金の稼ぎ方、使い方(上)

 

 横の大通りに面した此処は、主に冒険者が利用する大衆食堂だ。早い安い多い美味いをモットーに、ダンジョンに挑む冒険者達の胃袋を日夜支えている。

 元冒険者が営むだけあって彼らの心理には詳しく、料理の見栄えや栄養バランスより食べ応えを重視している。いわば、質より量だ。


「三番テーブル! ランド・バードの唐揚げ大盛りを追加だ!」


「ブラウンポークの串カツが揚がったぞ! モタモタするな、さっさと持って行け!」


「大皿が足らねえ! 戸棚から補充しておけ!」


 昼食時、食堂は戦場だ。客である冒険者の他に、料理する者、注文を取る者、テーブルを片付ける者、客を見送る者が行きかい、なんとも忙しない。


「ムネヒト!」


「お待たせ致しました! 六本足牛の100%ハンバーグになります! どうぞごゆっくりー!」


「ねえムネヒト! ちょっとムネヒトったら!」


「ギガントポテトのコロッケですね! ハイ喜んでー!」


「聴きなさいよムネヒト!」


 振り返ると同期のリアが居た。まあ同期といっても、日雇いの超短期バイトなので実感は薄い。その彼女は眉を急角度に跳ね上げて俺を睨んでいた。

 俺もリアも同じ仕事を貰っており、客から注文を取ったり料理を運んだりしている。二人とも料理が出来ないので仕方無い。

 ちなみに俺は時々皿洗いに呼ばれたりするが、リアは接客率100%だ。そりゃあ誰だって、綺麗な女の人と話したい。


「なんだ煩いな! いまクソ忙しいんだから後に……ああホラ、七番テーブルの冒険者様達がお帰りお出かけだ! 食器を下げて来い! すぐに次のお客様を入れるぞ!」


「いやだから……ねえ、何で私達こんな事してるの!?」


「金を稼ぐために決まっているだろ!」


 金髪美女メイドのこの質問は、もう何度目か判らない。


「いいからほら次だ! 急げ急げ、次はちゃんと『お帰りなさいませ、未来の勇者サマ』って言うんだぞ!?」


「此処は冒険者達の家じゃなくて食堂でしょう!? お帰りなさいって何なの!?」


「細かい事は気にすんな! 俺の国では『いらっしゃいませ』と『お帰りなさいませ』と『アンタ、この店に何しに来たのよ!? べ、別に嬉しくなんかないんだからねっ』はニアイコールだ!」


