縁談と財産
「そいつはパルゴア・サルテカイツだ」
バンズさんは牛乳で割った麦の蒸留酒を飲み干して言う。日の傾いた頃、本日の仕事を終え三人で夕食を囲み午後の事を話していた。
「王都近郊の領主さ。この国じゃ古株の貴族でもある」
「その貴族がなんでここに?」
「実はムネヒトが来るずっと前から頻繁に来てるんだよ。この牧場を寄越せってな」
酒気の多く混ざった溜め息をもらす。新しい酒を継ぎ足しながら言葉を続けた。
「この牧場はミルフィ……俺の嫁のご先祖が大昔に王様から賜った土地に建てたんだ。それが現代まで受け継がれてるから、おいそれと手が出せるような場所じゃねえのさ。だからああやって頻繁に交渉に来てるんだよ」
「嫁? てことはバンズさんは……」
「ああ、俺は婿養子さ。この牧場の娘だったミルフィ・サンリッシュに一目惚れでな、逢ったその日の内に仕事を辞めて、ここで働かせてくれって頼み込んだもんよ」
バンズさんは酔いが回ってきたのか、顔を赤らめ楽しそうに話す。
「俺はこの牧場を売る気は毛頭無い。奴にはかなりの額を積まれたが、首は縦に振らんかった」
物々交換で貰ってきたばかりの豚肉を噛み千切る。ハナ達のミルクから作られたバターでこんがり炒められたそれは、バンズさんとミルシェ、酪農に携わる皆の頑張りの成果だ。そう思うと一段と味わい深い。
「しばらくすると手法を変えてきた。牧場はこのまま残して良いし、今後の運営についても口出ししない。更に資金援助も行うってな」
耳を疑うような甘い話だ。ならば当然……。
「……慈善事業や金持ち貴族の道楽って訳じゃないんですね」
「もちろん条件付だ。それは……」
「おとーさん!」
ミルシェが急に大声を上げる。俺には知られたく無い話なのか、一瞬チラリとコッチを見た。
「パルゴアの奴と会っちまったし、ムネヒトにも知る権利くらいはある。それに、もともと断る話だ」
コップの中身を煽り、口を滑らかにしてからバンズさんは言った。
「その条件ってのが、サンリッシュ家とサルテカイツ家の統一だ」
「それって……まさか」
「おう。ミルシェを嫁に寄越せってことさ」
「…………」
ミルシェは俯いてしまったが俺だって絶句だ。あんな奴がミルシェの夫に? ギャグか?
いくらなんでも釣り合いが取れない。月とスッポンどころじゃない、月とスッポンの排泄物だ。仮に「この牧場の牛を嫁に下さい」なんて言われても却下するだろう。俺の牛じゃないけど。
数分話しただけだが、既にパルゴアは俺の中で絶対許さないリストのトップだ。
「俺も気が乗らないしミルシェがあの小僧のことが嫌いだからな。この話は丁重に断ったっつー話よ」
「私は別に……ただ、アカデミーでしつこく付きまとって来るし、デートのお誘いが下心丸見えだし、視線がイヤらしいし、変な自分自慢ばかりしてくるし、顔も好みじゃ無いし……」
これ絶対嫌いだろ。しかし聞けば聞くほど嫌な奴だな……やっぱりぶん殴っとけば良かった。
「何より、おかーさんが遺した牧場を馬鹿にされたもん」
一番我慢なら無いのがソコか。そしてバンズさんも同意見なのだろう、無言で頷いている。
母……ミルフィさんの遺した牧場を口汚く罵り、それでミルシェの心を動かせると思っていたのだろうか?
