ムネヒトvs.リリミカ

 

「『最下級刃引法ボトム・エッジレス』!」


 リリミカは自身のレイピアに魔術を付与する。付与されたのは刃物の切れ味を落とすのみの魔術だ。

 ちなみに威力そのものの減衰効果は薄い。それでも上級になると相手の武具に付与し斬撃によるダメージを軽減したりできる。

 ただし他に筋力低下魔術や武具弱体化魔術がある以上、訓練以外の活用はほとんど無いらしい。


「早く帰りたかったんだがなー……まあ別の日にやるよりはいっか。よし、準備はいいな?」


 次の一服を始めたノーラ担任は、若干ぼやきながら俺たちに確認をとる。

 結局やる気のないままだったなこの教師。

 まあ本来の業務では無い事を押し付けているのだから、仕方ないと言えば仕方ない。


「言っとくけど、私はアンタがミルシェにしたことを許したわけじゃないから」


「分かってる。だが俺が勝ったら言い訳くらいさせて貰いたいものだ」


「ええ良いわよ。(ミルシェのおっぱいに触ることになった理由を)聞かせ貰うわ。ついでに、どんな触り心地だったかもね」


「普段から触ってるんじゃないのか? わざわざ俺から聞くことなんて……」


「主観と客観は違うわ。例えば気に入った本が世間ではどんな評判なのか、気になったりしない?」


「……なるほど、良く分かったよ」


 好きなアニメや小説の作品が、世間で『面白い』とか『神作』とか自分と同じような感想を抱いてたらやっぱり嬉しい。

 意味無く大手通販サイトを閲覧し、評価の高いレビューを見て一人頷くこともある。リリミカもそうなのか。


 ふっと鼻を鳴らし、ダルカンが乱入する直前のように相対した。


「――はじめ!」


 そして、ノーラが戦いの訪れを告げる。

 俺は先ほどの反省を活かし詠唱無しでスキルを発動する。一秒かからず効果が全身を巡り、攻防を強化した。


「あれ? ムネヒトさん、もう頂のナントカは言わないんですかー?」


 ミルシェには悪いが聞こえないフリをしておこう。


 気を取り直しリリミカに向き直ると、彼女はレイピアを縦に構え目を細めている。騎士の誓いとかでよく見るポーズだ。

 何故か俺を伺っているような気配がする。警戒しているとは違うみたいだが、なんだ?


「――――氷よ」


「!?」


 攻撃していいのかと迷っているとリリミカが突如声を張る。

 決して大声では無い語りかけるような口調は、朗々と、冷たい風となり俺の鼓膜を震わせた。


「我が意に従え。即ち、凍てつきの我が衣――我が翼――我が牙なり――今こそ仇敵を打ち滅ぼさん。『中級氷系創作法ミドルアイスクラフト飛翔剣フローティングブランド!』」


 彼女の詠唱に応えレイピアからキラキラした結晶が漂い出す。天の川のように流れたそれは氷だ。左右に三本ずつ、合計六本の剣と形を為す。

 水晶のように透き通った美しい刃はまるで踊るように広がり、リリミカの前面で止まった。


「さぁ! 始めるわよ!」


 若干どや顔に見えないこともない笑みを浮かべ、扇状に広がった氷の結晶とレイピアを合わせた計七剣の切っ先を全て俺に向けてくる。


「か、カッコいい――……!」


 なんてファンタジーっぽい魔法なんだ! 魔法科なのにレイピアなのかとちょっと思っていたけど、氷の剣で戦うスタイルか! 俺もあんな魔術使いたい! 

 どこからか「あんな詠唱あったっけ?」とか「あの先生と同郷だったの?」とか「リリ、まだそのポエム言ってるんだ……」などと聞こえてくる。最後はミルシェだろ。みんなこのカッコよさが分からないのかな?


「ふふん。この魔術の凄さが分かるとか、やるじゃん」


 得意気な笑みを深くするリリミカに、俺も笑みを浮かべる。


「恐れ入ったよ、まさかこれほどの使い手とは……しかもミルシェ(とおっぱい)の守護者なんだから、俺とお前は出逢うべくして出逢ったってわけか」


「そうだね、きっとそう。(ミルシェのおっぱい触った)アンタとの邂逅は、逃れられない宿命だったってわけね」


 その時、リリミカの目に浮かんだ哀惜を見てしまった。その寂しさ惜しさは、俺の抱えているものと同質だろう。


「……なあ、もし違う形で逢えていたら俺たちは――」


 俺たちは恐らく同志だ。第一印象こそ最低の部類だったが、それ以外のタイミングでお前と見えていたなら、もしかしたらーー。


「言わないで、そんな問答はなんの意味もないわ。私は貴方と戦うだけよ」


 一瞬の哀惜は青い瞳にはもう無い。俺は――――という言葉を飲み込む。


「ああ、そうだな……戦う以外のコミュニケーションはもう許されないんだな」


 相変わらず女々しいな俺は。


「そうよ。私の敵」


 リリミカは笑う。


「わかったよ。俺の敵」


 俺も笑う。


「いいから早くやれー。なにブツブツ言ってんだー?」


 ノーラは水を差した。


 空気読めよEカップ! いま良い所なんだから!

