第118話 魔具制作

ニルも淹れた紅茶を飲んで、ふぅと息を小さく吐いている。やっぱり疲れていたのだろう。

因みに、ラトは匂いが独特過ぎて紅茶はお気に召さず、魔法で作り出した水をぺろぺろ飲んでいる。


「一気にここまで来たからな…しっかりと休んで、完全回復したら、明日また先に進もう。」


「そうですね。」


「夕食にするにはまだ早いし、暫くまったりしてから、飯にしよう。」


「分かりました。」


長い休息を取る事になったところで、俺は予定していた魔具の製作に着手する。


「それにしても……魔石本当に大量にあるなー…」


インベントリを見て魔石の確認を行っていたが、その量に正直自分でも驚いている。


インベントリの中に収納されている魔石は、大きさと色別に分けられている。

Aランクのモンスターから手に入る魔石は基本的には小か中に分類されている。モンスターのランクが上がれば、それと共に魔石の大きさは大きくなっていく。

色で分けられているのは、対応した属性が決まっているかららしい。例えば赤なら火魔法。水色なら水魔法…と言ったように、魔法陣が完成した時に放つ光の色と同じ色の魔石を使うとより効率的に魔力を変換してくれるとの事だ。


今回使おうとしているのは、赤色の小魔石。

小指の先程の赤い石で、見た目はルビーというよりは、もっと薄い赤色。薄めのレッドスピネルに近い色合いだろうか。


「こうして改めて見ると、魔石ってとても綺麗なんですね。」


ニルが魔石を取り出したのを見て、隣に座り、覗き込んでくる。


「そうだな。モンスターから取り出す時は基本的に血みどろだから、あまり綺麗なイメージは無いけどな。」


「加工してみますか?」


「そうだな。早速やってみるか。」


魔石の加工手順は全部で四つ。

最初にやる事は、どんな魔法にするのかを決め、その魔法が発現する為の魔法陣を型に彫る。型は別になんでもいいが、熱に強い石材が好ましい。

この時に、どんな形であれ、その魔法が発動する魔法陣の形を作り出す事が必要となる。

例えば、水を出すだけの生活水魔法の魔法陣。これは、円を書いて、その中に縦波線を三本書く、という単純な物だが、この魔法陣の波線を一本減らすとどうなるのか。結論から言えば、魔法が発動せずに魔法陣が消えていく。

では、一本の波線を僅かに短くしたらどうだろうか?すると、水は出るが少し量が減るのだ。だからこそ、魔法陣は正確に書けることが魔法使いには求められるわけだが、多少崩しても、威力は若干劣るが、魔法は発動するという所に目を付けたのが魔具なのだ。

魔石とは終始魔力を出し入れしている入れ物であるため、魔法陣の形に変えることが出来れば、常に魔法陣を描いているのと同じ状態を作り出すことが出来て、常に発動する魔法を作る事が出来る。時と場合によってはその方が便利という事で魔具が作られたらしい。


ならば正確に魔法陣の形に作れば普通の魔法にも劣らない魔具が出来るのでは?と思うかもしれないが、それは無理なのだ。魔石は、常に魔力を出し入れしていて、魔石で形を正確に作っても、僅かな魔力の揺らぎが出来てしまう。それが魔法陣を僅かに違う形で完成させることに繋がり、結果として若干劣る魔法として発現してしまう。こればかりはドワーフの技術力を持ってしても、残念ながらクリア出来ない問題との事だ。

魔法陣の事は全くと言っていいほど解明されていないが、ものによっては形を大きく崩しても大丈夫な物もあるらしく、そういうものは変な形の魔具にも使えるらしい。魔具制作の応用編だ。


二つ目の工程、魔石の融解ゆうかいはただ火魔法で熱すれば良いだけの話だから、それ程難しくはないが、魔石というのはどれだけ熱してもほとんど流動りゅうどうしない。つまり、彫った型に流し込んでも、サーッと型の通りには流れ込んでいかないのだ。そうなると、型の通りに自分でゆっくり流し込んでいく必要がある。イメージ的には、飴細工あめざいくが一番近いだろう。


しかし、そうなると……前に話していた、魔力循環、入口と出口、変換点につながるのだが…魔石で魔法陣を作る際、必ず出発点と終点など、接合点が出来てしまう。この時、先に流し込んだ魔石の方が、必ず冷えてしまっているため、接合点に僅かな欠陥けっかんが発生してしまう。これが、魔力を魔法へと変換する為に重要な変換点や、魔力循環を阻害する点、魔力の出入口だった場合、どれだけ綺麗な魔法陣を作っても、魔法が発動する事は無いのだ。

