理不尽な(上)



 ルーカスは二人の女を連れたまま『転移符』を使い、オークション会場から離れた。移動先は『ポミケ』会場の中心部。ゴールド・タグを保持した一流の薬師達が集まる、草原の一等地だ。


「きゃっ……!」


 アメリアとコレットを地面に転がすと、顔の無いルーカスはやれやれと襟を正した。が、右手がバラバラとほどけ、手首から先を失ってしまった。崩壊は止まらず、バラバラと男の肉体が崩れていく。


「ふん。この私も駄目か」


 詰まらなそうに呟きだけをアメリアとコレットの耳に残し、ルーカスは風に溶けてしまった。


「し、死んだ、の……?」


 呟きながら、アメリアはコレットの唇をムネヒトから借りたハンカチで拭く。彼女がルーカスに殴られ出来た切り傷は幻ではない。間違いなく彼は此処に居たはずだ。

 人がこのように消えいていくのを見たのは、二人とも初めての経験だった。跡形もなく消えてしまった元婚約者に、アメリアもコレットも呆然としていた。


「馬鹿を言わないでくれ。まだまだやることは山積みなんだから死ぬわけないだろう?」


 二人は声のした方へ振り返ると、そこにもルーカスがいた。顔も服装も瓜二つの男は、蔑む目のままアメリアに近づいてきた。

 コレットはアメリアを隠すように抱き締め、彼を睨み上げる。


「ルーカス、貴方は、何者なの……?」


 元婚約者は笑っているだけで答えない。いつも通りの完璧すぎる営業スマイルが、逆に恐ろしかった。


「見つけたんですかい? ルーカスさん」


 聞き覚えのある声にアメリアは全身を強張らせた。いつから居たのか……いや、自分達が彼らの居る場所まで跳んだのだろう。


「ああ。驚いたことに、本当に生きていたよ。私も運が良い」


 十数名を引き連れ現れた男は、ベルバリオが害された場にいた男に間違いない。

 あの時の絶望と悲哀をも同時に思いだし、アメリアは無意識の内にフードを深く被りなおし、自分の身体を抱き締めていた。


「ルーカス殿! これは一体何事ですかな!?」


 狼狽に満ちた第三者の声に振り返ると、そこには今朝見たばかりの恰幅の良い男……スゲクロ商会の代表が立ち尽くしていた。近くには、ゴールド・ランクを誇っていたスキンヘッドの薬師も居る。


「やぁスゲクロ商会の……まだ此方にいらっしゃいましたか」


 見れば彼らの周りにはモンスターの死骸数体と、冒険者風の者達の死骸や手負いが十名近く倒れている。雇われの用心棒達が奮闘したためか、スゲクロ商会の代表は辛うじて難を逃れたらしい。

 無惨な光景と血生臭い臭気に打たれ、アメリアとコレットは思わず目を逸らした。


「いったい何を仰っているんですか……!? いま何が起きているのか、貴方はご存知ではないのですか!?」


「それは私の台詞ですよ、スゲクロさん。私は確かに『薬師は皆殺しにする』と申した筈です。もしかして、聞いていなかったんですか?」


 のそりと、スゲクロ達の後ろからまた別のモンスター達が近づいてきた。

 スゲクロは悲鳴を上げて近くの男の背に隠れるが、中級冒険者だという例の薬師も、他の軽傷だった若い男達も既に肩で息をしている。

 次にあの数で襲われてはひと溜まりも無いだろう。


「何故、こんなことを……!?」


「説明する時間が惜しいので、割愛させていただきます」


 ルーカスの顔に不気味な物を感じ取ったのだろう、そこからの決断と行動は迅速だった。


「殺せ――!」


 モンスター達の間隙を縫い、残った用心棒達が一斉にルーカスへ飛びかかった。内二人が殺到し、後ろから別の仲間達が攻撃系の魔術を浴びせる。


「……やれやれ」


 呆れたようにルーカスは肩を竦めたが、そのまま動こうとはしなかった。彼の後ろに控える男達も同様だ。

 鈍色の刃か火炎の球体かが命中する瞬間、ルーカスの足元から白く巨大な何かが出現し、彼に襲いかかった二名の胴から下を食いちぎった。


「――は、ぁ?」


 一瞬だけ宙に漂った男はルーカスの足下に転がると、呆然とした面持ちでルーカスを見上げ、次いで失った下半身を見下ろす。大きく見開かれた瞳は途端に光彩を欠き、永久に固まった。


