第81話 剣意

アロリアさん達と大陸を南西に向かって歩き始めてから五日が過ぎた。スレバヤまでは山を超えなければならず、まだ数日掛かるらしいが、少しずつ海から離れ、村が少なくなってきた。景色も、高低差の無い草原から、高低差が激しく緑の多い山道になっている。

それと同時にモンスターが現れる様になり、危険度は上がってきている。


こんな所で放置されても、生きて街に辿り着けない事くらいはナイサールでも分かるらしく、ここ二日くらいはかなり大人しい。因みに、従者の二人は、最初から超従順だ。ほとんど何も言わなくても、自分達が邪魔にならないように最善を尽くしている。


「バート。大丈夫か?」


「おいらこれくらい平気だよ!母ちゃんとの旅で慣れてるからね!」


後ろを歩くバートは笑顔でそう言っているが、玉のような汗を額から流している。山歩きは子供にとって随分と厳しいだろう。


「ご主人様。正面にモンスターがいます。避けては通れそうにありません。」


先頭を歩くニルが、止まって声を掛けてくる。


正面の細い道にフォレストキャタピラーが三体。

一メートル程の大きな芋虫で、全身が茶色。植物も、動物の体液も食すモンスターで、畑を荒らす害虫、ならぬ害モンスターだ。

芋虫独特のグネグネとした動きはそれ程速くなく、ランクはC。特殊な能力も無く、攻撃方法は単純に噛み付いてくるくらいだ。


「……ニルはここで待機。

俺が二匹。残りの一匹をアロリアさんとバートで倒すぞ。」


「「は、はい!」」


実は、山道に入ってから、ホーンラビットやスライムの様なDランクのモンスターは、既にアロリアとバートが何度か討伐している。しかし、Dランクのモンスターならば、剣術を教えなくても倒せるランクのモンスターだ。

剣を習い、行商の旅での安全確保や、危険から身を守るという意図ならば、Cランクのモンスターを倒せる実力が欲しいところだ。


今回、二人は初めてCランクのモンスターと戦うことになる。


「フォレストキャタピラーは、動きが遅い。しっかりと見ていれば、誰でも避けられる。

足元をしっかりと確認して、慌てず二人で掛かれば確実に倒せる。良いな?」


「「はい!」」


「よし。それじゃあ右のを頼む。真ん中と左は俺が倒す。……行くぞ!」


俺は薄明刀を腰から引き抜き、一番近くに居る中央のフォレストキャタピラーに斬り掛かる。

両手で刀の柄を持ち、大きく踏み込んでからの垂直の切り下げ。剣技、霹靂だ。


ザンッ!!


首元を狙った一撃が綺麗に入る。

フォレストキャタピラーは、斬ったり突いたりすると、体液が飛び出してくるのだが、全くそれが無い。


ズルッ…ドチャッ…


頭部がずり落ち、地面に倒れると、ドボドボと体液が外に流れ出していく。


左にいたフォレストキャタピラーが気が付いてこちらを向く。その間にアロリアさんとバートが右に居たフォレストキャタピラーを挟み込む様に位置取る。


「もう一丁!!」


ザンッ!!


左のフォレストキャタピラーの横に回り込み、同じ様に薄明刀を振り下ろすと、先のフォレストキャタピラーと、寸分違わぬ位置が切り離され、全く同じ最期を迎える。


アロリアさんとバートは慎重にフォレストキャタピラーの動きを見ている。


二人とも僅かな緊張はあれど、焦りは無さそうだ。


ガンッ!


フォレストキャタピラーが頭を持ち上げて、噛み付こうとするが、アロリアさんが軽快に避ける。


最初見た時は随分と痩せ細り、力の欠片もなかったが、今では筋肉が少し付いている。

バートも痩せていたが、そもそもが活発な男の子。最近は食事も摂れているし、より軽快に動ける様になっている。


「母ちゃんはおいらが守る!!」


ザクッ!ブジャッ!


バートがアロリアさんを攻撃したフォレストキャタピラーを反対側から短剣で突く。


刃は根元まで一度刺さり、引き抜かれると体液が飛び出してくる。

だが、既に体液が掛からないよう横へ避けている。賢い子だ。


「こっちよ!」


ザシュッ!


