幕間 その頃の少女達

 

「……よし」


 早朝、B地区ログハウスの借りている部屋でリリミカは一人頷いていた。

 彼女は入浴後の戦略を一通り練り終えた所だ。脳内のイメージでは完璧だと、手に持つ紙袋を強く握り締める。


 昨日の朝にも昼にもあんなことがあったばかりだ。しかもあの後ムネヒトは第二騎士団へ連れて行かれ、日課も行えずさぞや悶々とした一夜を過ごしただろう。

 直前まで触っていた私のおっぱいで。まったく仕方の無いヤツめ。


 今夜はそれらが爆発し、きっと何か変化が起きるであろう。準備と注意は幾らでもすべきだと、リリミカは自身を納得させる。

 手にある紙袋の中には新品の下着が入っている。使うかどうかは分からないが備えておくにしくはない。『回復魔術が使えても治癒薬のは持ち歩け』というやつだ。


 しかしとリリミカは思う。いつから自分はこんなにエッチ……いや積極的になったのだろうか。自ら進んで身体を触らせるような真似をするなど普通は考えられない。

 いくらナイスバディに興味があり、姉や友人に対抗意識を燃やしているかといっても破廉恥に過ぎやしないか。


 何故かムネヒトに対しては忌避感や嫌悪感が全く沸かないのだ。羞恥心は全く無くならないくせに、彼に乳房を晒すことに喜びすら覚えてしまう。

 いや喜びってなんだ。私はサキュバスの血筋でも混じっているのか。サキュバスだって全員が露出狂でもあるまいに。


 ミルシェや姉のレスティアはともかく、自身がで見られる事は少ない(姉の場合はズルをしているが)。

 故にムネヒトの視線はある意味新鮮だった。そういうのは巨乳大きな者の役回りだと思っていたし、自分だって抱きつくなら大きいのが良い。あんなに熱の篭った目で見られるのは生まれて初めてだ。


 きっとコレは求める者に恩寵を与えるという高貴な者の使命、ノブレス・オブリージュというヤツなのだ。きっとそうだ。うん、スッキリした。


「よし!」


 先程と同じ事をまた言う。

 ステーキやパセリを残してしまうようなバチ当たりは、この私が成敗してやる。

 謎の義務感を全血管に巡らせながら、リリミカはログハウスを出た。


 ・


 だがその義務感は、バンズと朝帰りのレスティアの話を聴いて霧散してしまった。

 ムネヒトは遂にここに帰る事もできず、第二騎士団へ配属になったらしい。


(どうしよう……私のせいだ……)


 理由など他に無い。

 メリーベルとムネヒトと一緒に第二騎士団の詰め所まで行き、聴取の際に彼の無罪を訴え続けたが、結局それは叶わなかった。


 しかもメリーベルは、自分達がムネヒトと同じ屋根の下に暮らしているという事まで既に知っているらしい。普段から人にはお聞かせできないような行為に耽っているなど知られてしまえば、最悪の場合これらの事情が屋敷に伝わってしまい連れ戻されるかもしれない。

 母は姉妹のいく育乳事情は知っているが父は知らない。父なのに乳を知らないとはこれ如何に。下らないこと考えている場合か。


 そして何より、ムネヒトを犯罪者にしてしまうのではないかという不安がリリミカの胸を締め上げる。

 姉の表情が暗い理由が分かった。彼女はムネヒトに要らぬ疑いが掛かったのを、自分達の責任と捉えているのだ。特にレスティアは、ムネヒトの最初の監視を行った人物でもあるのだ。


(ごめんなさいお姉ちゃん、私がトドメ刺しちゃった……)


 自分が余計な事をしていなければ。あの時、毅然とした態度で彼を戒めていればこんなことにはならなかったのだ。


 最初は直談判に赴こうかと思ったが、レスティアに止められた。我々が口を出しても副団長が決定を覆すとは考えられないし、周りへ更なる疑惑を生じさせる可能性だってある。一平民に何故そこまで肩入れするのか、と。