「っあギィ!?」


「お、ごぉ!?」


 悲壮な断末魔はスゲクロのすぐ側からだった。

 後方から攻撃魔術を撃ち出していた男達が皆、白い棘らしい物に串刺しにされていた。

 彼らの足下から出現した三角錐は、血により己を一層白く見せる。どれほどの勢いだったのか、死骸は全てスゲクロ達より上に持ち上げられていた。

 ほとんどが即死だったが、貫かれた一部の男は運悪く即死を免れたらしく、白磁の異物を口一杯に頬張ったまま痙攣していたが、それも直ぐに終わる。


 一瞬だった。一瞬で、この場の過半数の命が食い荒らされてしまった。スゲクロと例の薬師のみが残され、二人とも愕然としているのがアメリアにも分かった。


「ひ――……ッ」


 モズの早贄となった部下達を見上げ、スゲクロは表情を恐怖と絶望に染めた。

 凄惨な殺戮を為した白い何か、それは巨大な骨格だった。最初に男二人を消したのは腕で、後方の用心棒を消したのは……恐らく肋骨。


(あれも、召喚獣なの……!?)


 全容は明らかになっていないが、今現れている骨格だけでも恐ろしい程の威容を誇っていた。


「まさか、身を護る術を準備していないとでも? でもスゲクロさん、素早い判断は私好みです」


 ルーカスはの林の中、ちょうど心臓の位置に立っている。彼はその内の一本をそっと撫でると、自慢するように口を開いた。


「キメラ・ボーンドラゴン。見事なモノでしょう? ある高名な〈召喚士〉から購入したモンスターでして……何でも、かつて十の都市を滅ぼした竜の亡骸だとか。一財産に見合うだけの価値はあると思うんですが……まだ、足りませんか?」


 微笑みかけた瞬間、スゲクロは勢いよく地面にぬかづき彼を見上げた。


「私は! 私はだけ助けてくれるんでしょうな!? 私は薬師ではありませんし、何より【ジェラフテイル商会】とは懇意の間柄! ともに王国の発展に努めてきたではありませんか!」


「スゲクロ、テメェ! 自分だけ助かろうってのか!?」


 スキンヘッドの薬師がスゲクロの後ろ襟首を締め上げるが、代表は脂汗も浮かべながらも怯んだ様子もない。


「ふん! 貴様の本来の実力はシルバー・タグに届くかすら怪しいでは無いか! 誰のお陰で高級な薬草や素材をふんだんに使えたと思っている!?」


「テメェがそうしろっつったからじゃねえか! 【スゲクロ商会】の肝入りブランド薬師を増やせば王都の覇権は揺るがねえって、そのためにゴールド・ランクを量産しようって言ったのは、テメェだろが!」


「二つ返事で首を縦に振ったのは他ならぬ貴様だ! 我が商会のブランドを利用し、今まで甘い汁を吸ってきたのだろう! 貴様にかけたコストも馬鹿にならんのだぞ!? この場で今すぐにその恩を返せ!」


