第127話 上級階層 (2)

シミラーライオンとの戦闘は再度仕切り直し。

真水刀から水弾が出てきた時、一瞬不安定な形状になっていた気がして、反応が一瞬遅れてしまった。


「ご主人様に何してくれているんですか!」


ニルが腰袋から取り出した中瓶を放り投げる。単なる爆発瓶だ。しかし投げたのは全部で三つ。そのうちの一つにだけ蒼色の火が着いている、


ボンッ!ボンッ!ボンッ!


シミラーライオンは瓶を避けようとしたが、間に合わない。

蒼色の火によって一つ目の瓶が爆発し、その爆発によって、近くにあったもう一つが爆発。更にその爆発で最後の一個が爆発する。


俺が粉塵爆発の話で連鎖的な爆発という言葉を使った時に思い付いたのか…本当に賢い子だ。


爆発ではあまり大きなダメージにはならないが、少しのダメージと猫騙ねこだましの効果はある。

敢えて爆発瓶を使ったのは、恐らく、炸裂瓶等によって俺とゴンゾーの動きが制限されるのを避けたのだろう。


「はぁぁっ!」

「ぬおぉぉ!」


俺とゴンゾーが同時にビックリしているシミラーライオンの両サイドから斬り掛かる。

俺は霹靂による垂直の切り下げ、ゴンゾーは剛上による垂直の切り上げを使って。


ザシュッ!ガシュッ!


どちらの一閃もシミラーライオンが止める事は出来ず、横腹に深々と刀の刃が入り込む。

特に、俺の刃は刃渡りより長い斬撃を生み出す。


二人で胴体を両断…とまではいかなかったが、半分は切り裂いた。大ダメージに違いは無い。


「ガグォォ!!」

ブチャブチャッ!


腹を割かれたシミラーライオン。その臓物が床にばら撒かれ、濃い血の臭いが充満する。


俺とゴンゾーは直ぐに離れ、その後の動きを確認していると、ゆっくり、二歩だけ前に歩くとそのまま横向きに倒れて、口から大量の血を吐き出してから、息を止める。


『ふぅ!こっちも終わったよー!』


「ラト?!大丈夫なのか?!」


ラトを見ると血だらけ。全身がテラテラしていて血の臭いが凄い。


『これは返り血だから大丈夫!怪我はしてないよ!』


確かに傷らしきものは見当たらない。しかし、今までは返り血すら避けていた。そこまでする余裕が無くなって来た…ということなのだろう。


「安全地帯に入る前に、しっかりと血を落とそうな。」


『うん!ベタベタして気持ち悪いー!』


「ほら。動くな。」


『分かったー!』


意識が通じあっている分、どれだけ気持ち悪いと感じているか直に分かる。さっさと流してやろう。


全員の体を一応流してから安全地帯へと入る。


「少し早いけど、今日はここまでにしよう。これ以上は危険だ。」


「分かりました。ご主人様。今日も魔具を作りますか?」


「そうだな。また時間があるし、今日は違う魔具を作ろうか。」


「シンヤ殿は魔具まで作れるでござるかっ?!」


「作れるって自慢出来る程の腕は無いけどな。」


「す、凄いでござるなぁ…」


ゴンゾーは口をあんぐりとして驚いている。俺との会話が噛み合っていない気がしたが、まあ良いか。


「どんなものを作るのですか?」


「やっぱり、常時発動している物より、感圧式になっている方が何かと使い勝手が良いし、何とかして感圧式の魔石陣を作ろうと思う。」


「そうですね…見当けんとうはついているみたいですね?」


「大体はな…物理的な衝撃で発動するトラップ魔法は、ニルもいくつか知っていると思うが、そのトラップ魔法全てに共通するを探したんだ。」


「見付けたのですか?!」


ニルが驚いているのは、魔法陣を少なからず個人で解析出来た…という事についてだ。

魔法陣については、魔法が日常的に有るこの世界でも、そのほとんどが解明されていない。分かっていることは、円形の陣の中に、属性を示す大きな図形と、その他よく分かっていない小さな図形、そして魔法文字がある事だけだ。

そもそも、国という区分が無いこの世界では、魔法や魔法陣を研究する専門の機関というものが明確には存在しない。一応、ドワーフや、魔女のように研究している種族もあるが、その情報は秘匿ひとく情報として取り扱われており、ほとんどが世に出てきていない。魔法は使う事が出来れば良い…というか、今日生きる事に必死で魔法の研究をしている暇なんて無い、というのが大多数の意見だろう。

