第237話 四頭会議

 ――午前十時頃。


 俺の執務室で、四頭会議が始まった。

 出席者は、この国のトップだ。


 ・俺(グンマー連合王国総長、アンジェロ・フリージア王国国王、北メロビクス王国国王、南メロビクス王国国王)


 ・アルドギスル兄上(アルド・フリージア王国国王)


 ・ギュイーズ侯爵(北メロビクス王国総督)


 ・フォーワ辺境伯(南メロビクス王国総督)


 それぞれ一人、腹心を伴っている。


 俺はじいを。

 アルドギスル兄上は、ヒューガルデン伯爵を。

 ギュイーズ侯爵とフォーワ辺境伯も、それぞれ一人連れている。


 四頭会議といっても、一緒に戦った仲だ。

 堅苦しさはなく、なごやかな雰囲気で、俺の執務室に置かれた応接テーブルを囲んでいる。


 俺が今回議題にしたのは、『テイマー保護令』の発布だ。

 テイマーを見つけたら、連合王国に届け出ることにするのだ。


 まず、俺がテイマーに関して一連の出来事、新しく発見した事象を報告した。


「――ということがあった。特にスライムの変異種シオフキスライムは、戦略的な価値が高い」


「ハハハ! シオフキスライムか! 面白い名前だね! アンジェロが名前を付けたの?」


 アルドギスル兄上が、腹を抱えて笑う。

 相変わらず明るいな。


「いえ、黒丸師匠がつけました」


「黒丸さんは、面白いね! そのシオフキスライムは、ウチにも欲しいな。ウチは、海に面しているからね」


「テイマーとセットじゃないと、塩の生産は難しいのです。生産の手順は――」


 俺は、シオフキスライムが、塩を生産する過程を説明した。

 アルドギスル兄上よりも、後ろに立っているヒューガルデン伯爵の方が熱心に説明を聞いている。


 俺が説明を終えると、アルドギスル兄上が口を尖らせた。


「なーんだ! アンジェロにシオフキスライムを分けてもらえば、塩が作れるのかと思った。シオフキスライムを使役するテイマーが必要なのね」


「そうです。逆に言うと、スライムテイマーがいれば、突然変異でシオフキスライムが誕生し、塩の生産が出来るのです」


「そうか、それで、テイマー保護令を出して、囲い込んでしまおうと?」


「そうです。ひょっとしたら、他の魔物をテイムして、上手い使い道があるかもしれません」


「いや~夢がふくらむね~。ワクワクゥ♪」


 俺とアルドギスル兄上の会話が途切れたところで、ギュイーズ侯爵が賛意を表明した。


「私は婿殿の提案に賛成だ。北メロビクス王国も海に面している。もし、シオフキスライムとスライムテイマーが手に入れば、魚の塩漬けなど殖産に塩を回したい」


「魚の塩漬けは、良いですね。保存食として内陸部へ売れそうです」


「せっかくグンマー連合王国という大きな経済圏が出来たのだ。私も恩恵に預からなければね」


 そう言うと、ギュイーズ侯爵は、俺にウィンクしてみせた。


 ギュイーズ侯爵は、アリーさんの祖父、つまり将来、俺の義理の祖父になる。

 口調がくだけているのは、俺から頼んだからだ。

 会議を堅苦しくして、本音が話せなくなるのは避けたい。


 それに俺は少年王で、各国を征服した王だ。

 俺と親しく話が出来る上位貴族がいることは、征服した国の貴族たちにとって安心感につながるだろう。

 何かあれば、ギュイーズ侯爵経由で俺をいさめるなり、希望を伝えるなり出来るのだから。


 最後に、南メロビクス王大国の総督フォーワ辺境伯から注文がついた。


「テイマー保護令は結構だと思いますが……。例えば、そのシオフキスライムは、海のない我が国には利がありません。我が国の出身者でスライムテイマーがいた場合は、何らかの見返りが欲しいですな」


「なるほど。それは、もっともですね」


 全体最適としては、スライムテイマーを発見して、グンマー連合王国で囲い込むことだ。

 だが、個別最適になっているかと問われれば、必ずしもそうではない。


 フォーワ辺境伯の所は内陸だ。

 確かに、シオフキスライムの話は、彼の領地にメリットがない。


 俺が、『どうしようか?』と考えていると、ギュイーズ侯爵がフォーワ辺境伯としゃべり出した。

 二人は元メロビクス王大国貴族なので、自然とざっくばらんな話になる。


「フォーワ辺境伯。逆の場合も考えられるだろう? 海沿いの領地に利のないテイマーが見つかり、内陸の貴殿の領地では役に立つとか……。そういったケースも考えられよう?」


