祭りの終わり(上)
「当然の結果だったな」
大本営の掲示板を見ながら、第一騎士団副団長カロル・フォン・ベルジーニュはほくそえんだ。
彼のいう策は極めて単純だ。最初から希少なモンスターの素材を集めておけば良い。
二日間のみで集められる素材の量などたかが知れている。原始人ではあるまいし、馬鹿真面目にモンスターを狩るなど頭が悪い以外の何者のでもない。
カロルがいうところの戦略とはつまり、金銭や人脈を駆使しあらかじめ討伐証明部位となる素材を収集しておくことだ。
勝つためには戦うしか無いと視野狭窄を起こす連中のなんと多い事かと、彼は毒の篭った含み笑いをこらえ切れない。
技を磨き、連携を強化するなどといっても所詮は小手先の戦術。とどのつまり『狩猟祭を皆で頑張って勝ちます』などというお目出度い発想の延長だ。
彼は半年かけて今大会に備えていた。
ギルドの冒険者などに素材収集の依頼を果たさせたし、あの【枯木侯】の目をも欺く為、素材の鮮度を保つ為に『状態維持』や『鮮度維持』といった魔付加を施した収納袋も山ほど用意した。
モンスターの分布から策が漏洩しない様に人脈を使い今回の狩猟祭の開催場所を調べ、そこで素材を収集させるという徹底ぷりだ。
あとは森の各所に隠していたソレを何食わぬ顔で差し出せば済む。簡単な話だ。
無論、第二騎士団だって――正確には一部のみがだが――馬鹿ではあるまい。
我々が集めた大量の素材を見れば、じきに何をしたか察するだろう。ギルドに依頼を出した者や大森林に入った者などをチェックしていけば、やがて真相に辿り着く。
そして我々も
だがそれでは遅すぎる。
事実に至る頃には、もう第二部隊など存在しない。レスティア・フォン・クノリを第一騎士団へ加えてしまえば後はどうにでもなる。
忌々しい『錆付き娘』も副隊長としての能力を疑問視されるようになるだろう。事実上、あのチンピラ集団は終わりだ。
「実に良い機会に恵まれた物だ。あの黒髪の更正団員には感謝せねばなるまいな」
彼はたった一回を使う機会を虎視眈々と狙っていたが、意図せず幸運が向こうから転がりこんで来たのだ。カロルとしては笑わずにはいられない心境だ。
決して少なくない出費ではあったが、あの第二部隊が潰れクノリ家を手に入れる契機になるのだから、カロルにとってはむしろ安すぎる買い物だ。
とはいえ自分だって鬼ではない。『錆付き娘』も這いつくばって泣いて懇願すれば、第二部隊の存続を打診しても良い。
カロルの趣味では無いが、あの娘を手篭めにしたい貴族連中はごまんと居る。
上手く使えば彼らとも縁を結べるだろうと、彼は記憶にある何名かの有力貴族を脳内でリストアップする。
カロルはそんな薔薇色の未来を、至近の現実と確信していた。
・
二日目 最終発表
第一騎士団 36900ポイント
第二騎士団 4500ポイント
・
「…………」
俺達の間を、沈黙というより沈痛が支配していた。
精魂使い果たした俺達は狩猟祭の終了時刻より早めに本営に戻ってきた。すると、第一騎士団の合意もあったのか閉会式を早める事になったのだ。
大本営前の向かって左に第一騎士団、右に第二騎士団が整列し、アドルフ審査員長の発表を待っている。
ジョエルさんもレスティアも何処かに行ってしまったのか姿が見えない。残された俺達はメリーベルを先頭にして、直立姿勢のまま場の空気に耐えていた。
「おいおい見ろよ……あんなにイキがってたクセに、第二部隊の連中、もう帰ってきたらしいぜ?」
「どうもとんでもない化け物と戦ったって言うが、あのザマじゃあ間違いなくホラだな」
「ええ全く。第一騎士団が敗れるほどの大物を倒したとのたまってるようですが、嘘ですよそんなもの」
「常識的に考えてヤツらにそんなこと出来る筈がねえわな。仮にもし事実なら、何故素材を持ち帰らなかったのんだ? それが何よりの証拠だ」
「あーあー見っとも無え。いかにも奮戦しましたって汚い格好して誤魔化しやがってよぉ? あ、あいつ等が小汚いのは前からか!」
「しかも魔獣どころか、神獣とか言う話だぜ? 今時そんなモンが居るわけ無いだろうに。嘘付くならもっと真面目に考えろよっての」