遅々ちちとして進まない、人々の魔法陣へ対する理解。正直、畑をたがやす平民にとって、この魔法陣の、この部分が何を意味しているのか…なんてどうでもいい事なのだ。魔法陣と、そこから生まれる結果さえ知っていればそれだけで十分。


そんな世界なので、一般的には、属性を表す大きな図形以外に、共通点というものは存在しない、とされている。

実際に、今回作ろうとしている感圧トラップの魔法陣を並べて見ても、共通点というのは見当たらない。

一見して分かるような仕組みならば、興味の無い平民にだって簡単に解読出来ているはずだから当たり前だ。


しかし、俺は魔具が作りたいという欲求と、単純に魔法が使えるという嬉しさから、変なやる気を出して、感圧トラップ型の魔法陣にある共通点を見付けるに至った。


それが、『+』という図形だ。


そんな簡単な事分からないの?と思うかもしれないが、実に巧妙こうみょうに魔法陣の中に隠されている。

そのまま『+』という図形で入っている事もあれば、斜めになって『×』という形になっていたり、他の図形と組み合わさって、魔法文字の中に入れ込まれている時もある。例えば、『古』の様な形になっていたり、『図』の様な形になっていたり…

これに気が付いたのは、言うなれば、だ。

ボーッと眺めていた時に気が付いた。

これは、実際に自分の指で描いて試してみた。魔法陣の中から『+』の図形を取り除いて描いてみると、感圧式では無くなり、即時発動する魔法に変わったので、間違いないと思う。


魔法文字にも『+』の図形が組み込まれている事から、魔法文字も図形の集まりなのでは?と思って色々と見比べて見たが……よく分からなかった。

そもそも、生活魔法以外の魔法陣となると、図形や魔法文字の情報量が多くて見比べるだけでも大変なのだ。これを専門にずっと研究している人達ならまだしも、一個人で解明するには限界がある。だからと言って解明を止めるという事は無いが、何か見付かるかも…程度に考えてゆったりやっていくつもりだ。


今回は運良く感圧トラップ型魔法の共通点に気が付けたので、その共通点である『+』を交えて魔具を作ってみる事にする。


「そうだったのですね…そのお話を伺った今ならば、見付けられますが…やはりご主人様は凄いです!私なんて全然気が付きませんでした!」


またしてもニルの中の俺の評価が、うなぎ登りになっている気が……ハードルをどんどん自分で高くしてしまっているよな…俺。


「ま、まあ、偶然だよ。だが、ここからが一番難しい所だ。」


共通点が見付かったのは良いが、その共通点である『+』の図形を、に入れ込むか。それが分からなければ、話にならない。

その上、トラップ型の魔法というのは物理的な衝撃に反応して魔法が発動する…というものであり、言ってしまえば、オフのスイッチをオンにするだけの魔法だ。

つまり、オンのスイッチをオフにする機能は基本的に無い。


「つまり、魔力の循環をする機構と、する機構が必要になる。」


「停止の機構…ですか…私には全く思い付きませんね…」


「それをこれから調べるんだ。」


ドワーフが実際にそういう魔具を作れているのだから、絶対に可能という事は確定している。後はそれを探し出す為の根気と…魔石があれば良い。

ファンデルジュという鬼畜きちくな超リアルRPGゲームをやり続けてきたのだから、根気なら有る。魔石も腐る程ある。後はひたすらにトライアンドエラーを繰り返すだけだ。


一体いくつの魔石がゴミに変わるのだろうか…


いや、考えるのはやめておこう。悲しくなってくる。


「そうなると…先に作った方が良い魔具があるな。を先に作ろう。」


「魔具を作る為の…魔具…ですか?」


「ああ。毎回ニルに魔力を使って魔石を溶かしてもらっていると、何のために休んでいるか分からなくなってしまうからな。」


「なるほど。の事ですね。」


ここからはひたすらトライアンドエラーを繰り返す予定だし、いくら魔力消費の少ない魔法とはいえ、何十回、何百回となれば、消費する魔力もバカには出来ない。

出来れば炉も感圧式にしたいが、それは後からでも魔石陣を変更出来るように、取り外し可能にしておけば問題無いはずだ。


まずは、魔石を溶かす際にニルが使っていた初級火魔法のファイアの魔法陣の割型を作り出し、小魔石をニルに溶かしてもらい、魔石陣を作っていく。


結論から言ってしまえば、この日に使える魔石陣が完成する事はなかった。

作ってみるとよりハッキリ分かるが、生活魔法とは比較にならない程に初級魔法の魔石陣を作るのは難しい。

内容が複雑になった分、魔石陣の大きさ自体は更に小さく作らねばならず、直径約三センチの魔石陣となる。中魔石か大魔石を使うか、もしくは小魔石を二つ溶かせばもっと大きな魔石陣を描けるが……そんな勿体ない事出来ない!俺の努力次第で何とかなるのなら、頑張る!

