参加者たち(下)

 

「この……!」


 悪態と共に繰り出された俺の腕は、モンスターを何の抵抗も無く透過した。

 お返しとばかりに『幽体型アストラル・タイプ』のアンデットは、常に半開きの口(らしい場所)から、黒いモヤを勢いよく吐き出す。

 毒とか酸とか、恐らくはそういった類いの攻撃だろう。慌てて息を止め飛び退くが、もう既に何度か浴びせられている。ダメージはともかく、服などはボロボロだ。

 幽体型のモンスターばかりが周りに増えていき、徐々に後退を強いられている。

 相手に乳首さえあれば俺が圧倒的に有利だ、おっぱいがなくとも殴ればいける。しかし、まさか身体もおっぱいもない相手と対峙する事になろうとは。


「持ちこたえろ! 何としても食い止めるんだ!」


「くそったれ、増援はまだかよ!? 俺達しか戦ってねえじゃねえか!」


「どなたか! どなたか主人を見かけませんでしたか!? シルバー・タグを付けている、30歳くらいの――!」


 また、目の前の敵だけに意識を向けていられない。遠くから飛来する攻撃魔術やカビた矢なんかが飛んでくるし、俺を無視して別の獲物へ向かっていくモンスターも数えきれない程に居る。召喚獣が暴れているのも此処だけでは無いだろう。


「くそ、ラチがあかねぇ!」


 膠着状態は俺個人だけの話であり、『ポミケ』全体から言えば敗勢だ。参加していた冒険者達も頑張って迎撃しているが、数の差は圧倒的だった。

 個と個で冒険者側が多少は勝っているのがせめてもの慰めであり、そうでなければあっという間に瓦解していただろう。


「『   !』


 今も、俺は『戦場の咆哮』で他の冒険者や避難者を援護する。哺乳類系モンスターを昏倒させ、傷ついた者達の乳首に向かって『戦場の咆哮』を浴びせる。後者は攻撃ではなく『乳治癒』を乗せた回復だ。


「かホォん! って、おお!? 急に力が湧いてきたぜ!?」


「ふじぃヒッ! ――ハハハッ! 何か知らねぇが、まだまだやれるぞ!」


「くひぅん!? ごめんなさいアナタァん!」


 俺の治癒術を喰らった冒険者達は、気色の悪い喘ぎを発して戦線に戻っていく。

 皆さんもしかして、俺のモチベーションを削ぎたいの? 何故に野郎の乳首を施さなきゃならないんだと嘆いている俺に向かって、更に追い討ちをかけてるの?

 あと最後の人妻さん、乳首だけ寝取ったみたいでごめんなさい。


「げほ、げほ……ッ、喉が枯れそうだ……!」


 とはいえ限界が近い。元が声である以上はカバーできる人数にも限りがあるし、いったい何処から湧いてくるのか召喚獣の増加は留まる所を知らない。

 一匹倒している間に二匹増え、二匹倒す間に四匹増える。途方もない徒労感が、俺達の精神力を削っていく。

 此方には地の利も無く、戦術を巡らせる優秀な統率者も無い。また、戦闘能力を持たない者達を背に大量に抱えている。


「モンスターがすぐ其処まで来てるんだ! 頼むから此処から出してくれっ!」


「なんで『ミスリル・タワー』が動いてんだよ! 早く止めろよぉ!」


「ひぃ、ひぃぃ……う、運営は何をやってるんだ!」


「慌てないで下さい皆さん! 前の人は『ミスリル・タワー』に近づき過ぎないで! 後ろの人は余り押さないで下さい!」


 早く逃げ切ってくれと願っていたのだが、それも上手く行かない。『ミスリル・タワー』が閉じられているという残酷な事実は、悲鳴混じりにアチコチから聞えてきた。

 いかに広大な草原とはいえ、閉鎖空間内で猛獣から逃げられる人がどれくらい居るだろう。命を賭けた巨大な鬼ごっこなんて、趣味が悪すぎる。

 逃げられない、援軍も望めない、敵の数は増え行く一方。ルーカスと、アメリアもコレットも早く探さないとならない。


(悪い事ばかり考えるな……! 集中しろ! けど、どうする……!? このままじゃマジで詰む!)


