第128話 愛らしい笑顔
『呪いの平原』。現在俺達が来ているのは何かと曰く付きの平原だ。エルスの話によればここは見習いシスターの修練場でもあるらしい。
「……韋駄天なまことやらは本当にこんな所にいるのか?」
「そうですね。韋駄天なまこなら四足歩行でその辺這い回ってると思いますよ」
俺の知ってるなまこじゃねえや。
「まあ、安心したまえ。呪いだろうがなんだろうが僕には効かないさ」
「イブも大丈夫なの!」
「私も一応シスターですし!」
俺は基本スペックだけは高い仲間に若干の劣等感を感じながらも足を進める。本来ならこのスペックで今の様な状況になるはずが無いんだが……。
「ちなみに呪いって何なんだ?」
「さあ…私は呪いにかかったことがないので知りません。水虫とかじゃないですか?」
帰ろうかな。
「僕にかかればモンスターなぞ虫の息だね」
帰ってくれないかな。
「イブは鈍くないの!」
バカと馬鹿と可愛いおバカ。
そんな話をしているうちに平原中心部へと辿り着いた。歩いている分には特に変わった様子も無い。
「えっと…この辺に……あ!いました!」
エルスの指差す方向には奇怪な四足歩行のモンスター。にっこりと笑顔でこちらの様子を窺っている。
背の高い草に身を隠してひょっこりと顔を覗かせているその様子は――
「……何だか倒す気になれないね」
「……それもそうだな。よく見たら四足歩行が不思議なだけであの笑顔は若干可愛くもあるような―――」
「動物さんみたいなモンスターなの!」
皆考えることは同じ。あの愛らしい笑顔を見た上で攻撃など出来るはずもない。
「ちなみに韋駄天なまこの笑顔は人間で言う挑発ですね!おそらく内心はかなり私達を舐め腐ってるかと。それと―――」
「え―」
エルスが続けて何か話そうとしたとき、急に俺の身体が浮かび上がる。
「ばッ!?」
衝撃で顔が下がると俺はようやく状況を理解した。数秒前まで俺が立っていた場所にいるのは一匹の韋駄天なまこ。消えた俺を探しているのか辺りをキョロキョロとしている。
「ッぶねえ!助かったイブ!」
韋駄天なまこの突進をいち早く察知し俺を担いでジャンプしたのイブであり、そこから少し離れたところではハクヤがエルスを持ち上げていた。
「目には映ってたはずなんだけどなぁ…」
「気付いたら走り出してたの!」
イブでギリギリ間に合うならば俺は察知する前に空高く打ち上げられている。
「韋駄天の由来はこれか…」
「追い掛けて倒すの?」
イブが今にも走り出そうと首を傾げているがそうじゃない。
「いや、足が速いだけならやりようはいくらでもある。せっかくだ、俺の中級魔法を見せてやろうじゃねえか!」
「まってましたなの!」
見渡してみればハクヤ達は現れたもう一匹の韋駄天なまこと対峙しており、こちらに来る余裕は無いだろう。
「そっちは任せる!」
「――――――!――――!」
何を言ってるのか離れていて聞こえないがきっと自信満々に応えているはず。
俺は今もなおキョロキョロとしている韋駄天なまこへと向き直り杖を構えるのだった。
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中級魔法、それは初級魔法よりも威力の増した基本的な攻撃魔法だ。初級魔法とは違い覚えるのに少しコツはいるが魔力が高ければ大した苦労は無いらしい。
「確か詠唱は……。よし、イブ!」
頭の中で整えるとすぐさまイブへと指示を出す。
「こっちなの!」
俺のすぐ後ろで両手を上げ手を叩くイブ。
これによりイブを捕捉した韋駄天なまこはこちらを目掛けて走ってくるはず。
「…………」
「………」
「……………来ねえな」
「笑ってもないの」
獲物として見られてないのか?いや、でもさっきはあんなに笑顔でこちらを見て――
……もしかして。
「……おーい、こっちだぞ」
『シュルシュルシュルシュルッ!!!』
「おいっ!あいつ笑ったぞ!俺の事見て笑いやがったぞッ!」
「飼い主さん見つけた反応なの!」
なにそれ大喜びじゃん。
とは言え舐められているのも今回に限っては好都合。このまま直線上に走ってくるのならば――――
『シュルシュルッ!!』
「来るの!」
「俺の勝ちだッ!!!」
韋駄天なまこが前かがみになり加速しようとするが既に俺は魔法を構築済み。
「スパーク…バインド!」
イリステミスにより威力の上がったその魔法は一直線に走ってくる韋駄天なまこを捉えると包み込み辺りに雷撃を撒き散らす。
「……ふっ覚えておけ。これが冒険者ワタル様の魔法だ」
そのまま韋駄天なまこは光の粒子となり消えていく。
俺はその時、勝利を手に入れたのだった。
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