バートの攻撃に反応したフォレストキャタピラーを、次はアロリアさんが斬りつける。


ドバドバと切り傷から体液を流すフォレストキャタピラー。動きが遅いため、二人相手は流石に厳しいらしい。


結局、二人は危なげも無く、フォレストキャタピラーを討伐し終えた。自分達の出来ること、出来ないことをしっかりと把握している動きだ。無茶をせず、慎重に動けている。


「バート。大丈夫?」


「全然平気だよ!母ちゃんこそ大丈夫?」


「私は大丈夫よ。」


力を過信せず、戦闘が終われば、直ぐに戦闘後の確認も怠っていない。


「二人ともよくやったな。」


「シンヤさん!おいらやったよ!」


「見てたぞ。二人とも教えた事をちゃんと守れていたな。」


「うん!でも…シンヤさんみたいにズバッとは出来なかった。」


「子供の体と短剣で、しかもこれだけの短い期間で俺と同じ様に敵を斬られたら、俺の立つ瀬が無いだろう。」


「シンヤさんの言う通りよ。そんな生意気なまいき言ってはダメよ。」


「はーい。ごめんなさい。これ、返すね!」


バートとアロリアさんが俺に剣を渡そうと差し出す。


「いや。これからそれは二人が使ってくれ。自分達で管理するんだ。

俺からの餞別せんべつだ。」


「……えっ?!良いの?!」


「ダメです!剣術を教えて頂いた上に剣まで頂くなんて!」


「餞別だって言ったろ。それに、その剣を持っていても俺は使わないからな。」


ポンポンと薄明刀を叩く。俺が使うのは刀。直剣を持っていても今は使わない。それに、駆け出しの冒険者が使う物より少し良いというだけの剣だ。俺が全力で振ったりしたらポッキリいってしまう。


「ただし、一つだけ約束して欲しい。」


「約束…ですか?」


「俺が父から剣技と一緒に教わったものがあってな。

父はそれを剣意けんいと呼んでいた。」


「剣意…」


「簡単に言えば、剣を振る意味。その剣を振る理由だな。」


「剣を振る理由…?」


「シンヤさんの剣意は何なの?」


「俺は…ニルや、俺達に色々託してくれた人達がいる。そんな人達を守る為に、剣を振る。随分と遠回りしたが、行き着いたのはそこだったよ。

二人にも、剣を振る理由、剣意をちゃんと決めて欲しい。そして、その剣意から外れる様な剣は絶対に振らないと約束して欲しいんだ。

最初にアロリアさんがバートに付けた条件と同じ事さ。得た力を悪用しないようにって事だな。」


二人の答えは最初から分かっている。でも、敢えて、それを剣意として口にすることで、自分が何のために剣を習ったのか、自分が何のために剣を振っているのか。それを明確に考える事が出来る。ふわっとしたままだと、自分が、自分で定めた道から外れた時も、気付かずそのまま進んでしまう。

全て父からの受け売り、自分で言っていて耳が痛くなってくるが…言わなければならない事だろう。


「んー…おいらは母ちゃんを守る為に。それは変わらないよ?」


「私はバートと自分を守る為に。それが私の剣意です。」


「それをしっかりと覚えておいてくれ。特にバート。」


「おいら?」


「バートは、アロリアさんを守る力が剣だけだと思っているみたいだが、もっとだってあるんだぞ。」


「違う力…?」


「このまま剣術を磨いても、そのを見つけても良い。あまり剣術に固執こしつしないようにな。バートの本来の目的はアロリアさんを守る事なんだ。アロリアさんを守れるならば、その方法は剣じゃなくても良いはずだ。」


「…うん。考えてみる。」


偉そうに言っておきながら、俺は剣でしか解決できない脳筋野郎なのだが…賢いバートなら違う解決策を見つけてくれるだろう。


二人はその時初めて、帯剣した。

俺とニルが教えたのは、泥臭い冒険者の戦い方と、剣術における基礎の基礎。本気でやっている人からすれば、剣術を少しかじった程度だろう。それでも、払える火の粉はずっと増えたはずだ。

