巨人vs.ミルシェ守り隊と恋する乙女
「このまま見ていても、バチは当たらないと思うがね」
中に入ろうとしたレスティアを、ノーラは彼女なりの言い方で制した。レスティアは振りかえらず懐から騎士団で支給されている下級治癒薬を飲み干す。ムネヒトのお陰で温存できていたポーションだ。
「責任を感じている……っていうわけじゃないです」
「ほう?」
「……騎士団の副官としては失格でしょうけど、戦うのは完全に自分のためです」
巨人がレスティアの後悔を喰って大きくなったのならば、それを乗り越えるべきは自分だ。
醜い部分が具現化した存在だからだろうか、見るのも辛い。それでも、とレスティアは前を向く。
今抱いている想いや後悔がどんな結末を迎えるのか、自分はどんな結末を自分に与えたいのか、もうよく分からない。
何も知らない子供の頃は、虹色の夢想に翼を羽ばたかせることが出来た。自分が好きな人に好かれるという願いを、根拠も無しに信じていた。
マセた私は子供は何人欲しいとか、男の子の名前は何にしようかとか、白紙のページに書きなぐったものだ。私のカラフルな落書きノートは私の未来そのものだった。
現実は厳しいとはよく言うが、真に厳しいのは夢想のほうでは無いか。
私達に無限の空を与えておきながら、時期が来たら大地へ叩き落すのだ。
そしてしたり顔で『ほら、不相応の願いを抱くべきじゃなかっただろう?』とお説教をのたまう。
それでも――。
「ここで逃げたら……私は私の恋と向き合えなくなります」
これは私の戦いなのだ。
「……そうかい。ま、レスティアの居たほうが勝率が上がるのは間違いないさ」
それ以上、第三魔法科の担任は止めようとしない。カラカラ笑って彼女なりの言葉で今度はレスティアの背中を押した。
・
俺とダルカンが先頭、レスティアが最も後方、間に挟まれたリリミカが透明の細長い瓶を素早く取り出す。中身まで透明だから、一見ただの水に見えた。
「なんか水にしか見えないな」
「水よ」
リリミカの答えはサッパリしたものだ。瓶を傾けると中身がさらさらと零れていく。
ペットボトルより小さなサイズだったが、容積はその限りではないらしい。明らかに容器の何倍もの水が出てきた。
「ただし特別な、ね。『聖脈』って知ってる?」
「……――聞いたことはあるな」
「これはその近くを流れる水脈から汲み上げて、さらに私の魔力を通した水よ」
零れてた水は地面に落ちることなく、ふよふよとリリミカの前に漂う。彼女が指を触れると、そこから氷結が始まっていく。気泡など全くない美しい氷だった。
「魔術で一から氷を作るより、親和性の高い水があった方が効率が良いでしょ? 強度も段違いになるしね」
なるほど、道理だ。俺もリリミカを見習い、出来ることは全てやっておくべきだろう。ならば……、
「リリミカ、ダルカン、ちょっと良いか?」
振り返る二人の返事を聞く前に、俺の腕は二人の胸辺りを横一文字に払っていた。
「ひやわっ!?」
「おぐぅっ!?」
高速で指先を掠めたのは、二人の乳首だ。
衣服の上からではあるが正確に通過させることが俺には出来る。思えば、ダルカンとやり合った時も同じような事をしたな。
ダルカンはシャツ一枚だったが、リリミカは複数の布を纏っているので念入りにクルクルっと両方の2.2センチを周回しておいた。
今の俺の身体能力なら、目にも留まらぬ速さでそれを為すことが可能だ。
しかしダルカンはともかく、リリミカはしきりに胸辺りを気にしている。気付かれること無く乳首を触ったはずだが、どこかを触られた感覚はあるらしい。
これはリリミカとダルカンの感度の差か……興味深い。
「あ、アンタねぇ!? いま何を――……え?」
「……てめぇ、こりゃ一体……!?」
顔を真っ赤にさせ胸を押さえたリリミカだったが、ダルカンと同様にすぐに気付いたようだ。手のひらを結んだり開いたりし、体の調子を確かめている。
「この場限りのブーストをちょっとな。これで万全以上の力を発揮できるはずだ」
行ったのは『
二人の体力、魔量の最大値が100とすれば、今は200くらいになっている。
いわばスマホのゲームでも良くあるように、レベルアップすれば行動力が全回復し、更に最大値以上の行動力がストックされる状態に近い。
つまりリリミカとダルカンは、見えない予備燃料を積んだ形になる。
「……ホント、変なスキルばかり持ってるわね」
「まったくだ。これが片付いたら、もっと真っ当な魔術でも習うよ」