「それは理屈の上ではそうだが、南メロビクス王国に利のあるテイマーが、いつ見つかるかわからないだろう? 現時点では、シオフキスライムだけだ」


「バトルホースのテイマーはどうだ? シメイ伯爵領では、活躍しているぞ。山間の地域に向いた魔物と聞く」


「バトルホースなら、どこの領地でも役に立つだろう?」


「まあ、そうだな」


「私だけ……、いや、南メロビクスだけが貧乏くじを引くことがないようにして欲しいのだ」


 俺は二人の話が出尽くしたと思われたので、話をまとめることにした。


「わかりました。フォーワ辺境伯の希望を受け入れて、金銭なり何らか利があるようにしましょう。後ほど、実務者レベルで調整をお願いします」


 実務者レベル。

 つまり、じいやヒューガルデン伯爵に、細かい調整は丸投げだ。


 グンマー連合王国総長令第一号は、『テイマー保護令』に決まった。


 続けて俺は、奴隷商人を免許制度にすることを提案した。


「奴隷商人は、免許制度としグンマー連合王国の管理下に入れます。これは、先ほどのテイマー保護令とセットです」


「ねえ、アンジェロ。どうして奴隷商人を免許制度にすることと、テイマーの話がセットなの?」


 アルドギスル兄上が、素朴な疑問を口にした。

 まあ、わかりづらいよな。


「アルドギスル兄上。シオフキスライムの件が知れ渡れば、スライムテイマーは奴隷商人に狙われますよ。何せ、海水から塩を生み出すスライムですから」


「錬金術だよねえ~」


「ええ。ですので、スライムテイマーを奴隷とすれば、高額で取引されるでしょう。自分の領地でスライムテイマーがみつかれば、高額で奴隷商人に売り飛ばす領地貴族も……」


「ああ! いそうだよね! そっか。だからテイマーの保護と、奴隷商人を管理することがセットなのか!」


「そうです。奴隷商人に関する法を作って、法を守らせます。守らない場合は、罰を与え免許を取り消すのです」


 意外なことに、南メロビクスのフォーワ辺境伯が賛成した。

 旧メロビクス王大国地方は、農地が多い。

 農地で働く奴隷も多いので、反対されると思っていた。


「どうも南の方で治安が悪化しており、奴隷狩りが横行しております」


「それは、まずいね……」


「はい。兵士による見回りは増やしておりますが、被害が増えております。このままですと国力が低下してしまいます。法整備を行えば、多少は抑止につながるかと……」


 奴隷狩りは、盗賊団や敵対する国によって、当たり前のように行われている。

 もちろん、奴隷狩りをしている連中を捕まえれば、即処刑だ。


 しかし、盗賊団や敵対する国から奴隷を仕入れた奴隷商人は罰せられない。

 フォーワ辺境伯は、そのあたりの法整備も希望しているのだ。


 俺は考えていた素案を発表した。



 ・奴隷商人は、免許制度とする。


 ・免許のない奴隷売買は禁止。罰則は、死罪。


 ・エルフ族の奴隷売買は禁止。罰則は、死罪。


 ・免許を取得した奴隷商人には、クイックと塩の販売を許可する。



 エルフ族の奴隷売買禁止は、エルフの里から強力にプッシュされていた。

 俺は、魔道具製作で世話になっている。


 アルドギスル兄上やギュイーズ侯爵、フォーワ辺境伯も、魔道具をウチから買うことで魔道具の恩恵に浴しているので、エルフの機嫌を損ねるのはまずいと理解を得られた。


『エルフを奴隷にしない』


 これまで明文化されていなかっただけだから、奴隷商人にも受け入れられるだろう。


 アルドギスル兄上が、最後の項目に質問した。


「アンジェロ。どうして奴隷商人にクイックや塩の販売を許可するの?」


「アメとムチです。免許制にして、罰則を厳しくしました。その分、奴隷商人に利益を与えます。免許を取得してグンマー連合王国の管理下に入った方が得だと思わせるのです」


「なるほど……」


 あれ?

 アルドギスル兄上の返事が、あまり良い雰囲気じゃないな?


 フォーワ辺境伯も渋い顔をしている。

 しばらくして、義理の祖父ギュイーズ侯爵が反対意見を述べた。


「婿殿。最後の項目は反対だ」


「ダメでしょうか?」


「いや、狙いは悪くないと思う。ただ、塩は外してもらいたい。塩は領主の専売にしている領主貴族が多い」


 その視点は、抜けていたな。

 じいに、事前相談すれば良かった。

 そうすれば、アドバイスをもらえただろう。


 俺はアゴに手を当てて、少し考えた。


「つまり、領主貴族の財布に、俺が手を突っ込むことになると?」


「そうだ。反発が出る。必ずな」


「ふむ……」


 アンジェロ・フリージア王国は、国王の直轄地が多い。

 だが、アルドギスル兄上の所や北メロビクス王国、南メロビクス王国は、領地貴族の領地が多い。


 グンマー連合王国は、発足して間もない。

 まだ、統治が安定していない。

 統治者として、領地貴族の反発は避けたいところだ。


「わかりました。塩は外します。『クイックの販売許可をやるから、奴隷商人は免許を取り、法に従え』ということで、どうでしょう?」


「それなら賛成だ」


 アルドギスル兄上とフォーワ辺境伯も賛成してくれた。


 これで『テイマー保護令』と『奴隷商人免許制度令』の発布が決まった。


 最後にお互いの情報交換になった。

 俺はフォーワ辺境伯に気になることを聞いた。

 治安が悪くなっている『南の方』だ。


「南の方というと、ミスル王国に近い地方か?」


「そうです。どうもミスル国内の治安状況が悪く、こちらにも余波が……」


「了解した。支援しますよ」


「助かります! 先の戦乱から立ち直っていない領地もあり、手が回らなかったのです!」


 さて、フォーワ辺境伯のところに誰を派遣するか……。

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