マッサージ(健全)
「あー……さっぱりした……」
脱衣小屋の奥には更に休憩スペースのような場所があり、古びたテーブルや椅子、低い長机みたいな腰掛けもある。日本では
そこに腰を下ろして足を投げ出す。
「はぁー……今日もくたびれたぜ……」
バンズさんは床几にうつ伏せになる。屈強な彼にもやはり労働の疲れはあるらしい。
「若い頃みたいにゃいかんなぁ……最近、体がどうも……」
首を左右に転がすようにコキコキ鳴らしそうぼやく。
「マッサージでもしてみましょうか?」
そんな様子に何気無く提案してみる。
実はマッサージに関してはそれなりの腕だと自負している。何を思ったか、その手の指南書を読み漁ったことがある。もちろんプロでは無いが、バンズさんに代金を求める訳じゃないし。
「おいおい、そこまでして貰わなくても良いぞ?」
「今日の御礼みたいなもんですよ。それに雇い主に奉公するのも従業員の務めです」
「礼に更に礼を返すのか……ムネヒトは良い国から来たんだな。じゃ、お願いしてみっか」
近づき広く分厚い背に両手を添える。やや体重をかけるようにして肩甲骨の辺りを押した。
鍛え上げられた筋肉には確かに強張りがあった。それをじっくりと一本一本ほぐすように押して行く。
「お客さ~ん、かなり凝ってますねぇ~」
「ぁぁ~……なんだそりゃどんな挨拶だぁ~……」
お湯から上がったばかりの今がマッサージに最適のタイミングだったりする。血行もよくなり筋も柔らかい。それらの組織を傷付けないように腕に力を込めた。
「あぁぁ~……こりゃあ良い……給金に色付けねぇとなぁ~……」
「いいですよそんなの」
好評のようで良かった。
調子に乗ってきた俺はスキル『
「ぉぉぉぉ……ぁぁぁ~……」
いまいち効力に幅が出ているのか分からないが、なんとなく見えないダメージを癒しているような手応えを感じる。その感覚を意識したまま肩甲骨から首へ。肩まで上がり背骨を挟む脊柱筋を指で押していく。
「あれ? 何してるんですか~?」
後ろから声を掛けられる。ミルシェだった。
彼女も上がってきたらしく、湿った髪を拭きながらひたひた休憩室に入ってきた。上気した頬に質素な寝間着姿は俺をドギマギさせる。風呂上がり女子って良いよね。
「ぁぁぁ~……ムネヒトにぃ~……マッサージをだなぁ……」
「だらしないよおとーさん! ムネヒトさんに悪いって!」
「俺から言い出した事だから、気にしないで」
ミルシェから目をそらしマッサージに集中しているフリをする。
「ぁぁぁ~……ミルシェぇぇ……お前もやってもらったらどうだぁぁぁ~……」
「「えっ」」
俺の出した声だが、ほぼ同時にミルシェも言っていた。
「ば、バンズさん!? 何を言ってるんですか!」
「最……高に……いぃ……気持ちにぃ……ぁぁぁ~……んぐ、ぐごごぉぉぉ……」
寝てしまった。シンと静まった室内に気まずい沈黙が漂う。聞こえるのはバンズさんの心地良さそうなイビキだけだ。
「も、も~……おとーさんってば風邪引いちゃうよ」
そう言うと彼女は何処からか大きめの布を取りだし、バンズさんの背に掛けた。
「酔ってたみたいだし多分冗談だよ。ミルシェだって俺にマッサージされるのは嫌だろうし……」
「べ、別にそんな……ムネヒトさんこそ、おとーさんや私に気を使わなくったって……」
二度目の沈黙である。
「い……嫌じゃなかったらミルシェもどう? 今日の御礼みたいな……ものを……みたいな……」
何を言ってるんだ、何が嫌じゃなかったらだ。出会ってまだ1日と経たない子に向かってマッサージどう? とかセクハラすぎる。
「えっと……じゃあ、良いですか?」
「まっ?」
当然断られるものと思っていたから、ミルシェの返答は意外だった。
「あ……やっぱり嫌ですか?」
「嫌なもんか! むしろバッチ来いって感じだ!」
がっつき気味に返事してしまうが、何もやましい事は無い。今日お世話になった恩を少しでも返すためだ。そう自分に強いて言い聞かせた。
・
・
・
組んだ両手に顎を乗せうつ伏せなるミルシェ。そこにバンズさんに掛けたものと同様の布を一枚被せた。
その腰掛けの脇に立つのが俺だ。
「じゃあ……お願いします」
「……失礼します」
その背中に両手を下ろしていく。タオルケットを形作るのは、彼女の背中だ。酪農で鍛えられてるとはいえ男の身体とは違う。
一度躊躇い、彼女の背に手を下ろした。
「んっ……」
「ごめん、痛かった?」
「いえ……少し驚いただけです……」
「そ、そうか。言ってくれたらすぐに止めるから」
バンズさんの時と同様に肩甲骨の辺りへ指を添え、力を真下に加えていく。布越しに手に伝わる肌の感触を意識しないようにするのは困難だった。風呂上がり直後だからか熱を余計に感じる。
「ん……んぅ……っ……はっ……ぁぁ……」
「……」
「ぁぅ……んくっ、んん……ふっ……ぅ……んっ……」
「…………」
ちょっと待ってワザと? ワザとなの? ふわふわおっとり系かと思いきや、色気で男を手玉に取る小悪魔系だったの?
