エピローグ3

 

「わぁ……!」


 隣の少女が感嘆の声を漏らす。

 俺達三人はほぼ新築のログハウス、三階の一室から新たに開放された草原を眺めていた。

 三階とは言うが部屋は一つしか無い為フロアとは言えないだろう。しかし屋根裏というには高さも広さも十分すぎるほどで、男子が憧れる秘密の隠れ家みたいな間取りになっている。

 その屋根裏部屋から外壁に飛び出すような簡易なテラスに、今いるのだ。


「ここからだと牧場が良く見えます……あっ、ウメとマルだ! おーい!!」


 身を乗り出し、遠くに見える家族に手を振るミルシェ。

 この高さからだと牧場全体が一望できるし、新しい牛舎や住まいも見える。

 このログハウスを中心に広がるのがB地区、右側に広がるのがA地区だ。ここからの角度では見えないが、未だ手の入らず草木が延び放題の所がC地区とかD地区なのだろう。

 余談というか蛇足だが、ここからでも風呂は見えない。


「おいおい、そんなに乗り出すと危ねぇぞ」


 バンズさんの忠告も耳に届かない様子だ。ワザとか偶然か、そのご立派なバストが手摺に乗っかりエライことになってる。

 このままじゃ確かに危ない。俺が。

 景観に感嘆を上げながら、その実おっぱいガン見するのが俺だ。


(俺はあれに触ったんだよな……)


 頑強に作られた木の手摺に強度として敗北し、自在に形を変えるおっぱい。乗っかって動いて、時々ぷるんと落ちて。もう一挙一動を録画したい。

 パルゴアの顔はうろ覚えなのに、あの時の感触ははっきり胸に刻まれている。夢よりも夢のような一時だった。

 ふわふわでモチモチで、でも一部だけが……


「どうだ? B地区はいい眺めだろ」


「みっ見てませんよ!?」


「ん? そうなのか?」


「違いました凄く見てました! いやぁ良い眺めですね!」


 あぶねぇ……どうも俺はおっぱいの前では我を忘れがちだ。ミルシェに気付かれない内に自重せねば。


「…………」


 ジト目でミルシェが俺を見ているのは、バレたからじゃないと信じたい。


「ムネヒトさん」


「なんじょ?」


 また噛んじゃった。

 咎められるのを恐れてビクビクするくらいなら見なけりゃ良いじゃないか。分かってるんだ。


「ムネヒトさんって……本当は何者なんですか?」


 出てきた言葉は、思った以上に真面目な物だった。


「おとーさんは魔術士ソーサラーだと言っていましたが、何となく違う気がするんです。あの時、治療以外に魔術を使っていたようには見えませんでしたし」


 手摺から身を起こし、少し低い位置から琥珀の目が俺を映す。

 あのライジルを魔術士の代表とするなら、確かに俺にはそんなイメージとは程遠い。

 厳密に言えば『乳治癒ペインバスター』も魔術じゃ無い。


「えっと……」


 どう言ったものか。異世界からという前提は付くが、旅人なのは間違いない。しかしミルシェが欲しい答えはそうじゃないだろう。


「……内緒だ」


 だが『乳首の神』ですとか言えない。何故なら恥ずかしい。正直に言って冗談だと思われるならまだしも、頭がおかしいのではと懸念されてはたまらない。

 乳首様は隠されるべき宝だ。なら俺の身分も隠すべきだと、少なくとも自分ではそう思う。


「えぇ~? 教えてくれてもいいじゃないですかぁ~!」


 拗ねたように詰め寄ってくる。接触しそうなくらいの距離だからか、彼女の膨らみから体温を感じる気がする。


「ホントごめん、でも決してやましい事じゃないんだ! いつか絶対に言うから!」


 ある意味で他国のスパイとかよりやましい。他世界のオパイとか噴飯ものだ。


「いつかなら今でもいいじゃないですかぁ!」


「勘弁してくれ! 大したことじゃないが事情があるんだよ!」


「今さっき胸を見てたのおとーさんに黙っててあげますから!」


 しっかりバレてた! しかもその脅しは俺の後ろにバンズさんがいるから全くの無意味! 後頭部に刺さる視線がやばいぜ。

 でもそんなに知りたいなら……聞かせた時の反応も気になる。


「実は俺、乳首の神様でさ」


「ちく……!? なんでそんな冗談を言うんですかぁ!」


 やっぱり信じてもらえない!