という事で、何とかギリギリ描けていたが、数回試した程度では上手く発動するはずもなく、その日は断念した。

しかし、一度ヒートの魔具を作っている分、何となく魔力の流れをイメージ出来るようになったのか、後数回やればそれなりの物が作れると思う。


こうして夜はけていった。


ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー



翌日。ダンジョン進行四日目。


「よし。それじゃあ今日も一日頑張って行くか!」


「はい!」

「やるでごさるよー!」

『僕もー!』


俺達は早速、上級階層を攻略しに動き始めた。


昨日の第六十階層から第六十五階層までの事を考え、かなり朝早くから攻略を開始。今日中に第八十階層まで進みたい。出来ることなら、更に五階層分は進んでおきたいところだ。今日が終われば残り三日。最後に残っているボスラッシュに備えて時間はあるだけあった方が良い。


ズズズッ……


第六十六階層。


気合いを入れて、扉を開いたが、そこにモンスターの姿は無かった。


「何も居ませんね…」


「これは…またしてもトラップ部屋か…」


床面は普通の石材だが…天井に長さ一メートルサイズの棘がビッシリ隙間なく逆さに敷き詰められている。

落ちてくるのか、それともゆっくりずり落ちてくるのか…どちらにしても潰されてしまったら即死だろう。


「ご主人様。壁に何かあります。」


ニルが真横の壁に何かが彫られているのを発見する。


「何かの絵のようですが…」


俺も一緒になって見てみるが、確かに絵のような物が描かれている。


絵の内容を言葉にすると、四角形の中に五つの点がバラバラに配置されている。それだけだ。


ズズズズズズッ


突然、天井が下に向かって動き始めた。結構速い。


「て、天井が下がってきたでござるよ?!」


「謎解き型のトラップ部屋か…」


「どうするでござるか?!どうすれば良いでござるか?!」


「死にたくなければ少し静かにして下さい!」


ニルの言葉に両手で口を抑えるゴンゾー。ラトは最初から喋っていない。


「………」


ズズズズズズッ


他のヒントが無いか、部屋の中をよく見てみるが、特に無さそうだ。


「…………四角形と点…」


ズズズズズズッ


これ見よがしに設置されている絵がヒントというのは明らか。そして、四角形というのは恐らくこの部屋の事。

それ以外に四角形の物は無い。その中にある点はその位置に何かしろという事なのか…?だが、マス目も切られていないし、正確な位置など分からない。


となれば…


俺はずり落ちてきている天井に目を移す。全員釣られて上を見上げる。


四角形の中に点……


「そういう事か。」


天井の棘はビッシリと隙間無く揃っているが、五箇所。棘が一本抜け落ちたように無くなっている場所がある。

丁度絵に書かれている点の部分に一致するだろう。


「どういう事でござるか?!」


「天井の棘が無い部分がある。」


「た、確かにそうでござるな!あの位置に立っておけば大丈夫という事でござるか?!」


「いや…」


確かに一本無い部分があるが、その空間はどう見ても人一人が入れるサイズではない。小さくなったニルならあるいは可能かもしれないが、ラトなんか百パーセント無理だ。

それに、このダンジョンをクリアした連中は全部で三十人。ボスラッシュで殺られた者の事を考えると、ここをクリア出来た人数は更に多かったはずだ。という事は、全員が通れる方法があるはず。


「……恐らく……ニル!ゴンゾー!ストーンピラーで棘の無い部分を支えるぞ!」


「はい!分かりました!」


ストーンピラーは円柱状の石の柱を作り出す初級土魔法だ。エルフの街、ヒョルミナで地下から天井を壊したアッパーピラーの下位互換の魔法で、あの時地面から突き出してきた石柱よりもずっと細く、数も一本。戦闘で使える魔法では無いため、建築等に使われている。


俺とニル、そして、ゴンゾーが棘の無い部分を目指して部屋の中を走り、ストーンピラーを立てる。


高さは五メートル。


もし俺の見立てが間違っていた場合、次の手を考えるには時間が足らない。


「正解であってくれよ…」


ズズズズズズッ


天井がゆっくりと降りて来て、ストーンピラーの頂点と接触する。天板に当たっているため、そこから伸びている棘の先端は、俺達から見たら床面から四メートルの位置にある。身長を考えると、俺の目線から棘の先端までは大体二メートル強。