ただでさえゴミみたいな俺の対女子耐久値がゴリゴリ減るんだけど。
「すごい……気持、ちっ……良いです……ぁっ……こんなの……初めてぇ……ムネヒトさん……上手なん、ですねぇ……っ」
俺も初めてです。
あかん、あかんですよこれは。軽い気持ちで言うべきじゃなかった。彼女の妙に艶かしい息遣いに謎の申し訳なさがこみ上げてくる。
しかし一度俺から始めてしまった手前、すぐには止められない。ここで手を離したら、それこそやましい気持ちがあるみたいじゃないか。
(気を引き締めろ……! ミルシェが俺を信頼してくれたからこそだ。それを裏切るような真似はするな!)
気持ちを改めて両手を上へ、とくに肩から首にかけてを重点的に。なんとなくここは強張っていた。
「ぁっ……そこ、すごく良いです~……」
「もしかして首でも痛めてた?」
「はい……何故か肩が酷く凝ってまして……んっ……歳……なんでしょうか~……?」
「16歳の娘さんが何言ってんのさ。日頃の仕事疲れだって」
年齢じゃなくてその爆乳のせいだよとは言うまい。
胸が大きい子が肩こりに悩まされるのは有名な話だ。男の俺には一生分からないだろう。中学の時にかぼちゃ二玉を胸に詰め、一日だけ学校一の巨乳になったことくらいしかない。
服は伸びるし先生には怒られるしクラスでは「かぼちゃカップ」なんてあだ名が付いた。懐かしい話だ。
俺のことはさておき肩こりが辛い事だけは分かる。少しでも改善に繋がればいいのだが……。
ピコン!
久しぶりに脳内にマヌケなアナウンスが流れる。
『
乳房に触っている間に限り、その持ち主を治療することが可能。接触箇所が乳首に近いほど効果は増大。
また乳房に関する不調を改善する←
スキルに(妙にふざけた書き方で)項目が追加されたようだ。新たに発現したのか元からあったものが表示されたのかは定かではないが、タイミングが良い。
肩に両手を当てたまま
「んっ……」
ミルシェも何かを感じ取ったのか短く声を漏らした。胸のせいで肩こりになってしまい、その苦痛が自分の身体を嫌いになる原因になってしまうのは心苦しい。
誰よりも彼女が彼女のおっぱいを大事にしてもらいたい。
「あ……なんか、楽になってく気がします~…」
「そりゃあ良かった」
肩を揉みほぐしながら緯線を落とす。めくれたタオルケットの縁から僅かに見える、ちょうど彼女の脇あたりから零れる胸肉を見た。もちろん布越しではあるが妙な感動を覚える。
おお……! マジで横から溢れるのか……! っていやいやいや! いい加減にしろよ俺!
するとまた赤い点が二つ、今度は彼女の背中越しに現れた。うつ伏せだからか、やや体の外側に見える……我ながらなんと節操の無いスキルだ。まだ制御できないのかよ。
煩悩もスキルも押さえ込めない自制心の無さを恥じつつ、マッサージに専念しようと手に意識を戻す。
ピコン!
(ん。また何か追加か?)
――
――要請承認、発動
(は? なんて?)
