第53話 経験者さん

「あ、私カルボナーラで」


「僕はマカロニグラタンかな」


「……オムライス」


 さて、突然だが俺達は今、何処にいるだろうか?正解は……


「いや〜お昼ごはんはやっぱり食べないとですよね!」


「腹が減っては戦はできぬと言うからね」


 はい……レストランです。だが、もちろん俺が来たかった訳じゃ無い。外で解決法を考えていても仕方ないのでお昼ごはんのついでとして無理矢理連れて来られただけである。

 

「ワタルは何か食べないのかい?領主の館に入ってから餓死されても困るよ?ははっ!」


 失せろ。


「おい、あくまでも領主の館に入る方法を考えに来ただけだからな?こんな呑気にお食事してる場合じゃねえぞッ!」


 まだイブが誘拐されてからそこまで時間は立ってないないものの今頃危ない目にあってないか心配でならない。


「大丈夫ですよ。私達が死んでいないっていう事はイブちゃんはほぼ確実に領主の館にいると思います。目的は分かりませんがわざわざイブちゃんを誘拐したのならすぐにどうのこうのって訳でも無いはずです」


「……お、おう」


 やけに落ち着いた素振りで自身の考えを述べるエルス。やはり仲間の事は仲間が一番分かってるよな。

 確かに落ち着いて考えてみればイブがそう簡単にやられるとは思わないしエルスの言う通り何か目的があるならすぐに殺されるといった心配は無い。


「私の時はそうでした」


 経験者さんもっと慌てて。


「まあ、そもそも領主の館に侵入することぐらい造作もないからね」


「言うじゃねえか。どうする気だよ?」


「簡単な事さ。裏口からピッキングで侵入する。1度やってみたかったんだ。任せてくれたまえ!」


「領主の館は高い壁に囲まれてますけどね」


「どうやら勇者を迎える準備が出来ていないようだね。諦めよう」


 お前の頭は諦めるよ。


 俺は深くため息を吐くとふとイブの持っていたカバンに目を向けた。

 

「はぁ…館の鍵とか入ってねえかな…」


 特に何も考えずカバンの中に手を突っ込んでみる。ギルドカード以外には何も―――


 カシャカシャ……カシャカシャ……


「ヒャウッ!?」


 何か硬い殻のようなものが手に触れる。


「どうしたんですか?そんな女の子みたいな悲鳴あげて」


「いくら女性との関わりが無いからって君自身が女性になろうとしなくても……」


「おい、ハクヤ曰くお前は女性じゃないらしいぞ」


 エルスがハクヤに蹴りをいれるがそんな事は置いといて……だ。

 俺は殻のようなものを摘んで手をカバンから引き抜く。すると出てきたものは…


「卵の……殻?」


「あ、イブちゃんのじゃないですか?」


 そう言われればそんな気もするな。

 ……という事は?


「孵化したのか?いや、でも今手を入れたときヒヨコなんてこのカバンの中に…」


 再び手を入れ中身を確認する。ほら、別にヒヨコなんて――


「ダァッ!?」


「さっきからなんなんですか!幼女のカバンに手を突っ込んで変な声をあげるのはやめて下さい!」


「バ、バカッ!言い方考えろッ!てかそれより聞いてくれよ!今なにかが俺の指を挟んだんだよ!」


 慌てて引っこ抜いた手だが指には確かにチクリとしたもので挟まれた跡がある。大きさ的にはそこまで大きいわけでもない。


「ふむ、中に何かいるみたいだね」


「せーので一気に開いてみます?」


「……まぁ、それでいくか」


 どうやら孵化した生き物はヒヨコではなく他の何か硬い生き物なご様子。

 

「予想はドラゴンの子供だね」


「なら私はユニコーンの子供で」


 無視で。


「………開けまーす」


 カバンのチャックを右へ。そして、勢い良く開き机の上へ置く。

 さて……一体どんな生き物が…!


 卵の殻に包まれカサカサとカバンの中で動き回るその生き物。

 見た目は黒く、固そうな鎧に覆われていて顎には大きなはさみのようなものが……


 おいこれクワガタだろ。


「ふっ、六本の脚を持ったドラゴンも意外と悪く無いね」


「へぇ〜最近のユニコーンって角2本あるんですね!」


 お願いだから現実を見てくれ。


「ってかこれ成虫………いや、そもそもクワガタって卵こんなにデカいか?」


「人間にもあるじゃないか。個人差」


 ……到底個人差で納得のいく問題では無いんですが。


 と、そんな俺のもやもやを気にすることも無くカサカサと元気に動き回るクワガタ。


「……元気に生まれたって事で―――」


 きっと考えるだけ無駄だろう。世の中には知ってはならない事、解明されてない事だって多数存在する。決して余計な事に巻き込まれたい訳じゃ無いぞ?


 ひとまずカバンのチャックを締めクワガタを監禁。これで逃げられる心配はない。


「おっし、これで良し」


 ようやく俺が胸を撫で下ろした瞬間、その様子を見ていたエルスがふと、とんでもない事を告げる。


「まぁ、一番怖いのはこの卵を大事にしていたイブちゃんがいない今、このクワガタが孵化した事なんですけどもね」


 俺の心臓は止まった。

 

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