第65話 晃子との再会はちょっと焦ったぜ

 喫茶店で昼食までいただいて、俺は杉下さんと共に出版社に戻った。

デスクの上は資料や刊行物が所狭しと並び、確かに落ち着かない感じだった。


 応接室に通されたが、ここは流石に雑然としては無かったが壁一面に並ぶ本棚には、刊行物がきちんと整列して並べてあり、一番目につく所には晃子の作品が飾ってあった。


 この状況を見るだけでも今この出版社が一番力を入れている作家が晃子なんだろうな? と予想をさせるには十分だった。


「奥田先生、ペンネームなんですが投稿サイトと同じテネブルで構いませんか?」

「はい、それでお願いします」


「それではそのまま進めさせて頂きますね」

「一つ聞いて良いですか? 刊行物でカラーイラスト中心だと原価と言うか印刷代がかなり高額になりませんか?」


「おっしゃる通りですね。ですからカラーページは全体の三分の一程度に抑えて尚且つ販売価格は千六百円を予定しています」


「高いですね? そんな値段で売れるんでしょうか?」

「私はそれでも勝算はあると思ってます」


「なんだかドキドキしますよ」

「最初は皆さんそう仰います。でもテネブル先生の作品は十分すぎる程の購買意欲を掻き立てられると思いますよ。後は表紙のデザインだけは写真加工したイラストそのままですと少し構図的に弱くなりますので、タイトル通りにマリアちゃんに黒猫テネブルが思いっきり挟まれてる様な絵が欲しいですね。出来るだけ肌色多めの構成でお願いしたい所です」


「なるほどですね、そのイラストは今は無いので準備しておきます」

「そろそろ出かけましょうか」


「ここに来るんでは無いんですか?」

「晃子先生が、ここは狭苦しいから嫌だとおっしゃるもんですから、ホテルのロビーで待ち合わせをしています」


「そうなんですね。解りました」


 ◇◆◇◆ 


 俺は杉下さんと共に歩いて五分ほどの場所にある国際的にも名の知れたホテルへと向かった。


 ホテルのラウンジにまだ晃子は来ていなかったようで「連れが来るので杉下を訪ねて来る女性がいらっしゃったらご案内してください」と案内のウエイトレスさんに告げて窓側のテーブルに案内された。


 人と会うのにホテルのラウンジを使うとか、今まで工場勤務だった俺にはドラマの世界の中の様な感覚だ。

 コーヒーを二杯頼んで杉下さんと話していると、ウエイトレスさんに案内されて晃子がやって来た。

 何故か二人連れだった。


「遅くなってすいません。テネブル先生とのラジオ番組の打ち合わせだと言ったら、娘がどうしても会いたいとか言い出したので、待ち合わせに時間がかかってしまいまして」

「え、飛鳥も一緒だったんだ」


 いきなりの展開に俺はチョット大き目な声が出てしまった。


「あら、あなた? もしかしてテネブルってあなただったの?」

「ああ、スマン。まさか飛鳥も一緒に来るなんて想像もしなかったから、どうせ今日の夕方約束してるんだし、ちょっとくらい早く会っても構わないと思って教えて無かったんだ」


「パパ? えぇえテネブル先生がパパなの?」

「ああ飛鳥、久しぶりだな。高校の入学祝もしてやって無くてごめんな」


「パパ私ね、パパの小説結構いっぱい感想書いたりしてたんだよ? 一回しか返事貰ってないけど」

「そうだったのか、ナンカ済まんな」


 そう言う感じの久しぶりの出会いで俺もちょっとしどろもどろになったが、高校生になった飛鳥は凄く可愛く成長していて、見る限り母娘仲も良好そうで、俺の心配は稀有だったのかと少しほっとしたりもした。


「あの晃子先生、テネブル先生、今日は別にラジオの内容の打ち合わせという事でも無く、出演を依頼された晃子先生が、テネブル先生との対談形式の番組はどうでしょうか? と言う提案をされたので、テネブル先生がこちらにいらっしゃる予定が丁度今日だったので顔合わせをした上で収録にご協力いただけるかの確認だけですので」

「あなた、勿論香織ちゃんの番組だって言うのは知ってるわよね?」


「ああ、知ってる。今俺は小倉で親父の家に、ちょっとした事情があって香織と一緒に住んでるからな」

「あらあら、それって同棲的な感じなの?」


「今はまだ、付き合ったりしてる訳ではないぞ」

「ふーん、今はまだ、ね」


「ねぇパパ、香織さんってあの凄い美人な人だよね? 従妹同士って結婚とかできるんだっけ?」

「飛鳥、法律上は出来るわよ」


「へぇそうなんだ、なんだかお母さんの小説のネタで使えそうな話だよね」

「そうね、密着取材でもさせて貰おうかしら?」


「おいおい、勘弁してくれよ」

「あの、晃子先生、テネブル先生。お返事はOKと言う事で良いようでしたら私は先に失礼させて頂きますので後はごゆっくりとされて下さい。領収を後で回して頂ければ、ここは編集部で持ちますので」