なんで今そのスキルが? 乳首はおろか、胸にだって触れてないけど? そもそも要請って俺には攻撃する理由なんか……
「ぅんっ……!?」
思考を遮りミルシェの今までとは違う声が耳に飛び込んでくる。
「お、おいどうした!?」
「だ、大丈夫です……なんでも、ないですから……どうぞ、続けてください…」
顔をうつ伏せたままそう告げてくる。
スキルが発動した事によりダメージを与えてしまったかもしれない。男に石をぶつけた事しかないし、ミルシェが受けた苦痛の程は不明だ。
(発動するな、発動するな……)
心なしか先ほどより弱く彼女の肩に触れる。治癒スキルだけでいいから、攻撃スキルはいいから……。
「ッ! ……ん……くぅ……!」
体を左右にもぞもぞ
「ひゃっ……ぁう……っ…………ゃん…………!」
「大丈夫……? 痛くない?」
「へ、へいき……平気です……。あ、少し待って下さい……」
手を止めると彼女はおもむろに体を横にした。俺に背を向けミルシェは休憩室の壁側を見る。
「どうぞ……続けて下さい」
「お、おう……」
斜め上からミルシェの背を見下ろす形になる。真下に彼女が居た時とは勝手が違うがやり辛くなるほどではない。手をうなじあたり……右向きになっているから、やや右上に当てる。
横向きに力を入れる事により、かすかに彼女の体が揺れる。質素な寝間着越しに震える胸が良く分かった。
(見るな、見るなよコラ。こういう時はアレだ、なんだ、おっぱいを……じゃなくて
胸が大きい女性にとって、うつ伏せは苦しいという話を聞いたことがある。長く同じ姿勢だったから、苦痛だったのかも知れない。
ただでさえマッサージ用の診療台じゃない只の腰掛けだ。上から押されれば胸が潰れそうになって苦しいのは当然だ。横を向いたのもその為だろう。
(これは止めた方が良いな……)
「ミルシェ、ごめん。そろそろ終わるよ」
「え……」
・
(声を出しちゃだめ……)
ミルシェは未知の感覚と戦っていた。
何故マッサージを承諾したのかは自分でも分からない。仮に他の男性……ましてや会ってまだ一日と経たない者に体を触らせるなど有り得ない。ミルシェだってその程度の用心は当然ある。
では何故ムネヒトには許したのかを問われると、説明に困る。父バンズがあまりに気持ち良さそうだったので、若干の好奇心も手伝い体を横にしたのだが……。
(なに……これ……)
ミルシェはムネヒトに見えない角度で唇をキツく結んでいた。
途中までは普通のマッサージだったと思う。日頃知らない内に蓄積された疲れが癒されていくのが分かった。特に悩まされていた肩から首の苦痛までみるみる消えていく。だが変化はそこで起きた。
一瞬、彼が触る所とは全く別の箇所に痺れが走る。ミルシェの両胸、正解にはその先端へ。
「ぅんっ……!?」
思わずそんな声が出た。ムネヒトにはなんでもないと言ったが、彼の手が身体を押しやる度に甘い刺激が通る。気のせいでは無い。
長椅子の上にやや擦り付けるようになるので、二重で彼女の敏感な部分が刺激されていく。
それに耐えかね、一度断りうつ伏せから横向きになったが収まらない。肩から首から真っ直ぐ、両胸に弱い雷系魔術を浴びているかのようだ。そんな部分に浴びたことはなど皆無だが。
(なっ……なんで! こんなに……!)
ムネヒトからは見えないように左手一指し指の関節を噛む。そうしていないとどんな声が漏れるか自分にも分からない。
じんと熱を持ち、薄布を内側から押し上げていくように感じる。ピリピリ焦れるようなくすぐったいようなそれは、事故でムネヒトに胸を触られた時と同じだ。
その未知の感覚が明確な形になり、ミルシェの自覚に変わる瞬間――
「ミルシェ、付き合わせてごめん。そろそろ終わるよ」
「え……」
胸中に去来した思いは、解放される安堵では無く――
そんな、あと少しで……あと少しだけ……
「……ム、ネヒトさん。あの、も……」
「ん? も?」
聞き返されミルシェは我に帰った。自分は何を言おうとしたんだろう。
「は!? なっ何でもないです! マッサージありがとうございました! お休みなさい!」
慌てて立ち上がり頭をほぼ直角まで下げ、バタバタ渡り廊下の方へ走り去ってしまった。
ムネヒトはポツンと残され、投げ出されたタオルケットに目を落とした。
・
ミルシェは最後に何と言おうとしたのだろうか、と考えるまでもない。
『もう止めて下さい!』『もう金輪際、こんな事しないで下さい!』
間違いなくこんな意味を持つ言葉だろう。
「完全に嫌われてしまった……」
調子に乗るんじゃなかった……ミルシェに対し今日はいったいいったい無礼を働いただろう。後悔が胸を噛む。
「ふぁ……いけねぇ、寝ちまってたか。あ? なんかお前定期的に元気ねぇなぁ……」
バンズさんはうたた寝から覚め、延びをする。
「人は何故、過ちを繰り返すのでしょうか……」
「はぁ?」
項垂れる俺を見て怪訝そうに眉をひそめる。
「なんだか良く分かんねぇが、一杯どうだ? 体の疲れは湯で流し、心の疲れは酒で流すもんだぜ」
俺は休憩室に隠していた蒸留酒を、バンズさんと一緒に飲んだ。
異世界最初のアルコールは胸が焼けそうな味だった。
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