正直者の面接(下)
バンズさんに了承の返事をした翌日、牧場に面接官(仮)がやってくることになった。
約束の時刻が近づき緊張してくる。
面接官というのはバンズさんの所属していた頃から第二騎士団の団員であり、バリバリの現役。
前線に出ることは無く事務的な仕事に徹した人物で、現在は副官。更に近年は王立アカデミーの非常勤職員として勤めているらしい。
他の騎士団や役人との会議にも参加し、第二騎士団では団長に次ぐ大黒柱という。
俺の中ですっかりエリート商社マンみたいな人物像を抱いてしまった。
普通の大学を卒業し、普通の会社に就職した俺には何となく萎縮してしまう。
「お、来たみたいだな」
「!」
バンズさんがブラシを牛舎の壁に立て掛け顔を上げる。俺も丘の下の街道を走ってくる馬車を見つけた。
当然のことながら商人が使っているような馬車でも、パルゴアのような貴族が使っているものとも違う。
良く言えば質実剛健、悪く言えば無個性というデザインの馬車だ。側面に騎士団の紋章があしらわれた以外はこれといって特徴がない。
その内馬車が停まり、一人の女性が下りてくる。
(女の人か……)
イメージがエリート商社マンから、キャリアウーマンに刷新される。
亜麻色の髪を肩辺りで切りそろえ、丸いガラスを両目に……眼鏡だ。皺一つ無い騎士団の制服を着こなし、牧草地でも無ければツカツカと音がしそうな足取りで近づいてくる。
ミルシェとは逆の意味で時間の感覚を失いそうな、鋭利な印象を受ける女性だった。
「忙しいのにわざわざ悪かったなレスティア」
「ええまったく。団長の話じゃ無ければ来なかったわ」
レスティアと呼ばれた彼女は短く息をつきバンズの前に立つ。なにやら会話している。
俺の視線は無意識の内におっぱいに向いていた。
制服にアイロン掛けないと直らないような皺を、コンモリ盛り上がった胸が作り上げている。
ミルシェには一歩二歩譲るが見事な巨乳だ。
(ただし、コイツが本物だったらの話だ)
巨乳と思ったのは一秒。二秒目には違和感。三秒目に確信。四秒目には『
【レスティア】
トップ 74㎝(A)→88㎝(偽G)
アンダー 64㎝
サイズ 2.2㎝
26年10ヶ月4日物
つまり偽乳である。何気に異世界に来て初めて眼鏡やパッド的な物を見た。
「初めまして。レスティア・フォン・クノリといいます。貴方がハイヤ・ムネヒトさんね?」
バンズさんと話を終えたらしいレスティアさん。俺の前まで歩みより冷たいガラス板越しに見つめてくる。青い瞳だ。
身長は150半ば程度だろう。
「初対面の女性の胸元ばかり見るのは失礼じゃないかしら?」
「えっ? あ、いや……すみません……」
指摘されたのは事実なので素直に謝罪する。レスティアさんは腕を胸の下で組み体を反らす。
たしなめる言い方だが、薄い笑みを浮かべた彼女の表情には俺を蔑視する色は少ないし、優越感をくすぐられたような顔に見えなくもない。
仕草こそセクシーだが、偽乳なんだよな……。
でも俺はちっぱいだって好きだ。ちっぱいの娘が詰め物して背伸びするというシチュエーションも好きだ。つまりおっぱいが大好きだ。
「言っておきますが、いくらブルファルトの推薦だからといって贔屓などしませんから、そのつもりで」
「ブルファルト……?」
聞き覚えの無い単語、流れからして人名だろうか?
