エピローグ ヤクザ令嬢の旅はまだ始ま以下略!
「ようやく終わりましたね。紆余曲折ありましたが、おおむね良い方向に纏まりました。キリハ様には感謝しかありません」
「その前に言うことがあるんじゃないのか・」
「? 何かありましたっけ?」
「領地のこの有様について何かないのか?」
ユリアナに引導を渡したキリハは、王都からグランディア領へ戻った。
名目上はキリハが女公爵として統治する土地だ。生前も経営者として組織運営に関わっていた身としては、責任者不在の状態は皆困るだろうと思ったのだが……ほんの一週間化そこら留守にしただけで、グランディア公爵領は様変わりしていた。
「あのレールは?」
「もちろん蒸気機関車の為のものですよ! いまはトロッコ用ですが、五年後を目処に導入の予定です!」
「人足に混じってるあのロボットは?」
「公爵名義でレンタル・リースしているゴーレムたちのことですか? 評判いいですよ! 人間が乗り込んで操作するという形がこれまでなかったですからね! ゴーレムで一番のネックになる自律運動プロトコルの大部分を差っ引くので、製造コストもかなり抑えめですしね!」
「……あたしに散々乙女ゲームの世界観がどうのこうのと言っておいて、こんなことして問題にならないのか?」
「ちっちっちっ」
ジェラルドが「甘い、甘々です。本場イタリアの激甘エスプレッソより爆甘です!」とばかりに指を振った。
この執事、最近調子に乗りすぎでイラッとする。
「次の『4』はスチームパンクの世界観ですからね。あと百年で飛行船が行き交う様になるには、今のうちから準備しておかないと! 文明レヴェルをたかが数十年程度進ませても大した問題はありませんよ」
「……念のために聞くが、この世界の元になったってゲームはいったい何作目まであるんだ?」
「キリハ様が生まれ変わったその日に、最新作の『この愛おしい世界に慈しみをOVER FINAL』が発売されてましたね」
「…………それって、結局何作目なんだ?」
「それを正確に知るのはメーカーだけです。最近はスマホゲーという新しい発表の場も増えましたからね」
「それって本当にシリーズ物なんだろうな?」
だから最近の映画も好きになれないのだ。わかりやすく『Ⅰ』とか『Part2』とかでいいじゃないか。
そんなだから新規の視聴者が「え? 無印なのにこれってエピソード4なの?」と戸惑う結果になるのだ。おまけに古参ファンが騙された新人にマウント取ってくる。
ナンバリングぐらい統一しろ。
――ま、いっか。
気になっただけで、剣と魔法の世界で蒸気機関車が走ろうとロボットがビームを撃とうと、キリハにはどうでもいい話だ。どうせ、これから苦労するのはこの世界の管理者であるジェラルド自身なのだ。
「あの女も退場したし、まぁ、好きにやってくれ」
「いやー、まさかキリハ様が私の『殺さないでくれ』ってお願いを聞いてくれるとは思いませんでした。完全に殺る気でしたよね?」
「殺る気だったけど、死んだも同然の人間を殺すほど無駄なこともないからね」
キリハは殺すことを躊躇わないが、無駄な殺しはしない。あそこまで無様な醜態を晒したユリアナを殺しても、もう一文の得にもなりゃしないのだ。
それにほっといても、どうせ彼女は長く生きられない。
ユリアナは、キリハが提示した最期のチャンス、やり直すための二択すら拒絶した。あそこで自分の間違えを認められるようなら、慎ましくはあっても生きることはできた筈だ。
……が。
彼女は結局、間違いを認めなかった。いや、人生に正解などないと認められなかった。
なら、末路は決まったようなものだ。
他人から奪い続けた人間は、最後に自分が奪われる側に回る。
あの女の前世なんて何一つ知らないが、その最期もきっとそんな感じだろう。
「ヤクの売人の多くが辿る末路だ。毟れるだけ毟られてヤクだけしか考えられなくなった中毒者は、殺してでも売人からヤクを奪おうとする。あの女も、奪い尽くされた男に命を奪われて終わるだろうさ」
「……ほんと、いちいち例えが物騒ですよね……」
「あ、勘違いするなよ? あたしは素人にヤクなんて売らない。最近はヤクも値段が高騰してたから、素人は金にならなくなったからね。やっぱりヤクはバカな金持ちに売るのが一番さ。クズな老害が大人しくなってやりやすくなったって、あたしも随分と若い官僚や政治家に感謝されたもんさ」
「く、黒すぎる……」
「さすがは姐さんだ。やり方がスマートだな」
口笛を吹きながら執務室に入ってきたのはヴィンゼンドだった。
王都の闇ギルドの首魁は、キリハに感心したようにニヤリと笑う。