その魔法陣にとって重要な点は、魔法陣によって異なる為、ひたすらトライアンドエラーを繰り返す…という事に繋がるわけだ。残念ながら、その情報はドワーフの秘伝であるため、そこまでは教えてくれなかった。自分で探せという事だ。


ここまで説明すれば、工程の三つ目と四つ目は分かると思うが、三つ目が形成。そして四つ目が冷却だ。


四つ目の冷却も、ゆっくり冷やさなければ、バキバキッと割れてしまう為、なかなか難しい。

加えて、一度融解した魔石はもう一度融解させようとすると、魔石の組織が変化して魔力の出し入れが出来なくなるため、魔石としては使えなくなる。そのため、一度で成功させる必要がある。成功しなければ、ただのゴミとなるわけだ。

と、まあこのように、ザ・職人の世界!というようなもので、とても難しいのだ。


因みに、魔法の威力やサイズは、魔法陣を描く大きさには依存しない為、どれだけ小さな魔法陣を魔石で作っても、上手く作る事が出来れば、成功する。


俺とニルが使っていた耳に付ける風マスクの魔具も、米粒サイズの魔法陣が埋め込まれているらしい…完全に中に内包された状態で固められているため、その内容は見えない。


風マスクの話から付け加えると、魔石が見える様に作られているのは、これが魔具ですよ。と分かるようにする為と、感圧の為らしい。感圧の機構は、トントンと叩くと使えるようにする為のもので、二回の衝撃で魔力を流すように出来る魔法陣がある…らしい。トラップ型の魔法の応用だと思うが…これも教えてくれなかった。


教えてくれなかった事が多いと感じるかもしれないが、それを教えてしまってはいけないとドワーフ全体で決めた事。つまり、危険なものと判断したのだ。

俺がそれについて調べる事自体は止められなかったし、知ったとしても、口外こうがいしなければ問題にはならないだろう。


普通の魔法でさえ魔具に出来ないのに、そんな高等テクニックが使えるはずがない。まずは、何でもいいから、魔具として機能する物を作ってみることからだ。


小指の先程で作れる魔法陣となると、かなり小さいものになる。魔力の行き来を考えて魔法陣の線の太さを考えると、魔法陣の大きさは五センチ程度が限界だろう。かなり細かい作業になるが、魔法陣自体がそれ程複雑ではない為、まだ楽な方だ。それに、元々こういう事は嫌いではないし、やっていて楽しい。


「どんな魔法を元にするのですか?」


「生活火魔法、ヒートを元にしようと思っている。」


「ヒートは温める魔法ですよね?」


「正確には暖かい空気を作り出す魔法だ。」


条件で発動させる魔具は難しいため、常に魔法を発動させ続ける物から作ってみる。その第一号はホッカイロ。別に寒くないが、いつか役に立つかもしれないし、最初は危険の無いものから作りたい。


「ニルはこの魔石を火魔法で熱してもらえるか?」


「分かりました!」


モンスターから取り出したままの魔石は、割と簡単に溶ける。ある程度火力のある火魔法で十分程熱すると溶ける。その後一度固まると、熱に強くなり、衝撃にも強くなる。

溶けるとは言ったが、普通の火では溶けず、火魔法でしか溶けないという特性を持っていて、ドワーフの使う炉は基本的に魔具である。毎回溶かす度に自分で魔力を使って溶かすのは疲れるし、魔力の少ない人には無理ということになってしまうからだ。