「ほら、いい加減にしねぇか! 誰にだって言えない事くらいあるだろ!」


 見かねたバンズさんが止めに入る。ミルシェはやや釈然としない顔ではあったが、質問の矛を収めてくれたらしい。


「いつか話すって言ってんだからそれでいいじゃねぇか。野暮な詮索は無しにしようや」


 バンズさんの言葉が結びとなる。

 どちらかと言うならミルシェの方が正当なんだろうと思う。

 いくら恩人とはいえ素性の知れない男を居候させ、あまつさえ家付きの土地を譲るのだ。豪快というレベルじゃない。

 とはいえミルシェも身辺調査とかいうものではなく、好奇心の域をでないレベルみたいだが。


 俺もなんとなく隠し事をしているようで後ろめたい。いま正直に言ったばかりだが冗談として片付けられてしまった。


 打ち明けるときは、もっと慎重にならないとな。


 ・


 それからしばらく俺達はそよぐ風を楽しんでいた。草の泳ぐ音まで聞こえてくる静かで贅沢な時間だ。俺は少しの勇気を持って、その静寂を破いた。


「なあミルシェ」


「なんですか?」


 彼女が顔だけを此方に向けた。後ろでバンズさんが振り向いた気配を感じる。


「旅の目的を決めたよ」


 今回の一件で決意したことがある。この第二の世界に来て俺がするべき事をはっきり決めたのだ。

 それを誓いとして、きっかけになったミルシェに聞いてもらいたい。


「! 旅の――……」


 何故かミルシェの顔が曇る。


「そう、ですよね……ムネヒトさん、旅人ですもんね。いつかは此処を……」


「ミルシェ、俺は――……」


 ミルシェから目を逸らすな。ここだ。ここが俺の人生の転機なんだ。


「俺はお前を幸せにしたい」


「…………――――ええええっ!?」


 沈んでいた顔が明るく、を通り越しあっという間に赤く染まっていく。

 どういう訳かバンズさんの視線が強さを増した気がする。


「駄目か?」


「えっ、あっ、駄目とかイヤとかじゃなくて、むしろその……えっと突然すぎてあの、いやでもっ、あぅぅ……」


 絵に描いたような狼狽ぶりだ。必死に言葉を作ろうとしているが上手く完成させられないということが伝わってくる。

 無理も無い。俺はずっと考えていたことだが、ミルシェには突然だっただろう。


「ぅぅう~……おとーさぁん……」


 ミルシェが不安そうな顔で俺の後ろに居るバンズさんも見る。俺は振り返らない。後ろでバンズさんがどんな顔をしているのかはミルシェだけが見ればいい。父と娘の事だ。

 俺はミルシェだけ見ていればいい。


 結論から言おう。俺はおっぱいを護りたい。

 世の女性は、好きな相手におっぱいを触らせて良い。

 世の男性もまた、好きな人のおっぱいを触って良い。


 もちろん、無差別むやみやたらにという訳じゃない。欲望のままに襲いかかる行為は大罪だ。


 まあ俺も前の世界では大人の遊び場に足を急がせていた途中だったんだけども、それはそれだ。

 上手く言えないが相手はプロなのだ。プロのお姉さんに、全くの素人の俺が教えを請おうとしていたという話だ。話が逸れた。


 今、この時も世界のどこかで残酷が振り下ろされるているのだろう。

 好きでもない相手に、嫌いな相手に、時には顔も知らぬ誰かに、女性としての尊厳を踏みにじられている。


 そう思うと腹が煮えくり返る。


「ぅぅう……ムネヒトさんは、ここに居てくれるってことですかぁ……?」


「ああ、お世話になるよ。土地まで貰っちゃったし、幸せにするって言ったのに旅に出るなんて不誠実だからな」


 きゅぅ、と良く分からない声を漏らしながら俯いてしまった。