 暗い予想を頭の外へ追い払い、飛来した攻撃魔術を叩き落した。

 深呼吸し周りを見れば、一部の冒険者達の攻撃が幽体型モンスターに通じているのが見えた。〈魔術士〉の魔法や、特別な武器を使っている者達だ。

 いつかメリーベルとの夜間勉強会で学んだことだが、幽体型の相手には通常の物理攻撃は通じない。

 攻撃を有効化させるには、魔術か、純度の高い銀、もしくはミスリル武器。または魔力を放出する武器――『魔剣』が必要だという。

 リリミカやメリーベルのように、武器に魔術を纏わせて戦うという技も無いし『魔剣』なんかも無い。


「ひぃぃぃっ! だ、誰かぁぁぁっ!」


 今もまたモンスターに襲われそうな参加者がいた。馬が逃げてしまったのだろう、行商人らしい男は重そうな荷車を自分で必死に引いている。

 救助に向かう間に荷車はモンスター達によって横転し、商品をぶちまけてしまった。俺は内一頭が商人の頭を噛み砕きそうになる直前、モンスターを間一髪で蹴飛ばせた。


「何してるんですか! 荷物なんて捨てて逃げろって!」


「だって、だって……!」


 腰が抜けたのか、半泣きのオッサンは起き上がれそうに無い。

 野郎の『だって』なんて可愛くないんだよ! と、いっそ言ってやりたかったが、零れた商品達を見て止めた。恐らくは冒険者達用に持ち込んだのだろう、武器や防具が散らばっていたからだ。


「オッサン! この中にミスリル剣とか『魔剣』とかは無いですか!?」


「ま、『魔剣』なら、そこにある緑色の『魔石』が埋め込まれた剣が……」


「ちょっと借ります!」


 返事も聞かず、商人が指した剣を掴み一気に抜き放った。鞘から放たれた瞬間、刀身は魔の風を纏う。

 異世界初『魔剣』に感慨を持つ暇も無く、俺は近づいてきたアンデッドへ振り向き様の袈裟斬りを浴びせる。半透明の怖い顔したモンスターは、鼓膜まで呪いそうな叫びを残して消えた。


