侵入者は情報通
「何をしている!? 早く追えウスノロ!! 外に出した奴らも全員呼び戻せ!!」
激昂するパルゴアの指図にライジルは従うことにした。下級魔術に分類される
ライジルがサルテカイツの召使い達を外に出したには理由があってのことだった。
あの男は陽動で後から本隊の来る可能性があったことと、サンリッシュの娘を救出した後の退路を遮断するためが大きな理由だ。
もっともこれはパルゴアを納得させる為の理由に過ぎない。本当の目的は別にあったのだが……。どうやら変更せざるを得ないらしい。
「さんざん御託を並べやがったクセに逃げたぞ! 大した救助隊じゃないか!!」
パルゴアは床に空いた大穴を覗きながら、苛立たしさを少しでも晴らすように思いっきり嗤う。お前を助けに来た男はあんなに情けない奴なんだぞと、暗に隣のミルシェに言っているのだ。
「――……」
「……チッ」
栗毛の少女は、パルゴアの言葉が耳に入らない様子で床に空いた大穴を見つめたままだ。その横顔が何となく気に食わず、逃げたムネヒトを更に罵る。
(しかし本当に隠し通路があるなんてな)
執事長が日頃から『領主たるもの、しっかりと自身の屋敷を掌握しておくべきです』と言っていたがこういう事だったのか。普段は聞き流していたがこんな時に目撃することになろうとは。
そういえばその執事長が居ない。肝心な時に居ないなんて全くどうしようも無い役立たずだ。こういう時こそ、その知識を使って逃げたあの男を追い詰めるべきだろうに。
「パルゴア様、あの異邦人は何故地下通路のことを知っていたのでしょう?」
屋外に居た家臣、護衛を呼び戻しながらライジルは訊いてくる。
馬鹿が、そんなこと自分で考えろ。そもそもお前がもたもたしているからあの男は逃げたし、外に出した者たちを呼び戻すという二度手間を取るハメになってしまったんじゃないか。『夜霞の徒』ってのは無能揃いか。
パルゴアはそう怒鳴りつけてやりたいところだったが寸での所で耐えたらしい。
「知らないよ。薄汚いコソ泥らしくコソコソ調べたんじゃないか?」
「……事前に知っていたということは、この屋敷のあらゆる秘匿を把握している可能性もあります。例えば――牧場の権利書の在り処とか」
馬鹿を言うなと一笑に伏すにはできない話だ。
ここでようやく若い領主は思案を巡らせた。執事長は何故いないのか、何故あの平民が自分も知り得ないような屋敷の仕掛けを知っていたのか。逃げたというのは見せかけで本当の狙いは……。
「執事長の書斎か……!」
そこには牧場の権利書だけではなくサルテカイツが王都の役人と密談を重ねた記録、今回の事に限らずサルテカイツの裏の情報が保管されている。管理を一任されている執事長があの男の手に落ちたとするなら十分考えられる。
「手下を書斎に向かわさろ! 待ち伏せしてヤツが辿り着く前に捕らえて殺せ!! ミルシェ、君もくるんだ!!」
「いたっ……!? 離して、離して下さい!!」
さっきまでとは違いミルシェは抵抗を見せる。パルゴアは鎖を強く引くが、足を踏ん張り動こうとしない。
「くそっ……急に元気になりやがってこのアバズレが! そんなにあの平民が気になるのかよ! だったら、あの男の首を抱かせてやる!」
「あなたって人は……ッ!」
涙を薄く浮かべながら睨んでくる。戒めが無ければ噛みついて来そうな目だ。
そんな無力なミルシェを見て、そして走り去ったムネヒトを思い出して優越感に嗤う。
所詮は平民風情の浅知恵、狙いが判明してしまえば対処は容易い。
大方慌てたコチラの隙を見てミルシェを奪うつもりなのだろうがそうはいくか。そうだ。どうせならあの男の前でミルシェを犯してやろうじゃないか。
「お待ちくださいパルゴア様。私に考えがあります」
ライジルは勇む主を制止し何事かを耳打ちする。
金髪の領主は怪訝な顔をしていたが、すぐ愉快そうに口の端を歪めた。
「ははは、なるほどな……良いよ。お前に全て任せる」
・
「お、ぅふ、ぐにぃ……」
「気付いたみたいだな……」
追っ手を一人行動不能にしながら地下通路から見上げる。湿っぽい天井しか見えないが青い光や赤い光が忙しなく移動している。
ミルシェは……三階の貴賓室に連れていかれた。パルゴアはミルシェを連れて行った後、ライジルやその部下と合流し一緒に一階の端にある書斎へ向かっている。
狙い通り、俺が執事長の書斎を狙ってると勘違いしてくれたらしい。
もし二人がミルシェの元を動かなかったのなら、そのときは牧場の権利書や公にされたらマズイ記録を本当に奪取するつもりだった。
サルテカイツの書類を奪った後は、そのまま王都の城に乗り込んでやろうと腹積りしていた。直接の取り引きすることも考えたがライジルがいる限り上手く行く確立は低い。
冷静さを失ったパルゴアがどんな判断を下すか一種の賭けだったがミルシェがノーマークになってくれた。当初の予定通り彼女を助け出しここから脱出しよう。急がないと屋外に出ていた大勢の召使い達が戻ってくる。
(気がかりなのがアッサリとミルシェから離れたことだ……。パルゴアかライジルかどちらかが一緒に応接室に戻る可能性だってあった筈。それを手下も付けず完全に一人にして一体なんの真似だ……?)
