第五九話 諦めを知らない心

「こ、こいつ、一体なんなんだ。いい加減にしやがれ!」


二階堂にかいどう龍牙りゅうがは自身の素手での攻撃を掻い潜る十月とおつき風成ふうせいに戸惑いを隠せなかった。それは龍牙にとって初めての体験だった。


「破壊してやら!」


 と言った龍牙は後方に跳躍する。それを待ってましたとばかりに風成は持っている魔刀『紫苑しえん』の鞘を左手で持ち右手を柄に当てて、龍牙との距離を詰める。


「間に合えっ!」

「ボケか! そんなもんで何が出来るってんだ!」


 龍牙は右手を平手にして指の先を風成に向けた。


「【暗黒流体輝ダークフルイドグロウ】」

「えっと、斬るやつ!」


 龍牙は目の前まで迫ってきた風成に対して、指の先から黒い霧を線状に放出する。一方、風成は剣術は知らないものの、無意識に刀を抜き放って相手を斬る――つまり、抜刀術を行使しようとしていた。


 風成の目前に【暗黒流体輝】が迫る。龍牙との距離は一メートルも無い。


(頼む! 届いてくれ、いや、届かせる! この一刀を)


 刀を抜き放ち、左下から右上――左逆袈裟けさ斬りで【暗黒流体輝】ごと龍牙に斬り掛かる。その瞬間、紫苑の力によって刀身が紫色の魔力を帯び、次第に刀身は魔力に包まれ一回り分厚くなる。


「ばかなっ‼」


 驚愕した龍牙。それも当然、自身が放った【暗黒流体輝】が刀によって斬り裂かれたのである。彼は戦闘で負けた事がない。負の質量をもつ粒子を操るという能力は無敵だと自負もしていたので面喰ってしまった。


「届けえええええええええええ!」


 風成は渾身の力を込めて龍牙の体に紫色に輝く刀身を到達させる。


――――龍牙の左わき腹に切り傷が付き、血を流す。しかし、それだけだった。


 龍牙は呆気に取られた、少なくとも覚えている限り戦闘中に血を流したことが無かった。手のひらを左わき腹に当てて、血の温もりを確認すると信じられないといった顔をした。


「俺様は……怪我をしているのか」


 一方、風成はうずくまっていた。刀は手から離れて地面を転がり、右の二の腕から血を流していた。


(痛い……あいつ、罠を張ってやがった……)


 風成の刀が龍牙の左わき腹に当たった瞬間、風成の二の腕は上空から降って来た一筋の黒い雨が貫いたのである。刀で斬りつけたようとした時、龍牙は上空に向けて能力を行使していない。つまり先程、彼が上空に向けて能力を放った時に罠を敷いたのである。風成は龍牙の行動を思い返す。


『地獄を見せてやらぁ! 【暗黒断罪雨ダークパニッシュレイン】』


(……あの時だ、あの時、黒い霧を空に漂わせて下に撒き散らした時に全部、撒き散らさずに空に残してんだ! 抜かった……こいつ、馬鹿みたいに喋る癖に考えて戦っている)


 戦闘を離れたところで見ていた紫苑が『そちはここまでか』と呟く。紫苑は風成が持っている刀に宿っているが比較的、自由自在に動ける。常に風成の傍にいるわけではないのだ。


 紫苑は非常な訳ではない。風成と出会ってから間もないが、情は移っていった。その上、風成の戦闘を見て確信した事があった。普段はふざけて飄々としているのに戦闘の時、頭の中は冷静で分析的な一面がある所。地形や周囲にある物を活用して活路を見出す所。


 更にかなで義安ぎあんとの戦闘の時に、刀を投げるという戦法を取った時は関心していた。刀を扱った事のない風成が真剣を無暗に振り回したところで人など斬れやしない、握り方、刃筋すら知らないのだから。故に刀を投げるという戦法が有効な手段だった。それを本能的にやってのけた彼には目を見張る物があった。ここで失うには惜しい逸材とも思ってたが、それもここまでだと諦観していた。また、これ以上助ける事は彼の為にならないと思った。何故なら、この世にずっと


 風成は負傷した部分の痛みがぶり返し動けないでいた。とうの前に体力、精神力、能力の限界など越えていたのだ。 


「あぶないっ‼」


 ホムンクルスの少女は目一杯叫んだ。何故なら、龍牙が能力を行使して風成に触れようとしていたからだ。


「……っ!」


 風成は死ぬ物狂いで後方に跳躍して距離と取ったつもりだったが、最早、肉体強化の能力を上手く行使出来ておらず、二メートル後方に飛ぶのがやっとであった。しかし彼の目は死んでおらず龍牙を見ていた。


「なんだ、なんなんだお前は……勝ち目はゼロなんだよお前はよ」

「俺はっ……そうとは思えない」

「……強りがりを言いやがって、大体、そこまでしてホムンクルスを守ってどうするってんだ! 情でも移っちまったのか⁉ 結局、お前は何も守れずここで死んじまうんだよ! お前がここまで意地を張るほどのもんかよ。いい加減楽になっちまえよ! ああん?」


 龍牙の圧倒的優勢は変わらない。だが、彼は初めて負傷した事で、気になっている事を思わず吐露していた。


 風成は息を切らしながら必死の思いで立ち上がる。


「まだ何も終わっちゃいない! お前も俺も未来を見える能力なんてないだろ! なら何が起こるか分からないはずだ。急に隕石が降るかもしれない、地震が起こるかもしれない、お前の心臓がいきなり麻痺するかもしれない。俺が生きてる限り、可能性がゼロなんて事はない! だから俺は諦めない! 最後の瞬間まで、俺は俺が誇れるような生き方をするんだ!」


 龍牙はこの男の心を折る事は出来ないと思った。殺す事でしか、この世から消す事でしか対抗出来ない。龍牙は初めて自分以外の人間を対等の存在として認めつつあった。 


「……お前、名前は?」

「……十月、風成」

「十月! お前が死ぬ事でようやく折れるその信念。俺様が折ってやらあ!」


 龍牙は風成に向って真っすぐ飛ぶ、能力を行使して全力で地面から反発していた。対峙する風成は満足に動く事すら出来ない、回避は不可能だった。風成はせめて、体が四散するのを防ごうと思い右拳を放つと龍牙の右手のひらで払われ、右腕は龍牙の能力によって生じた斥力で四散し弾け飛んだのである。

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