俺達が二人の為に出来るのは。ここまでだ。


アロリアさんとバートは、それから何度もCランクのモンスター相手に善戦を繰り返した。二人は魔力が少なく、魔法は戦闘に使えないが、その分周囲の使える物を全て使うという冒険者の戦い方と相性が良かった。周りの環境、落ちているもの、何でも使う。

山を越える頃には、Cランクのモンスターを危なげも無く倒せる程になっていた。


「見えてきました!あれがスレバヤです!」


アロリアさんが山間やまあいから見える街に、人差し指を向ける。


四方を緑の山々に囲まれた街で、アロリアさんが言っていた様に、総面積はテーベンハーグの三分の一程度。小さくは無いが大きくもない街。


今日中は難しいが、明日が終わるまでには辿り着けるだろう。


「目的地が見えてくると足が軽くなった気がするな。」


「今日中にあの岩場まで行きましょう!」


山道のずっと先に、緑が切れて、岩場が見えている。今日中の目的地としては悪くない距離だ。


「よーし。足取りは軽くなっても、焦らず行くぞー。油断禁物。」


「はーい!」


延々と続く険しい山道で、バートの口数が減ってきていたが、明確な目的地が出来て、その足取りも軽くなった。


ナイサールは…ニルの激しい連行のせいで最早従順な豚野郎になっている。だが、神聖騎士団の事を聞いても、一切返答はしない。こいつがここまでするという事は、喋れば死ぬという事なのだろうか…?あの死の契約とか言う魔法を掛けられている可能性もある。この豚野郎をどうするかはプリトヒュに任せた方が良さそうだ。


日没にちぼつ前に岩場に到着し、野営の準備を整える。

岩によって草木は生えておらず、他より少し高くなっているため、何か近寄って来たらすぐに分かるだろう。

夕食も終えて焚き火の前で紅茶をすすっていると、ふと今後のことが気になった。


「スレバヤに着いたら、アロリアさん達はどうするんだ?」


「そうですね…行商を再開したいところですが、品も馬車も流されてしまいましたから…」


「そういえばそうだったな。」


行商人は、村や町を渡り、あきないをする人達なので、家を持たず、ほとんどの財産は常に持ち歩いている。それが

全て無くなった今の二人にとって、これから先の事は不安でしかないだろう。


「簡単な仕事でもして、お金が貯まったら馬車を買って、また行商の再開…といった感じでしょうか。」


簡単な仕事なんて言っているが、よそ者の彼女たちが出来る仕事なんてのにはろくなものが無い。基本的に人が嫌がるような、汚れ仕事だ。それで金を貯めて、馬車を買うとなれば、何年掛かるか分からない。


「……これを持っていくと良い。」


俺はインベントリから馬車と品を買い付けられるくらいの金をアロリアさんに渡す。


「いえいえいえいえいえ!それは頂けません!ダメです!」


どこかで一周回るんじゃないかと思う程に首を横に振るアロリアさん。馬車と品を買い付けられる額ともなれば割と大きな額だ。彼女が受け取れないという気持ちも分からなくはない。だが、俺にとっては大したダメージの無い額。それに、商業ギルドに行けば、色々と契約している商品の金が入る。渡した金より多額の金が…


「先行投資だと思ってくれ。アロリアさん達が沢山もうけたら、いつか何かで返してもらうよ。」


「…………本当にシンヤさんはどこまでお人好しなんですか…?

船で助けて頂けただけでも返しきれない恩を頂いているのに…ここまでされてしまっては、一生でも返しきれませんよ…」


「別にお人好しじゃないぞ。二人が成功したら利子りし付けて返してもらうからな!」


行商人と、旅をする冒険者がもう一度どこかで出会う可能性はほとんどゼロだ。アロリアさん達がどこで行商人をするのかさえ決まっていない現状であれば尚更だろう。

それが分かっていて金を渡す。それは暗に返さなくて良いと言っているのと同じこと。


今回俺が自分の剣意を定められたのは、ニルのお陰だ。でも、そこにはこの二人の互いを絶対に守るという変わらない気持ちがあったことも、関わっていると思っている。その礼がしたかった。