 周りの連中も「なに言ってるんだコイツら」みたいな目で見るの止めろ!


「コホン! ……じゃあ、いくわよ!」


 ちょっと顔を赤くしたリリミカが前へ踏み込む。その速さはダルカンのそれより遥かに遅い。

 だがリリミカより早く飛来する氷剣はダルカンより遥かに早い。まず二振り、左右からやや高さに差をつけ俺の顔面へ。

 レイピアと同様、鋭利さを抑えた斬れない剣だが当たれば痛い。最大威力はダルカンのパンチほどでは無いだろうが、数が数だ。


「まずは数を減らさせて貰う!」


 叩き落とす、というより手の皮の厚さに頼った方法、具体的には野球ボールをキャッチするグローブの如く飛来する零度以下の刃を掴み破壊する。

 固く冷たい。強度は金属には及ばないものの、硬い木材なら貫くことも可能だろう。

 次いで二本目を撃墜した時にはリリミカが追い付いていた。


「何を減らすって!?」


 半ば鞭のようにしなるレイピアが、銀の軌跡を描きながら下から突き上がってくる。

 最初に迎撃に使用した手で、リリミカの剣手を狙い掴みかかろうとした。腕力は恐らく俺が上だ。

 チリンと風鈴のような音が聞こえた時、咄嗟に俺は頭を腰と同じ高さまで下げていた。さっきまでこめかみのあった場所を通過していく半透明の円錐剣。

 あぶねぇ、砕いた氷が再生し再度飛んできたのか。

 リリミカが生み出した氷だ。砕かれても終わりとは言えないか。

 しかもちょうど下げた頭に追いつく場所にレイピアの切っ先が飛んでくる。

 体捌きもクソもなく横っ飛びに身体を投げ出し、六剣とリリミカを同じ方の視界に納められる距離まで退いた。


「接近しか出来ないのに、その距離でも優位に立てないか……」


 距離を取ったからといって、安全になるわけ無い。それはむしろリリミカの望むところだろう。


「踊りなさい、我が眷属!」


 彼女がレイピアを指揮棒のように振ると、日光を反射しながら三振りの剣が飛んでくる。射程距離の差は歴然だ。

 リリミカを中心に反時計回りに走り出し、回避を試みる。剣は海中で泳ぐ魚群のように、急に角度を変え追ってきた。

 ミサイルのような追尾だ。向こうが早い。


いっ――!」


 一本を撃墜、二本目を腹部に喰らい、三本目を掴み取りにする。


「ったいな! 返すぞ!」


 それを水切り石のようなフォームでリリミカへ投擲する。当たるとは思っていない、目眩ましに使えれば上々。投げた後に追うように突撃をかける。

 リリミカへ返却された氷剣は彼女にぶつかる直前、見えない壁にでもぶつかったように砕かれた。予想しちゃいたが効果無しかい。


「倍にして貸して上げるわ!」


 再構築し二本に増えたリリミカの下僕が、強引な貸付を行ってきた。


「そんなモン要らねぇ!」


 またしても逃げの一手、中庭をいっぱいに使い走り回る。ジリ貧というかハンティングされている気分だ。

 離れたままでは埒があかないが、強引に接近すれば氷を集中させ密度の高い攻撃が俺を襲うだろう。

 なるべく分散させ、薄くなったリリミカの本陣を叩く以外に勝機は無い。

 もちろん俺のその程度の作戦などお見通しだろう。それでも剣を集めないのは彼女なりの誠意か、意地か。


「ちょこまかと、甘いっての!」


 四剣が飛来する。左右に大きく分かれたのが二振り、残りは上から、そして真正面。

 もっとも早く到来した正面の氷塊を叩き落とし、上左右の剣が襲来する前にリリミカへ吶喊。

 どの道接近するしか勝機は無い。


 最初はレイピアを奪いゲンコツを寸止めで決着を目指していたが、どうもそれも難しいみたいだ。

 ダルカンにしたように乳首を攻撃して戦闘力を奪う真似もどうかと思う。相手は女の子だ。女の子の乳首は大事だ。

 男だから乳首を触っていいとか女だから駄目だとか、男女差別うんぬんを言うつもりはないが、ともかくリリミカの乳首を直接触るのは無しだ。


 そう直接は。作戦を一つ決めた。


「馬鹿の一つ覚えみたいに! 私はこの距離でも強いわよ!」


 防御に回していたニ剣が、役目を果たすべく俺を迎え撃つ。

 鋭利な氷は更に二つに分かれ、合計四本で俺を襲う。器用な真似を。

