新しいスキル

 

 パルゴアの屋敷に到着する頃には日も落ちていた。

 茂み伝いに音を立てないように進む。

 雨水を抱えた草木は、あっという間に俺の服をビショビショにした。体にかかるクモの巣を払いながら俺を運んでくれた仲間へ振り返る。


「お前は此処にいるんだ。大声出すなよ、気付かれたら大変だ」


 ハナは鳴き声を上げずに口をモッチモッチと動かす。実は人の言葉が分かるんじゃないかというくらい牧場の牛達は賢い。


「しかしデカい家だ……貴族で領主っていう位だから当然っちゃ当然か」


 洋風の建物で四階建て位だろうか。敷地も広く庭園も立派な物で手入れされた美が客を迎えている。等間隔に並んだ庭木や裸婦像や逞しい男性像、噴水まである。まあ俺は客なんかじゃないけど。


「無駄に良い芝生だな……なんか妙に腹立ってきた。ハナ、この辺の芝生食ってハゲさせといて」


 しゃくしゃく芝刈りを開始したハナを尻目に、目を凝らす。

 無駄に広い敷地のお陰で難なく此処まで来られたが、屋敷の中に入るのは容易じゃないだろう。


「……どれ」


 更に目を凝らし、意識を集中させる。対の青い点と赤い点が屋敷の中に見えてきた。乳首……もとい人間の反応だ。

 敵地において人が何処に居るか分かるのは非常に助かる。年齢や性別、今は観賞を楽しむ余裕なんて無いがそれぞれのバストサイズ。それに……。


「見つけた……三階の部屋だ」


 対の赤い点の中で最大のトリプルスコア101センチ、燦然さんぜんと輝くKの称号。ミルシェ・サンリッシュと名前まで見える。

 他の赤い点の持ち主達は屋敷中に散在しているが、70センチ代から80センチ代がほとんどの名も無きおっぱい達、ネームレス・バストだ(俺が彼女らの名前を知らないだけだが)。多分メイドとかだろう。


(居場所は分かったけど、どうやって侵入したものかな……)


 ミルシェの救出が第一優先だ。可能なら権利書も奪取したい所だけど、二兎追うのは危険だ。

 気付かれ無いように助け出し逃げるのが理想だが、ミルシェの近くに四つの青い光がある。パルゴアとライジルだ。奴らが近くにいる限りは難しい。あの野郎共がミルシェの近くに居るというだけで精神衛生上良くない。なんとか引き離せないだろうか。


(ここはセオリーにのっとって、裏口とか窓から侵入しよう)


 腰を屈めたまま屋敷を中心に、反時計回りに庭園を歩く。

 屋内の光が漏れる窓を幾つか発見、そして半開きのドアを見つけた。召使い達が使う裏口だ。ギリギリまで近づき最も近い茂みに身を隠す。

 乳首ひとの気配を気にしながら様子を伺う。ドアの向こうに青の光が六つ。


 ・


 しゃあッ、俺のアガりだな! これで三連勝だ!

 だぁーっクソが! てめぇ、イカサマってんじゃねえだろうな!?

 負け惜しみは止めろ。負けは負けだ


 ・


 隙間から覗いてみると、どうやら仕事をサボってカードゲームを楽しんでいるらしい。酒の入ったコップにチーズもある。不真面目な連中だがこの場合は助かる。


 ・


 あーあ、今頃パルゴアサマはお楽しみなのかねぇ

 だろうなぁ。いーなー早く俺らもおこぼれに預かりたいもんだぜ

 今回はかなり執着していたしな。ま、長くても二週間後には飽きてるだろ

 ちげぇねぇ。あの女たまらねぇ体してたなぁ……待ちきれねぇぜ

 全くだな。っと、おい。ちょっくら用足してくるわ。俺の居ない間にイカサマでも用意しとけば今度は勝てるかもしれねぇぞ

 言ってろ


 ・


 一人ドアから出てきて茂みの中へ。ガサガサといい塩梅の位置まで進んだらしく、いそいそとベルトに手を掛ける。

 その背後へゆっくり近づき……。


「――こんばんは」


「あ? !? テメッ――――」


 声を出させない。左手を口に当て右の拳を思いっきり男の左胸に叩き付けた。鳩尾を狙ったのだが緊張で外してしまった。

 大人しく聞き流そうかと思ったが我慢できなかった。我ながらなんて浅慮な。

 作戦変更、戦力で劣るなら相手を分散し各個撃破ってヤツだ。ついでにこの辺りで騒ぎを起こせば注意をコチラに向けられるかもしれない。


「上がゲスなら下もそうだな。女の敵めって……アレ?」


 反撃があるものと思って身構えたが、下半身丸出しで男は伸びていた。

 不意を突いたとはいえ一発で終わるとは思ってなかった。ましてや俺はバンズさんのように豪腕でもない。ってことは……


「なるほど、乳首を殴っちゃったのか。ソコ殴られると気絶するとか知らなかった……」


 激痛で失神するという話は聞いた事があるけど……そんなに痛かったのかなと、なんとなく悪いような気がしてしまう。ゲスな奴らだが乳首に罪は無い。罪を憎んで乳首を憎まずだ。