「受け取ってくれ。」


「………必ずお返しします。私とバートで必ず。」


「楽しみにしているよ。」


彼女達ならば、きっと成功するだろう。

眠るバートの頭を撫でるアロリアさんを見て、俺は確信に近い何かを感じていた。


パキッ…


焚き火で木が爆ぜる音に混じって、少し離れた所から音が聞こえてくる。枝を折ったような音だ。

アロリアさん達は気が付いていないが、ニルは気が付いたらしい。


ニルにここを頼むと目配せすると、腰の小太刀に手を掛ける。


この辺りは夜行性のモンスターも多く、野営するならば、見張りが絶対に必要な地域だ。見通しも良いし、簡単には近寄ってこないだろうが、絶対ではない。


席を立って、音のした方に近寄っていくと、暗闇の中で、木々の間に人影が見える。


薄明刀に手を伸ばそうとしたが、止める。

木々の間に見えた人影はその場で深々と頭を下げたからだ。


一応警戒はしながらも人影に近付いて行くと、やっと誰なのか分かった。

ナームの手下の一人だ。生きてくれていたらしい。


「無事だったのか。」


「なんとか…さすがにシンヤ様方の事は見失ってしまいましたが…」


「見失ったのに、よくここが分かったな?」


「手分けをして探し回っていたのです。焚き火が見えましたので、もしやと思い。」


「この一ヶ月ずっとか?!」


「シンヤ様が死んだとは思えませんでしたし、何があっても見付けろ、という指示を受けておりましたので。」


ナームの手下は全身に葉や草が付いていて、汚れだらけ。色々な場所をこの一ヶ月間ずっと走り回っていたのだろう。


「お互い無事で良かった。

そうだ。それより色々と伝えなきゃならない事とかあるんだ。それとプリトヒュの元まで連れて行って貰いたい奴が居る。」


「なんなりと。」


「伝えたい事はいくつかあるが、全てこの手紙に書いておいた。これをプリトヒュに渡してくれ。

ついでで悪いが、こっちは商業ギルドにいるヒュリナさんに頼む。」


「分かりました。」


手紙とヒュリナさんに渡す一式を渡す。


「それと、連れて行って貰いたいのは、ナイサールだ。あの豚貴族が見付かってな。捕縛してあるから、そのままプリトヒュの所へ連行してくれないか?ギルドに頼むつもりだったが、お前達の方が確実だろう。」


「信用して頂き恐悦至極きょうえつしごく。必ずや任務を完遂かんすいいたします。」


「頼む。それと、魔族の事は分かるか?」


「アマゾネスの皆様と、ホーロー様。それと信頼出来る少数の方々で、色々と探りを入れているみたいです。未だ核心までは辿り着けていないものの、やはり何やら怪しい動きが上層部の一部に見られるとの事です。調査は着実に進んでおります。」