 一振り当たりの攻撃力は落ちてはいるが手数や戦術の幅が違う。

 俺は両腕を十字にして顔と胸をガードしそのまま突っ込む。雹を打ち付けられる様な痛みと冷たさが上半身を襲う。

 ぐずぐずしては居られない。直ぐに後方へ置き去りにした氷剣が向きを変え俺に殺到するだろう。また、リリミカ自身の剣腕も大したものだ。


 だから絡め手で決着をつけることを許して欲しい。


「とったぞ!」


 俺は氷礫を受けきりリリミカの懐へ。最後に振るったレイピアも空を切り、腕を引き戻すよりも俺が早い。


「甘いって言ってんの!」


 リリミカは八重歯がハッキリ見えるほど、不敵に笑った。


「うおっ!?」


 足が不意に縺れる。

 バランスを崩し、咄嗟に手を伸ばそうとするが腕も動かない。まるで手足が見えないロープに縛られているような……いや実際縛られていた。


「拘束具……氷のか!?」


 バラバラにされた氷礫は役目を終えることなく、俺の手足を凍りつかせ行動を阻害させた。

 俺の筋力を抑えるには強度が足らない。実質動きを制限できたのは、ほんのニ~三秒程度だろう。

 だがリリミカのレイピアが追いつくには十分だった。


「とったわ!」


 体勢を崩した俺に銀剣が降って来る。見事、回避は無理。正攻法じゃ俺の負けだ。

 だから卑怯な手を使わせてもらう。


 剣は確かに速いが、音ほどじゃないだろう。


「『オオオオオォォーーーーッ!!』」


「ッ!? ぐッゥ……ひゃぁっ!?」


 俺を中心に空気の波が広がる。ほぼ風のような密度がドーム状に広がり、リリミカの全身を叩く。

 戦士系スキル『戦場の咆哮ウォーシャウト』だ。格闘術を習うときスキルも一緒に教えて貰っていたのだ。

 バンズさんには及ばないものの、威力は十分だ。

 例の件で奪った経験値をこのスキルに少しだが振り分けていたという事も大きい。

 至近距離で俺の声を浴びたリリミカは音波に全身を、特に鼓膜と乳首を震わせた。

『乳頂的当』も平行発動した為だ。物理攻撃以外に効果を発揮するのか、また神としての固有スキル以外のスキルと併用できるのかを確かめたかった。

 音波の威力を全て乳首に集中することは出来なかったが、効果は発揮されたようだ。手応えがある。

 その証拠に耳だけでは無く、胸を庇うように上体が崩れた。


 俺の叫びは確かにリリミカの乳首に届いたのだ。意味不明だが事実だから仕方ない。


「ぁうッ!?」


「ひぃん!?」


「きゃっ!?」


 周りの観客からからも漏れる甲高い女生徒の声。しまった影響がそっちにも出たか。ごめん。


「おぅふ!?」


「ふぐぅ!?」


「ぎゃお!?」


 やっぱり男子勢からも聞こえてきた。無差別乳首テロだ。もっと練習せねば。

 因みにレスティアだけは防御壁が厚かったかからか、耳だけを抑えていた。


 周辺にはその程度の影響ですんだが、爆心地付近に居たリリミカはどうか?


「くぁぅっ! な、なによ、これぇっ!?」


 慮外のダメージを受け止めきれない様子で、レイピアを手から零したことにすら気付いていない。

 宙を泳いでいた氷剣は秩序を失い、迷子のようにフラフラと漂ったあと地面に落ちる。

 三半規管と脳に一時的なダメージを与えるのが『戦場の咆哮』の骨子。

 バンズさん位のレベルになれば鼓膜を破壊し、意識を飛ばすことも可能らしいが俺ではまだまだだ。


 それでも決着には十分だ。リリミカはついに膝を付いたしまった。


「――――あ……」


 平衡感覚とかその他いろいろ揺さぶられ立ち上がれないリリミカと、レイピアの間に立ちふさがり彼女を見下ろす。


「――ッ」


 焦点の合っていない赤い顔のまま俯く。

 両腕クロスで胸を隠しながらペタンと正座するリリミカは、非常にそそる姿勢だったが今はそれは関係ない。


「それまで、勝負あり!」


 その態度を見たかどうかは分からないが、ノーラ担任がそう宣言する。

 決闘ノルマ達成だな、と安堵のため息を付いた。

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