
草薙というのは、ゴンゾーの刀の名だ。
サラッと想像を絶する三年間を感じさせる事を言うゴンゾー。俺とは違い、彼には本当に腰に下げた一本の刀しか自分を守れる物が無かったのだ。
その恐怖は容易に人を殺せる。体ではなく心をだ。
そんな彼を守り続けてくれた一振が、セナの手によって打たれたのだから、ゴンゾーにとっては命の恩人でもあるわけだ。
「この子もゴンゾーを三年間守り切れた事を
「なっ?!」
「ここを見て。うっすらだけど亀裂が入っているでしょう?この亀裂。
自慢じゃないけど、うちの打った刀は、どの子も芯だけは折れないように念入りに作っているし、こんな状態になった刀を見たのは初めて。余程壮絶な戦闘を経験してこないと、こんな状態にはならない。」
セナの目は真剣だ。
刀の状態を見て、ゴンゾーの身にどれだけの危険が迫っていたか、それを読み取ったのだろう。
「一度でも草薙の手入れを怠っていたら、途中で折れていたかもしれない。」
「……そうでござったか……」
自分の命を救ってくれた草薙を、悲しそうに見詰めるゴンゾー。
「悲しまなくて良いよ。この子がここまで折れずに戦えたのは、ゴンゾーを守ろうとしたからだと思う。それが叶ったんだから、この子は
そう言ってゴンゾーに草薙を手渡すセナ。
「………ありがとう。本当に…草薙のお陰で…拙者はまた、草薙を親の元に連れて来る事が出来たでござるよ…」
そう言ってゴンゾーが草薙に礼を言うと…
パキンッ!
カランッ…
セナが指摘していた亀裂から、何にも触れていないのに折れて、刃先が床板の上に落ちる。
「っ!?」
自分の責務を果たした草薙が、安らかに眠った。
俺にはそう見えた。
ただの物でしかない刀に、何か意思のようなものがあったのではないか…そう感じざるを得なかった。
「……セナ。草薙を
「……良いの?保管しておく事も…」
「いや。それは止めておくでござる。
草薙は役目を終えたでござる。これ以上働かせては恨まれてしまうでござる。」
「……そう……分かった。うちが責任を持って弔っておく。」
「頼むでござる。」
折れてしまった草薙を優しくセナへと渡すゴンゾー。
手入れをしていたとしても、三年間という月日は、柄糸をボロボロにして、傷だらけにしている。
ゴンゾーは手を合わせ、一度だけ目を瞑った。
「……さて。ゴンゾー。あのダンジョンを抜けてきたなら、それなりに身入りはあるんでしょう?」
「ぬっ。確かに換金すればそれなりの額にはなるでござるが…」
「それなら、草薙を生み出したうちの刀をお勧めするよ?」
「…はぁ。しんみりしていた気持ちが台無しでござるよ…」
「へへへ。うちも商売だからね。」
背中を丸めるゴンゾーに笑い掛けるセナ。良い性格している。
「…元々ここ以外の刀を持つつもりは無いでござる。」
「よしきた!」
セナはドタドタと奥の方へと入っていく。
「なかなか良い幼馴染じゃないか。」
「たまにイラッとするでござるがな。」
ゴンゾーがそう言えるくらい仲が良い…という事だろう。
「お待たせ!」
ドタドタと戻ってきたセナの手には、黄緑色よりもう少し明るい色の刀。ゴンゾーの持つ刀、イコール緑色系統という決まりでもあるのだろうか…?
「この子はどう?!」
手渡された刀は、草薙と同じような長さや形のようだ。
「拝見するでござる。」
ゴンゾーは刀を抜く。
刀身に現れている波紋は規則性の無い小さな
近場で見ていない俺の目にも、その刀が非常に上質なものである事が分かる素晴らしい刀だ。
「草薙よりは少し重いでござるな?」
「草薙より少し芯を強くした子だからね。その分刃が分厚くなって、重くなっているの。」
「相変わらず…いや。随分と腕を上げたでござるな。」
「偉そうに言っちゃって。うちだって寝てたわけじゃないんだから、腕だって上がるわ。
それより、その子はどう?