 このミルシェだってそうだ。まず間違いなく彼女はパルゴア達に引き裂かれていた。

 過去にもしは無いが、は違う。

 これからなら俺にも護る事が出来るかもしれない。

 世界全てのなんて大袈裟なことは言えないが、俺は神の力を授けてもらった。


 神様が助けないで、誰が助けるんだ。


 やがてミルシェはバンズさんと無言のコミュニケーションを終え俯き、横を見て、上を見て、覗き込むように俺を見て、目を瞑る。

 たっぷり一分ほどの時間が経ったとき彼女は目を開いた。


「……続き、を……」


 真っ赤な顔はそのままだったが、琥珀色の瞳に強い光がある。覚悟の光だ。

 その瞳を受け止めつつ、用意していた言の葉を紡いでいく。


「ミルシェ、俺は――――」


「……はい」


「俺は、俺が――……!」


「…………はい……!」


「俺がミルシェの旦那様を見つけてやるよ!!」


「はいっ!! …………はい?」


 ならば何時まで護ればいい? 永遠と言いたい所だが、それも自己過信というものだし女の子にとっても迷惑だろう。そもそも俺にも寿命はある。

 しかしその結論は既に出ている。


 おっぱいとその持ち主を護る存在が現れるまでだ。

 つまり俺は、おっぱいキューピッドになる。

 男女の双方が幸せになるような出逢いを迎えるまで俺はおっぱいを護ろう。乙女を傷付けようとする存在を退けよう。

 時には迷える男を導こう。おっぱいも女性も心から愛せるような立派な男を、俺が育て上げよう。

 そして他ならぬこの俺が、器の大きな男にならないといけない。


 それが俺のおっぱい人生だ。


「えっ……と?」


 ミルシェが何か変な顔している。そんな難しいこと言ったか? 後ろのバンズさんから「あちゃー」って声が聞こえてきた。

 この素敵な女の子を、素敵な男性と出逢わせてあげたい。パルゴアのようなカスオブカスなんか俺が悉く排除してやる。


 つまり俺とミルシェの関係はこうなる。


「だからさミルシェ! 俺のことは『お兄ちゃん』って、呼んでもくれても良いんだぜ!?」


『Fカップ女神に異世界に飛ばされ、出会った牧場の爆乳美少女が俺の妹になりました ~おっぱい星人が神様!?~』ってなんかラノベのタイトルみたいだ!


「バカぁぁああぁぁああああッッ!!」


「オワーーーーーーーーーーーー!?」


 怒鳴られた。至近距離だったので耳が凄いキーンとなる。


「ムネヒトさんのバカバカバカバカバカ! このおっぱい王国民! もう知りませんっ!!」


 噴火したかのような怒りを撒き散らしながら、実際何かの文句を撒き散らしながらミルシェはログハウスの中にドタドタ戻っていった。

 尻餅をつき呆けているとB地区を走っていく姿が見える。まだバカバカ叫んでいた。


「あれぇ……?」


 状況が把握できない。俺のシミュレーションではあんな反応は無かったぞ?

 あれかな? やっぱり自分の彼氏旦那は自身で見つけたいってことかな?


「差し出がましかったですかね?」


「いやもう、なんもかんもお前が悪いだろ……」


 バンズさんが呆れたように言ってくる。味方が居ないようだ。

 どこかでモーゥと、多分ハナが鳴いている。

 その声を聞きつつ、俺はミルシェへの謝罪を考えていた。


「……もしや弟の方が良かったか?」


 夕食の時にでもお姉ちゃんと呼んでみるか。

 俺の呟きはバンズさんのため息に掻き消された。

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