勇者と国の話

 

 門を抜けると大きく開けた通りだった。市場のようなと言ってもいい。ガヤガヤと物の集まる所には人も集まる。その逆もまた然り。


 歩きながら談話に花を咲かせる者、土埃を巻き上げて走り去る馬車。多くの人々が行き交い非常に盛んだ。


 道の両脇に様々な店が並び肉や野菜果物、装飾品などが目に入る。雑に組み上げられた露店や、全てレンガで建てられた立派な店もある。なんの店かは字が読めないから一切分からないが。


「へぇ~……お~……はぁ~……」


 風見鶏のように首を左右に振るのが俺だ。都会に来た田舎感人丸出しである。


「ふふふ。ムネヒトさん子供みたいです」


「や、止めてくれよ……」


 くすくす笑い声に、恥ずかしくなり我に帰る。


「用事を済ました後はお店を回りましょう? ムネヒトさんの生活用品を揃え無いと」


「置いて貰ってるのに、買い物まで……」


「いいんですよ~。おとーさんにも言われてましたし、それに『全くの手ぶらでどうやって王国まで来たんだ?』って不思議がってました」


「あぁ……それには、ちょっとワケが……」


 やっぱり旅人としては異常だよなぁ……。


「おとーさんは『きっと盗賊に身ぐるみ剥がされたんだろう』って心配してました。だから、最低限必要な物は揃えて来いって」


 当たらずも遠からず。身ぐるみ剥がしたのは盗賊では無く、女神様だったけど。


「まず着替えは必要ですよね~。作業着なんかは昔のがありますから……パンツとかからでしょうか?」


 年下の娘に下着の心配をされる俺っていったい……。


「わざわざ新しく買わなくてもいいよ! 昔の従業員のお下がりでもあれば……」


「流石にそっちは残ってませんよ~。強いて言うなら、おとーさんの若い頃のでしょうか~……? でもぜったい、サイズ合わないですよ?」


「ぬう……」


「それともまさか……わ、私のお下がりが欲しいんですかぁ?」


 頬を染めて、俗に言うジト目が俺を映す。これはまさかミルシェ流ジョークなのか?

 一瞬、女性用下着(異世界下着を知らないから現代日本の物)を穿いてる自分を想像する。その俺はパンツ一丁で『おっぱい……おっぱい……ふひひ』と言っていた。現行犯ですね。


「……分かった……後でお店に寄ってください」


「はい!」


 俺もしかして尻に敷かれるタイプなんじゃなかろうか……。


 ・


 牛車は大通りを難なく進む。王都への道より遥かに舗装され、荷の上でもあまり揺れない。そう揺れない……。


「お? デカい……」


 隣のミルシェパイの事じゃない。通りの中央にある人物像の事だ。それも二体。

 それは十字に横切る別の大通りと交わる、言わば交差点にそびえていた。

 高さ五メートルはあり、近くのどの建物より古びている。

 一体は豪華な鎧を纏う若い偉丈夫。

 もう一体はその傍らに膝を付き、剣を抱いた若い女性だ。


「あれは勇者像ですね。遥か大昔に魔王を討ち、人の世の基礎を築いた偉大な方です」


 俺の視線に気付いたのだろう、ミルシェが補足してくれる。


「勇者に……魔王……」


 本当に居たのか、と何となく感慨深い。ゲームでも漫画でも数え切れないほど題材として取り上げられただろう。

 雨風に打たれ削れてしまっても、その勇者の凛々しさが伝わってくるようだ。


「名は勇者ヴァルガゼール。彼の勇者像は世界各地にあるそうです」


「あっちの……女の人の像は?」


 顔を伏してはいるが美しい女性像だと分かる。この像を造ったのはかなりの職人に違いない。

 なぜなら抱えている剣が胸の間辺りにあり、膨らみが鞘に乗っかっているからだ。石でありながら柔らかさをここまで表現できるのか。ブラボー。


「勇者パーティの一人【剣護の乙女】で、この王国の初代王様と言われています。また国民の大半が彼女を先祖に持つとも言われてます」


「じゃあもしかして、その勇者ヴァ……ル? と女王様は結ばれたっていうとか? だったら勇者も皆の先祖ってことか!」


 魔王を倒した勇者はお姫様と結ばれたましたなんて、なんともお伽噺とぎばなしチックじゃないか。それはつまりミルシェもバンズさんも勇者の子孫の可能性がある。


「皆はそう言ってるんですが、その辺りはちょっと複雑でして……」


 複雑?