リリミカの呆れとも称賛ともつかない感想に、苦笑いで返した。
「無駄口を叩くな。来るぜ!」
ダルカンの叱咤でリリミカは剣を、俺は腕を上げる。その声に被さるように巨人が雄叫びを上げながら突進してくる。
『ダルカァン! リリミカァァァ!』
近距離は俺とダルカン、中遠距離はリリミカ、より離れたい位置から全体を統括するのがレスティアだ。
「核っていうのが体の中を移動してるっていうなら……」
「捕まえるか逃げ道を無くすか、だよなァ!」
リリミカの言葉をダルカンが受け継ぐ。この二人、意外とチームワークが良いのかもしれない。
『潰れろぉぉぉぉっ! ダルカァァン!』
「ご指名か、人気者だなカンくん!」
「るせぇっ! そーいうテメェは、名前覚えられて無いんじゃねぇか!?」
「傷付くコト言うな!」
俺も人気者も、巨大な先輩を待つことなく前に踏み出す。
巨人は天井方向から、俺たちに足の裏を影と一緒に叩き落してきた。蟻でも踏み潰すかのような攻撃を、俺は右へダルカンは左へかわす。
「せぇいぁっ!」
「どらぁっ!」
『うッごぁ!?』
踏み付けが接地する瞬間、俺とダルカンの拳が岩で出来た足首をアキレス腱側から吹き飛ばす。
ちょうどダルマ落としのようになり、膝から下を失った巨人は大きくバランスを崩した。
『うっとうしいダニ共め! そんなことしたって俺様には効かねん――』
再生するからだろう、元少年Aは崩された脚を見ようともしない。彼にとっての狼藉者、俺とダルカンを追い回すことに必死だ。
けど普通の人間には再生能力なんてないもんだ。
何が言いたいのかというと、人ってのは
『な、なんだ!? 再生が始まらねぇ!?』
「お荷物をお預かりしまーす、ってね!」
崩された脚をリリミカが氷で地面に縫い付け、再構築を封じていた。『聖脈』産の水だからかいつもと強度の桁が違う。完全に巨人の一部を固定していた。
巨人の再生能力は崩れた瓦礫が再び合体するもので、新たに生えてくるようなものじゃない。質量保存の法則に支配されているのだ。
「ナイスだリリミカ!」
「とーぜん! でも、ゴーレムの体全部を押さえ込めるほどの水は無いわ!」
「十分!」
あとから聞いた話だが、あの量の水に値段を付けるなら銀貨三枚分ほどするらしい。
お金は関係ない無いとはリリミカ言いそうだが、いつか御礼をしないと。
『クソ――! 小癪な真似ばかりを!』
立ち回るリリミカを追い回しながら喚き散らす巨人。
見事なやられ役ムーヴだ。そんな負け惜しみを言う暇があるなら、他の部分を削ってでも脚の再生を急ぐべきだったな。
「オンナのケツばっかり追っかけてんじゃねぇッ――!」
『なぁっ、ぐおぉぉぉおおお!?』
残った脚に目掛け、ダルカンが体当たりする。
ゴーレムの、今度は爪先側から背面へ足を払うような角度で衝突した。巨人のバランスの崩壊は致命的な物になり、遂にうつ伏せになるように倒れた。
更にゴーレムが受け身に手を付く瞬間を見計らい、ダルカンのタックルが腕をバラバラにする。筋肉に覆われている見た目によらず、彼はかなり素早い。
「リリミカ! 左下腹部、下から7メートル、縁から約2メートルよ!」
「剣よ、踊りなさい!」
姉が指示した場所に妹の氷剣が飛ぶ。身の丈ほどの大剣は七つに別れ、七条の閃光を描きながら巨人の背へ突き刺さる。
『がは、こ、このアマぁぁぁ――!』
七本の剣で輪を描くように、背から腹部まで貫通し地面と縫い通した。リリミカが踊りなさいといった通り、これは剣の
よってたかって大きな存在を攻略する図は、歴史の教科書で見た原始人とマンモスの戦いか、ガリバー旅行記を連想させる。
「よっと――」
その岩ガリバー標本の背に跳び乗るのが俺だ。
そこには美しい氷の剣は柄まで埋まっていて『この聖剣を抜いた者が次の王様だ』というシチュエーションを彷彿させる。
とか言っても、今回は抜くわけではない。この七振りの氷剣は、あの少年を閉じ込める為の檻だ。
剣の輪の中心に青い点が並んで見えた。見事な姉妹の意気の合い様と、リリミカのコントロールに感心する。
「ふん!」
そして、その青い光目掛け手を突っ込んだ。スコップもシャベルもないが、この程度の掘削作業に難はない。
『ぁがっ――!? て、てめえ……!』
流石に何をしているか察したらしい。今の俺は患部を切除し摘出するヤブ医者なのだ。
「かくれんぼも飽きただろう? いい加減、外の空気を吸ったらどうだ!?」
瓦礫を引き剥がし、土を掻き分け腕を奥へ奥へ。動けない相手の鎧を剥いで弱点を狙うサマは完全に悪役だが、時と場合によると言い訳しておこう。