 ピコン。ピコン。


(ん? 今のってもしかして……)


索乳サーチバスター

 ・『乳分析』の発展スキル。乳房に触れている間にのみ対象の詳細な情報を閲覧する事ができる。接触箇所が乳首に近いほど効果は増大。


奪司分乳テイクアンドシェア

 ・『索乳』の発展スキル。乳房に触れている間にのみ対象の所有物を奪取することができ、乳房に触れている間にのみ分配が可能。接触箇所が乳首に近いほど効果は増大。


 ここに来て新しいスキルが開放された。それも二つ。しかし中途半端に駄洒落っぽいスキル名はなんなの? しかも後半は使い回しだし。


(ちょうど良い……試してみよう)


 実験がてら気絶中の男の乳首を服の上からつねってみる。手加減はしない、割と思いっきり。


「おふぅんッ!」


「気持ち悪い声出すんじゃねーよ!」


 一瞬起きるんじゃないかと心配したが杞憂だった。なんか小刻みに震えてるけど気にしない。

 乳首をつねった瞬間、俺の脳に流れ込んでくるものがある。


【???】


 トップ -

 アンダー -

 サイズ -

 32年9ヶ月11日物


 レベル 9

 体 力 55/55

 魔 量 0/0

 筋 力 33

 魔 力 0

 敏 捷 17

 防御力 31

 右乳首感度 2

 左乳首感度 18


 …………。


 情報がステータスなのは良いだろう、大体何を意味しているのかも理解できる。

 でも感度の表示って必要か!? しかも基準が分からないし、少しだけ左の方が数値高いし、左って俺が抓ってる方じゃないか! もしかして俺が抓ってるから感度が高まったの!? やばいやばいやばいなんか気持ち悪いぞ!!


 汚物にでも触れたみたいな気がして慌てて離そうとすると、更なる情報が流れ込んできた。


 それは記憶だ。

 この男が経験した場面が早送りのビデオテープのようにこの投影されたいく。先ほどのカードゲームの流れ、夕食の風景、馬車の中でジロジロ見ていたミルシェの胸(乳首つまむ力を更に強くした)、牧場での一件、仲間との会話……。


『ライジルさんの手下、あの牧場の牛を始末したらしいぜ』

『あーやるとかいってたしな。じゃあウチのお坊ちゃん、今日も牧場に行くんかね』

『盗賊を装って牛を襲うとか、回りくどいやり方だよな』

『貴族サマには貴族サマの考えがあるんだろ』


(そうか、あの時ハナを襲った連中は……)


 異世界転移初日に出くわした賊もコイツらの関係者だったって事か。思えば、初めてパルゴアとライジルに会ったときアイツら無事なハナを見て驚いていた。始末した筈の牛がピンピンしていたからだろう。

 より自然な形でミルシェ達を追い詰めたかったに違いない。どこまで卑劣なんだ。


 それからも直接は関わっていないが税金の件だったり、サンリッシュ牧場の商品を買うなとに赴いたり……叩けば埃が出るわ出るわ。


(収穫だな。上手く利用すれば武器になる)


『索乳』のお陰で有益な情報が手に入った。証拠になるかは微妙だが、関係者しか知り得ない情報には説得力がある。


(こっちのスキルはなんだろう……)


『奪司分乳』、スキル名から察すると、つまり対象の所有物を奪ったり分けたりするってことだ。所有物? お金とか奪うのに乳首を触る必要なんてある?

 スキルが気を利かせたのか疑問は直ぐに解消される。


 奪取可能項目

 ・経験値

 ・体力

 ・記憶


(アイテムとかお金とか、物理的なものじゃない……?)


 経験値に体力に記憶などを奪うという事はゲームで言うところのドレインみたいなものだろうとは思う。ゲームではボタンやクリック、タップ一つだったが、実際に奪ったそれらが俺の身体に入ると思うと何となく抵抗がある。


(まあ体力、経験値とかならマイナスにはならないかな……)


 とはいえ奪った後の相手の状態も気になるし、いざという時に確証の無いスキルを使う危険は避けたい。効果を確かめておくべきだ。


 ええい、ままよ!


 意を決し、スキル『奪司分乳テイクアンドシェア』を発動する。奪うのは経験値と体力だ。


「おぅっおぅっおぅっおぅっ!」


「うるせぇ! てか怖いな!?」


 スキル発動と同時に、釣り上げられたばかりの魚みたくビクンビクン跳ねるモルモットさん。

 ギャアアアーッ!? しかもコイツ漏らしやがった!