「ふッ、また詰まらんモノを斬ってしまった――」


 どうやら俺も、憧れの異世界剣聖への第一歩を踏み出してしまったらしい。

 我ながら現金なモノで、攻撃が通じると分かった瞬間つい得意になってしまう。

 その詰まらない者に手こずっていた事実や、実戦で剣を使うのは初めてなのに何がかは訊かないで欲しい。


「さぁ、我が剣の錆になりたい者から掛かってくるが良い……――って、あら?」


 正眼に構えた剣の、ツバから先が無かった。


「? あれ、お? んん?」


 手をかざして見ても何も無い。

 刀身隠蔽モードでもあるのかと期待したけど、どうにも違う。ふと、足下に銀色の金属片が刺さっているのが見えた。

 もしかしなくても『魔剣(レンタル)』の刀身だった。


「オッサンごめんなさい! 『魔剣』折っちゃった!」


「は、はああああ!? 何しやがんだこの野郎! ソイツぁ俺の店のとっておきだったんだぞ!? 硬い野郎相手に無理して斬りかかったとかじゃないだろうな!?」


「いや相手はユーレイでしたし、そんなはずは……すいません! 弁償しますんで、別の貸して下さい!」


「あ、ちょ、おい!?」


 平謝りしながら次の『魔剣』をとり、鞘から抜き放った勢いをそのままモンスターに叩き込んだ。例によって耳障りな断末魔を残して消滅するが、俺はそれどころじゃなかった。


「ま、また!?」


 一振りで、決して安くは無いはずの『魔剣』がまた根元から折れてしまったのだ。後ろで行商の悲鳴が聞えてくる。

 まさかと思い、落ちていた普通の剣を抜き振ってみる。ベキンと音を立てて、時間差で刀身が落下した。


「もしかして、俺の腕力に耐えられないのか!?」


 思えば練習の中、全力で剣を振るときはいつもメリーベルの純ミスリル剣か、収炎剣を借りていた。

 前者は剣の中でも最高級品だし、後者に至っては古代の超技術で作られた伝説の銘剣だ。


「なあああああーー!? 結局三本も折りやがったなお前! 全部弁償しろ弁償!」


「け、決してわざとじゃ無いんです! どうか命の恩人割引でお願いします! あと、もう一振りお借りしても宜しいでしょうか!?」


「誰が貸すかタコ! そもそも『魔剣』はもうねぇよ! つーかアンタよく見たら『クレセント・アルテミス』のオリオンだろ! 代金はディミトラーシャにツケとくからな!」


 あああああああ! 身バレしてる上に、また借金が出来るぅぅぅぅぅぅ!


(やっぱり元凶を打倒するしかない! でもルーカスを倒したとして、召喚獣コイツらは止まるのか……? それに、アメリアとコレットを連れ去ったルーカスは多分また贋物だ。本物は何処に居る? そもそも『ポミケ』に居るのか……!? いや、まずは二人の安全を確保しないと……でも、今俺が此処から離れたら……)


 焦りにばかり支配され考えが纏まらない。武器も手も余裕も知恵も、何もかもが足らなかった。


 ・


『ミスリル・タワー』の外側、辛うじて難を逃れた薬師や参加者達が不安そうに会場の方を見守る中、一人の男が何十度目かの悪態をついていた。


「――チッ、忌々しい!」


 ダストールという中級冒険者は、忌々しさにツバを吐いた。

 この『ポミケ』において、冒険者の姿は珍しくない。薬師や商会が販売場所を奪い合い、争いになるケースは毎回のようにある。その為、彼らは用心棒として冒険者を雇ったりするのだ。


 ダストールも同様に雇われた冒険者だが、彼らは『ポミケ』の運営側に属していた。参加者の争いが激化した場合の仲裁や、会場に近づくモンスターを討伐したりするのが彼らの主な仕事だ。


