第130話 想い人
こんな凄いアイテムが三つも配置されているとは…
そう言えば、ネット上の情報には、一階層だけモンスターのリストが無い部屋があった気もする。この事だったのだろうか…
それにしても、本当に凄い効力のアイテムだが、こんなアイテムが手に入ったという情報は無かったはず。考えづらいが、情報を公開しなかった…?それとも、内容は毎回違うのか?
んー…分からん。こんなアイテムが手に入るなら何度か行き来してもっと手に入れて…って、さすがにそこまで甘くは無いか。石の箱の内側を見ると、魔法文字のような物が薄く彫り込んである。俺みたいな狡い考えをする
それにしても、こんな凄いアイテムが手に入るとは…ゲーム時にもほとんど見なかったレベルのアイテムだ。
「シンヤ殿!!」
突然ビックリするような大声でゴンゾーに呼ばれる。
「ど、どうした?」
「その
「急に凄い食い付きだな…他の二つは貰ったし、渡すのは構わないが…どうしたんだ?」
「実は…先程話をしたサクラ殿は…
「死に至る病なのか?」
「……そうでござる。」
ゴンゾーの顔はかなり暗い。それはそうだろう。このダンジョンに居て狂わなかった理由の一つなのだろうから。
「三年もここに居て…その…まだ…生きているのか?」
「それは大丈夫でござる。ここに入る前に、後十年は大丈夫だという話でござったから。」
「そうか。それなら良かった。これを渡せば、その病も治るだろうし、使ってあげてくれ。」
「恩に着るでござる!!拙者に渡せる物があれば、全て譲るでござるよ!……と言ったは良いでござるが……三年も帰っていないとなると、自宅も残っているかどうか分からないでござるからな……」
「俺達は丸薬と魔具を貰っているからな。別に何も要らないさ。」
「しかし…この羽衣だけ他の二つより明らかに性能が良いでござる。」
恐らくは、
しかし、丸薬も十分凄いし、魔具も、今の俺達には必要な物だから、どっこいどっこいだと思う。
「どうしてもって言うなら…もし向こうで困った事があった時、助けてくれ。」
初めて行く場所だし、鬼人族の助力を頼むとなれば、鎖国状態のオウカ島だ…誰かの
四鬼がどれ程の立ち位置なのかは分かっていないが、それなりに発言力があるとしたら、ゴンゾーに、ゲンジロウとの間を取り持って貰いたい。
「そんな事で良いのなら、いくらでも力になるでござる!何でも言って欲しいでござる!」
「交渉成立だな。困った時は頼むよ。」
「承知したでござる!」
ニカッと笑うゴンゾー。これで交渉の
「羽衣はどうする?俺が預かっておこうか?」
さすがにこのダンジョンを抜けるまでゴンゾーの懐に入れておくのは…厳しいだろう。
「インベントリでござるな。シンヤ殿が良ければ、預かっておいてもらえると助かるでござる。」
「分かった。ダンジョンを抜けられたら、その時に渡すよ。」
「承知したでござる………もし、拙者が死んだ場合は、師匠の元に行って、サクラ殿を紹介して貰って…この羽衣を渡してもらえぬでござるか?
拙者が力になるという交渉は成立しなくなってしまうでござるが……」
自分が死して尚も、サクラという女性の事を助けたいと願うとは…余程好いているらしい。
「ゴンゾーが死ぬ状況という事は、俺達も同様に死ぬ状況だと思うが?」
「それでも……」
「約束はしないぞ。ゴンゾーが直接、その女性に渡してやれ。
せっかく三年も乗り越えてきたんだ。
「当然、死ぬつもりは無いでござる。この手で羽衣を渡して、元気になってもらうでござる。」
こういう約束はしない方が良い気がする。死ぬか生きるかの
ただの精神論だが、それが大切…だったりするのではないだろうか。
「それなら、そんな約束はしない。絶対に生きてここを出る。そうだろう?」
「…そうでござるな。弱気なことは言うべきではないでござるな。」
「…行こう。」
決意を新たにしたゴンゾーと、次の階層へと向かう。
ズズズッ……
第七十八階層。
第七十六階層と同じ、長方形の部屋。
正面には大量のソードタートル。こんな狭い場所で三十体近い二メートル級のモンスターが、回転しながら、右に左に動かれたら恐ろし過ぎる。
第七十六階層と同じ要領で段差を作って上に登るが、そこにはウォーターバードが四体。今度は上にも注意しろという事だろう。
しかし、Bランクのウォーターバード程度の処理は既にお手の物。
俺とニルが足場を作り、ゴンゾーが魔法で撃ち落とし、ラトが牙と爪でとどめを刺す。
「ソードタートルは風魔法を使うから少し高い位置まで登るぞ!」
「はい!」
俺とニルは二十メートル程の位置まで段差を作り、一気に駆け登る。
ガガガガガガガガガッ!