 醜くくも必死な言い争いをルーカスは見ていたが、一つ小さく頷くと笑みを浮かべたまま提案した。


「そうですね……では、こうしましょう。今すぐに薬師を辞め、また薬師との取引を永久に破棄すると約束すれば、身の安全は保証しましょう」


「そ、それは……!」


 スゲクロが濃い逡巡に表情を歪ませた。【ジェラフテイル商会】ほどではないが【スゲクロ商会】も多くの薬師を抱え、貴族達とも深い関わりを持つ王都有数の商会だ。

 骨子であるポーション類での商いを全て止めてしまえば、どうなるかなど火を見るより明らかだ。


「俺は辞めるぞ! こんなモンに未練なんて無ぇ!」


 即座に反応したのはスキンヘッドの薬師だ。彼は今朝まで誇示していた金色のタグを躊躇なく引きちぎり、地面に叩きつけた。


「――わ、我々【スゲクロ商会】も、彼らとの取引を金輪際行いません! お望みとあらば全ての顧客リストも破棄し、保管しているポーション類も全てお譲りします!」


 ゴールド・タグは全ての薬師の目標といっていい。いま打ち捨てられた金色の証も、彼らに少なくない恩恵をもたらしただろう。

 それを努力なく得て、そして感謝なく棄てた。

 命を拾うためとはいえ、彼らには薬師という職業に対する恩が無いのだろうかと、アメリアは深い寂寥感に苛まれた。

 二人の回答に満足したのか、ルーカスは一つ頷くと視線を此方に……正確にはコレットに向けてきた。


「さて、じゃあ君はどうする? たしか、レティとかいったかい?」


「……気安く呼ばないでくれるかな? 貴方にはそんな風に呼んでほしくないの」


「――これは手厳しい」


 コレットの喉もとに、骨竜の指が突きつけられた。

 貫通するだけで首を千切ってしまいそうな太さのクセに、先端は針のように鋭利だ。ほんの数ミリ突き刺さったのだろう、喉から細い鮮血が滴る。

 アメリアを抱き締める腕は震え、悲鳴を漏らさないように唇をきつくかみ締めていた。


「私だって手荒な事はしたくない。今すぐにアメリアを此方へ寄越してくれるのなら、貴女にはなんの危害も加えないと約束しましょう」


「…………」


 コレットの返答は、否定を孕んだ沈黙だった。

 ルーカスはワザとらしく溜め息を漏らし、指揮者のように腕を振る。腕の軌道をなぞる様に白骨の腕が風を起こし、地面に深い亀裂を作った。

 それでもコレットは瞬きもせずルーカスを睨んでいた。


「――理解できない。あの男もそうだったらしいが、なぜそうまでしてアメリアを庇う? なんのメリットがある? それとも、デメリットを回避したいのかい?」


「……ふふ」


 次の返答は、アメリアにとっても意外なものだった。コレットはルーカスを馬鹿にしたように、そして自嘲気味に微笑んだのだ。


「……変な事を訊いた覚えは無いんだが?」


「貴方の贋物もそうだったけど……私もね、オリくんに同じ事を訊いたの」


 アメリアは驚いてコレットの顔を見上げる。年上の友人は、優しくも何処か申し訳なさそうに微笑んだ。


「もし、アメリアちゃんの為に戦う理由が……借金にあるのならって――」


 ・

 ・


 アメリアちゃんの復讐に加担する理由はなに? とコレットが切り出したのは、ほんの数日前だ。

 借金のことなら、もう考えなくて良い。アメリアは自分が何とか説得するし、ディミトラーシャにも掛け合って、むしろ今までの働きに見合う金銭と謝罪をとも。

 汚い申し出だと、自分でも思った。自分も彼を陥れた加害者の癖に、ムネヒトに寄り添って良い顔をする卑怯な女。

いずれにせよ彼にもギルドにも失望され、王都を追われるだろう。似合いの末路だ。


 それでも、彼に危険な目にあって欲しくなかった。


 自分を助けてくれたムネヒトを裏切り、ギルドの皆も裏切り、アメリアをも裏切る。思えば、かつては実の両親や兄弟達、婚約を申し込んできた男達の期待も裏切った。

 裏切ってばかりの生涯。今更善行とも言えない善行を一つ積んだとして、どれだけ償えよう?

 結局、自分は弱い女なのだ。せめて、せめてと、そんな言い分を呟きながら、コレットはムネヒトに問い掛けた。


「……優しいんだな、コレットは」


 返答は、そんな言葉から始まる。


「んー……借金も無しになるのも凄い助かるけど、んんー……」


 彼は深刻とは程遠い顔で呻いた。迷っているのではなく、自分の気持ちをちゃんと言葉に出来るか不安そうな、青年の顔だった。


「んんー……例えば『誰かを助けるのに理由なんて要るのか?』 なんて、そんなイケメンな台詞を言えるほど俺は立派じゃない。そりゃ人助けは偉いことだとは思うけど、俺だって面倒ゴトはゴメンだし痛いのもイヤだ」


 じゃあ、何故? と訊ねたコレットに、ムネヒトは訥々と話し始めた。


「……神様ってのは、乗り越えられない試練を人に与えない物らしい。だったらアメリアに降りかかっている事態も、神が与えてくれた感謝すべき苦難ってことか? 本当にそうか?」