草薙を折る程の攻撃を防いできたゴンゾーなら、それくらい頑丈な方が良いと思うけど?」
「刀を見ただけで拙者の腕までお見通しとは、恐れ入るでござるな。」
「うちは刀匠よ。それくらい出来なきゃ、父さんに顔向け出来ないわ。」
それくらいとか言っているが、それも凄いことだと思うが…
「で、どうなのよ?」
「…良い刀でござる。」
「買う?安くしとくよ?」
「……買うでござる。」
「へへへ!毎度ありー!」
ゴンゾーの性格や腕から見立てた刀だ。不満は無いだろう。
「今は持ち合わせが無い故、後で素材を換金して持ってくるでござる。」
「素材を代金として受け取っても良いよ?」
「良いでござるか?」
「うちが欲しいと思う素材があればだけれどね。」
「そうでござるな…」
ゴンゾーの素材も一応全て俺が管理している。量が量だし。
「シンヤ殿。拙者の取り分の中から、土龍の鱗を…」
「土龍?!」
セナが前のめりになっている。
Sランクモンスターの、しかもドラゴン系統の鱗。素材としてはかなり上質で、刀の値段としてはむしろ高価過ぎる物だが…草薙の件やらなにやらを含めて、という事だろう。
「分かった。」
俺はインベントリのゴンゾーの取り分から土龍の鱗を取り出す。
「インベントリ?!渡人なのっ?!」
「言ってなかったか?」
「渡人は喋らないはずでしょ?!」
「俺は特別でな。それより。」
ゴトッ…
少し重い土龍の鱗をセナの目の前に置いてやる。
「す、凄い…本当に土龍の鱗だ……」
土色の鱗を宝石でも見るように目を輝かせて見詰めるセナ。
「本当に良いの?!」
「代金でござるからな。」
「代金にしては高価過ぎるよ?!」
「色々と含めてでござる。受け取って欲しいでござるよ。」
「……返してって言っても返さないよ?」
「そんなセコい事はしないでござるよ。」
「……ありがとー!!」
土色の鱗に頬擦りして喜ぶセナ。とことん刀匠なのだろう。
ルンルンと土龍の鱗を持ち上げて奥へと持っていくセナ。
ゴンゾーは刀を腰に置いて感触を確かめている。
「あっ!その子の名前は
「承知したでござる。」
奥からゴンゾーに大声で話し掛けてくるセナ。
「大事に使ってね。」
戻ってきたセナはゴンゾーの腰に収まった青葉に目をやって、子供を送り出す親のような顔をしている。
「承知したでござるよ。」
「さてと…ずっと放置しちゃってごめんね?」
「いや。俺達も楽しめたから気にしないでくれ。」
色々と見られたし、セナの腕が確かな事は分かった。無駄な時間ではない。
「それで…どんな物が……と言いたいけれど、うちは本当に合った子じゃなきゃ売らないって決めてるから、まずは二人の武器を見せて欲しいな。」
一人一人こんな風に対応しているのか…?凄いこだわりだな。
「分かった。」
俺はニルの蒼花火を渡し、真水刀は抜いて手渡さずに見せる。エンブレム入りの刀だから、持たせると俺のところに戻ってきてしまう。
「あー。そっか。渡人の武器は持てないんだっけ。どれどれ……な、何これ……?」
二本の刀を見てセナが固まってしまっている。
「珍しい刀は何度も見てきたけど…これは特殊が過ぎるわ…」
それは知っていたが、ここまでの腕を持った刀匠ですら珍しい刀なのか。
「特にこの真水刀は異常ね…どこの刀匠が打った刀なの?」
「
「色々な刀を見て、打ってきたと自負していたけど…うちもまだまだね…
申し訳ないけど、こんな刀を振る人に見合う刀はうちには無いわ。」
「いや。こんな特殊な刀を求めて来たわけじゃないんだ。普通の刀で十分。」
特殊な能力が無くても、良い物は良い。手元にあれば尚良い。俺達がこれから身を置く場所に適した刀が手に入る機会は、もうそれ程無いだろう。手に入る時に手に入れておきたい。
「そっか…そういう事なら……」
もう一度真水刀をじっくりと見るセナ。
「この刀。ダンジョンで使っていたの?」
「最初から最後までな。」
「嘘でしょ…」
「どうしたでござるか?」
「ほとんど刀に痛みが見られないの。まるで四鬼様達がダンジョンを踏破してきた後みたいな…こっちの小太刀は、傷んでいるけれど、長く使ってきたから付いた傷も多い。」
「二人共、拙者なんて足元にも及ばない程に強いでござるからな。刀を痛めるような使い方はしないでござるよ。」
「それって本当に凄い事って分かってる?!」
「分かっているでござる。拙者も
「そういうことじゃ…なくも無いけど…そういうことじゃないの!」
「ど、どっちでござるか…?」
「もしシンヤさんに四鬼様と同じ力があるというなら、私が四鬼様の刀を用意するのと同じという話になるじゃない!?」
「言われてみると、そういうことになるでござるな。」
「ござるな。じゃない!!」
ビシッ!
「あてっ!」
ゴンゾーの額に向けて、縦にチョップを入れるセナ。
「こんな大事な仕事に、ここに置いてあるような物は渡せないでしょうが!」
ビシッ!
「あててっ!」
「なんでそれをもっと早く言・わ・な・い・の?!」
ビシッビシッビシッビシッビシッ!!
「あててててて!!」
リズミカルなチョップにゴンゾーが面白い事になっている。
「そんなに叩いたら痛いでござるよー!」
「痛くなきゃやってないっての!」
ビシッ!
「あてっ!」
「まあ良いわ。シンヤさん達が強いのは別に悪い事じゃないしね。」
「お、おう。」
二人の掛け合いに圧倒されてしまって言葉を失っていた。
「先に言っておくけど、父さんと違って、私はまだ四鬼様の刀は打った事が無いの。それくらいの実力しかないという事よ。
だから、そんな私から買った刀で、シンヤさんが満足出来るか…正直分からないわ。」
「俺はそんなに大層な存在じゃないから…」
「ううん。それも確かにあるけど、私が問題にしているのはそこじゃないの。」
「どういうことだ?」
「四鬼様と同じ力を持っているなら、その辺で買った武器では、使えても一、二回。使い手の力や剣速に、刀の方が耐えられないの。
直ぐに曲がってしまって使い物にならなくなるわ。」
「あー…確かに…」
一応、初級冒険者が使うような刀を、全力で振ってみたことがあるが、何かを斬ったりすると刀の方が負けて曲がるか、折れてしまう。
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