 故にリリミカもレスティアも動けない。本人達より彼女らを取り巻く環境によって、言動を制限されていた。


 結局はムネヒト自身が危険人物としての疑惑、そして痴漢の疑惑を晴らすしかないのだ。特に後者が難題だ。

 小さくため息をし、握っていた紙袋を急に恥かしく思う。大変な事になったというのに何と不真面目な。


 義務感も高揚感も失せ、ただただ申し訳なさが残る。自分はともかくミルシェに何と言えば良いのかと、リリミカは朝食の準備をしている巨大な乳房を持つ親友を見る。

 そこで彼女は青い瞳を大きく見開く事になった。


 ・


(どうしよう、私のせいです……)


 理由など他に無い。

 レスティアは申し訳なさに体が萎んでしまいそうだ。萎むならせめて胸以外でお願いしたい。馬鹿なことを考えている場合ですか。

 昨晩、私のエゴのせいで彼の嫌疑を深めてしまうことになった。なんてことだ、留置所の防音設備を過信しすぎたかと今更の悔いが胸を噛む。


 妹が暗い顔をしている理由が分かった。リリミカは直前までムネヒトと一緒に居たのだ。親しい間柄の人物が目の前で連行される姿など、見ていて面白いはずが無い。


(すみませんリリミカ、私がトドメを刺してしまいました……)


 昨日一日さえ我慢していれば、もしかしたら彼は翌日中には解放されたかもしれないのに。騎士団に所属し人々の模範となるべき我々が、私情に流されて行動するなど以ての外だ。

 バンズの恩人、この牧場の恩人、私達のおっぱいの恩人になんていう事を。恩を仇で返すとは人としてあるまじき行為だ。


 ミルシェさんに何と言えば良いのかと、レスティアは朝食の準備をしている豊かな乳房を持つ義理の娘(予定)を見る。

 そこで彼女は青い瞳を大きく見開く事になった。


 ・


 ミルシェは笑っていた。朗らかな笑みを崩さず、鼻歌交じりで皿にジャガイモとソーセージのソテーを盛り付けていた。

 いつもどおりの、いつもどおり過ぎる様子に、クノリ姉妹はむしろ不安を感じてしまう。


「少し心配ですけど、ムネヒトさんなら大丈夫です。すぐに帰ってきますって」


 騎士団入りについてどう思うかを尋ねると、ミルシェはそう返答した。

 ムネヒトを信頼していることには間違いないが、二人は何か違和感を覚える。

 種を植えた鉢から芽が出るのを待っているような、あるいは罠に獲物が掛かるのを待っている漁師のような、そんな雰囲気を彼女は漂わせていた。


 ふとリリミカが部屋の隅にあるゴミ箱に、真新しい紙くずが入っているのを見た。釣られてレスティアも何気なく視線を動かす。普通なら通過してしまう日常の風景の中に、視線を吸い付ける磁石があった。


 それはリリミカが手に持っている紙袋と同じ物だった。


 その瞬間だった。何故かは説明できない。リリミカとレスティアはムネヒトの敗北を悟った。


 だらしないくせに、妙なところで我慢強いあの男。100の道のりを99で中断してしまうあの男。誠実なのか変人なのかただのスケベなのか、イマイチ判断の出来ないあの男。

 その牙城に一穴を穿つ存在が居るとすれば、それはやはりミルシェなのだろう。


 ハイヤ・ムネヒトは変な意地を張り続けることにより、眠れる竜を起こしてしまったのではないか。

 ミルシェの豊かな乳房が、まるで断頭台のように見えた。そこに据えられる首は間違いなくムネヒトの物だ。


 そう考えると、二人は震えてしまう。

 シヤクシャクと瑞々しいレタスを咀嚼しながら、今は第二騎士団の本部にいるであろう青年の将来を儚んでいた。


(……なんで今日の朝飯はこんなに静かなんだ?)


 バンズだけが真の意味でいつもどおりだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る