 だが今回、彼らには別の仕事が与えられていた。

 内容は、ある女の捕獲。仕事自体は何ら特別な物では無い。

 彼が忌々しさを覚えたのは、依頼の詳しい内容だった。女の捕獲には、生死を問わないとされていたからだ。

 秘密裏に、しかも死んでも良い女を捕まえる仕事などロクなもので有る筈が無い。捕まえたあと、その女がどうなるかなど分かりきっている。


 ダストール達に依頼してきたのは、運営側に居た自分達とは別の男達。裏ギルドよりの冒険者か、或いは仄暗い裏家業を生業にする連中だった。

 ダストール達は断ろうとしたが、知ってしまった以上は是が非でも言うことを聞けと、相手は凄んできた。

 仮に撃退したとしても、大きな後ろ楯があるらしい連中だ。どんな報復があるかしれない。ダストール達は付き従う他なかった。


 忌々しさを隠そうともせず、ダストールは緊急稼働中の『ミスリル・タワー』を睨んだ。一歩遅ければ、自分達も閉じ込められてしまう所だったのだ。

 与えられた通信機で文句をぶちまけたが、返ってきたのは別の命令。

 その女が『ミスリル・タワー』から脱出していた場合、避難を誘導するフリして捕獲しろと云うものだった。

 与えられた人相書付きのメモを、いったい何度破いて棄てようかと思ったか知れない。だが、それも出来なかった。

 自分がうだつの上がらない冒険者だとは自覚していたが、ここまで堕ちたかと、自身を見下げ果てたい心地だった。


 結局ダストール達は、その標的の女が見つからないことを願いつつ、逃げてきた『ポミケ』参加者達の誘導に務めるフリをしていた。


「……あ?」


 ふと、仲間達の姿が見えない。嫌気が差してサボってるのかとも思ったが、連中の姿は直ぐに見つかった。

 一ヶ所に集まって、こんな事態だというのに何やら楽しげに談笑していた。


「君可愛いねー! いくつ? 随分若いようだけど、もしかしてアカデミーの学生さん?」


「白いポーションなんて珍しくない? たくさん買ったげるから、サービス欲しいなー?」


「へぇー、ブロンズ・タグなんだ。ちょっと見せてよ」


 見れば、一人の少女が仲間の若い連中に囲まれてオロオロしていた。

 ナンパをしているらしい。スケベ心を友好的な笑みでコーティングし、口々に「可愛い」とか「暇ならお話しようよ」とか、仕事も事態を忘れて暢気にだべっている。

 囲まれている少女の胸には『クレセント・アルテミス』でも滅多に見ない規格外の爆乳が……いやいや、銅のタグが首に掛かっていた。

 最も、そのタグは彼女の乳房に乗り、ほとんど水平になっている。それほどの豊穣デカさだ。


「――ったく! こんな時だってのに!」


 仕方ない連中だと溜め息つきながら、彼は場を収めに向かう。

 近づきながら何となく少女の顔を見ていたダストールだったが、ある事実に気付き顔を青くしてしまう。


「こンのバッキャロ共が!」


 いきなり走り寄ったダストールの拳骨が、ナンパ男達の頭の数だけ振り下ろされた。


「あだッ!? な、何するんスかダストールさん!?」


「相手を良く見やがれってんだこのスカァ! この子はモルブの旦那とエッダの婆さんが可愛がってる娘さんだろ!」


「は、はあ――……ああ!? って、ってことは、サンリッシュ牧場の!?」


 鉄拳に不平を漏らしていた男達だったが、ダストールの言葉が痛みと一緒に頭に染み込んだらしく、一斉に顔を青くしてしまった。

 栗色の髪に、あどけない顔立ち。そして王国最大の都市、王都【クラジウ・ポワトリア】でも稀も稀も稀な巨大な乳房。

 間違いない、ミルシェ・サンリッシュだ。


「手ぇなんて出して見ろ! テメェら旦那達が抱える大工共に半殺しにされた挙句、王都じゃ食い扶持が稼げなくなっちまうだろうが!」


 一喝に男達は竦み上がってしまうが、ミルシェは自分がそんなに有名な事には全く自覚がなかったらしく、むしろキョロキョロしていた。

 男達は笑みをひきつった物に変えて、ミルシェから離れた。


「悪かったな嬢ちゃん。でも、アンタだって良くないぜ? こんな女日照りな連中が集まるとこに、お嬢ちゃんみたいな娘さんがノコノコって気ちゃあな」


「ごめんなさい……確かに、


 栗色の髪をした少女は素直に謝罪した。しかしどういうワケか、彼女はむしろ自分より相手の方を心配しているようだった。

 おやとダストールは思うが、それについては言及せず、ミルシェが引いていたリアカーに目を向けた。

 重量軽減の魔付加エンチャントがされた、高級リアカーだ。上には沢山の鉄缶と、ポーションが積んである。