「そいつは俺の旧姓だ。未だにコイツは時々俺を旧姓で呼びやがる」
俺の疑問を察しバンズさんが注釈してくる。
そういえばこの牧場に婿入りしたんだっけか。バンズ・ブルファルトがかつての名前だったんだ。
「失礼、どうにもクセが抜けずにその名を使ってしまいます」
メガネをクイと上げ、そう言うレスティアさん。
現役時代からの知り合いと言っていたからなるほどと思う。
「では早速始めましょう」
度々来たことがあるのだろう、彼女は住居側のドアを迷い無く開け中に入る。
慌てて俺もそれに続いた。
・
いつも食事するテーブルに俺とレスティアさんは座り、バンズさんは俺の後ろに控えている。テーブルにはコップに入った牛乳が二人分。余談だが、レスティアさんはそれを三回もお代わりしていた。
彼女は羽ペンを片手に羊皮紙を広げる。
「名前は既に知っているので省略いたします。まず貴方の年齢と出身地は? 言うまでもありませんが、嘘偽り無く正直に話して下さい」
開始された事情聴取のような面接に、出された牛乳で舌を滑らかにしてから話を始める。
「ああ、歳は22歳。日本って国の出身でして……」
「……ニホン?」
ピクリと、レスティアさんの手が止まり俺の方を見る。
やはり聞き覚えの無い国なのだろう、さっそく怪しまれている。
「……最初にも言いましたが、嘘などでは無いですよね?」
「本当です。証明できるものなんて無いですが、わざわざ知らない地名で嘘を付くメリットなんて無いでしょう?」
この言い訳はやや苦しいか? 本当の事なので、相手に信じてもらうしか無いわけだが。
「……良いでしょう、出身はニホンと……。では次に、貴方の修めている〈
「……強いて言うなら牧場の従業員ですかね。スキルは回復系、防御力強化系、筋力強化系、記憶操作系を少々。【称号】は……特にありません」
なんかお見合いみたいになってきたな。
〈職業〉とは名前通りのでその人の就いている役職だ。
誰かに任命されたり、特別な条件やスキルが必要な〈職業〉も多くあるらしい。地球だって医師免許が無ければ医者を名乗れないのだから、この辺りは似ている。
ライジルの【神威代任者】も特別な職業といえるのだろう。奴のように〈職業〉がそのまま【称号】を表している例も少なくないみたいだ。
レスティアさんに明かすスキルの内容は、あらかじめバンズさんと話し合ったことだ。バンズさんも団長と話し合い、その団長が副官にも話しているだろうから正直に話すべきだと二人で決めていた。
「そう、ではやはり貴方がサルテカイツ家と『夜霞の徒』を……」
あの件に俺が関わっているという事を知っているのは一部の者のみらしい。レスティアさんもその一部だ。俺がアイツらの記憶を操作したことも知っているらしい。正確には操作では無く奪取だった訳だが。
「過去にどこかの組織に所属していたことは?」
「……ありません」
「特殊な訓練を受けていた経験は?」
「……それもありません」
ふむと、レスティアはペンを止め俺を見つめる。
「腑に落ちないのは其処です」
「え? な、何かおかしいことが?」
「当然でしょう? ただの旅人だった牧場の従業員が、それほどの戦力を有していること自体が妙な事なのです。常識的に考えて、酪農に従事する者が『夜霞の徒』を討伐できるわけなどありません。無論、現牧場経営者のブルファルトは特別ですが……」
彼女の言い分は最もだ。
バンズさんは今でこそ牧場の主だが、かつては第二騎士団の副団長まで上り詰めたのだから実力が伴っている理由は説明できる。
だが俺は例外だろう。
ふらりと現れた正体不明の旅人が、武装集団を相手取り勝利するなど通常は考えられない。
もし俺が俺のような存在を客観的に見るとするなら、それは危険な存在なんじゃなかろうか。
「今一度伺います。貴方は何者で、何が目的なのですか?」
乳首の神で、世の中のおっぱいを護りたいです。
(なんて言えないだろ!)