「クスリは儲かるから押し止めるのは難しい。難しいが、素人には手を出さず、けどしっかりと元を取る。お上に恩を売りながら利益も確保するなんて、姐さんは遣り手だな」
「この領地にゃ夢見心地で昇天したい金持ちも、無駄にしていい労働力もないから、ヤクはしっかり締め付けてくれよ?」
「分かってるよ。オレもクスリは嫌いだからな。扱わなくていいなら扱わないさ」
反乱で壊滅した闇ギルドの再構築をヴィンゼンドに頼んだのだが、あろうことか本人がグランディア領にやってきた。一から裏社会の秩序を作ることに、本人はかなりやる気になっている。
どっかの執事のせいで急速に発展する領地に、裏社会の整備は急務なので、キリハもヴィンゼンドが来てくれて助かっているが。
「そういえば、そこの廊下で魔王陛下を見たぜ」
「もう来ている。失礼するぞ、キリハ殿」
そう言って魔王ヴァナルアーダが入ってくる。
グランディア領の一部にはすでに魔族の入植がはじまっている。魔族たちの風土病である魔禍病の特効薬に関わる入植事業なので、ヴァナルアーダ自身が陣頭指揮をとっているのだ。
「アーダの大将、今日はどうしたんだい?」
「うむ……余の妹を見なかったか? また姿をくらませて探しているのだが……」
「妹さんなら、例の冒険者に着いていったよ」
魔王の妹であるリディリィアーネは、魔禍病が完治すると、自分の窮地を救ってくれた魔族の冒険者を慕って彼のパーティに入り浸っていた。もともとが男一人に女三人というハーレムパーティだが、リディリィアーネはパーティの先輩女性冒険者にすんなり受け入れられているらしい。戸惑っているのは、リーダーである魔族の冒険者だけだ。
「……またか」
「心配なのは分かるが、あまり口煩いと嫌われちゃうぞ? なぁ、アーダお兄様?」
「からかわないでくれ、キリハ殿。妹を心配するのは兄として当然のことだ」
「あーあ、いやだねぇ、シスコンは。そんなに妹が心配ならさっさと探しに行けばいいじゃないか、アーダお兄様?」
「……ヴィンゼンドと言ったな。キリハ殿にならともかく、貴様にお兄様呼ばわりされるなど不快極まりない。貴様こそ、忙しい身の上なのだろう? さっさと仕事に戻ったらどうだ?」
「あ? 余計なお世話じゃボケ。お前こそさっさと出てけや」
「貴様が出て行け」
「お前が出てけ」
ばちばちと二人の男が火花を散らすのを、キリハはからから笑いながら眺めていた。
「仲が良いよな、あの二人」
「……あれを見てよく仲が良いなんて言えますね?」
「良いだろ? わざわざこの部屋に連れ立ってやってきて何時間もああしてるんだ。仲が良くなけりゃ出来ないこった」
「いや、それは……」
「んぁ? なんだ、ジェラルド? その可哀想な子を見るような眼は?」
「……いえ、何も」
ジェラルドはそっと視線をそらした。
「姉御! 戻ったぞ姉御!」
「おう、ヒエン。またたくさんのお土産だな」
「うむ、リッタニアがたくさんくれたぞ! 本当に優しい少女だ! だがいくら優しくても『いっそうちの子になりますか』というのは言いすぎだな! さすがに我でもお世辞とわかってしまうぞ!」
「……鈍感でいいねぇ、このドラゴンは」
どの口が言うんだ、とジェラルドは内心突っ込んだが、突っ込んだら突っ込んだで面倒そうになるので黙っておいた。
このザマで夢が『普通の女の子らしいこと』なんて、無謀な夢も良いところだ……。
「さて、あたしもお役御免だし、これからどうするか? この領地も目処が付いたら返却して、気儘な旅も良いかもね」
「あ、そのことなんですが……」
これから何しようかとわくわくするキリハに、ジェラルドは申し訳無さそうな顔で耳打ちした。
「……実はまだ、この物語にはファンディスクがあってですね……」
「あ?」
「ヒロインが居なくなったので、そっちのフォローも……」
「いい加減にしろ、このボケェ!!」
「ぶぎゃん!?」
ヤクザ令嬢に右の頬をぶん殴られた神様の悲鳴が上がる。
「足を洗ったと思ったら、すぐまた逆戻りだ!!」
※ ※ ※
……果たしてこの世界は、元になった乙女ゲーの最新作まで破綻せず続いてゆくことが出来るのだろうか?
それは誰にも分からない。
人間の想像力は偉大だ。神にだって制御はできないのだから。
「良さげなこと言って誤魔化そうとすんじゃねぇ、この穀潰し!」
「ひでぶっ!?」
〈The Gangster Girl in Otome Game〉closed.
悪役令嬢になったウチのお嬢様がヤクザ令嬢だった件。 翅田大介/電撃文庫 @dengekibunko
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