「貴方どこの出身よ!」


 この喧騒の中では基本の会話も大声になってしまう。ほんの数メートル離れただけで、言葉を交わすのが難儀だ。


「そもそも何なのこの服! ヒラヒラしてるし、スカートは短いし、背中とかむき出しだし、無意味に巨大なリボンとか付いているし……機能性のカケラも無いじゃない!」


「メイド服だからな!」


 彼女は服にフリフリの沢山ついた……むしろ、フリルにエプロンドレスが付属していると言った方が良さそうな服を着ていた。

 白と黒を基調としたオーソドックスなデザインであり、後ろ腰には不必要なほど大きな結び目リボン、頭には純白のカチューシャが付属していた。

 フリル増し増しのスカートから伸びた長い脚には、当然のように黒のニーソックス。絶対領域だって欠かしていない。

 つまり金髪のメイドさんだ。

 あまりの似合いっぷりに、思わず『可愛い』とか『綺麗』とか言いそうになったが、リアくらいの美人さんになれば言われ飽きているだろうから俺は口を瞑った。

 ほぼ初対面の女性を褒めるコトにビビったワケじゃないのです。


「私の雇っ――……知っている給仕メイド服とは随分違うのだけれど!」


「メイド服だからな! 給仕服ではあるが、本来の給仕服とは違う独自の進化を辿った装い――言うなれば、ガラパゴス給仕服だ!」


「がらぱごすって何なの!?」


「ともかく文句があるなら店長か初代クノリに言え! きっとどっちかの趣味だ!」


 リアがメイド服を着ているのは、着るだけで時給20%アップだからだ。

 世に女冒険者がいないワケでは無いが、この食堂においては極少数。見目麗しい彼女がメイド服で接客しているだけで、場が一気に華やかになるように思う。

 実際、料理長兼店長曰くいつもより客入りが良いらしい。さもあらん。


 言わずもがなな事だが、お触りも従業員へのナンパもお断りだ。リアにちょっかいかける男は俺が個人的指導をしている。お皿の汚れと一緒に綺麗にしてやるぜ。

 ちなみに料理が出来れば更に10%アップだったのだが、まあそれは仕方無い。


「もう一息だリア! あと少しで休憩だぞ!」


「そのセリフ、今ので八回目よ!」


 お金を稼ぐってのは大変だ。


 ・


 十二回目の励ましを与えたところで、ようやく客足が落ち着いた。俺とリアは裏に引っ込み、少し遅めのランチを待つ。


「ひゅーっ……ひゅーっ……」


 か細い呼吸でぐったりしているのは、メイドのリアだ。

 ぐったりと、椅子に辛うじて座っていた。日本で『萌え』を振り撒いているメイド達も、こんな風に心身を消耗しているのかと思うとカワイイも大変だと痛感する。

 慣れない仕事で疲労困憊は俺にも覚えがあった。初めて牧場で働いたのが随分前のような気もするし、昨日のような気もする。


「お疲れ、ほら水だ」


「……体力治癒薬スタミナ・ポーションは無いかしら?」


「有るけど、売り物だから有料だ。飲んだらバイト代から引かれるぞ」


 リアはむっつりとした顔のまま水を受け取り、勢い良く飲んでいく。コップじゃなくて水差しごと持ってくれば良かったかもしれない。


「…………ふぅ……あのねムネヒト、私はこんな事をしている場合じゃないの」


「『ポミケ』に間に合えば良いんだろ? 他にやることがあるならそっちを優先すべきだが、何かあるのか?」


「それは……無いけれど……」


「だったらそれまで、出来るだけお金を稼いでおこう」


 俺の借金の為にな!


「それとこれとは話が別よ。だいたい私、肉体労働は――」


「お! まかないが出来たみたいだぞ! 飲食店のバイトはこれがあるから良いよな!」


「だから聴きなさいよ!」


 テーブルの上に、大きめな皿に盛られたまかないランチが出てきた。

 余り物のパンと野菜とチーズと肉で作られた、余り物のハンバーガー。見てくれは到底ナントカ栄えしそうにないが、ボリュームはバッチリだ。


「取りあえず温かい内に食べよう。それとも猫舌?」


「……暢気にランチなんて食べている気分じゃ無いの」


「食欲が無いとか言って、朝飯も全然食べなかっただろ。ちゃんと食べなかったから余計に疲れてるんじゃないのか?」


「余計なのは貴方のおせっかいよ。とても食欲なんて――……」


 嘘なのはエスパーじゃなくても分かる。テーブルに置かれたハンバーガーを、チラチラと何度も盗み見していた。彼女は俺の正面に座っているからソレが丸分かりだ。

 ……俺がおっぱいを盗み見ているのがバレバレだという良い証拠である。自重しないと。


「良いから食え。腹が減っては良い復讐は出来ないって言うぞ」


「……言わないわよ」


 そうは言っていた彼女も、おずおずと手にとった。


「…………これが、ハンバーガー……」


 もしかして食ったこと無いのだろうか? 俺も最初に王都で見かけた時は驚いたが、聞けば割りと一般的な料理らしい。

 リアは複雑そうな顔でまかない飯を見ていたが、やがて彼女の中で折り合いがついたのだろう、エイっと勢い良く齧り付いた。


「……――!」


 口と同様に大きく見開かれた瞳が、何よりも雄弁だ。零口目から一口目にだいぶ時間を使ったが、二口目以降は秒を数えるまでも無い。


「――! ――!」


「……水のお代わり持ってくるから」


 喉に詰まらせる前に用意してやらないと。


 ・


「ちょっと! 幾らなんでもアームが弱すぎるんじゃないの!? 今のぜったい掴んでたわよ!」


「余り興奮すんな。血圧が上がるぞ」


 バイトを終えた俺達は例の安い宿屋……では無く、歓楽街に来ていた。

 歓楽街とは言っても『クレセント・アルテミス』のような夜遊びの街ではなく、別種のエンターテイメントに富んだ遊び場だ。


 リアが今熱中しているのは、畳二枚分ほどのスペースを透明のガラスで長方形に仕切られた箱だ。中にはぬいぐるみや小さなアクセサリーが山積みになっていて、箱の天井にはデフォルメされた可愛らしい天使が居る。