「このお話はまた今度、そろそろ着きますよ」


 ・


「おやおやミルシェちゃん、今日も来てくれたのねぇ」


「こんにちはエッダさん! 牛乳とチーズはいつも通り裏口から中に入れておくから~」


 牛車が停まったのは大通り面したとあるお店だった。並んでいるものから察するに雑貨屋、お土産屋のようだ。俺達は路地から裏側に回り荷を下ろしていく。

 ミルシェと楽しげに話すのはエッダという女性だった。年は59歳。何故知ってるかは言うに及ばず。


「ミルシェちゃんたら、ますますお母さんに似て美人になって~……」


「そ、そうかな?」


「そうよ~まるで若い頃の私を見てるみたい」


 なんとベタな会話なんだろうか。

 そんな会話をしている内にエッダさんの目がこっちへ向く。


「初めまして。灰屋 宗人といいます。サンリッシュ牧場の新入り従業員です」


「ムネヒト……の方が名前かい? へぇ~……ほぉ~……」


 ジロジロとさっきの門番よりじっくり見られる。

 くるりとミルシェの方へ振り返り言った。


「ミルシェちゃんのオトコかい?」


「ブッ!?」


「オトっ!? エッダさん!」


 噴き出す俺、真っ赤になるミルシェをエッダさんは顔をくしゃくしゃにして笑った。


「んはははは! 照れない照れない、ミルシェちゃんみたいに良い娘ならオトコの一人や二人や三人……若いっていいねぇ」


 ゲラゲラ大笑いしながら視線をもう一度此方に寄越してきた。


「んー……何となく頼り無さげな男だが、なかなか可愛い顔をしてんじゃないの。あんた、ミルシェちゃんを泣かせたら私が承知しないよ? 滅多なことするとコレだからね」


 言うと、エッダさんはお土産の中から一際大きな品物を手に取る。なんかの動物の角だろうか? 明らかにエッダさんの腕より太い。


「コレをケツにぶち込むからね?」


 キュッとなったわ。


「肝に命じます」


 ついでに尻にも命じる。


「まあ……コレをぶち込みたい野郎ならもう居るんだけどね」


「へ?」


「……」


 何に使うか分からないお土産を元の場所に置きつつ、エッダさんは溜息混じりに漏らした。


「パルゴアのクソガキさ。好き勝手に振る舞っているが、王都の有力者だからね。誰も文句なんて言えんのさ」


 パルゴア……ここでもそいつの名前を聞くことになろうとは。


「エッダさん、分かってるとは思うけど変なことしちゃ駄目だからね?」


 嗜めるような言い方はエッダさんを案じての事だろう。一介の商人が有力貴族に逆らえばどうなるのか……何となく想像できる。


「私より自分の心配をするんだよ。私はもう年だから良いけど、あんたにはまだまだ未来があるんだ。つまらない男に滅茶苦茶にされないようにね」


「うん、大丈夫。もう話がつく筈だから……」


 だといいんだけどねぇ……と、呟いた。

 エッダさんの漏らした言葉と俺は同感だ。何が目的かは知らないが、ミルシェやバンズさんの害にしかならないんじゃなかろうか。さっきのお土産買っておくか?


「気を付けなミルシェちゃん、奴め今朝早くから城に上ったらしい。何か企んでるかもしれないよ。何かあったら直ぐに言いな」


「はい……」


 エッダさんの忠告を受け、俺達は店を後にした。

 そしてその懸念はすぐに的中することになる。



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