第69話 猫車に引かれて
朝日が昇りかけていた時、ある貴族の屋敷から帰路を歩き、リュシュテンへと着くと、そこにはある人が待っていた。
「お………おかえり、り………」
静かに目の前に立っている少女がいた。
日の光を背中に抱えながらも、その少女から照りだされる後光は覚束ない私の歩を進めてくれる。
私が一足進むたびに体から魂が抜けるかのような
言わなければ、言わなければ、そんな、気持ちを抑えるかのように重い足取りを整える。
「ただいま」
道を歩き終え、私は真っ赤に染まった手を少女の頭に触れる。
少女はボロ布を体に纏っていたが、その下には綺麗な洋服を着ており、最初に私と会った時とは見間違えるものであった。
綺麗な花、とでもいえばいいのだろうか。
私の目の前に佇んでいる少女は、初めて会った時には見せてくれなかった髪や肌の色、瞳の色などと言った表面的な存在を初めて見た。
私が見た
髪は淡い白色と桃色を合わせたような髪色をしており、陽が当たるたびに徐々に硝子細工の様に色が透けて点々と変化していく。
「まるで………竹の花みたいだ」
ふと、私はそのような言葉が漏れる。
けれども、私は別の言葉が出てきてしまったのだが、それを必死に押し込む。
『この花だけは駄目です』
そんな、懐かしい言葉を思い出し、私は言いかけた出掛けた言葉を引っ込めると、ふと力が抜け地面に膝をつく。
「あれ、少し体力を使いすぎたかな?」
私は呑気そうに言っているが、実際は頭の中では予想外と表記されていた。
膝を地面に着けると、徐々に体の中から力が抜けていき、瞼が重くなる。
「寝て、いい」
「あははは、そうか………なら、少し寝させて頂こうかな?」
どこからか聞こえる綺麗な声が私の中を包む。
瞼を徐々に閉じていく中で、少女は私の体を支え、視野と思考が狭まる中で少女は少しだけ笑顔を見せたような気がした。
だがそのような事を考えた時には、私は既にこの場から思考を放り投げた。
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ある貴族の館が完全に崩壊した時から数日経ち、場所はリュシュテンの大街道。
そこではいつもと同じように、多くの人々が行き来していた。
冒険者、商人、ギルド職員、騎士、買い物に来た人、貧困層の人間、ごろつき、衛兵。
表の栄光から、裏の衰退。
天国と地獄。まるで賭博場が具現化したような街。
多くの人の思惑が行き来している大地で、
目の前でガラガラと行き来する馬車を目にしながらも、少女と共にあるものを待つ。
「おい、あんたらが西に行きたい例の人と言う奴かい?」
すると目の間に大きな猫が横切る。
猫の首元には大きな首輪とそれに繋がれた綱が目に入る。
「えぇ、頼んでいた者です」
「そうか………なら乗りな。こいつの気が変わらないうちに早く乗りな」
「はい」
手綱を握っていた商人と思わしき人物と話すと、後ろに繋がれている荷台へと少女を乗せると、私も荷台に乗る。
「乗りました」
「おう、じゃあ行くぜ」
がたん、と大きな振動と共に荷台が進み始めると、快適な速度で街の風景は変わり続けた。
にしても、本当に感謝しかない。
Mis.カエロナのお陰で、こう順調に物事が動く。この馬車、いや、
話が逸れてしまったが、この猫車の持ち主、いまこれを運転している商人に顔を合わせ感謝した時には、「いやいや、カエロナさんのお願いですから。断ったら俺の身が身じゃありませんよ」と言っていた。
本当にあの人は何者なのか、と内心、思ってしまったが我慢して飲み込む。
私の勘が無闇に入り込んでいてはいけないと言っていたために、入り込まず、適度な距離で人と関りを持つ。
無闇な正義感は、身を滅ぼすから、適度な正義感が適度に行えればいいから。
「ん」
「む、なにかな?」
すると、少女、いや、今はきちんとした名前。マイアナ・ヨナと言う名を語る。
今まで名前の一つも無かったゆえに、その名前を受け入れてくれて、気に入り、私が口にしても喜んでくれる。
マイアナは私の外套の裾を引っ張り、私が何かと思いながら彼女に振り向く。
「………」
「?」
だが何も言わない。何かをしようとする素振りを見せようとせず、ただ静かに私の事を見つめてくる。
ぱすっ、
「む」
すると、急にその体を私の膝へと倒し、荷台の中で横になる。
急になんでこのような事をしたのかと思ってしまったが、よくよく考えてみれば今まで子供らしく甘えることもなく、少女としての生き方を知らなかったのだ。
今ぐらいはこのぐらいの少女らしさをくれても良いに決まっている。
すぐさまにそのような考えに追いつくと、私は木箱に置かれている腕をマイアナの頭へと置き、猫を事を撫でる様に優しく腕を揺らした。
ガララ、と車輪が回る音とがやがや、と騒がしい街の音を耳にしながら私は静かに外の風景を見る。
ニャアァァ!!
すると急に気の抜けそうな鳴き声が響く。
「!?」
「おい、そこのあんた何してんだい!」
さすがにその声に私は止まった荷台に気付き、商人は大きな怒号でそう叫ぶ。
「少し尋ねたいことがあるんだ。いいか?」
む、どこかで聞いたような声。
「あ? なんだよ、そんな所に呑気に立っていたら轢かれちまっても何も言えねぇぞ………はぁ、なんだ?」
「おぉ、さすが、カエロナに頼まれている商人だな」
「「!?」」
すると急に聞き覚えのある声は、どこにも出したことの無い
「………なんだい?」
「別に変な所に告発する気はない。ただわたしも一緒についていってもいいか?」
「!!」
あぁ、君か。
私はその声の主の会話を隠れながら聞いていると、声の主の正体を思い出す。
胸の奥底できゅ、と縛られたような感覚に走ったが私は何も言わない。言う資格がない。
「いいのですかい?」
「えぇ、良いですよ。私の………知り合いですから」
私がそう言うと、商人はそれを了承してくれて声をかけた人物、いや、女性騎士は私が乗っている荷台へと乗り込んでくる。
「久しぶりだな」
「えぇ、本当に………」
目の前に静かに佇むマディソンに私はいつの間にか寝ているマイアナを起こさないように、小さな声で言った。
私の事を見下すように荷台で佇んでいる彼女の表情は、どこか吹っ切れたような表情をしており、その腕には腕吊帯を巻きながらも不敵な笑みを向けていた。
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