とはいえ行くしかない。モタモタしていたらチャンスを失うだろう。何かを企んでいようが三階の応接室と一階の書斎とでは物理的に遠いし、隠し通路を使えば俺達の方が早く脱出できる。相手の戦力が分散されている今が好機なんだ。
裏をかいてミルシェを一人にしたつもりかもしれないが、流石に俺が何処に誰がいるかを知るスキルを使っていることまでは知るまい。乳首レーダー万歳だ。
「居たぞ! あそこだ!!」
「全員で囲め!! 逃がすんじゃねぇぞ!!」
薄暗い通路の両端から追手のおかわりが現れた。魔術かアイテムか、火を灯さない松明を先頭の男が持ち殺到してくる。一本道の真ん中に突っ立ったままの俺は袋のネズミだ。
(まあ、来てる事は知っていたけどな)
右から四名、左からは六名。勤続五年未満の粗暴な輩だと記憶にある。狭い通路で互いを押しやるように迫ってくるが遅い。
俺は軽く壁の一箇所、規則正しく組み上げられたレンガの一枚を押し込む。俺から見て右側の床がまるごと抜けた。
「な、ぎゃああ!?」
「はえっ!? おわぁああ!」
「おい馬鹿、押すんじゃ……ぐあぁあっ!?」
急には止まれずまず先頭が落ち、際で堪えた者も後ろから追突され諸とも落ちていく。
奈落の行き先は下水道だ。死にはしないだろうが早急に風呂に入りたくなるだろう。
俺はそれを確認し反対側の壁に体当たりする。
硬く重厚な感触は最後まで続かず、
『壁の向こうに逃げたぞ!?』
『おい何してやがる!? 早く開けねえか!』
『うるせぇ黙ってろ、回らねぇんだよボケ!』
『開かない訳があるか! 此処から中に入ったんだろうが!!』
今まで居た通路に取り残された連中がごった返している。乱暴に叩いたり体をぶつけたり蹴ったりしている。
残念、その扉の開け方にはコツがあってだな。石畳の一枚、スイッチを踏みながらじゃないと開けられないんだよね。おっと。
「しゃあっ! 開いたんほほーーーっ!?」
一人運良く開けられたらしい。だがそれも見えていたので入ってきたその男を、すかさず『
あっという間に体力と経験値を根こそぎ奪われ、男は白目を剥き気絶する。ちょうどいい、回転ドアのつっかえにしとこう。
躍起になってここで足留めを喰らってくれるなら好都合だ。壁の向こうの怒号を後ろに聞きながら、奥へ走る。
屋敷の仕掛けを真面目に勉強していないから、有事の際に対応できないんだ。
飛び込んだは良いものの、勝手の知らない地下通路の中で右往左往する召使いを行動不能にするのは驚くほど容易かった。
要人を逃がしたり侵入者を捕らえたりする為の仕掛けが、
(この上だな……)
なるべく足音を立てないように走ってきた俺は、梯子のある位置まで到着した。闇に飲まれるように上へ続く梯子は屋敷の構造を知り尽くした後でも不気味だ。
でも少しも怖くない。四階分くらいの高さを置いて見える二つの赤い光が、俺にとっての灯台だ。
「もうすぐだ……待ってろミルシェ!」
手と頬を軽く鳴らし、手を掛け足を掛け貴賓室へと向かう。この通路は緊急時に要人が脱出する際に使われていたらしい。迷いやすく、物騒な仕掛けが多いのもそのためだろう。
まあ近年はVIPの連中が夜遊びしていたとき、人目に付かないように利用していたようだ。
(ミルシェも助けに行くために、間男みたいな連中が使っていた通路を通っていると考えるとコレもまた皮肉だな……)
冷たい空気が肺の底まで落ちてくるが、吐く息は白くなるほど熱い。
緊張で滑りそうになりながら、俺は上を目指した。
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