 急な話題の変更に目を白黒させたのを覚えている。


「両親が強盗に殺されました。親戚は両親の遺産だけ持って行きました。仕事も無く、下の兄弟はまだ一人で立つことも出来ません。でもそれは、神様が与えれくれた試練なんだ。ありがとう御座います。一人でも、頑張って生きていきます」


「見知らぬ男に襲われ、望まぬ子を孕みました。周囲からは何故抵抗しなかったのかとか、自業自得だとか責められ、婚約も破棄された上に家からも追い出されました。でもそれは、神様が与えれくれた試練なんだ。ありがとう御座います」


「神様ってのは本当にそう考えて試練ってのを与えてんのか? もしかして馬鹿なのか?」


 ムネヒトの言葉には、静かな怒りが含まれていた。


「……きっと、誰でも理不尽な目に遭う事がある。理由もなく原因もなく、いきなり不運に見舞われるのは一度や二度じゃないだろう。その試練サマを乗り越えた人は立派だ。でも、そうじゃない人だって居る」


「俺はそんな連中にとっての気まぐれなラッキーになってやりたい。今日も生きていて良いやって、降って湧いたようなほんの少しの幸運……棚からボタ餅的な――ボタ餅知らない? じゃあ、棚から銅貨でも良い」


「止してくれ。強くなんてないし、気高くも、ましてや英雄の器でも全然ない。結局は――」


「結局は……俺が弱いからだ。自分の不幸も、誰かの不幸も飲み込めないくらいデリケートな男なんだよ。だから、アメリアの力になってやりたい」


 照れ臭そうにムネヒトは笑った。


「理不尽な不運があるんだから、理不尽な幸運があったって良いだろ?」


 ・

 ・


「私はそれを弱さと思わないし、思えない」


 アメリアを抱く腕の力が、また強くなる。


アメリアちゃんは私達が護る。理不尽に立ち向かうこのコの為に、私は自分の弱さからも理不尽からも逃げない。アンタみたいな粗チン野郎にはアメリアちゃんは勿体ないわ」


「レティ……っ」


「――……」


 精一杯馬鹿にするように、コレットはルーカスを嘲笑した。ルーカスは微笑を浮かべたままコレットを見詰めていたが、やがて大きなため息をもう一度ついた。


「理不尽? 下らない。それは努力不足によって起きた自業自得を、他の責任とする弱者の思想さ。神による運命を受け入れられない、落伍者の戯れ言だよ。おい」


 視線を後ろに控えていた男達に向ける。ルーカスの視線だけで、彼に付いていた男達はその意図を悟ったらしい。男達の瞳に加虐的な光が踊った。


「レティさんは理不尽が欲しいそうだ。存分に可愛がってやれ。後は殺して良い」


 下手な口笛や歓声をあげ、男達はアメリアとコレットに近づいてきた。欲に脂ぎった彼らが、コレットに何をするつもりなのか、火を見るより明らかだ。


「さすが気前が良いぜルーカスの旦那はよ! おい、テメェらも手伝え! 手際が良けりゃあをやるぜ!」


 先頭のリーダー格の男が、立ち尽くしていたスゲクロとスキンヘッドの元薬師を呼んだ。二人は恐怖に腰を引きながらも、押さえようのない獣欲を顔中に浮かべた。


「――!」


 今度はアメリアがコレットを庇うように身を乗り出すが、幾本も伸びてきた男達の腕により、二人は呆気なく引き剥がされる。

 突き飛ばされたアメリアは再びルーカスの腕に、コレットは――。


「っ、レティ! レティー!」


 地面に引き倒されたコレットの上に、我先にと男達がのし掛かっていった。競うように彼らの両腕が彼女の肉体へと伸びていく。時折宙を舞う布切れは、彼女が着ていた衣服だろう。


「わ、悪く思うなよ……! お前だって悪いんだぜ……? 俺らを軽く見やがるから……」


「恨むなら今日此処にやってきた自身の不運を恨め……! わ、我々だって命は惜しいからなぁ……!」


 スキンヘッドの元薬師が彼女の頬を二三回叩き、振り上げられていたコレットの両腕はスゲクロに踏みつけられ、空を蹴っていた脚の間には、リーダーの男が身体を押し込もうとしてきた。


