第68話 知らない方が

 焔たちも忙しいようだし、京さんも仕事に戻らないといけないようだったから、今日は解散した。病院から生活場までは、バスで30分。生活場には22時30分に着いて、焔たちは23時過ぎに帰ってきたようだった。


「瞬、大丈夫か? 」


 瞬の病室で焔が訊いた。瞬の病室は、個室の広い部屋だ。政府側の人間ってことで、優遇されているのか。


「大丈夫といえば大丈夫だけど、大丈夫じゃないといえば、大丈夫じゃないね」


 まぁ、そうなんだが。その返事ができる時点で、取り敢えず大丈夫なんじゃないか。


「そうかよ」


 少し安心したように、焔が笑う。


「傷跡って、やっぱり残るんすか? 」

「まぁね。結構、傷も深かったし。でも腕、それも左腕だし良いかなって」


 やっぱり残るんだな。腕なら隠せないこともないが、辛いな。


「それより、今回の事件の動機とかって、もう分かったの? 」

「いや……誰かを捜していたってのは本当らしいが、詳しくはまだ分かってない」


 そう返事をした焔の表情は、どこか曇っていた。いつもの彼らしくない。


「ま、いつものことではあるんだがな。ちょっと、飲み物買ってくる」

「あ、俺も行きます」


 病室から出る焔を、追いかける。自動販売機でやっと追いつき、思い切って訊いた。


「焔、何か隠してますよね。言えないなら、言わなくても良いんですが」

「やっぱ、バレてたか。……犯人の動機と目的は、もう分かってるんだ」


 カフェオレの缶を開けて、1口飲む。はぁ、と息を吐いて言った。


「今回の事件、2年前に一静の家で起きた事件と繋がってるんだよ。2年前、一静の父親は多額の借金を負っていた。何に使ったか知らないが、金を借りたところが……分かりやすく言えば、闇金ってやつでな。借金は利息を合わせて、約8500万」


 再び缶を傾ける。俺も、ソーダの缶を開けた。


「返せなくなった父親は、一静の母親に1億の保険金をかけた。それで、父親は事故に見せかけて、母親を殺そうとした。しかし、このことが母親にバレてしまったんだ。結果、2人は互いを殺しあってしまったってのが、2年前の事件だ。その現場が、かなり酷かったらしい。実際に見て、嘔吐した人も多かったとか」


 2年前の事件がそれか。ソーダを1口飲んで、焔に訊く。


「その事件と、今回の事件が繋がっているんです? 」

「犯人が捜していたっていうのが、2年前の事件に出てきた闇金の連中だったんだ。犯人もまた、多額の借金を負っていたんだと。捜し出して、殺すつもりだったんだろ」


 なるほどな。そういう繋がりがあったのか。


「だから、今回の事件の詳しい話を、一静にはしたくないんだ。苦しむよりも、知らない方がいいだろ。あ、でも、瞬には京さんが言うらしい。怪我をしたんだしな」


 知らない方が良いこともあるってことか。記憶喪失になるほどのショックを受けたんだ、焔の言う通りかもしれない。


「分かりました。俺も黙っておきます」


 ソーダを一気に飲み干す。そろそろ戻らないと、怪しまれそうだ。


「そうしてくれ。じゃ、病室に戻るぞ」

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