下ではソードタートル同士がぶつかり、壁とソードタートルがぶつかり、何かの重機が出すような音がしている。
「先程もでござったが…巻き込まれたら痛いどころの騒ぎでは無いでござるな…」
『ひぇー…』
顔を青くするゴンゾーとラト。
簡易的なミキサーみたいなものだし、痛いどころの騒ぎではないだろうな…
ボンッ!
バギバギッ!
「っ?!」
一体のソードタートルがウィンドエクスプロージョンを自分の真下に使って大きく飛び上がり、俺達が作って登ってきた足場の一つを
ゴンッ!
着地…と言えるのか分からないが、床に落ちると凄い音がする。
十五メートル程飛び上がっただろうか…
風魔法が飛んで来るかもしれないとは思っていたが、まさか自分自身を砲弾にするとは思っていなかった…あの外殻があってこそだろうけれど、予想外だった。
ボンッボンッ!
次々と同じように飛んで来るが、角度が定まらないのか、あらぬ方向へと飛んで行く。しかし、もし真っ直ぐにこちらへ飛んで来たら…届くかもしれない。
「も、もう少し上まで登っておこう。」
「そ、そうでござるな…」
結局、三十メートル程まで足場を作って登る。さすがにそこまで飛んで来る個体はおらず、そこからは、また魔法で処理して終わりだ。
「飛んだ時はさすがにビックリしましたね…」
「あの巨体があそこまで飛び上がるなんてな…いきなり俺達の方に飛んでこなくて運が良かったな…」
もし真っ直ぐ飛んできていたら、足場が崩され、タートルミキサーの中に放り込まれていた。
その事を考えてしまって、ブルッと一度
第七十九階層。
ズズズッ……
「……これはまた…ビッシリでござるな…」
長方形の部屋の壁、その一面に一メートルサイズのトカゲが張り付いている。数は…分からない。とにかく沢山居ることだけは間違いない。
見た目はエリマキトカゲが一番近いだろうか。
首の周りに、
このモンスターの名前はウォールランナー。名前の通り、壁を走る、Aランクのモンスターだ。
木魔法も使ってくる。
Bランクのモンスターはスティングフライ。たったの二体だけだ。
「今回は逃げ道が無さそうだな…」
『やっと僕の出番が来たみたいだね!』
ラトが先陣を切って走り出す。
「続くぞ!」
「はい!」
「承知したでござる!」
メキメキッ!
ラトがウォールランナーに攻撃を仕掛け始めると、
複雑に入り乱れる木の根の間を、ウォールランナーが素早くあちこちに走り回り、時折、中級木魔法のウッドスキュアを放ってくる。
尖った木が色々な方向から飛んできて、視界はとても騒がしい事になっている。
メキメキッ!
「とにかく数を減らすぞ!」
ザシュッ!
今のままでは相手の手数が多すぎて処理し切れない。さっさと数を減らさなければ、逃げ続けるのは無理だ。
縦に長い分、俺達は互いの間隔を取って戦闘に入る。
ボンッ!ガガガガガガガガガッ!
後方からはニルが炸裂瓶を使った音。
「せいっ!」
ザシュッ!ザシュッ!
前方からはゴンゾーが次々とウォールランナーを斬る音。
更に奥ではラトが暴れている。
俺も負けてはいられない。
魔法陣を描きながらも、ウォールランナーを切り裂き、完成した魔法で何体かを同時に屠る。
戦闘開始してから数分で、相手の数が目に見えて減り、少しずつ戦闘自体が安定し始めてくる。
「はっ!」
ザクッ!
「逃がさないでござるよ!」
ザシュッ!