「言ってやるなよ! あいつらは嘘の才能まで貧しいんだからさ!」
「ははははははは! 確かにな!」
観客席からの喧騒はともかく、左隣から聞こえてくる話し声、嘲笑交じりの話し声はヒソヒソというには耳障りに過ぎた。
先頭に立つ副団長のカロルさえも、団員の私語を咎めるどころか、こっちに勝ち誇った笑みを向けてくる始末だ。隣の太ったおっさんも同様だ。
分かっていたことだ。
あのタイラント・ボアに止めを刺さなかったことに悔いは無い。戻ってきた俺達を迎えた第一と第二のポイント差は確かに堪えたが、だからといって俺達の為したことが嘘になったわけじゃない。
だが、何も知らない連中にこうも口汚く罵られるのは業腹だ。
特に「第二部隊の代わりに、俺達が神獣を退治してやれば良かったぜ」などと豪語する連中には、ダース単位でゲンコツをくれてやりたい。
「つーか、アイツらちゃんと約束覚えてんだろうな? ま、脳ミソが貧しけりゃ忘れててもしょーがないか!」
更に深刻な問題が至近に迫っていた。
大会前に約束した賭け、レスティア異動かメリーベルの剣を折るか、そんな選択を迫られている。
ご丁寧にも先程カロルがやって来て、薄っぺらい労いの台詞と第一騎士団の制服を置いていった。女性用事務員の制服だ。
レスティアはパッド戦士だからサイズが違うぞと投げ返してやろうと思ったが、何とか思いとどまった。
「『皆さんお待たせいたしました。アドルフ審査員長がいらっしゃいます』」
第一でも第二でも無い大会運営のスタッフ……審査団の一人だろう。並ぶ騎士達の前に立ち、俺達と観客に
ざわざわと未だ喧騒が収まらないが、大本営の審査員用テントから数名の男女、そして【獣宝侯】と妻のフェンザーラント婦人だ。
先頭にいた立派な髭の男が侯爵を設置されていたマイクへ誘導しているが、侯の足取りは重い。
「さあ閣下、最後の一仕事ですよ。シャキッとして下さい」
「……煩いのう、分かっておるわい。はあ、来るべきでは無かったかのう……」
機嫌でも悪いのか、アドルフ侯爵はポツポツと歯切れが悪い。
それでも審査員長としての務めを果たすらしく、杖でカツカツしながら第一と第二騎士団の正面に立った。
「『……王都守護騎士団、並びに冒険者や個人参加の諸君。今大会もその実力を充分に発揮してくれたようで、今回は例年に無く多くの素材が――……』」
水分の欠けた声でゆっくりと、謝辞を述べていく。
「『さて、もう提出していないアイテムなどは無いか? …………無いようならば、あまり意味は無いだろうが、このまま結果の発表に移ろう』」
くそ……! 何かないのか!
「……スピキュールを奴の前で破棄しよう。レスティアさんを第一騎士団にやるわけにはいかん」
メリーベルが囁いた一言は、アドルフ侯爵のスピーチと声量を抑えた嘲笑飛び交う中でもハッキリと聞き取れた。
「副団長、それは……」
アザンさんがやや俯いていた顔を上げるが、二の句が継げない。見れば他の皆もメリーベルへ視線を集中させていた。一様に暗い顔をしている。
彼女は小さく頭を振り笑った。
「構わん。最後の最後に、この剣は私に応えてくれた。それだけで本当に恵まれている。良い夢を見ることが出来た――」
嘘偽りの無い言葉なのだろう。メリーベルは本当に嬉しそうにそう言った。
優しく、だが淋しそうに笑ったのだ。それを見て心を痛めない者が居るのなら、それは間違いなく人の気持ちなど考えないクソ野郎だ。
「ぐぅぅ……ふぐだんぢょおぉぉ……!」
「ば、アニギ! 何泣いでんだよ!?」
見れば双子騎士も他の団員達も滂沱の涙を流している。強面のオッサン達が揃いも揃ってだ。
「だって、くやしいじゃねえかよ! 俺たちゃぁ確かに勝ってたんだ! それにアイツ等が森に出張ってモンスターを狩ってる所を一人でも見たか!? 汚い手を使ったに違いねえ!」
それは誰もが思っていることだった。いくら向こうが人数も装備も第二を上回っているからといって、最終日にいきなり八倍近い差をつける事が出来るだろうか?