棘がデカい分かなり近く感じる。ラトからしてみたら更に近いだろう。さすがに伏せしている。


ズズズズズズ…………


ストーンピラーが天井からの圧力を受けると、天井の動きが止まる。


カチャン…


奥に続く扉の鍵が開く音が聞こえてくる。


「…………はぁぁぁぁーーーー!助かったでござるーー!!」


「正解だったな…」


寿命じゅみょうが縮まりましたね……」


『棘が近いよー!』


「さ、さっさと次に行くでござるよ!」


頼り無いストーンピラーの魔法を見て、ゴンゾーが次の扉に走り出す。俺達も今にも壊れそうなストーンピラーを見てから、次の部屋に走り出した。


第六十七階層。


「またトラップ部屋か…」


部屋に入ってもモンスターが居ない。


ジャキンッ!ジャキンッ!


そして、身の毛のよだつ金属音が響いている。


音の主は部屋を左右に高速で通っていく特大の刃。床面に切れ込みが横一直線に入っていて、そこを通っているようだ。

刃が何の金属で出来ているか分からないが、高難度ダンジョン。簡単に止めたり壊したり出来る物では無いだろう。それにもし、壊そうとして失敗したら…俺達の体なんて簡単に真っ二つに出来るだろう。

その刃が、数十センチ間隔で左右に走っていて、一つの刃が通ってから次に通るまでは約二秒の間がある。

それぞれの刃は別々のタイミングで走っているため、走って止まって、また走ってを繰り返して向こうの扉まで辿り着け…という事だろう。


「こ、こんなの拙者には無理でござるよ?!」


見たところ、数メートルに一回、同時に五枚の刃が通っていて、そこで止まれば二秒の猶予ゆうよが生まれる。そして、タイミングを見て、次が来る前に、また五枚の刃が通る場所まで走る。という事だ。

奥に続く扉までは六十メートル程。その間に止まらなければならない場所は二十箇所近くある。走りながら、次に止まる場所を確認するのも可能かもしれないが…先に覚えておく方が良い。が、こんなの覚えておくのは無理だ。走って行くのに、今自分が手前から数えて何本目の刃の位置にいるのかなんて分からない。


そうなると、方法としては目印を床に付着させる。これしか方法は無いだろう。


止まらなければならない場所に、風魔法で正確に、色の出る実を放ち、印を付けておく。

これで止まる位置は見ただけで分かる。

次はそこに留まる時間だが…これは前を見ながら走っていれば普通に分かるはずだ。

かなり凶悪な仕掛けだが、タイミングが掴めない程に鬼畜仕様ではない。


「ほ、本当に大丈夫でござろうか…?」


「ならここで待ってるか?」


「そ、それは嫌でござるが…」


『僕が全員乗せて向こうまで行ければ良かったんだけどねー。』


ラトはお得意の雷魔法を使った超速で向こうまで行けてしまうらしい。羨ましい限りだ…

残念ながら、あのスピードのラトに乗ったら、色々とヤバい。慣性かんせいの法則とか、空気抵抗とか、多分向こうに辿り着いた時、生きていたとしても鼓膜は破れ、全身の骨がバキボキになっているだろう。


「やるしか無いのですから、腹をくくって下さい。」


ニルが俺から変な言葉を覚えてしまったなぁ…

これからは言葉遣いにも気を付けよー…


「先に俺が行って、その次はゴンゾー。最後にニルだ。俺とニルで指示を出すからよく聞いて渡れば大丈夫だ。」


「わ、分かったでござる!腹を括ったでござる!」


むんっ!と気合いを入れた毛むくじゃらの男を見てから、まずは俺の番。


ジャキンッ!ジャキンッ!


いざやるとなると超怖い…


やるしかないか……ええい!ままよ!


目の前を刃が通り過ぎた瞬間に走り出し、まずは、一つ目の印に辿り着く。


ジャキンッ!


止まったタイミングで目の前の刃が通り過ぎ、その直ぐ後に走り出す。

これを繰り返し、冷や汗の出る金属音を耳にしながら反対側に到着した。


「い、生きた心地がしなかったな……」


ひたいにじむ汗を拭い、後ろを振り返ると、ニルは微笑を、ゴンゾーは緊張で死にそうな表情をしている。

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