「本当にただの旅人でして……今の目標はB、んんっ! 牧場を大きくすることですかね……」
「解答になってません」
切り捨てられた。
答えに窮していると、レスティアさんの瞳が鋭さを増す。
「単刀直入に言います。私は貴方を『夜霞の徒』と敵対する者、もしくはその組織に与していると思っています」
眼鏡の奥で、青色が冷たく光る。
「おいちょっと待ちな。それは流石に飛躍しすぎじゃないか?」
抗議したのは静観していたバンズさんだ。レスティアさんは冷たい瞳のまま視線を彼にずらす。
「貴方は大雑把過ぎます! 団長だって案じておられましたが得体のしれない存在を、素性も調べずや二ヶ月間も置いているなんて……恩があるからって、考えられません!」
ヒートアップしていく彼女の弁。興奮の余り体が揺れる。ついでに偽乳も揺れる。
「人を見る目くらいあるつもりだ。恩に報いて何が悪い」
「この男が貴方達の何かを狙って親切にしただけという可能性だって考えられます! いや、もしかしたらライジルと何がしらかの密約を交わした他国のスパイだってことも……」
レスティアさんはここの『聖脈』の事は知らない。知っているのは俺とバンズさんと騎士団の団長、そしてライジルと、そいつが仕えている『神』だけだ。
俺が『
「そりゃあ言い過ぎだ! ムネヒトはそんな男じゃねえぞ!」
レスティアさんに詰めより、釣られるかのようにバンズさんも声を荒げる。なんか面接どころじゃなくなってきた。
興奮からか彼女の頬が赤くなる。
「客観的な意見を述べたまでです! もしこの男が今後罪に問われてしまえば、貴方の責任にもなるのですよ!?」
「ちょっと待て! 俺はここに置いてもらっているだけの身だ! 何も悪いことはしてねぇし、バンズさん達は関係ないだろ!?」
次に声を上げたのは俺だ。万が一俺が捕まるような事になろうが二人に迷惑を掛けるものか。
「おいムネヒト、関係ないってことは無いだろ。俺達にとっちゃ既に恩人以上の存在だ。堂々とサンリッシュの者って名乗りゃあ良いんだよ」
「ば、バンズさんーー……!」
そんな彼らだからこそ迷惑を掛けたくないというのもあるのだが、この言葉は嬉しい。
「ならば貴方は一体何者なのですか? ただの旅人? 従業員? そんな上っ面の答えが欲しいんじゃありません!」
最近どこかで聞いたような言葉だ。ただしミルシェの時とは真剣味の種類が違う。
観念して正直に答えてみることにする。
出来る限り真面目な顔と声色を心がけて……。
「実は俺、乳首の神様でさ。おかげで乳搾りが天職なんだよ」
ぶふぅっ、とバンズさんが噴出した。対しレスティアさんは、こめかみ辺りに青筋が浮かんだように見える。
「なるほど……真面目に答えるつもりは無いと……! そんな嘘をッ!」
またしても信じてもらえない!
レスティアさんは震える声を無理に抑えながら俺を睨んでくる。
「これ以上嘘を重ねるのなら、騎士団に出頭してもらいますよ!? 正直に話したらどうなのですか!!」
ここに来て少しばかり俺は頭にきていた。いくら俺の素性を調べるのが仕事だからと言って、ここまで頑なに疑われる謂れは無い。
それに
なので、つい言ってしまった。
「嘘を付くなとか正直に話せとか言うけどさ、物詰めて胸を大きく見せるのは良いのか? ――――あ」
言ってしまったあとで後悔する。
よりによって、この俺が、女性の胸に対してこんな事を言ってしまった。
血の気が引いていくのが分かる。怒りを混同し全く関係ない事をのたまう最低最悪の言動だ。
「――――ッ!」
聞こえていませんように、という最後の望みも両手で胸を隠すレスティアさんの仕草で砕かれる。
え? そうなのか? というような表情で彼女の顔と胸を見るバンズさん。彼にも聞こえていたらしい。
「あ、貴方ッ! な、なんっなんて事を!?」
赤くなり青くなりまた赤くなり、信号機のような彼女の表情に申し訳なさがマッハ。
「あ、す、すいません! その、これは、あの!」
「~~~~ッ!!」
俺が謝罪と弁解する前に、涙目になった彼女は書類を慌しく集めて屋外へ飛び出していった。なだらかな丘を転がるように下り、待たせていた騎士団専用馬車に乗り込む。
俺が慌てて飛び出した時には既に馬車は街道へ走り去っていった。来たときより遥かに早いスピードだった。
「あー……」
俺に追いついたバンズさんが形容しがたい声を漏らす。ぽつんと俺達はただただ佇む。
「……クビですかね?」
まだ教員にもなっていないのに? 面接で駄目なら普通に不合格と言うんじゃないか?
そんなセルフツッコミを脳内でしながらバンズさんの様子を伺う。
「……」
ぽんぽん、と何も言わず優しく俺の肩を叩く。
俺達はそのまましばらく、見えなくなった馬車の後姿を追っていた。
・
翌々日、教員としてアカデミーまで赴くようにと俺宛に手紙が来たときは俺もバンズさんも心底驚いた。
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