第55話 ご対面
「イス欲しいの」
「……こちらになります」
杖をコロコロしながら上目遣いでお願いしてくる幼女。地下の状況に動揺しつつも機嫌を損ねないようスキル『亜空間収納』を使用し、イスを取り出す。
……一体何故こんな事になってしまったのでしょうか?
本来、既に引き渡しを終えているはずなのですか……。
「今から防虫…すぷれーって言うのを買ってきてほしいの」
何か言ってますね。
「その…理由をお聞きしても?」
「イブは防虫すぷれー頼まれたの!」
「おつかいですか?」
「なの!」
これまた面倒な。正直なところ早く出て行ってもらいたいのですが……。
せっかくコーレンス様まで倒し、ゲートを破壊したのにこの幼女は何故ここにいるのだろうか?
「えっと、お帰りになられないのですか?」
「被害者には命令する権利があると思うの」
正論すぎて泣きそうです。
渋々私は防虫スプレーと書いた紙を部下へ渡し、買ってくるよう命じる。部下が幼女に命令される私を見て哀れみの視線を向けているが屈しはしません。
「……お腹も空いてきたの」
「はぁ…」
幼女は杖で床をコンコンと叩き、あからさまに不機嫌な態度になる。
「ではお食事になさいますか?」
「ん!」
「只今準備を――」
こんな幼女にシェフの料理を振る舞うのは癪だが誘拐のことが警察にでもバレれば領主様は逮捕されてしまう。
黙っていて貰うためにもここは我慢して素直に従っておくのが正解。
ちなみにコーレンス様は気付いたら何処かへ逃げていたらしい。本当に無能な領主だ。
この幼女が帰った暁にはこの職場は辞めることとしよう。
「ちょっと待つの」
「へ?」
食事を用意しようと部屋を出て行く寸前、幼女から制止が入る。
「そこに屈むの」
「ん…な、何故?」
よく分からないが取り敢えず命令っぽいので幼女の足元で屈んでみる。
その瞬間だ。
「の!」
よいしょと伸ばした幼女の足が私の頭に乗せられる。
「こ、これは……?」
「動いたら許さないの」
なるほど、足置きって事ですか。
「……はい、分かりました」
この職場辞める前に燃やしてやる。
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「そろそろ助けにいきませんか?」
遅えよ。
「今頃もう解決しているんじゃないかい?」
「あのな……イブは強くてもまだ子供だぞ?大人に囲まれたら怖くて固まっちまうかもしれねぇだろ?」
そう考えたら急に怖くなってきたな。
「ワタルさんじゃないんですからビビり散らかして漏らすなんてあり得ませんよ!」
何故俺だとビビり散らかして漏らすのか問いただしたいが緊急事態にそんな事してる場合では無いのでスルー。
「取り敢えずまずは領主の館へ行ってみればいいさ。作戦はそこからさ」
「それもそうだな。よし、取り敢えず領主の館前まで行くか」
ハクヤの提案通りひとまず領主の館前まで移動する俺達。置いていくわけにもいかないので例のクワガタも一緒である。
そして領主の館が見えてきた所で俺達の足は止まる。
「門番か……」
「正面から入るのは無理そうですね。回り込んで少し高いですが壁を登って侵入するのが良さそうです」
「爪がボロボロになりそうだね」
お前だけよじ登ってろよ。
一応旅人らしくロープぐらいはリュックに入っている。これを使えば侵入には困らないだろう。
急いで館の反対側まで回り込んで来た俺達はせっせと侵入の準備をしようと――
「あの……ロープってどう使ってこの壁超えるんですか?」
ロープを伸ばそうとしていた手が固まる。
「……だから、ロープを登って……」
「どうやるんですか?」
「いや…それは……」
「もしかして使い方も知らないのにドヤってロープを見せびらかしてたんですか?」
「その…侵入にはロープ使われてるイメージあるじゃん……」
「イメージ?それって役に立つんですか?」
「立つわけねぇだろボケ」
「逆ギレしないで下さいよ!これじゃあ侵入すら出来ないじゃないですか!」
耳が痛い……。だが確かにこれじゃあ侵入すら不可能……いや、侵入するだけなら壁を壊せばいいんだがそれだとお尋ね者だ。
その時、
「僕に任せてみないかい?」
この状況を待ってきたかのように突然しゃしゃりだすハクヤ。
「任せるって、お前に何が出来るんだ?」
「この壁を一人でも超えれば後はロープで侵入する事が出来るだろう?」
「まぁ、そうだな」
ハクヤが壁の向こう側へ行ってくれれば後はロープを押さえてくれるだけで俺達も壁を登って侵入が可能だ。
「ならば僕が先にこの壁の向こうへ行くとするよ」
そう言ってハクヤはロープを持つと俺達の前へと足を進め、指を鳴らす。
「ディメンションスルー」
そう唱えたハクヤは壁に手を触れると…
「おわッ!?」
ハクヤの体が壁をすり抜けあっという間に壁の向こう側へと移動した。
「これまた無駄に器用な……おい!すり抜けられたのか!返事しろ!」
「……ああ」
微かに壁の向こう側からハクヤの声が聞こえる。
「どうした?もっと喜べよ!」
本来ならば『僕を崇めればいいよ』だとか言い出すと思っていたんだが……。
「……ワタル、お、落ち着いて聞きたまえ」
「何だよ?声震えてんぞ」
どうも様子がおかしい。
「まず、ディメンションスルーは次元を曲げて壁などをすり抜けるスキル」
「お、おう。良いスキルじゃねえか」
「実はその際僕のディメンションスルーには追加効果として次元破壊と言った効果も備わっているのさ」
「……よく分からん、エルス訳してくれ」
「えっと、次元を曲げてすり抜けるじゃないですか。するとそこにその曲げた次元を破壊する効果も付与されてるって意味じゃないですかね?」
もうすり抜けじゃねえよ、それ。
「ん?って事は―――」
俺が震えるように声を出した瞬間、目の前の壁に突如ヒビが入る。察した俺とエルスが壁を押さえにかかるがもう遅い。
ガコッ!と嫌な音を上げた壁の一部は崩れ落ち、苦笑いをしたハクヤとご対面である。
「……エ、エルス……これ、見つかる前に直せばバレないよな?」
「た、多分」
「壁の穴を塞いでいるところ悪いのだが問題はそこじゃないのさ」
「あ――」
更に追い打ち。
振り向いた俺とエルスは絶句する。
「すまないとは思っている」
冷や汗たっぷりのハクヤの足元には赤い線のようなものが当てられている。そして奥では何かサイレンの様な音が……
「センサー踏みました」
不法侵入の始まりだ。
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