最近ではニルも魔力が上がってきたし、ここまで来た後でも、魔石を溶かすくらいならば、大丈夫だろう。


「ここをこうして……よし。」


「こちらも準備出来ていますよ。」


「お、ありがとう。助かるよ。」


魔法陣を彫るのはそれ程難しくはない。魔石が溶ける頃には型は完成していた。


ニルが取っ手の付いた小さな金属製の入れ物の中で溶かしてくれた魔石を見ると、結晶が崩れ、溶けた飴状あめじょうになっている。


「これでよろしかったでしょうか?」


不安そうに見てくるが、完璧だ。


「完璧だよ。ありがとう。」


「はい!」


満面の笑みを見せてくれるニル。役に立てて嬉しいらしい。尻尾が見えていればブンブンと振っていそうだ。


「さてと…問題はここからだな……」


急冷きゅうれいされないように、ある程度型を熱する。

その後、皮の手袋をしてから、溶けた魔石の入っている容器の取っ手を握り、ゆっくりと型の形に流し込んでいく。

何度かやっているため、そこそこコツは掴めてきた。


「重要なのは、焦らないこと……ゆっくり……ゆっくり。」


独り言をブツブツ言いながら、型の凹みに赤く粘っこい溶けた魔石を流し入れていく。


魔法陣は小さいし簡単なもの。流し込む作業は数分で終わる。

既に何度も失敗しているし、そろそろ成功させたいが…


「…んー……ダメだな。」


冷え固まった魔石を型から慎重に外したが、うんともすんとも言わない。


「何がいけないかなんて分からないからなぁ…」


「ご主人様にも分からない事があるのですね…」


ニルは俺をなんだと思っているんだ…?


「もう一度やってみるか……次はここから始めて…」


それから二度失敗し、三度目の事だった。

少しだけ型への注ぎ順を変え、注ぎ終わったところ…


「よーし。これで固まったら……ん?」


よく見ると、溶けた魔石が僅かに光っているように見える。


「光っていますよね?!」


「ああ!光ってるな!」


『出来たの?!』


「そうだと嬉しいな!」


ちょっとワクワクして待っていると、魔石が冷え固まる。やはり少し光っている。


「おお……お?……おお!!」


冷え固まった魔石に手をかざすと、温かい。

どうやら成功したようだ。


「暖かいぞ!」


一応鑑定魔法で確認してみると…


魔石陣ませきじん…魔石で作られた魔法陣。ヒートの魔法が発動している。】


魔石で作られた魔法陣を魔石陣と呼ぶのか…それに、発動している魔法の説明も書かれているし、間違いない。成功だ!


「わ、私もよろしいですか?!」


ニルも目をキラキラさせて聞いてくる。手を退けて頷くと、ニルも手を翳す。


「わぁー!暖かいです!凄いですご主人様!」


凄いのは俺じゃなくて魔石だが…苦労もあったし、素直に嬉しい。


『ほんとだー!』


ラトも鼻を近付けてクンクンやると、その暖かさを感じ取れたらしい。


「これでやっと一つ…しかもヒートか…」


魔石は売って金にして魔具を買った方が効率的か…?いや、魔具は高いし、多少魔石を売ったところで、買える値段ではない。それに、効果の高いものや便利な物はもっと高い。自分で試しながら作った方が随分安く済むだろう。

それに、日本の知識があれば、ドワーフが作っていない魔具だって作れてしまうかもしれない。


「効果はショボイけど、始めて作ったものは、やっぱり嬉しいな。」


型から外した魔法陣形に加工された魔石を見ながら成功を噛み締める。


ドワーフ達は、ここから更にトライアンドエラーを繰り返し、より効率的に魔具が発動するを探していくのだ。生活魔法如きの魔法陣でこれだけの魔石を消費し、これだけの手間が掛かる……そりゃ魔具が高いわけだ。


「出来たこれをどうするかだよな…」


魔石が冷え固まると、熱に強く、硬くなるが、飴細工のような線の集合体。変に折れ曲がる様な物に取り付けた場合、バキバキになってしまう。


「通常は、何かに埋め込んでありますよね?」


魔石で作られた魔法陣は、溶かした金属の中に入れ、固められている事がほとんど。壊れないようにという事と、技術を盗まれない為の措置そちだろう。


「そうだな。それが一番良いだろうな。」


右にならえ。ドワーフがこの形が一番良いと考えたのだし、それで間違いが起きていないとすれば、金属の中に入れて固めてしまうのが一番だろう。


「金属と言っても沢山あるからな…」


この世界では、金属鎧やアクセサリーがある為、金属加工が行われている事は直ぐに分かると思うが、加工されている金属だけで言っても、元の世界よりも多くの金属が存在している。

元の世界にあった、鉄、金、銀、銅はもちろん、加工はされていないが、ニッケルやらアルミニウムやらもある。

他にも、こちらの世界にしか無い金属もあり、例えばミスリルやオリハルコンがその最も良い例だ。

異世界二大金属とも言える有名な金属だが、残念ながらこの世界では、どちらの金属も超希少で超高価。それで作られた物など簡単には手に入らない。

噂ではSSランクの冒険者がミスリル製の剣を持っていたとか、聞いた事もあるが、本当に一握りの超幸運な人だけが得られる物なのだ。


因みに、ミスリルとオリハルコンで比較すると、ミスリルの方が希少価値は低い。性能としては、軽く、硬く、他の金属と比べると耐久値が高い。しかし、他の武器と同様で、破損し修復不可能になる。つまり、消耗品の域はだっしない。