「レティを離して、離しなさい! 離せ! 離せぇえええ!!」


 ルーカスに捕まれた腕が引き千切れないばかりに、アメリアは慟哭した。目の前で繰り広げられようとしている醜悪な行為を咎めるものは、彼女一人だった。

 ルーカスの指示だろう、周りにいる多くのモンスターですら彼らの蛮行を黙って見ている。


「さ、行こうかアメリア。時間はいつだって有限だからね」


「卑怯者!! 貴方こんなことして恥ずかしくないの!?」


 満身に憤怒と悲涙をたたえ糾弾するが、ルーカスは対岸の火事を眺めるように涼しく構えたままだ。


「彼女が望んだことだ。それに、これは私なりの君への贈り物だよ? ああやって、股を開くだけで人生を楽しているような女を、君は憎んでいたのだろう? 良い気味だと思わないかい?」


「あ、貴方って、人は……どこまで、どこまでぇッ!」


 憎悪に満身が焼かれそうだった。もはや人と会話している心地がしない。目の前に居る元婚約者も、一人の女に集団で暴力を振るう男達も、人の皮を金で買った汚らわしいケダモノだ。


「しん、ぱいしないで……アメリアちゃん……」


「! レティ!」


 嘲笑と興奮で荒くなった男達の息遣いの向こうから、友人の弱々しい声が聞こえてきた。腕の隙間から、血と草で汚れたコレットの微笑が見える。


「こういうの、慣れてるから……っ」


「――!」


 その言葉だけで、コレットが今までどんな生涯を歩んできたのかが察せられた。コレットと初めて逢ったあの晩、ベッドで聞かせてくれた事などほんの一部に過ぎない。

 外見的器量、肉体的魅力に平均値があるとして、それを超えて産まれたが故にコレットに降りかかった不運。

 身体も心も擦り切れて苦痛に慣れた彼女なら、誰がどう痛めつけても良いのか。


(慣れるわけないじゃない――!)


 子を埋めない身体にされても、家族に売られても、彼女は負けなかった。

 そんな強い友人が、また理不尽な暴力に晒されている。尊厳と肉体を汚されようとしている。赦されざる非道、言語を絶した悪逆にアメリアは慟哭する。

 何が理不尽に立ち向かうアメリアを助けたいだ。自分こそ、コレットを助けるべきなのに。


「かはははははは! 強がりが何時まで保つかな? そんなに刺激が欲しいのなら、オリくんってヤツの目の前でもう一周可愛がってやるよ! まずは二度とソイツの前に出られない身体にしてな!」


「……っ! オリ、くん……っ、い、いや……! いやぁぁああああああ!」


 ムネヒトの名を聞いた瞬間、コレットの顔で感情が爆発した。懸命に耐えていた心の堤防が、の人の名前によって崩壊してしまったのだ。

泣き叫ぶ一人の女を男達は嘲弄し、自分の下に組み敷いて蹂躙しようとしている。


「あ、ああああああああああああああっ!!」


 アメリアは言語ではない音を喉から迸らせ、まろぶように駆けだした。しかし、途中で何かに阻まれてしまう。

 召喚獣でもルーカスの腕でもない、黒い半透明の壁。


「神威『神隠し』さ。あらかじめ、会場のこの部分に張り巡らせておいたんだ。の許可なく侵入も脱出も出来ないし、また此方を観測することも出来ない。ま、彼らは私達が消えたことに気付いてもいないだろうけどね」


 ルーカスの言葉を無視し、障壁に渾身の力で拳を叩き続けた。慟哭しながら、コレットの名前を呼び続けた。

 また自分は目の前で大切な人を失うのか。母を、養父を、今度は新しい友人まで。


「れてぃ、れてぃぃいいいいいいい!」


 涙で歪みきった向こうへ、アメリアは叫び続けた。残酷な行為は、やがて残酷な結末へと収束する。


 ――そのはずだった。


 アメリアは気がつかなかった。コレットを凌辱しようとしている男達も、元婚約者を嗤うルーカスも。

 必死に身を護っているコレットの拳が、眩い光を発していることに。

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