第228話 貴族の移籍金
――四月。
俺は十二才になった。
だが、やっていることは変わらない。
常に仕事が追いかけてくるのだ。
今日は、ミスル王国大使アクトゥエン子爵と打ち合わせだ。
アクトゥエン子爵には、ミスル王国内の人材獲得――ヘッドハンティングについて相談していた。
アクトゥエン子爵やエルハムさんの知っている貴族で、我が国に引き抜けそうな人とコンタクトをとってもらったのだ。
彼は、昨日、ミスル王国から帰ってきた。
何人引き抜けただろうか?
楽しみだ。
会議室で、俺、じい、エルハムさんの三人で、アクトゥエン子爵と対面した。
「アンジェロ陛下。先に確認しておきたいのですが――」
アクトゥエン子爵は、引き抜きの条件について確認をして来た。
俺がアクトゥエン子爵に提示した引き抜きの条件は、主に二つだ。
・引き抜いた貴族には、ミスル王国にいた時と同じ爵位を与える。
・法衣貴族にし、給金を与える。
「引き抜きの条件は、間違いない。必ず履行する」
「ありがとうございます。それでは、こちらをご覧ください」
アクトゥエン子爵は、書類の束を俺の方へ押しやった。
書類は、人材リストだ!
「そちらの書類に記載されている人物が、アンジェロ様にお仕えしたいと申しております」
エルハムさんが、アクトゥエン子爵は内政家として定評があると言っていたが、なるほど、この書類を読むと納得だ。
情報がわかりやすく、よくまとまっている。
書類に書いてあるのは、名前、爵位、年齢、得意な分野、略歴、性格、連れてくる家族……。
そして『礼金』と書いてある。
「最後の『礼金』って何だ?」
「ミスル国王に支払う礼金です」
「えっ!? ミスル国王に、引き抜きのことを話したのか!?」
「はい。私の独断でやらせて頂きました。もちろん、引き抜きとは言わず、『アンジェロ王が、人手不足で困っている。我が国の貴族を紹介すれば、お礼がもらえると思います。不要な貴族を整理しては?』ともちかけました」
アクトゥエン子爵も悪党だな……。
母国に貴族のリストラを持ちかけたのか!
俺がポカンとしていると、じいがアクトゥエン子爵と引き抜き話を進めてくれた。
「ふむ。すると、ミスル王国公認で、このリストにある人材を我が国に引き抜けるのですな?」
「その通りです。いわば円満移籍ですから、両国の関係が悪くなることもありません」
「それは良い。秘密裏に行うつもりでしたが、ミスル王国公認でもめることがないなら、なお良いですじゃ!」
確かに、その通りだ。
リストを見たところ、礼金はそれほど高くはない。
騎士爵で金貨五枚。
日本円だと五百万円くらいだ。
一番高いのがアクトゥエン子爵で、金貨十枚、約一千万円。
商業都市ザムザでは奴隷の相場は、金貨二枚、日本円だと二百万円程度だ。
ただ、これは、あくまで奴隷の価格だ。
今回は、対象が貴族で、奴隷としてではなく、我が国に移籍するので単純比較は出来ないが、それでも割安感、お得感がある。
礼金と思うとミスル国王ががめつくて嫌な感じだが、プロスポーツ選手の移籍金や手切れ金の類いだと思えば、ミスル国王に対して腹も立たない。
引き抜きリストを見ていたエルハムさんが、高評価を下した。
「なかなか、良いですね~。全体的に実務に長けた方が多いですね」
「アンジェロ陛下のお役に立ちそうな人物を中心に声をかけました。仕事は出来るけれど、あまり良い役職をもらっていない方が多いですね」
冷や飯を食っていたってヤツだな。
そういう人は、我が国に移ってから活躍してくれそうなので、ウェルカムだ。
リストは騎士爵が二十五人、男爵が四人、子爵が一人で、合計三十人。
かなり人材を、補強できる。
リストの情報によれば、王宮勤めの法衣貴族がほとんどだ。
領地を欲しがらないだろうから、獲得するこちらも給金を払えば良いだけなので、こちらの気が楽なのもプラス評価だ。
「みんな家族ごと我が国へ来るのだな?」
「はい。陛下。ミスル国王に、きちんと話を通しましたので、堂々と家族ごと引っ越しできるのです。家財も持ち出せますし、引き抜かれる貴族側にもメリットのある計画なのです」
「理解した。礼金をミスル国王に払おう。貴殿のこの計画で進めてくれ」
「ははあー!」
家族ごとということは、貴族が三十人ではなく、貴族家が三十家だ!
息子や娘もセットでついてくるから、人材補強が進むな~。
これはお買い得だ!
一カ所だけ、ちょっとわからない部分があったので、俺はアクトゥエン子爵に確認をとった。
「アクトゥエン子爵。この『クイックでも支払い可』というのは?」
「はい。ミスル王国にも貴国の蒸留酒クイックが入り始めましたが、まだ入手困難な貴重品なのです」
「それで、金貨の代わりにクイックか?」
「はい。どちらかというと、クイックで払って欲しいみたいですね。ミスル国王が飲みたいそうです」
「「「……」」」
会議室が、生暖かい空気に包まれた。
アクトゥエン子爵も、微妙な表情だ。
やっぱりミスル国王はクソだな。
自分のところの貴族を売り払って、酒を飲むのか!
だが、俺としては好都合だ。
蒸留酒クイックの生産原価は低い、金貨で払うより得だ。
クイックで支払えば、手元のキャッシュも減らない。
浮いた費用は、受け入れの準備予算にあてれば良い。
「わかった。支払いは、蒸留酒クイックにする方向で交渉してくれ」
「承りました」
*
赤獅子族のヴィスは、ミスル王国のミスリル鉱山で働き始めた。
警備兵なので、非常に楽だ。
砂漠から鉱山に入ろうとする魔物を仕留め、鉱山で働く奴隷たちが反乱を起こさないように監視するのが仕事だ。
戦闘力の高いヴィスにとっては、あくびが出そうな仕事だが、食事は三食出て、宿舎もあるので文句はなかった。
文句があるとすれば、娯楽がないことだ。
ミスリル鉱山は、砂漠の中にある陸の孤島なので歓楽街はなく、大人の病気を予防する為に、大人のお姉さんたちもいなかった。
「それよりも、俺と同じ転生者はどこにいるんだ?」
働き出して一月たったが、ヴィスは転生者を見つけ出せないでいた。
ミスリル鉱山は広く、職場が分かれていて、働いている人も多い。
ヴィスは、『サロット』という転生者の名前に注意をして生活していたが、これまで耳にしなかった。
ある日、ヴィスは同室の先輩兵士から声をかけられた。
「おい。ヴィス。毎日退屈じゃないか?」
「いや~、その通りですよ。仕事以外ヒマだ……」
「そうか。じゃあ、今夜集会はあるので、行かないか?」
「集会? それは、ナニ的な、アレ?」
ヴィスはニヤニヤと笑いながら、先輩兵士にチョンチョンと肘打ちする。
先輩兵士は苦笑した。
「いや、すまんが、女関係の集会じゃない。まあ、真面目な集会だ。仕事の鬱憤とか、愚痴とかを話し合うみたいな」
「はあ……」
(飲み会みたいなモンかな?)
勤務時間外の暇を持て余していたヴィスは、先輩兵士に集会に出席すると返事をした。
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