「魔王の関与は?」


「恐らくは無いとの事です。シンヤ様にお会いしたら、引き続き書簡集めをして欲しいと伝えてくれ、との事です。」


「そうか…分かった。向こうの動きに遅れない様にしないとな。こっちも急いで動くとするよ。同盟の方はどうだ?」


「かなり進んでおります。」


「それは良かった。教えてくれてありがとう。」


「はっ。…あの……一つだけ伺ってもよろしいですか?」


「なんだ?」


「もしや、この先にあるスレバヤを目指しておられますか?」


「そのつもりだったが…何かあったのか?」


「……スレバヤは既に神聖騎士団の手に落ちております。近隣の村々も、ほとんどは…」


「くそっ!遅かったか…街の人達は?!」


「既に誰もおりません。逃げられた者も居たようですが…」


「…あのクズ共が…」


「我々が来た時には既に…」


「………」


「どうなされますか…?」


「……相談して決めたいんだが、良いか?」


「はい。」


ナームの手下を連れて、焚き火の近くまで行くと、バートは既にテントの中に移されていて、アロリアさんとニルが待ってくれていた。


「ニル。アロリアさん。」


「ご主人様。ご無事でしたか…?合流出来たのですね?!」


「偶然見付けてくれたらしくてな。本当に優秀な人達だな。っと、アロリアさんは知らなかったな。俺達の仲間をしてくれている人達だ。安心してくれ。」


「は、はい。」


裾がボロボロの黒いローブ姿で、見た目はかなり怪しい為、アロリアさんは少し警戒気味だ。


「まず、ナイサールは、この人達に連れて行ってもらう事にした。」


「大丈夫…なのですか?」


「アロリアさんの気持ちは分からなくはないけど、ギルドに渡すより確実だと思う。逃がしたりはしないさ。」


「私もその方が良いかと思います。」


「よし。ナイサールの処遇はこれで決まりだ。次に、こっちが本題なんだが、この先にあるスレバヤ…既に神聖騎士団の連中に陥落させられたらしい。」


「えっ?!」


「先ほど見たときは街が荒れている様子は見えませんでしたが…?」


「プリトヒュ様からの情報によりますと、世界各地で神聖騎士団との戦闘が多発しておりますが、中には、被害を抑えるために、降伏を選択する街もいくつか出ているとのことです。」


「戦わずに降伏したという事ですか…」


ギュッとニルが固く拳を握り込む。エルフの集落を見た俺達にとっては、それがどれだけ愚かな選択なのかが分かる。

ここからでは見えないが、恐らく街中は死屍累々ししるいるいとなっている事だろう。


「それで手加減してくれる相手ではないから、俺達がこうして奔走しているというのに…」


「残念ですが…それでも一縷いちるの望みに賭けて降伏する街があるのです。」


「同盟の話は進んでいると聞いたが…それでも助けられなかったのか?」


「申し訳ございません……現在、獣人族、エルフ族、小人族、そして魚人族の同盟が成されました。それによって多くの村や街を神聖騎士団の手から守る事が出来ましたが、全てというわけにはいかず…」


「少しでも早く書簡集めをしないと、被害が増える一方だな…」


「気休め…かもしれませんが、一部では神聖騎士団を完全に追い返す事に成功した街もあります。」


「…それを聞けただけで、俺達のやってきた事が少しだけ報われた気がするよ。」


少しずつだが、世界の情勢が変わりつつある。もっと味方を増やし、同盟を大きくしなければ。


「……街に入れない以上、アロリアさんとバートは、彼と共に安全な場所まで逃げた方が良い。俺達はこのまま黒雲山へ向かう。」


「私達は…」


「アロリアさん。剣意の話は覚えているよな?」


アロリアさんは俺の言葉を聞いてバートが眠るテントを見る。やるべき事を間違えてはいけない。


「…分かりました。ですが、必ず受けた御恩はお返しいたします。ですから…」


「ああ。必ずまた会うと約束するよ。」


「…はい。」


「明日の朝一で出発する。アロリアさんと、彼女の息子のバートは頼んだぞ。」


「はっ。必ず。」


この一ヶ月、この辺りを走り回っていた彼らならば安全に移動出来るだろう。次の行き先も伝えたし、合流も難しくはないはずだ。


それから俺達は日の出を待ってから別れの時を迎えた。


「シンヤさん!」


バートが腰の辺りに抱き着いてくる。行きたくないとは言わないが、寂しいのだと伝わってくる。


「アロリアさんの事を守るんだぞ。」


「…うん。おいらが…絶対に守る…」


鼻を啜りながら離れるバート。


「本当にありがとうございました。」


涙を拭いながら頭を下げるアロリアさん。


「元気でな。」


「…はい。」


「シンヤさん!ニル先生!またねぇ!」


「ちゃんと歩きなさい!」

バシッ!


「ブビィ!」


ナイサールに蹴りを入れるアロリアさん。強くなったな…


従者二人は深々と頭を下げてから、自ら同行し、逃げる気は一切ない。


ナイサールの今後は…多分ろくなものにはならないだろう。客観的に見て死刑は免れない。

他の神聖騎士団とは違い、精神的にかなり弱いし、拷問ごうもんで、いくらか情報を落とすだろう。

プリトヒュからの次の書簡が楽しみだ。


「またねー!」


大きく手を振るバート。俺とニルが手を振り返した後も、見えなくなるまで手を振り続けていた。

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