 そして、どうでも良い事だが、リアカーの横には幾つも文章が書かれており、それが全て✕記しで消されていた。


『ミルシェ生搾りおっぱいポーション』

『牧場娘製、豊穣なる恵みポーション』

『これでこんなに育ったよポーション』

『私のミルク、沢山飲んでポーション』

『某公爵姉妹御用達の育乳ポーション』


 誰が考えたかは知らないが、ボツもやむなしなネーミングだ。


「お嬢ちゃんも薬師だったのか? 残念だったな、こんな事になっちまってよ」


「私はまだ入場前だったんで大丈夫でしたけれど……中の人達は……」


 少女の辛そうな表情に、ダストールは良心が痛むのを自覚した。何を今更善人ぶってるかと自分を恨めしく思うが、何とか顔に出さずに済む。


「……ウチの連中も言ってたが、白いポーションなんて珍しいな。お嬢ちゃんが作ったのかい?」


「はい。正確には、ある人のレシピを借りて今朝早起きして作ったんです。凄く美味しいですよ!」


 嬉しそうに、そして何処と無く誇らしそうに言ったミルシェにダストールはピンと来た。


「ははーん? ある人ってのは、お嬢ちゃんのだな?」


 指を立て笑って見せると、少女は顔を赤くして俯いてしまった。よく見れば口をモニュモニュさせ、恥ずかしそうに笑っている。

 仲間達がガックリと膝を突いたりしてるが、仕方のない話だ。


「そうだ! 良ければ試しに飲んでみませんか?」


「おっ! そいつぁ願ってもねえ! 有り難く貰うぜ! おい、お前らも飲めや!」


 ダストール達はミルシェから白いポーションを受け取ると、一息に飲み干した。

 水のように飲みやすく、喉越しも爽やかで透き通るような甘さがあった。気に入らない仕事や、自責で疲弊していたダストールの心身を癒す力が、確かにあった。


「――ッカア! うまい! お嬢ちゃん、こんな美味いポーション初めてだぞ! お代わりくれお代わり!」


「そうですか!? ありがとうございます!」


 ダストール達は、飲んだこと無いようなポーションに舌鼓を打ち、口々に旨い旨いと連呼して、ほとんど全員が三本程お代わりした。


「ふー……ごちそうさん。で、幾らだ?」


「あ、いえ……お代は結構です。こんな事態だから、皆さんに少しでも元気になって欲しくて……」


 ダストールは首を振る。


「お嬢ちゃん、そりゃあいけねぇよ。お嬢ちゃんの優しさは大したモンだが、タダはいけねぇ。『ポミケ』に限らず、仕事や物には対価を出さなきゃならねぇんだ」


「え、でも……」


「見掛けによらず頑固なお嬢ちゃんだな。よしわかった! 有り難くタダで貰おう! だが代わりに、お嬢ちゃんのお願いを何でも聴いてやる!」


「え、えっ? お願いを、ですか?」


「おおよ。さ、何でも言ってくれ! ムサイ男ばかりだが、腕自慢の冒険者さ! 荷物運びや用心棒だって何でもするぞ!」


 ミルシェは少し考えていたが、思い付いたらしく顔を上げた。


「でしたら……ムネヒトさんを手伝って上げてくれませんか?」


「あ? ムネヒト? 誰だそいつぁ……ああ、なるほどな」


 察したダストールは得心したように頷く。後ろの連中は、またしてもガックリと膝を突いていた。


「……ムネヒトさんも『ポミケ』に来てると思うんです。私もお手伝いしたかったんですけど見つからなくて……きっと、何かに巻き込まれてるんだと思いま……す」


 訳ありなのだろう、ミルシェの表情に不安の雲がかかった。


「少しでも良いんです……『ムネヒトさんを見かけたら、お仕事を手伝ってあげて欲しいんです』 強い冒険者さんなら、私が行くよりムネヒトの力になってくれると思うから……」


「……


 ダストールは頷き、後ろの仲間たちとも頷きあった。


「それ位お安い御用さ。ムネヒトっつう、お嬢ちゃんのオトコを見かけたら手、つだ……え、ば――良い…………」


「……? おじさん?」


「ぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


「ひょえ!?」


「聴いたなテメェらァ! ムネヒトってヤツを何としても助けるぞおおおおおおおお!」


「「よっしゃあああああ!!」」


 急に雄叫びを上げたダストール達に、ミルシェは目を白黒させる。


「え!? で、でも皆さんも『ポミケ』の仕事があるんじゃ……」


「あ? 仕事? ケッ! こんなのモン知ったことかボケめ!」


 びりぃ!