「しつこい……あまりあの手の人間を牧場に入れると牛達のストレスになる。諦めの悪さはある意味評価できるが、いい加減に手を打たないと鬱陶しいな」
「どこかに訴えるとか?」
「動いてくれるかどうか望みは薄いな。さっきも言ったがサルテカイツ家は土地の有力者で、王都守護騎士団の資金出資もしている。王都中央にも顔が利いているから余程のことじゃない限りは動かんだろう」
権力者に逆らえないのは、世界が違っても同じか……。
それに乱暴に言ってしまえばコレはただの商売の話、そしてただの縁談だ。どんなにムカつく野郎ではあるが違法行為を犯してはいない。何かしら悪事の証拠でもあれば、然るべき機関が動くだろう。それとも都合の悪い事は権力で揉み消すのだろうか。
「可能性があるとするなら王都守護騎士団の第ニ部隊だが……」
「ん? 第二部隊は何かあるんですか?」
「おとーさんは昔そこの副隊長だったんですよ」
「副隊長!? どうりでメチャクチャ強いわけだ!」
騎士団の副隊長だったのか。あの時、悪漢を撃退した豪腕っぷりにも納得がいった。
「20年も昔の話だ。コネを使うみたいで気が引けるが、その時の顔なじみに頼むっつー話よ。とはいえ、引退した奴だっているだろうし俺を知らない隊員の方が今は多いだろうな」
「おとーさんが副隊長のままだったら、きっとすぐ動いたてくれたよね~。意地悪な貴族につっかかっていく問題児。昇進と降格を繰り返す曲がったことが大嫌いの猛進男。ついたあだ名が【剛牛】だったっけ?」
「へぇ~……【剛牛】?」
「ちょ、おいやめねぇか!」
急に昔話をされバンズさんは慌てる。
「でもおとーさん気に入っちゃって、決め台詞まで考えてたもんね。『俺とロデオしねぇか?』とか『お前は哀れなマタドールだ』とか『お前へのLOVEが猪突猛進』とか最後イノシシじゃん!」
「ぐわぁあああああやめろォーーーー! しかも最後のはプロポーズ候補その1じゃねぇかああああ!」
頭を抱え机に突っ伏すバンズさん。どうやら黒歴史らしい。若かりし頃の思い出っのは誰にとっても直視しがたいもののようだ。俺も口上とかよく考えていたから気持ちはよく分かる。
仮に俺ならどんな決め台詞になるだろうか? 『お前の乳首は既に見抜いた』ロクなのにならないよ絶対。
「昔、おかーさんがよく話してくれたんです。『この人のセンスは壊滅的だから、アタシが貰って上げないと王都中の女の子が笑い転げるだろう』って」
「アイツそんなこと言ってたのか!」
「特におとーさんのメモ帳に書いてたプロポーズ語録21撰が傑作でして……」
「それはミルフィにも見せたことねぇぞ!?」
「え? 私はおかーさんから貰ったけど?」
「貰ったのかよ! そもそも誰にもあげてもねーよ!」
賑やかな親娘の会話は尽きることが無い。その様子だけで二人がどんなにミルフィさんを好きだったのか分かる気がした。
「ともかくだ! 俺は明日にでも騎士団へ行ってくる! 牽制くらいにはなるだろ!」
やや語気を荒げたまま会話を結んだ。
「お前らは朝から牛乳の配達に行ってくれ。場所ミルシェが知ってる。それが終わったら俺は騎士団へ出向く」
「了解です」
「うん、わかった」
「しかし分からないのが、何でこの牧場を欲しがっているのかだ……酪農をやりたい訳じゃないだろうし、王都から近くは無い。他国と近接してるわけでもねぇから運搬用路にも使えん」
大金を積んでまで欲しい理由があるのだろうか。牧場じゃないなら、やはり土地に何かあるのか?
「実は大昔の財宝が埋まってるとか?」
「ははは! ロマンがあるじゃねぇか! 残念だがそれも無い。何十年も前から幾度も
土地以外なら……牛? しかし酪農する気が無いのに牛を欲しがるとも思えない。よほどミルシェに惚れていて牧場を買い取れば彼女も手に入ると考えたというのが一番納得できる。
「とうに没落したウチには財産なんて牛と牧場くらいしか……ん、そういや自慢できるもんがまだあったな」
「え?」
「ムネヒト、一番風呂を譲ってやる。そうすりゃ分かるぜ」
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