『や、やめ、やめろォおおおーっ!』
しぶとくも
剣の檻は脱獄を許さないほど強固だし、俺の方も『不壊乳膜』のおかげで、顔面だろうが喉だろうが股間だろうがダメージにならない。
乳首を同時に攻撃されない限りは俺の防御力は破格だ。そう乳首さえ守れば。どういうことなんだ。
『い、いやだ……! いやだいやだいやだぁぁぁ! 俺を、ここから出すなぁぁぁ! この力があれば何だってできる! 勇者にだって、英雄にだって俺はなれるんだ! やめろ! やめろォおおおお!』
「往生際が悪いぞ! そんなに勇者になりたけりゃ、ダンジョン攻略を頑張るんだな!」
湿気を吸い固くなったパンでもむしるかのように、ゴーレムの背中の皮を剥いでいく。もはや核まで時間の問題だった。
「……!? いけない、ハイヤさん!」
「は? な、に――――ッ!?」
レスティアの注意喚起を受け、一応身構えるより早く視界が覆われる。
巨人の岩肌が噴火でもしたのかと知覚したのは、勢いよく弾き飛ばされてからだった。不意の浮遊感は、俺の体がゴーレムから引き剥がされたことを意味する。
咄嗟に腕を交差し防御に徹するが、巨大な砂嵐に巻き込まれたかのような息苦しさはどうしようもない。
暴風に巻き込まれた落ち葉の如くだ。目まぐるしく上下左右が入れ替わる中で、巨人の肉体が縦横無尽に爆砕するのを見た。
(自爆か――!?)
迂闊だった。
瓦礫を集約することが出来るという事は、その逆の可能ということを考えておくべきだった。
無秩序を極める瓦礫の猛攻は、回避行動の無為さを嘲笑う。
爆心地にいた俺は勿論、付近にいたダルカンもリリミカも、更にはレスティアすら爆発に巻き込まれ弾き飛ばされてしまった。
「が、は――――!」
天地が五回ほど反転したところで、俺は地面に叩きつけられる。
外傷は無いが、肺腑から押し出された空気はすぐには戻って来そうに無い。
暗転しそうな意識を何とか引き上げ、重力とは反対方向に顔を上げた。
リリミカもダルカンもレスティアも等しく地面と横たわっているらしく、ここからでは誰がどの程度のダメージを受けたか判断が付かない。
そこで不可思議な物を見つけた。一つは無機物で構成されていた巨人の唯一の有機物、核の少年だ。
(しまった―――!)
爆砕に耐え切り地面に突き立ったままの七本の氷剣、その中心に件の少年がぐったりと横たわっている。
そして、バラバラになった筈の巨人が宙で再構築をしていく姿だ。霧散していた岩や瓦礫、鉄筋などが少年を無視して集まっていく。それも二体。
巨人は少年を見捨てたのだ。後悔はついに、持ち主すら置き去りにしたのか。
それはそのまま一人に向かって隕石のように落ちていく。一番外側にいたレスティアへだ。
「お姉ちゃん――ッ!!」
妹の声に、姉も青い瞳を上に向ける。
レスティアは頭を切ってしまったのか、額から滴る血潮と青い瞳の対比がぞっとするほど凄惨だった。
その目が己に降りかかる残酷な影を写す。
「ぁ、あ……ッ」
レスティアが声をあげることは叶わなかった。回避も不能、彼女の足に覆いかぶさっている瓦礫がそれをさせなかったのだ。
『ア”ア”ア”ァァァアアアアアアアアアアアアア!!』
もはや人ではない無い絶叫を迸らせながら、ゴーレムのような何かはゴーレムだけの本能でレスティアに襲い掛かる。
人一人を破壊するに過剰とも言える重量を受け止める術など、レスティアが持つはず無かった。
俺もリリミカもダルカンもノーラも、咄嗟には誰も動けなかった。何百倍にも引き伸ばされた一瞬の中で、レスティアが巨人に踏み潰されるのを見ているしか出来ない。
「――――ッ!」
俺のかもしれない誰かの叫びは彼女の断末魔の代わりか。
この場に居る誰もレスティアに手を延ばすことが出来なかった。
大地と大質量が衝突する。くぐもった音がレスティアのいた場所を中心に、衝撃と共に広がってきた。
巻き上がる粉塵の先、目を逸らしたくなるような光景が幻視される。
「あ……?」
だが俺達が見たのは意外な、あるいは必然の光景だった。
レスティアを救える者はこの場に居ない。もし彼女を救えるとするなら、この場に居なかった者。
「――――バンズさん!」
不条理の石槌を受け止めたのは雄々しき偉丈夫。圧殺を笑って拒む、比類なき豪傑の姿だった。
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