このダンジョンに来て、俺自身も経験になっているが、特にニルの成長が
ここに入った時は、Aランクのモンスターを単独で撃破する腕はあったものの、ここまでの数を相手に
ステータスもかなり上がっているはずだ。パワーは女性だしそこまで強くは無いかもしれないが、それ以外の、スピード、防御力、攻撃力、技術、そして魔力。それらの面でかなりの成長を遂げたと言えるだろう。
何より、ニルの攻撃時の動きはかなり俺に近付いている。
足の向きでさえしっかりと俺を真似ている。
細かい事を言えば、まだ荒削りな部分もあるが、
「ふぅー…」
『沢山いたねー!』
部屋の中のモンスターを全て
「とにかく数が多いな…」
特殊な力を持ったモンスターとの戦闘も怖いが、人数の少ない俺達には、単純に物量で押し込まれるというのも辛い。
「次を終えれば一度休める。そこまで頑張ろう。」
「はい!」
『はーい!』
「気合い入れるでござるよー!」
ズズズッ……
第八十階層。
部屋の構造は同じく長方形。
「また見た事のないモンスターだな…」
部屋の中、空中に
形が常に変化し続けていて、一定の形を取らないが、
名前を付けるならウォーターフィッシュといったところだろうか。
大きさは三十センチ程度で、数は十匹。
「未知のモンスターとの戦闘は嫌なんだがなぁ…」
「拙者も知らないモンスターでござる。」
ビュッ!
「っ?!」
異常なまでの魔法陣の描写スピード。
中級の魔法陣が一秒程で完成し、コンプレッションウォーターが射出された。
圧縮された水を一点に向かって飛ばす魔法だ。視認してからでは避けられないタイプの魔法。
気付いた瞬間に頭を横にズラして避けたが、頬に痛みが走り、血が
「ご主人様!」
「目を離すな!!」
「っ!」
ニルに少し強い言い方をする。だが、目を離した瞬間。その一秒で頭を撃ち抜かれる可能性がある。
「目を離したら死ぬ。絶対に目を離すな。」
「は、はい…」
ニルは俺の言葉通り、前を見る。
バチバチッ!
ラトの雷魔法の音がする。
『シンヤを傷付けたね!許さない!!』
文字通り瞬く間に消えたラトが、浮かんでいるウォーターフィッシュ十匹全てに爪を立てる。
バシャッ!!
ほぼ同時に、全てのウォーターフィッシュが弾け、細かい水の粒になる。
ビュッ!
『死なないの?!』
しかし、細かい粒になった状態から魔法陣を描き、ラトへ反撃する。
俺は視認してからでは避けられないが、ラトならばそれが可能だ。
バチッと閃光が走ると、ウォーターフィッシュのコンプレッションウォーターを避けて別の場所へ移動する。
「物理攻撃無効のタイプか…」
非常に良くない。
このスピードで中級魔法を放ってくる相手に、魔法陣を描いている暇など無い。
ビュッビュッ!!
「チッ!」
次々と飛んで来るコンプレッションウォーターを避ける。魔法陣を描きたいが、こう連射されては隙が無さ過ぎる。
ここは考え方を変えて…
『ここは僕が!』
状況を打破する手を
バチバチッ!
ラトが魔法陣を描き始める。
「ラトを守るぞ!」
「はい!」
「承知したでござる!」
ラトが魔法陣を描く間、俺達が上手く注意を引く!
「こっちだ!」
「当ててみろでござるー!」
俺とゴンゾーがウォーターフィッシュの目の前をチョロチョロして、ニルが黒花の盾でラトを守る。
『行くよー!!』
バチバチバチバチッ!!
今まで聞いた中でも一段と大きな乾いた電気の音。それと白とも青とも言えない電気特有の光が見えると、閃光が空中に漂うウォーターフィッシュへと向かって走る。
バシャァァン!
地上から放たれた指向性の雷…と表現するのが一番分かりやすいかもしれない。
心臓がキュッと縮まるような雷の音と、光。
まさに光速の攻撃だ。コンプレッションウォーターなど目じゃないスピードの攻撃。それを避ける事など誰にも出来ない。
ジュゥッ!