「……当然、抗議したさ。ある第一騎士団員からの証言もあったからね」
アザンさんはそこまで話し、だがと続けた。
「……だが、ポイント差は覆らない。彼ら……特に【獣宝侯】は、素材の評価鑑定のみ担って王都まで足を運んだ。不正などの調査は審査員達のあずかり知る事じゃない。王宮騎士団が動くにしても、狩猟祭終了後になるだろう……」
アザンさんの顔にも悔しさが滲んでいる。
メリーベルはそんな彼に歩み寄り、頭を上げるように言った。
「アザン、レスティアさんと第二騎士団だけは何としても私が護る。あの件は決して諦めるな」
そう言われアザンさんは顔を上げるが、再び顔を歪ませて俯いてしまった。拳は血が滲むほど強く握り締められていた。
メリーベルは顔を団員達に向ける。
「もちろん、お前たちもだ。これまで通りに堂々と第二騎士団を名乗れ。一人として欠く事は許さんからな」
そこまで言って、冗談でも口にするかのように口の端を上げる。
「なに、剣など無くともまた皆が力を合わせれば、何だって出来る。今回も良く戦ってくれたな、私はお前達が誇らしい」
彼女の言葉に団員達はついに涙腺を決壊させて男泣きしていた。ゴロシュとドラワットなんて、おおよそ顔から出せる液体が全て出ていた。
泣くな。せめて俺は泣くんじゃねぇ。俺の悔しさなんて、皆の何分の一も無いだろ。
満足行く戦いだった。だが、結果がついてこなかった。くそったれ。
「おいおいおい! アイツ等遂に泣き出しちまったぜ! 敢闘精神にお涙頂戴ってか!?」
「第二部隊ごときが、俺達正規の騎士と対等なんて夢見ちまうからそんな目に合うんだよ! 良い気味だぜ馬鹿共め!」
「どうせこれからも負け犬の人生が待ってるってのに、今からガキみたいに泣いてんじゃ先が思いやられるなあ!」
どうやら俺の堪忍袋の底が見たいらしい。
敵とはいえ、コイツにらは立派に戦った相手に対する配慮というものが無いのか。
一人残らずボコボコに……いや、乳首をねじ切らんばかりに……。
「いや、まだだ……まだ手はある!」
そうだ、乳首だ。俺は何を真面目に考えているんだ。あいつ等の乳首を捻り上げ、一人残らず約束した記憶やら何やら奪ってしまえば良い。
卑怯も卑劣も知ったことか! てめぇらの乳首は何色だゴルァ!
「ん……? 待てムネヒト、何をする気だ!」
隊列から離れようとした俺に気付いたらしく、メリーベルが行く手を阻んだ。
「退いてください! 詳しい説明は省きますが、第一騎士団の乳首をいじり倒して来ます!」
「……いやいや、何の話だ!? というか、またち、ちく……それか!? お前本当に好きだな!?」
「強いて好きか嫌いかで言うなら、勝利の鍵なんだ!」
「だから好きか嫌いかで答えろ! せめて!」
走り出そうとする俺の手を掴み、強い力で拘束してくる。ええい! なんて真面目な!
「離して下さい! 早く行かないと手遅れに……乳首が! 乳首が逃げます!」
「逃げるかそんなもん! お前は、むっ胸の先端に翼でも生えていて、飛び去ってしまうとでも言いたいのか!?」
「乳首に羽が生えているわけ無いでしょ! 常識で考えて下さいよ!」
「馬鹿にしてるのか貴様!? ヤケを起こすな! 良いから落ち着け!」
腕だけでは止められないと悟ったのか、彼女は体当たりするように俺の胴体へ腕をまわしてきた。
「あいだぁぁぁああ!?」
瞬間、全身を縦に凄まじい激痛が走った。
俺が痛みだと!? 『不壊乳膜』がまた破られたのか!?
「す、すまん! そんなに強くしたつもりは――……って、む、ムネヒト……それはなんだ!?」
メリーベルは信じられないものを見たという顔になっていた。
「へ? なんだって何が……なんじゃこりゃあああああああ!?」
俺の腰辺りに何かが突き刺さっているように見えた。着替えた服を捲り上げても汚れなどではなく、俺の肌に喰い込んでる。白くて丸くて太くて……えー!? 何ぞコレ!?
「おいこれ……タイラント・ボアの角じゃないか!?」
「はぁ!? 角!? ……げぇー! ほんとうだ!」
断面図しか見えていないが、言われてみればどうもそれっぽい。
根元までズッポリ刺さってるので、輪切りされた大根が湿布のように貼り付いても見える。
だがそれは氷山の一角、本体は俺という海の中。嘘ぉ。
「いやいやいや! お前なんで気が付かなかったんだ!? つかソレ痛くねえの!?」
何事かと駆けつけてきたゴロシュが事態を把握し、メリーベルと同じように信じられないものを見る顔になった。
他の皆も隊列を崩し何だ何だと集まってきて驚愕の表情を浮かべる。動物園のパンダの気分だ。
「あ、
「……気が動転してても、おっぱいは出すんだから凄いよな……」
「は? 新入り、今なんか言ったか?」
「黙ってろ!! ドラワットも訊くなぁ!!」
かくいう俺もほとんど半死半生でメリーベルの姿を見ることが出来なかったのだが、何故かそういうことが起きたのだと知っている。彼女は俺を助けるために、何故か乳ポロしてくれたのだ。
超嬉しいが、クソッ! なんでしっかり目を開けてなかったんだよ俺は!