これに対し、オリハルコンは、軽くはないが、硬く、耐久値が超高い。一生掛けて使い続けても壊れない程の耐久値を持っている。

これは眉唾まゆつばだが、それよりさらにレアリティの高い金属となると、耐久値が存在しない物も有るとか無いとか…

超リアルRPGとされていたこの世界に、そんな夢の様な武器や防具があれば、誰でも欲しい。何故って…無双確定コースだから。故に、渡人プレイヤー達はこぞってダンジョンに潜ったのだ。

だが、そんな破格な性能の武器や防具は今のところ発見されていない…と思う。少なくとも俺は知らない。


最高難度のダンジョンクリアは、ほとんどのプレイヤーが体験していなかったはずだから、もしかしたらどこかの最高難度ダンジョンで手に入るかもしれないが…今となっては、最高難度のダンジョンに入るのは、なかなかに勇気が必要な行動となってしまった。


話はれてしまったが、そんな多種多様な金属がある中、どの金属を使うかは用途によって変わってくる。

インベントリを開くと、素材として保管されている金属や鉱石等がもっさり入っている。


そんな物が何故?と思うかもしれないが、これは単純に俺の癖だ。


鉱石や金属というのは、割と色々なところで手に入る。

モンスターの素材だったり、適当に入った洞窟内だったり、ダンジョン報酬でどっさり…なんて事もあった。

他のものならば違ったかもしれないが、こういう鉱石や金属資源は、使いもしないのに、いつか使うかも……と延々と収集してしまう癖が俺にはあった。

その為、ひたすら溜まっていき、大変な量になってしまったのだ。

きっと、マインク〇フトのせいだ。間違いない。いや、今は有難いから、せいだ、ではなく、お陰だ、だな。


兎にも角にも、金属には困らない。種類も量も豊富。

ミスリルやオリハルコンも量は少ないが、一応インベントリ内にインゴットで入っている。確か高難度ダンジョンの報酬だったはず…


「ミスリルやオリハルコンを使うのはさすがに勿体ないな…」


「ミスリルやオリハルコンが入っているのですか?!」


ニルの目玉が飛び出しそうな程の驚き顔を見れば、どれだけ希少価値が高いものか分かるだろう。


「一応な……そんな事より。」


「そんな事ですか?!オリハルコンをそんな事扱いですか?!

ご主人様は……本当にご主人様は……」


呆れているのか、ガッカリされているのか…なんか複雑そうな顔をしている。


入っていても使っていないのだから入っていないのと同じだよ。なんて言ったら溜息吐かれそうだからやめておこう。


「そ、それは置いといて。まずは何に使うかを決めてから、金属を決めた方が良いな。」


話を逸らすと、話を逸らしましたね?とニルに目で言われ、苦笑いすると…


「………分かりました。そうしましょう。」


納得…してくれた…のか?そういう事にしておこう。うん。

そっとラトを見ると、金属の話には興味が無いのか、欠伸をして腕の上に顎を乗せて目を瞑っている。


「使うとしたら…手袋や靴下的な物が良いかな?」


「そうですね…手袋が良いかと思います。」


サイズや熱量から、手袋型にする事は直ぐに決まった。


「そうなると、軽い金属の方が良いよな。」


「そうですね…後は衝撃にも強い方が良いかと。」


「手だからな…戦闘になる事も考えれば、火や水にも強い方が良いか…取り付けるとしたら、手の甲の部分が良さそうだな。」


インベントリの金属類を見ながら考えていく。

一応、一般に出回っている金属ならば、鑑定魔法でほとんどの事が分かる。中には、希少な金属。としか書いていない物もあるが、その辺は少しずつ調べていこう。

今回は、鑑定魔法でしっかりと情報の乗っている物から使ってみよう。


「これだな。」


俺が取り出したのは、この世界ならではの金属で、一般的に用いられる金属のインゴット。


【ライティウム…一般的な金属。軽い事が特徴で、そこそこ丈夫。さびにも強い。融点は八百度。】


説明を見ると、アルミニウムと銅の合金、ジュラルミンに近いのかな?

こういう金属が単体であるから、あまり合金という技術が発達していないのかもしれない。


見た目は銀色の金属光沢こうたく。どう見ても金属にしか見えない物だ。


「これを一部溶かして、魔石陣を入れて薄い板状に固めて、手袋の甲に取り付けようか。」


「分かりました!」


俺とニルは、まず、手の甲に取り付けた時に、違和感が無くなるように僅かに沿った板状になるよう型を作る。

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