第二一話 ホムンクルス

「間に合った」


 桐宮きりみやセツは十月とおつき風成ふうせいから放たれた拳を左手の爪を鉄化させて生成した鉄の壁で防いで安堵した。しかし、それは一瞬だった。


「っ! だだだだだだだ! おらぁぁぁぁ!」


 風成は一秒に二〇発の速さで両拳を交互に繰り出し続けた。


「ああ! や、やめろっ! ぐぅぅぅ!」


 鉄の壁はひび割れ始めた。しかし、セツは先程攻撃に繰り出した右手の爪を元の状態に戻していた。


 風成はひび割れた部分に向かって拳を振るう。


「どやぁぁぁあっ‼」

「……ぐっぁあああ! 【鉄爪壁てっせんへき一手いっしゅ】!」


 風成の叫びと共に鉄の壁は割れ、鉄化したセツの左手の爪が割れた。彼女は苦し紛れに半歩下がって元の状態に戻した右手の爪を鉄化させて再び鉄の壁を生成した。


 少年は踏み込んで、再び全力で両拳を鉄の壁に向かって繰り出す。


「だだだだだ‼ いい加減! ぶっ壊れろ!」

「わ、割れる‼」


 セツは確実にやられると思い考えめぐらした。


(このままじゃ、まずい‼ 足の方はコントロール出来ないが クソが!)


 そして、鉄の壁は半壊した。


「ぐっぅぅう!」


 セツは顔を歪まし、右手の小指と薬指の爪は割れた。すると離れた場所で戦闘の様子を見ている作られた存在と言われた少女が叫ぶ。


「お兄ちゃん! 危ない‼」


 風成は少女の叫び声で半壊した鉄の壁の下から鋭い鉄が伸びてくるのに気付いた。


(だめだ! 間に合わない!)


 一瞬の判断で左腕を構えて防御すると、前腕の橈骨とうこつ尺骨しゃっこつ(前腕にある二本の骨)の間を鋭い鉄が貫いた。


「うぐっ‼」


 風成は痛みに耐えながら後ろ向きに跳躍した勢いで左腕から鉄を抜こうとするが鉄は伸びてきた。


 彼は地面に着地すると同時にセツの様子を確認した。


「そういう事か……はぁ……はぁ」


 風成の左腕に刺さってる鉄の出どころはセツの右足の爪だった。彼女は二枚目の鉄の壁が半壊しそうになった時点で靴を脱ぎ、足の爪を一本鉄化させて伸ばしたのである。セツは自身の能力を完全に掌握しておらず足の爪の鉄化を上手くできない。鉄化させた足の爪は一本までしか自由に伸縮出来ないのだ。


「はぁ……クソが、まずい」


 セツは風成に大きなダメージを与えたとはいえ、手の方は右手の爪3本しか残らなかったので危機感を持っていた。


(普段から能力を使わないで研究ばっかしたツケがきたか……脳から遠い部分の操作は難しい、それに足を使うのは不格好すぎる)


 風成はセツの攻撃の射程範囲には限界があると思い、更に後方に飛ぶ事を思案したがすぐに考えを切り替えた。あろうことが風成は左腕に刺さってる鉄の爪を右手で握った。右手のひらからは血が滴る。


 セツは彼の狂った行動に驚愕する。


「なな! なにをやっている!」

「黙って見てろよ、ぐっ! うおおおおおおおおおお‼」


 右手のひらから赤い液体を滴らせながら鉄の爪を引き抜き、そのままセツの体ごと鉄の爪を持ち上げ始める。


「ああ⁉ こいつ⁉ イカれてんのか! やめろおおおおお!」

「うりゃあああああああ‼」


 風成は鉄の爪を握ってセツの体を持ち上げたまま、背中を反らして後方に投げ飛ばし仰向けに倒れた。セツの体はそのまま後方に飛んで上空十メートルを頂点として放物線を描いた。当然、そのまま地面と衝突すれば無事では済まない。


 (死ぬ! 【三重さんじゅう鉄爪てっせん】)


 セツは地面に体を打つ前に右の爪を3本鉄化させて地面に突き刺し、着地の衝撃を和らげる。


「がっ!」


 彼女は左肩から落ちたが立ち上がろうとした。


 一方、風成は右手のひら以上に鉄の爪が刺さった左腕の穴から血を流していた。


「はぁ……くっ!」


 彼は息を切らして立ち上がると作られた存在と言われた少女が近寄る。


「もういいの!」

「はぁ……はぁ、なにがだ」

「戦わなくていいよ、こんなふうになってまで」

「心配すんな……えっと、あれ?」


 風成は何かを思い出そうとしていたが思い出せなかった。それもそのはず、彼は知りもしない少女の名前を思い出そうとしていたのである。


「あれ? ……名前なんだっけ」

「え……ないよ、名前なんて。ほむんくるすって言われてるから……」

「ホムンクルス……?」


 聞きなれない言葉に風成は困惑するが、なんとなく意味は知っていた。


「ぁあ……なんか作ったのだの魔術師だの言ってたのそれか」

「うん、魔術師が人型を創作して、研究員が本条家のげのむ情報を使って出来たのが私なの」

「本条家……ゲノム……」


 風成は見知った名前に反応するが素直に思った事を言う。


「ってか意味が分からん」

「難しすぎたかな……」

「は、そそそんな事ねーよ!」

「強がってる」

「俺は偏差値一二〇なんだ」

「なんの偏差値?」

「え?……IQの偏差値とか?」

「いみわかんない……お兄ちゃん馬鹿でしょ」

「くっ、すいませんでした偏差値とか知りません!」


 風成は取り繕う余裕が無かったのでとりあえず素直に謝り、気を取り直してセツを飛ばした方向に向かって歩き始めた。


「やっぱり戦うの?」


 少女が尋ねた。


「ああ、お前を渡さないって決めたからな」

「どうして、そこまで……してくれるの?」

「……まぁ、単純にかっこつけたいからかな」

「え?」


 女の子は風成の答えにキョトンとする。彼は歩みを一旦止めて口を開く。


「一度、守るって決めたからな、お前をあいつに渡したくないんだよ。俺の意地、ただそれだけだ」

「…………」


 風成が再び歩き始めると、少女は心配そうに彼の後姿を見ていた。

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