「いやいやそうじゃなくて、とにかく引っこ抜きます! ケモノに掘られた(特に意味は無い)更正団員とか、笑い話にしたってデキが悪すぎる!」
「バカ無理に引っ張ろうとするな! 私が抜いてやるから! 誰か中級治癒薬をありったけ持ってきてくれ! 傷口に流しながら行う!」
生えてもいない尻尾でも毟るかのように角の根元を掴んだ俺を、メリーベルが慌てて制止する。
やがて直ぐに中級ポーションが手渡されると、彼女は俺の後ろにしゃがみタイラント・ボアの角に手を掛けた。片手でチロチロとポーションを流している。
俺も自分の乳首をこっそり触りながら『乳治癒』を全開にした。
「じゃ、じゃあ……始めるぞ? こういうの初めてだから、ぎこちなくても大目に見てくれ……」
「……」
「んっ……硬い、んだな、やっぱり……こんなに立派なモノは初めて見る……」
「……」
「こうか? こうすればイイのか……わ、わっ……! いま、ピクってなったぞ……! 痛くないか?」
「ア、ハイ。平気ッス」
「そ、そうか……ふふ、良かった。待ってろ、すぐ私が楽にしてやるから……はぁ……はぁ……はぁ……こ、こんなに太いなんて……!」
「あのすいません早くしていただけませんかねえ!?」
ワザとか!? 他の団員たちも気まずそうな目でコッチみてんじゃねえか!
「ばっバカ者! 急に大声を出――――あ」
「えっ」
ずるっポン。
「アッー!?」
えもいわれぬ感覚と共に、不確かな異物感が肉体から離れた。痛くは無い。痛くは無いが、なんだこのアレは。
角が抜けた後の俺の皮膚はややグロかったが、みるみる間にふさがっていく。ポーションと『乳治癒』様様だ。自分の中身とか見たくも無いもんね。
「うっわ、でっか……」
誰かの言うとおり、突き立っていた角は成人の腕と比べても遜色ないほどのサイズだ。手に持つメリーベルの腕が細く見える。
あんなのが刺さったままだったとか、俺の神経色んな意味で大丈夫だろうか?
「いい加減、静かにしないか第二部隊」
低い声は第一騎士団副団長のものだ。
自団の私語は無視してたくせに、俺達の騒ぎを聞き咎めたカロルがガチャガチャ歩み寄ってくる。
流石に俺の声が響いていたらしく、第一騎士団や観客の一部の視線がコッチに集中していた。
「いまから敗北の裁定を受けるとはいえ、礼節を弁えろ。まあ、貴様らにそれを期待するというのが愚かと――」
「お、おぉぉおおおおおおおぉぉぉおおおおおおおおおおおおおお!?」
カロルの説教や、俺の叫びより遥かに大きな叫びが聞こえてきた。
皆が一斉に声の発生源へと目を向けると、海老のような腰をしたアドルフ侯爵が居る。
何事だと身構えているとアドルフ侯爵は背筋をピンと伸ばし、更に何故か杖まで投げ捨て、スプリンターのようなフォームで走ってきた。正直、超ホラー。
「邪魔じゃ、はよ退かんか!」
「ぐはっ!?」
「わあっ!?」
カロルを突き飛ばし、メリーベルが持っていた角をラグビー選手のように引っ手繰っり、白い眉に隠れていた目をあらん限りに見開く。
「こ、ここここここっこけ、これはぁぁああああああああああ!? ぬぉおおおおおおおおおおおーーッ!!」
そして大絶叫である。先程までボソボソスピーチしていた人物と同一とは思えないほどの声量だった。観客にも聞こえたらしく、ザワザワしだした。
「いきなりどうされたのですかアドルフ侯爵!? 閉会式の途中ですよ!?」
「良いから副員長もこれを見んか! おい、お前達も早く来い!」
駆けつけた壮年の男性を逆に叱り飛ばすと、前方で佇んでいた審査員達を全員呼び出した。
いぶかしみながらも全員が歩み寄り、輪になって角をしげしげと見ていると、皆一様に目を見開く。ある者はアゴが外れんばかりに大口を開いていた。
「こ、ここここ侯爵! これは!?」
壮年の男性……副員長は興奮と驚愕を全開にしてアドルフ侯爵へと聞き返した。侯爵はしかりと強く頷く。
「ああ、間違いない! 神獣、タイラント・ボアの角じゃ!!」
俺達は顔を見合わせた。流れが変わったのだ。
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