練習開始
「それで、どうやって着るのこれ」
セシリアが離れたタイミングで、ケイトはサイクルジャージの着方を2人に訊く。
「私が」
それにイライザはそう答え、化粧の間へ一緒に移動してケイトにそれを着せる。
膝下丈のレギンスの上に、ショートパンツを
「動きやすいわねこれ。乗馬もこれと同じ物でしようかしら」
すっかり気に入った様子で、嬉しげに笑いつつ大きな鏡越しにイライザへ言う。
「では、仕立はキャンセルということで?」
「それはしなくて良いわよ。一応ドレスコード守らないとだし」
「承知しました」
気を利かせて訊ねたケイトに、馬鹿らしいとは思うけれど、と歯に衣着せぬ物言いをして断った。
すると、仕立ての呼び出しが重なって、仕立屋が屋敷に来られるのは3時間後、というロバートからの無線が入った。
「――だそうです」
「ええ。分かったわ」
続いてチェルシーから、自転車他の用意出来た、という無線がイライザに入った。
「お嬢様。自転車が使用人の雑用車しかご用意できないそうですが、よろしいでしょうか」
「別に良いわよ。新品で転ぶのもあれだから」
「承知しました。こちらイライザ。問題ない、との事です」
チェルシーは、了解、と返答して自分の仕事に戻った。
「さ、早速やるわよ。イライザ、セシリア」
「はいー」
「はっ、はいっ」
イライザに髪を一つ結びにして貰ったケイトは、2人を従えてレンガ舗装の前庭へと向かう。
「ところでセシリアあなた、案外アクティブな趣味持ってるのね」
その道中、玄関に続く階段を降りながら、ケイトは感心した様子で右側を歩くセシリアへ言う。
「その、デボラさんに誘われたので、やってみただけです。はい……」
「楽しい?」
「はいっ! それはもちろんですっ! ……こう、すっと、風を切る感じが気持ち良くて……。はい……」
一瞬目が輝いて、少し声を張ったセシリアだが、またもやその勢いは急速にしぼんで、彼女は気恥ずかしそうに冷や汗だくだくでうなだれた。
「あなたにそこまで言わせるのなら、私も本格的にやろうかしら」
「それならば、私も気合いを入れてお教えしなければ」
「その、私も、微力ながら……」
「ふふ。2人ともお願いね」
「はいー」
「はいっ」
気合い十二分な2人に、ケイトは実に愉快そうな様子で口角を上げた。
「練習は良いけれど、これちょっと重装備過ぎない?」
前庭に用意してあった自転車の籠に、ヘルメット、肘と膝のレガーズ、ゴーグル、首に装着するクッション、と、自転車の練習にしては異常なまでにゴテゴテしていた。
「お嬢様にもしもの事があっては、私の存在意義に関わりますので」
「そこまで?」
「もちろんでございます。私イライザ、お嬢様のためならばたとえ――」
「分かってるから。長々言ってないで練習始めるわよ」
「承知いたしましたー」
イライザが胸に手を当て、大仰に話し始めたのをケイトは半笑いでそう遮って、自転車のサドルに
「……」
「お下げいたしますね」
「お願い」
しかし、ケイトの足は全然地面に届かず、彼女は
「セシリアさん、ちょっとハンドル持っていて下さい」
「あっ、はい……」
「どうしたのよ。そんな得体の知れない物を触るみたいなの」
おっかなびっくりハンドルを持ったセシリアへ、ケイトは目をパチパチとして問う。
「いえその……、私自転車に乗ると性格変わるみたいなんで……」
「気にする程の事ではありませんよ」
イライザはサドルを下げながら、顔を真っ赤にしているセシリアに、見上げながらにこりと笑う。
「それ、私が訊いても問題ないことかしら」
メイド2人の間だけで情報共有されている事に、ちょっとした疎外感を味わったケイトは、下世話にならない様に興味がある事を抑えつつもセシリアへ訊ねる。
「はい……。別に、そこまで、嫌とかではない、ので……」
彼女はそう言うと、イライザさんお願いします、と説明はネジを絞めて立ち上がったイライザに任せた。
「はい。セシリアは自転車に乗ると、とても集中してストイックになるのですよ」
速すぎて、デボラが置いて行かれたりしたそうです、と付け加えた。
「つまり、戦ってるときのイライザみたいになるのね」
「左様でございます」
「へえ、凄いじゃないの」
「そ、そこまでの事ではないです……。はい……」
ストレートに褒められたセシリアは、気恥ずかしさに、へにゃ、とした笑みを浮かべた。
「さ、今度こそ始めるわよ。……で、どうするの?」
ケイトはやる気十分で跨がったものの、具体的な方法を分かってないので、振り返ってイライザへ訊く。
「私が支えますのでお嬢様は前を向き、バランスを取りつつ
「分かったわ。……その、絶対放さないでね?」
「はい」
しっかりと目を見合わせて、ケイトとイライザはそんなやりとりをした。
「うわとと……」
「ご安心下さい、しっかり持っておりますので」
それだと、乗れる様になった、という条件を満たせないのでは、とセシリアは思ったが、もう進み始めてしまったので、わたわたするばかりで言うことが出来なかった。
「――ねえ」
「はい」
「これ、途中であなたが離さないと、私乗れた事にならないわよね」
「そのようですね」
前庭を横断しきったところで止まったケイトは、その事にやっと気が付いた。
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