「ええー!?」


 ダストールは、手渡されていたメモを千切って地面に叩きつけて踏みにじった。


「もともと気に喰わねえ仕事だったんで清々したぜ! おい行くぞテメェら! ミルシェ様の為にムネヒトって野郎を死ぬ気で手伝うぞ! 行け行け行けーッ!」


「「うおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉーっ!」」


 男達は拳で天を突き雄叫びを上げた。呆気にとられていたミルシェだったが、


「様!? 死ぬ気!? ま、待って、待ってくださーい!」


「「はい待ちます!」」


「ええええーー!?」


 猛スピードで走り去ろうとした彼らは、手品みたいに止まった。

 まさか本当に待つとは思ってなかったらしいミルシェは、騎士のように整列した男達に驚きの声を上げる。

 彼らがミルシェに向ける眼差しは、それこそ王に向ける騎士達の目と同じ光を持っていた。


「えっと、えっと……死ぬ気ってのは、どうかと思います……だから、その、自分のお体を大事にして下さい……?」


 待ってもらったは良いが、何を言うべきか全く考えてなかったミルシェは、シドロモドロになりながらそんな事を言った。

 そんな不明瞭なミルシェの言葉を、男達は滂沱の涙を流しながら聞き入っていた。


「ぅぅう……なんて、お優しい……! ミルシェ様こそ国母様の生まれ変わりに違いない……!」


「お、大袈裟ですよぅ……」


「オイラはきっと、ミルシェ様のお力になる為に生まれてきたんだ……! かあちゃん、とうちゃん、産んでくれてありがとうよ……!」


「いや、だから大袈裟ですって……」


「俺、もうクソみたいな裏稼業辞める……! ドブさらいでも、薬草取りでも、ダンジョンでの補給でも、まともな仕事を一から始めるんだ!」


「私のせいで転職ですか!?」


 ――発動条件は、ミルシェかムネヒトが搾ったミルクを飲ませ、314秒以内にその相手へ願いを言う事。

 あくまでも願い事のため、相手は断る事も可能だ。強制力は飲んだミルクの量や、ミルシェの願いに対する心理状態で変化する。


 もし彼女の願いが全く受け入れられなかった場合、彼らには何の変化も起きなかっただろう。

 しかしこの場にいたほとんどの者が、与えられた『サンリッシュ牛乳・ポーション』を飲み干し、ミルシェの力になっても良いと思った。

 モルブやエッダに対する恐れや、気の進まなかった仕事を抱えていたという事もあって、どうせなら若くて可愛らしい少女の願いを聞いた方が良いと、そう彼らが思ったのは自然なことだったのだ。


 それで軽く「良いぞ」と了承した瞬間、心の中にある重要度ランキングが変動。ミルシェという少女が殿堂入りを果たす。

 願いを叶える迄の時間限定ではあるが、ミルシェの為に力の全てを尽す狂信者が生まれてしまった。


 神威『君へ、恵みと誓いをサンリッシュ・ヴァウ


 ムネヒトに愛され、おっぱいを愛された彼女――【神威代任者】ミルシェ・サンリッシュにのみ許された神意による神威だ。


「しゃあ! 今度こそ行くぞ! 身体を大事にしつつ死ぬ気でムネヒトを助けるぞぉぉぉぉぉぉ!」


「「うおぉぉぉぉぉぉ!」」


「矛盾!? あ、あの、せめてムネヒトさんの特徴を聴いていって下さーい!」


 ・


 ムネヒトの特徴を聞いたダストール達は、草埃を撒き散らしながら今度こそ走り去ってしまった。


「あれー……?」


 自分が【神威代任者】であることも、神威を発動させた事も知らないミルシェは、ただただ首を傾げるばかりだった。

 そんなに牛乳が美味しかったのかな? えへへへ。と暢気に考えているぐらいだった。


「お嬢さん、何か珍しいポーションを売ってるねぇ。ほうほう牛乳から作った美味しいポーション……一つ良いかな?」


「え? あ、ハイ! もちろんです!」


 浮かべていた疑問符は、ふと現れた客の声で消え去ってしまった。


「私も良いかい? ここに居る人数……とりあえず五本くれ」


「ワシにも頼む! ちょうど喉が渇いていたんじゃ!」


 こんな時でも、いやこんな時だからこそと、商会の関係者や客達が集まってくる。自分達は『ポミケ』に来たのであって、モンスターに襲われに来たんじゃないと、ミルシェのポーションを呷った。


「んー! 美味いっ! こりゃあ絶品だ! お代わり!」


「こんなに美味しいポーションは今まで飲んだこと無いぜ!」


 いま話しかけてきた老人のほかにも、見れば先程の騒ぎを聞きつけたらしい客が何事かと集まってきている。

 よく分からないが、爆乳美少女薬師の売っているポーションが、べらぼうに美味いらしい、と。


「ありがとうございます! ああ、押さないで下さい、押さないで下さい! まだまだたくさんありますからー!」


(ま、いっか!)


 俄かに忙しくなったためでもあるが、ダストール達への疑問は綺麗に忘れ去られてしまった。

 ミルシェは両親譲りの大らかで、やや大雑把な性格の持ち主だった。

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