雷を直接受けたウォーターフィッシュ達は、耐え切れるはずも無い高電圧に蒸発し、残ったのは垂直に登っていく水蒸気だけ。
何という魔法かは知らないが…俺達三人は言葉を失っていた。
『ふぅー。なかなか手強かったねぇ。シンヤは何か手を思い付いていたみたいだけど…って、あれ?皆どうしたの?』
「……雷魔法の凄さを今改めて認識しているところだ。」
『へへへー!凄いでしょ!
でも、これを使うと凄く疲れちゃうからあまり使えないんだー!』
「魔力消費が激しいのか。」
『うん!』
「魔力消費が激しいとしても…圧倒的な魔法ですね…」
「やはり友魔の力は凄いでござるな…」
俺も聖魂魔法を
「まずは安全地帯に入ろう…」
「そうですね…」
ラトの凄い力に対して、何とも言えない
「ラト。魔力消費が激しいと言っていたが、大丈夫なのか?」
『一度くらいなら問題無いよ。でも、連発は出来ないかな。』
ラトは安全地帯に入ると直ぐに伏せの状態になって、体を休める。
一発で魔力が消し飛ぶ程では無いが、かなりの魔力を消費するのだろう。少し疲れているようだ。
「あんまり無理はするなよ?」
『シンヤが怪我するのは許せないよ。僕の仲間に手を出したらどうなるか教えてやったんだ。』
さすがは野生の狼といったところか…モンスターの中でも、ウルフ系のモンスターは特に仲間意識の強いモンスター達だ。
その仲間意識が俺に働いているらしい。それが伝わってくるからか、何か
「ありがとうな。」
モフモフの毛の顔に手を置いて撫でてやると、嬉しそうに顔を擦り付けてくる。
「時間にはまだまだ余裕があるから、一時間休んで、もう少し進んでおこう。」
「分かりました。紅茶でもどうでしょうか?」
「ありがとう。俺は貰うよ。ラトにも何かあると良いんだが……そう言えば、ミルクがあったよな?」
インベントリの中にある、ミルク。料理に使おうかと思っていたが、大量にあるし、貴重品というわけでもない。ラトに飲ませるくらいの量はある。
『良いの?!』
どうやらミルクは好きらしい。ボタボタと大量の
木の皿にミルクを入れると、これでもかとがっついてミルクを飲み干すラト。
『元気になったー!』
安上がりな元気で助かるよ…
一時間の休憩を挟み、俺達はその日のうちに更に先に進む事を決めて次の階層への扉を開けた。
ズズズッ……
第八十一階層。
「真っ暗…でござるな…」
扉を開いた先は完全な闇。
今まで明るかった石材が一切の光を発しておらず、
「灯りを…」
『ダメ!』
ニルがランタンを
「ど、どうしたのですか…?」
「ランタンはダメみたいだぞ。」
『あいつの臭いがする。』
「あいつ?」
ラトはかなり
『暗い所に潜んでいて、魔法の光とか、とにかく光に寄ってくる奴だよ。顔が怖いから嫌いなんだよ。』
暗い所で出てきて、顔が怖くて、光に集まってくるモンスター……そんな特殊なモンスターは限られてくる。
シュプメナと呼ばれるAランクのモンスターだ。
暗闇でのみ行動するモンスターで、ほとんど人前には現れない。
見た目は暗闇の中に、
分かっているのは、闇魔法を使い、光に集まる習性があること。そして、暗闇の中で光を持っていたりすると、近寄ってきて、光ごと闇に飲み込まれると言われている。
「シュプメナが居るって事か?」
『名前は分からないけど、青白い顔の奴だよ。体が黒いモヤモヤのやつ。』
「シュプメナだな。何体居るか分かるか?」
『うーん……沢山居るよ。骨の剣を持った奴もいる。』
「このカラカラした音は、ハードスケルトンか。ラト、ハードスケルトンを倒せるか?」
『うん!大丈夫!二体だけだし!』
「ハードスケルトンは頼む。俺達には何も見えていないんだ。」
『分かったー!』
ラトが暗闇の中を進んでいく足音が聞こえてくる。
「ハードスケルトンはラトに任せれば良いですが、他はどうしますか?私達はほとんど何も見えませんが…」
「シュプメナは近付くと悪寒がして、青白い顔が見えるようになるんだ。そして、弱点…というか、見える顔を斬れば倒せる。」
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