 その天使を手元にあるボタンで操り、ぬいぐるみやアクセサリーを掴んでゲットするという仕組みだ。


 ゲームの名は子羊・サルベージャー。

 箱の中は地獄であり、天使が地獄に堕ちた哀れな子羊達を救済する……という設定らしい。

 微妙に恐ろしい設定だが、つまりUFOでキャッチする的なアレだ。類似ゲームにダンジョン・サルベージャーってのもある。


『稼いだ給金を早速娯楽に使うの? 浪費の極みね』


『掛けた時間と成果が釣り合って無いと言ってるの。貯えやビジネスのアイデアが無いのなら、まずは貯蓄をオススメするわ』


 最初はそんな事を言っていたリアだったが……。


『……へぇ、此処に銅貨を入れるの』


『どれを狙ってるの? ……牛のぬいぐるみ? 変わってるわね』


『一度だけよ。浪費で有ることは疑い無いけど、何もしない内に否定していたら見識は狭くなる一方だもの』


『……天使って、とても非力なのね……』


 ……で、現在。リアは積み上げた銅貨を融かすことに忙しい。


「……これはアレかしら? 天に助けを請うにも、先立つものが必要っていう啓蒙なのかしら……?」


 顔を押し付け過ぎてオデコを真っ赤にしたリアが呟いた。こめかみには青筋が浮いている。


「地獄の沙汰も金次第って言うしなぁ……」


 だとするなら、死後の世界とやらは資本主義なのだろう。悪魔も神様も金を何に使うんだ。例えば俺だったら、おっぱいの為になることに使うけど。


「なぁリア、そろそろ店員の目だったり、次の客の目だったりがヤバいんだけど……」


「静かにして……今ちょうど掴んだのよ……そう、良いわよ、しっかり……もうちょっと……もうちょっと……!」


 視線は、天使に抱っこされたぬいぐるみに固定されていた。この犬をモチーフにした紺色のぬいぐるみは最初取り辛い位置にあって、俺は別のを狙えばと言ってみたのだが彼女は首を縦に振らなかった。何でも、自分の妹みたいな人物に似ているそうだ。

 祈るように、或いは呪うように天使に熱い眼差しを注ぎ続ける。

 眼力の強さがアームの強さに比例するワケ無いが、遂にリアの根気が実を結ぶ。犬のぬいぐるみが、天使によって救済されたのだ。ついでに俺も救済された心地だ。


「とれた! とれたわ! ほら見なさい、簡単じゃないの! コツさえ掴めば私だって――……ぁっ」


「……」


「……」


「……」


「……おほん。さあ、もう良いでしょう? 行くわよムネヒト」


 どの口が、とは言うまい。俺は女性の気持ちを尊重できる系の日本人なのです。


「…………少しだけ熱くなったのは認めるわ。最近の娯楽は人の心理や欲を研究しているのね」


「明らかにぬいぐるみの原価を上回る金額を浪費しちゃったな」


 俺のジト目に気付いたのか、リアは訊いてもいないのに言い訳をしだした。そんな様子を目の辺りにすると、からかいたくなるのが人情ってもの。


「原価だけで図るのは間違いよ。あらゆる商品やアイデアは、世で出るまでに見えない困難を幾つも重ねているの。金額だけが価値の指標じゃないわ」


「違いない」


「……何なのその薄ら笑いは。言いたい事があるなら、ハッキリ言ったらどうなの?」


「気に入ったみたいだし、せっかくだからぬいぐるみに名前でも付けたらどうだ?」


揶揄からかえとは言ってないわよ!」


 それでも彼女は、ぬいぐるみを離さなかった。

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