「あら、悪いわね。あなたも返事はOKでいいわよね?」

「あ、ああいいぜ」


「それでは失礼させていただきます」

「まだ使ってるの? その後尾。小説で最も現実味がないって嫌われる語尾NO1なのよ? 解ったわ私が感じていた違和感。あなたの小説の文章が多すぎるのよ」

「そんなのあるのか? 道理で感想でもその突っ込み多くてさ何が駄目なんだ?」


「私が知ってる限り語尾にを普通に使う社会人は他にいないわよ?」

「そうなのかぁ、それ直したら文章の評価って変わるのか?」


「そうねぇ、劇的に変わるかは解らないけど今よりはいいんじゃない?」

「私はなんだか懐かしいって思ってたから嫌じゃ無かったよ? ねぇパパあのイラスト、ママが言ってたけど写真なんでしょ? 何処であんなの撮れるの? あんな場所あるなら私絶対行って見たいの、ねぇ教えてー」


「あ、あそこはテネブルの世界だから教えられないな」

「ねぇ、あなたさ、小説なんていつから書き始めたの?」


「晃子と別れてからだな、時間はいくらでも有ったから。折角だからさ今日はこの後の食事も飛鳥も一緒でもいいか?」

「勿論いいわよ? 元々会っちゃ駄目なんて条件付けて無いでしょ?」


「あーすまん。飛鳥の前で言うのもあれだが、あの頃の俺は晃子に嫉妬していた部分もあったからな。収入でも全然負けていたし」

「あら? 過去形なの? 私今でも結構稼いでるよ?」


「そりゃそうだろうな、あれだけの人気作品抱えてたら」

「ねぇあなた、恰好も見た目もそうだけど五年前のあなたと比べても今の方が全然若く素敵に見えるのは何かあったの? 素敵な恋愛でもしたのかな?」


「それは、きっと気のせいだ。五年前のあの日から普通に五つ歳を重ねた四十二歳のおっさんだよ。飛鳥、何か欲しい物とか無いか? 今日は小説の世界の写真を撮った場所のこと以外なら、何でも好きな物用意してやるから言って見ろ」

「へぇ、パパってそんなキャラだったっけ? なんかママの言葉じゃないけど、普通に素敵だよね」


「あ、ちょっとだけまじめな話しても良いか?」

「どうしたの?」


「ああ、飛鳥の居る席で言うのもあれなんだけど、今の飛鳥なら大丈夫だと思うから今聞いて置くな」

「大丈夫だよパパ、なんとなく解るけどね」


「晃子。俺この間連絡した時、雑誌の対談記事で見かけてって言ったよな?」

「そうね」


「あの記事で色々性的な事や恋愛事情の事なんかで、体験してない事は書いても現実味が薄い的な発言があっただろ」

「ええ、確かにね」


「そう言う体験を晃子自身がしているような環境だと、飛鳥が辛い思いをしているんじゃないかと思ってな。それが気になったんだ」

「ぶっ、パパ……マジでそんな事言ってるの? まじめ君なんだねパパって」


「え、そんなにおかしいか? 飛鳥の心配するのが」

「だってさ、ママだって一人の独身女性なんだし、そんなの自由じゃない?」


「パパだってママと離婚してから誰ともそう言う関係になった事無いとか、言わないでしょ? お店も含めて」

「おい、飛鳥、高校生だよな? お店とかそんな話普通にするのか? 今時の子って」


「あら? あなた女子に理想持ち過ぎよ? 私の時代でも女の子だけで集まってする会話なんて、ほとんど小説にそのまま書いちゃうと運営から規制が入るレベルだったわよ?」

「そんなもんなのか?」


「あなたはちょっとその辺り解って無さすぎるみたいだから、ちょっと今の住所ラインで送っておきなさい。私の小説全部一度読んでみたら、ほとんどの世の女性が共感するような内容は理解できるはずだから」

「あ、なんか済まん」


「でも私はあなたの様な厨二心をくすぐる内容は絶対書けないから、その辺りはちゃんリスペクトしてるわよ?」

「大作家先生にそんな事言われるとは思ってもみなかったな」


「イラストが際立ち過ぎてて文章はおまけなイメージを持ってる人がある程度はいるのも確かだけど、それだけであのサイトの総合トップに立てるほど甘い世界じゃ無いのは私が一番わかってると思う」

「晃子が言うと凄い説得力あるな」


「自信を持って自分の好きな事を書いて、それで受け入れられれば素直に喜べばいいし受けなくても気にする必要なんかないからね。一つだけ忘れていけない事は自分が読みなおしてみて、他の誰が書く小説より自分の小説を読む事が楽しいって思えるものを書いてね。媚びるのは駄目だよ? あ、でもだけはやめておいた方が良いのと推敲は何度もしつこいくらいにやりなさい?」

「推敲の事は杉下さんからも、何度も言われたよ」


「そう、それが分かったんならいいわ。どうする? 私はもう話したい事全部話しちゃったし、この後は飛鳥と二人きりで出かけたらどう? 別れた嫁が一緒に居ると、娘とのデートの楽しさ半減だからね?」


「そんな事……」


「飛鳥もいいわね? パパ東京は全然わからないと思うからあなたがエスコートしてあげなさい。百万円くらい使わせても罰は当たらないから、欲しい物なんでもねだりなさいよ?」

「おい、容赦ねぇな。まぁそれくらい別にいいが」


「飛鳥、やっぱり予想通りだよ。今後の事を含めてしっかりパパと話しなさい」


 一体何の話なんだ?

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