 見るに堪えない光景を我慢しつつ、スキルに意識を向けなおす。


 何かが俺へ流れてくるのが分かる。明確にどんなものかとは形容できないが、指を伝わる感覚としてはサラサラした砂のような水、といったところか。


「おぅっ、おぅっ……おぅっ…………ぅっ…………」


 どんどん活きが悪くなる。マジで魚みたいだな……。ん、止まった。終わったって事か?


【???】


 トップ -

 アンダー -

 サイズ -

 32年9ヶ月11日物


 レベル 1

 体 力 0/11

 魔 量 0/0

 筋 力 9

 魔 力 0

 敏 捷 6

 防御力 8

 右乳首感度 5

 左乳首感度 36


(ステータスが軒並み低下した……。レベルも1になってる)


 経験値の奪取により弱体化したことが数字を見ても分かる。

 体力の最大値も半分以下になり底をついた。死んでしまったかと危惧したが意識を失っているのみ。体力はHPヒットポイントではなくスタミナのようだ。感度の項目は見ない。


「……奪った体力や経験値は何処に行ったんだ?」


 俺の体に変化は無い。脳内でレベルアップのファンファーレも鳴らないしスキル解放のお知らせも無い。


(もしや、自分の胸に触れば自分に振り分けられるパターンかも)


 乳首から奪ったなら乳首から還元するのは道理だ。いわゆる乳首to乳首。

 俺は効率よく行う為に自身の乳首に手を当て、もう一度『奪司分乳テイクアンドシェア』を発動しようとする。


「おい。何してんだテメェ?」


 心臓が止まるかと思った。

 顔を上げると暗くてよく分からないがコイツのカードゲームをしていた仲間、その内一人が目の前に居た。

 しまった……スキルに夢中で気付かないとか、なんて迂闊な!


 白目を剥き横たわる同僚を確認すると顔色を、何故か困惑や恐怖に近い物に変える。


「ひ!? おまっ、変態かよ……!?」


 下半身丸出しで失神してる同僚。

 その男の乳首を摘まんでいる俺。

 更に自分の乳首も摘まんでいる。


 ちくしょう、否定できねぇ!


「この屋敷に侵入するとか、身の程知らずの変態野郎め!」


 ギラリと男が刃物を引き抜く。刃渡り30㎝近い、日本では間違いなく銃刀法違反になるナイフを逆手に握り、そのまま飛び掛かってきた。


(ヤバい――!)


 俺も慌てて腰のナイフを掴もうとするが、相手が早い。

 振り下ろされる分厚い刃が上から俺の脳天へ。


「死ぃ――ねぇっ!?」


 もう駄目だと思った瞬間、男は勢い良く後ろに倒れ一人スープレックスをしてしまう。

 足元を滑らしたらしい。暗くて見えなかったようだが、ちょうど強く踏み込んだ場所に新しい水溜まり(人工)があった。


(ラッキー!)


 俺は機を逃さず倒れた男に逆に襲いかかる。

 背と頭を打ち苦悶する相手の腕を踏み武器を封じ、そして……。


「はぎぎぃっ!?」


「だから気持ち悪い声を出すな!」


 両手で左右の乳首を思い切りつねった。

 そのまま間髪入れず『奪司分乳テイクアンドシェア』を使用。


「はぅっ!? お、おい! やめ、あひひぃー!?」


 乳首が二倍で奪取効率も二倍。栓を抜いた風呂水より早く男の体から体力と経験値が抜けていく。

 十秒もしない内に先ほどの男と同様に奪い尽くした。


「はぁー……ビビった。気を付けないとな……」


 ぐったり横たわる男二人を茂みの影に押しやって、今度は回りを警戒しつつ自分の乳首に手を当てる。


【灰屋 宗人】

 称号『乳首の神』

 固有スキル

乳分析アナライズ』『乳頂的当トップバスター』『乳治癒ペインバスター』『索乳サーチバスター』『奪司分乳テイクアンドシェア』『』『』

 所有スキル

 無し


(だいぶスキルも増えたな。どれ、ステータスは?)


 レベル 乳

 体 力 乳

 魔 量 乳

 筋 力 乳

 魔 力 乳

 敏 捷 乳

 防御力 乳

 右乳首感度 50

 左乳首感度 50 


「なんの情報も得られねぇ!?」


 しかも何で感度だけ表示されてんだよ!

 この後、仕事をサボっていた三人目がやって来たが、隙を見て乳首を攻撃し行動不能にしてやった。

 それから『奪司分乳テイクアンドシェア』を発動してみたが、経験値や体力を自分に配分出来たかどうかは分からない。表示は乳のままだったからだ。感度以外は。

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